「これでラスト・・・・・・と。」
 
 
 

積み残しがないことを確認した後、カーゴネットを張って荷物が動かないように固定する。

リアゲートを閉じ、きちんとロックを掛ける。

これで、準備完了。
 
 

ここは大学の裏通り。

これから車に分乗し、合宿先である蓼科へ向かうところだ。

他の人たちは合宿先へ直行するが、僕だけは途中から別行動。

一旦小諸まで出て、軽井沢から来る綾波と合流して蓼科まで戻る事になっている。
 
 

そろそろ出発の時間のはずなのに、同乗者はまだここに来ていない。

なんだか知らないけど裏門のあたりに人だかりができていて、ちょっとした騒ぎになっているようだ。
 
 

僕はそんな騒ぎを気に掛ける事なく、ボンネットを開けてエンジンを見た。

オイルはこの前変えたばかり。

クーラントも補給した。

ブレーキフルードも規定の量が入っているし、特に問題があるところはない。
 
 

初めての、遠乗り。

僕は少しの緊張と、運転する楽しみを身体に感じながらボンネットを閉じた。
 
 

暫くして、人垣の中から女性がひとり、僕のところへ歩いて来た。

けれど、その表情は・・・・・・何故かムスっとしていた。
 
 
 

「あ、出発ですか?マヤさん・・・・・・・?」
 
 
 

マヤさんは僕の問いに答える事なく、助手席から自分のバッグを取り出した。

そして僕のほうを見る事なく、心なしか低い声で・・・・・・
 
 
 

「・・・・・・シンジ君。」
 

「はい?」
 

「綾波さんのお迎え、任せたから・・・・・・・・但し。」
 

「・・・・・?」
 

「途中で寄り道とかしてくるんじゃないわよ?後・・・・・・・我侭も聞かなくていいから。」
 

「はぁ?何言ってるんですか、マヤさん?」
 

「い・い・か・ら!
とにかく、気を付けて・・・・・・わかったぁ!?」
 

「は・・・・・・・・・はい・・・・・・・・・???」
 
 
 

マヤさんは言いたい事だけ言うと、さっさと車から離れていってしまった。

腕をブンブン振りながら、大股で・・・・・・・・・・あれ、怒ってる証拠なんだよね・・・・・・・・・何で?

それに、彼女が同乗する筈じゃないのか・・・・・・・・これって、僕ひとりで迎えに行け、って事?
 
 

僕は疑問符を浮かべたまま、彼女の背中を見送っていた。

ちょうどその時、僕の背後でドアの閉まる音がした。

僕の車の助手席に、後部座席へ荷物を載せている女性がひとり。

紅茶色の髪が、身体の動きに合わせて揺れていた。
 
 

僕は運転席の窓越しに車内を覗き込み、その背中に声を掛けた。
 
 
 

「・・・・・・・・なんで惣流さんが乗ってるの?」
 

「何でも良いでしょ?
それとも、アンタひとりでレイを迎えに行きたい?」
 

「いや・・・・・って言うか、伊吹さんが乗るんじゃ・・・・・・・」
 

「何よ?アタシじゃ不満だとでも?」
 

「そんな事は言ってないだろ?」
 

「なら良いじゃない。
ホラぁ、ボケボケっとしてないで早く出しなさいよっ!」
 

「・・・・・・わかったよ。」
 
 
 

訳がわからないながらも、僕はとりあえず運転席に滑り込んだ。
 
 

先頭の車が短くクラクションを鳴らし、それを合図に一団が動きはじめた。
 
 

こうして、大学最初の合宿への移動が始まった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 

Je te veux   〜3〜

written by map_s

 



 
 
 
 
 
 

全開にしている窓から、夏の風が車内を満たす。

少し暑いくらいだが、なかなかに心地良い。
 
 

大学を出発してから、お互い一言も発していない。

僕は前方に視線を向けたまま、彼女のことを考えていた。
 
 

惣流・アスカ・ラングレー。

才色兼備で、学内女子人気No1。

入学早々、非公認のファンクラブができた、ってケンスケが言ってたっけ。

それ以上、彼女のことは何も知らない。

同じ一年生だけど、学部もクラスも違うから、今まで話をしたのは数えられるほど少ないし。
 
 

・・・・・・話をした、とも言えないかもしれない。

良く考えたら、彼女には怒鳴られてばかりのような気もする。

ついさっきもそうだったし。
 
 

そう言えば、この前もそうだった。

放課後、部室に行った時、中にいたのは彼女だけ。

アルバイト情報誌かなんかを読んでいたっけ。

彼女の横から雑誌を覗き込んだら、突然真っ赤になって。

・・・・・・・・僕をひっぱたいて出て行っちゃったんだよなぁ。
 
 

・・・・・・・何か、嫌われるようなこと・・・・・したっけ?
 
 

・・・・・・してない、と思うんだけど・・・・・・・・
 
 

横目で助手席を見ると、惣流さんはドアの縁に肘を掛け、目を微かに細めながら外を見ていた。

風にあおられ、彼女の長い髪がきらきらと輝きながらたなびいている。

時折鬱陶しそうに髪へ手を伸ばす彼女。

僕は信号待ちの間に、グローブボックスから予備のサングラスとバンダナを取り出し、彼女へと差し出した。
 
 
 

「・・・・・良かったら、使ってよ。
バンダナはちゃんと洗ってあるから平気だよ?」
 

「あ・・・・・・・・サンキュ。」
 
 
 

彼女はバンダナを細長く折り畳むと、うなじの後ろで髪を結わいた。

彫りの深い顔立ちだから、サングラスが良く似合っていた。
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 

138号線を走り、山中湖を経由して河口湖へ。

湖畔のドライブインで一回目の休憩を取った後、137号線で御坂を抜け、20号線へ合流。

韮崎市街を抜け、141号線へ。

須玉の辺りで、登り坂が急になりペースが落ちていく。

少しづつ前走車との距離が離れていくうちに、助手席の彼女が不満げな声を上げ始めた。
 
 
 

「ちょっとぉ・・・・・・離されてるじゃない?」
 

「仕方ないよ・・・・・ウチの車はロートルなんだから。」
 

「でも、もっとスピード出せるンでしょ?」
 

「無理したくないんだ。
僕は免許取ってから日が浅いし、長距離乗るのも初めてだし。
・・・・・どうせ途中で別れるんだから、良いじゃないか。」
 

「・・・・・・・・・」
 

「・・・・・どうして僕の車に乗ったのさ?
綾波を迎えに行くの、知ってたんだろ?」
 

「・・・・・別に、理由なんてないわよ。」
 

「でもさ、いきなりマヤさ・・・・あ、伊吹さんと入れ替わるなんて・・・・・・
理由も聞かされてないし、正直驚いてるんだ。」
 

「なによ・・・・・・マヤのほうが良かったって言いたいワケぇ?」
 

「そうじゃないよ・・・・・」
 

「なぁんかハッキリしないわねぇ。
嫌なら嫌って言えば良いじゃない!!」
 

「誰もそんな事言ってないだろっ!?」
 
 
 

何故か急にテンションが上がる二人。

思わず大声を上げてしまった僕に、彼女は窓の外に視線を向ける事で自分の意志を表したような気がした。
 
 
 

「・・・・・・・ゴメン、大声出して。」
 

「良いわよ、別に・・・・・・・アタシもムキになってたから。」
 

「・・少し休憩しよっか?」
 

「・・・・・・うん。」
 
 
 

僕はハザードを出し、ルノーを路肩へ停めた。

外へ出てみると、標高が高いせいか程好く空気は冷えていた。

惣流さんも同じように車外へ出てきて、大きく伸びをする。
 
 
 

「ココ・・・・・どこらへんなの?」
 

「野辺山、だよ。
確か、標高1300メートルを越えてたと思うけど。」
 

「そっか・・・・・・だから風が涼しいのね。」
 

「気持ち良いよね・・・・・」
 

「・・・・・そうね。」
 
 
 

僕はふと思い出して、後部座席にある自分のバッグを開いた。

取り出したのは、ステンレスのボトル。

出掛けに作ったアイスコーヒーが入っている。

キャップを取り外し、コーヒーを注いで彼女に差し出した。
 
 
 

「・・・・・・何?」
 

「アイスコーヒー。
今朝方作ったやつだから、まだ冷えてると思うよ。」
 

「・・・・・ありがと。」
 
 
 

彼女は一口、二口と飲み始めた。

形の良い喉が、飲み下すと同時に動くのがわかる。
 
 
 

「・・・・美味しい・・・・・」
 

「そう?良かった。」
 

「・・・・・アンタ、飲まないの?」
 

「カップを持ってくるの忘れちゃって・・・・それしかないんだ。」
 

「え・・・・・」
 

「気にしないで良いよ。
僕はそんなに喉が渇いているわけじゃないし。」
 

「・・・・・・・」
 
 
 

彼女は暫くキャップを見つめた後、おもむろに僕のほうへ差し出してきた。
 
 
 

「あ・・・・お替り?」
 

「違うわよ・・・・・・アンタも飲めば?」
 

「え・・・・・でも・・・・・・」
 

「ヘンな病気持ってるってワケじゃないンでしょ?
なら・・・・・・気にしないから・・・・・・早くしなさいよっ!」
 
 
 

口調とは裏腹に、ソッポを向いた彼女の頬は微かに紅く染まっていた。

そんな彼女を見て、僕は思わず小さく吹き出してしまった。
 
 
 

「な・・・・・何よぉ?」
 

「いや、何でもないよ・・・・・じゃ、ありがたく頂くね。」
 

「自分で作ったンでしょ?」
 

「・・・・それもそうだね。」
 
 
 

その一言にお互い顔を見合わせ、笑い始めた。
 

その時、僕は初めて彼女の笑顔を見た。
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 

その事があってから、僕達は少しだけ打ち解ける事ができたと思う。

相変わらず言葉遣いは乱暴だったけど、惣流さんも色々と話してくれたし。

それなりに盛り上がりを見せながら、僕達のドライブ(?)は順調に進んだ。
 
 

特に渋滞にもはまる事なく、ルノーが軽井沢駅前に到着したのは待ち合わせの30分前。

当然ながら、綾波の姿はなかった。
 
 
 

「思ったよりも早く着いたね。
まだ、時間あるけど・・・・・・喫茶店にでも入る?」
 

「ううん、いい・・・・・」
 
 
 

駅に着いた途端、惣流さんは急に大人しくなってしまった。
 
 
 

「・・・・どうしたの?」
 

「え?」
 

「いや・・・・・具合でも悪くなったかな、って思って・・・さ。」
 

「どうして?」
 

「・・・・・なんとなく。」
 

「・・・・・・・妙なトコだけスルドいんだから・・・・・・」
 

「え?何?」
 

「・・・・・・何でもないわ。」
 
 
 

そう言ったきり、黙ってしまった彼女。

横顔を見たって、何を考えているのかなんてわかるもんじゃない。

僕はシートを少しだけリクライニングさせると、頭の後ろに手を組んで目を閉じた。
 
 

微かな疲労感が、身体を包む。

やはり長距離には慣れていないせいか、神経を使ったのかもしれない。

眉根を揉みながら、小さく溜息をついた。
 
 
 

「・・・・疲れた?」
 

「え?・・・・・あ、うん。
でも大丈夫だよ、ココで休憩できるから。」
 

「アタシが免許持ってればね・・・・・・・運転代わってあげられるンだけど・・・・・」
 

「自分で言い出した事だから、ちゃんと責任もってやり通すよ。
ありがとう・・・・心配してくれて。」
 

「な・・・・・ば・・・・・・・ア、アタシは別にアンタのコトなんて心配してないわよっ!?
そ、そうよ!アンタが事故でも起こしたら堪ったモンじゃないから・・・・」
 
 
 

何故か真っ赤になりながら否定する彼女。

語尾は弱弱しく、良く聞き取れなかった。
 
 

再び、沈黙。

だけど、そう長くは続かなかった。
 
 
 

「・・・・・・ねぇ。」
 

「ん・・・何?」
 

「アンタってさ・・・・・・付き合ってンの?」
 

「付き合うって・・・・誰と?」
 

「その・・・・・・レイと・・・・・・・」
 

「はぁ?」
 

「だってさぁ・・・・いくらクラスメートだからって、わざわざ迎えに行く事なんてないじゃない?
それに・・・・・お見舞いとか・・・・・・」
 

「・・・・もしかして、噂話聞いたの?」
 

「質問してるのはアタシのほうよ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・答えなさいよ。」
 

「はぁ・・・・・別に付き合ってるとかいうわけじゃないよ。」
 

「ホント?」
 

「うん。」
 

「ホントにホント?」
 

「嘘ついてどうするのさ?」
 

「ふぅん・・・・・そっかぁ・・・・・・」
 

「・・・・・なんで惣流さんがそんな事気にするのさ?
関係無いじゃないか・・・・・僕が誰と付き合っていたって・・・・・・」
 

「そりゃ、そうだけどサ・・・・・・・・関係無いワケじゃないし・・・・・」
 

「え?聞き取れなかったんだけど、何?」
 

「べ・・・別に興味持ったってイイでしょぉ?
第一、アタシはアンタがどーのこーのなんて言ってないじゃない!
アタシは・・・その・・・・・そう!レイのほうが気になってるダケよっ!」
 

「綾波かぁ・・・・・確かに彼女、可愛いもんね。」
 

「・・・・・やっぱサ、あーいうコのほうが好み?」
 

「・・・・・良くわからないよ。」
 

「どーしてよ?
たった今、『可愛い』って言ったクセして・・・・」
 

「あくまで一般論だよ。
ほら、彼女は惣流さんみたいな美人、って感じじゃなくって・・・・可愛い、って言った方が合うだろ?」
 

「・・・・・・・・・・・」
 
 
 

突然、惣流さんは耳まで真っ赤にして黙り込んでしまった。

またひっぱたかれるんじゃないかと思って、僕は恐る恐る聞いてみた。
 
 
 

「あの・・・・・・僕、変な事言った?」
 

「い・・・・・・いきなり言わないでよね、まったく・・・・・・・心の準備ってのが必要なんだから・・・・・・」
 

「いきなり?心の準備?」
 

「もう・・・・・・・鈍感。」
 
 
 

それっきり、彼女は窓の外に視線を向けたまま、何を聞いても答えてくれなかった。

そして暫くした後、突然ドアを開けて外へ出てしまった。
 
 

「レイぃ!こっちこっち!!」
 
 
 

彼女の視線の向こうに、綾波の姿があった。

真っ白なワンピースに身を包み、小さな旅行鞄を片手に。

その表情には、驚きの色がありありと見えた。

僕も車から降りると、3人で向かい合う形になった。
 
 
 

「・・・・アスカ、さん?」
 

「時間ちょうど、ね。」
 

「どうして・・・・・ここに?」
 

「んー?
マヤがさ、色々と忙しいからこっちには来れなくなったのよ。
シンジひとりで迎えに行かせるのも可哀想だと思ったから、アタシがわざわざ付き添ってあげたってワケ。
・・・・・・ホラ、シンジ!
ボケボケ〜〜〜っとしてないでレイの荷物持ってあげなさいよっ!」
 

「あ・・・・・うん。」
 
 
 

僕は綾波の鞄を受け取った。

彼女は目線で『どうして?』と聞いてくる。
 
 
 

「・・・・・・なんだか良くわからないんだよ。
てっきり伊吹先輩が一緒に来るとばかり思ってたんだけど・・・・・」
 

「・・・・・そう。」
 

「ホラぁ、話してる時間はないわよ?
サッサと戻らないと、マヤにナニ言われるかわかったモンじゃないし。」
 

「あ・・・・そうだね。」
 
 
 

僕達はルノーに乗り込むと、今来た道を戻るべく車を発進させた。

助手席に陣取った惣流さんは身体を捻りながら後部座席の綾波と話を始めた。
 
 

時折ルームミラー越しに綾波と視線が合った。

けれど、彼女はすぐに目を逸らしてしまう。
 
 

僕は居心地の悪さを感じながら、黙々とルノーを走らせた。
 
 

彼女達ふたりの事を考えながら。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

<未了>
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 

後書き、または悪足掻き
 

なおさんへ、第3話です。
 

カノジョ、登場させてみましたが如何でしょーか?
 

これで三つ巴の体勢ができあがりました。
 

さって・・・・・こっからどう料理しよっかな♪
 

であであ。

 

 


 ほううぅぅ(ため息)
 とうとう、アスカさん登場です。
 怒ったアスカとか、照れるアスカとか……うきゅきゅきゅ
 きゅーと、きゅーと、きゅーと すぎるっす!

 やっぱ僕ってLAS人の血が濃いのかもしれない。(汗)
 
 でも、レイを迎えに行くシーンで
 >彼女は目線で『どうして?』と聞いてくる
 うぐおぉぉぉ!ごめんよレイちゃん!
 そ、そんな目でおいらを見つめないでくれぇ!<見つめてません(笑)
 
 マヤさんが怒ったのって、やっぱアスカさんが強引にシンジの車に乗り込んだからだよね?
 レイちゃんも含め、正に三つ巴!
 火花散る戰いが、次回切って落とされるのでしょうか?
 うふふ、楽しみです。
 
 138号、山中湖経由、御坂で甲州街道に合流。
 ということは、やっぱり箱根からですね。(笑)
 
 合宿ってなつかしいなぁ。(とーい目)
 学生の頃、道志街道、山中湖経由というのは良くやりましたねぇ。(笑)
 学生の時も八王子にいたので、時々夜の甲州街道をドライブしているうちに気が付くと、諏訪湖だったり(笑)、白樺湖(爆)だったりしたこともあります。(^^;
 思わず昔を思い出してしまいました。
 ああ、あの頃のあの子は今……(爆)


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