「・・・・・参ったな・・・・・・・」
 
 

目の前にある便箋。

『好きです』と書かれた文字。
 
 

僕はベッドに寝そべりながら、左手を目の前に翳した。

自分の表情を隠す事で、自身の中に広がる動揺を見せまいとしたのかもしれない。

僕以外、誰もいないのに。
 
 

今まで、こんな事は一度もなかった。
 
 

そりゃ、女のコと付き合った事がないわけじゃない。

告白だって、された事はある。
 
 

だからって・・・・どうして?

どうして、僕が?
 
 

力の抜けた右腕が、ベッドの縁へ落ちていく。

手の中の便箋が、床の上へひらひらと落ちていく。
 
 

封の切られた封筒が、テーブルの上から僕をじっと見つめているような気がした。
 
 
 
 



 
 

Je te veux

written by map_s



 
 
 
 
 

第三新東京大学に入学してから3日目、新入生レクリエーションの日。

サークルや部活動への勧誘解禁日でもあった。
 
 

キャンパスの内庭に、所狭しと並べられた机。

活きの良い(?)新入生を求め、あちこちで勧誘の声が聞こえる。
 
 
 

「ねぇキミ!テニス向きの顔、してるよっ!」

「いや、キミの長身は我がバスケ部に生かされるべきだ!」

「演劇同好会です!男子が少ないから、すぐに主役を張れるわよっ!」
 
 
 

・・・・・・等々。
 
 

僕はそんな声を聞き流しながら、人の波を掻き分け進んでいった。

やがて内庭も終わりというところで、僕はひとつの立て看板を見つけた。

僕は迷う事なく、その脇にある机へと向かう。
 
 
 

「・・・・すみません。」
 

「あ、入会希望ですか?」
 
 
 

僕が声を掛けると、椅子に座っていた女性が手元の週刊誌から視線を上げた。

ショートカットで、ちょっとだけ幼さを感じさせる顔立ち。

2年振りだというのに、まったく変わっていないように見える。

彼女は僕の顔を見て一瞬驚き、そしてにこやかな笑顔へと変わった。
 
 
 

「・・・・・シンジ、君?」
 

「ええ・・・・・お久し振りです、伊吹先輩。」
 

「やだ・・・・・来てくれたのね?」
 

「2年越しの約束ですからね。」
 

「あ・・・・とりあえず座って?」
 

「失礼します。」
 
 
 

彼女に言われたままに、僕は正面の席へ腰を降ろした。

ニコニコと笑みを絶やさず、僕を見つめる彼女。

・・・・・ちょっと照れるな。
 
 
 

「でも・・・・・覚えていてくれたのね。」
 

「もう・・・・・卒業式の日、『絶対に同じ大学に入りなさいよ!』って泣きながら言ってたのは誰ですか?」
 

「そんな事まで覚えてなくてもいいわよぉ。」
 

「ははっ・・・・・・僕も先輩と演奏したいと思っていたから、あの申し出は嬉しかったんですけどね。」
 

「嬉しい・・・・か。あ、これに記入してくれる?」
 
 
 

彼女は1冊のノートを僕の目の前に差し出した。

そこには数人の学籍番号、名前、住所などが書き込まれていた。

間を空けぬように一番下の列へ自分の名前を書き込む。

彼女は頬杖をつきながら、僕の顔をまじまじと見ていた。
 
 
 

「・・・・・僕の顔に何か付いてます?」
 

「ん・・・・・オトナっぽくなったかなぁ、って。」
 

「そう言う先輩は変わりないですね。」
 

「ま、ね・・・・・・童顔だっていつも言われるわ。」
 

「でも、安心しました。ぱっと見で、先輩だってすぐにわかったし・・・・・・」
 

「なんだかこそばゆいわね・・・・・前みたいにマヤ、でいいわよ。」
 

「マヤさん、かぁ・・・・・懐かしいですね。」
 

「ふふっ・・・・・」
 
 
 
 

彼女の名は伊吹マヤ。

高校の音楽部に入部した時、彼女は3年、僕は1年だった。

どちらかといえば女性が苦手な僕は、あまり部活中は話をしなかった。

・・・・・部員の大多数が女性とで占められていたから。

それなら、なんで音楽部なんて選んだの?って聞かれた事もあった。

仕方ないじゃないか・・・・・・僕はチェロが好きだったんだから。

そんな中、彼女だけは違っていた。

なんて言うか、女性を感じさせないっていうか・・・・・・・

一人っ子である僕にとって、『姉』のような存在・・・・それが彼女。
 
 

なんとなく恥ずかしいから、そんな事本人には言えないけど。
 
 
 

昔話に花を咲かせているうち、ふとマヤさんの視線が僕から外れた。

それにつられて、僕も振り返る。
 
 

刹那、僕は言葉を失った。
 
 

太陽に照らされ、透き通った蒼髪。

抜けるような白い肌。

紅みを帯びた瞳。

まるで絵画から抜け出してきたような美少女。
 
 

完全に、見とれてしまっていた。
 
 

暫し後、彼女の形良い唇が開いた。
 
 
 

「あの・・・・宜しいですか?」
 

「ゴメンなさい、話に夢中になっちゃって・・・・・・入会希望、かしら?」
 
 
 

マヤさんの問い掛けに、彼女はコクン、と頷いた。
 
 
 

「じゃ、そこの椅子に座ってもらえる?このノートに必要事項を記入して・・・・・」
 
 
 

僕は慌ててスペースを作り、椅子を指し示した。
 
 
 

「・・・・ありがとう。」
 
 
 

ストン、と僕の隣に座る彼女。

白く細い指先が、奇麗な文字を並べていく。

マヤさんは記入が終わった後のノートを自分のほうに引き寄せると、一瞥してからニッコリと微笑んだ。
 
 
 

「えっと・・・・・・綾波・・・・レイさんね?」
 

「・・・・はい。」
 

「学部は・・・・あら?シンジ君と同じじゃない?学籍番号も一つ違いだし・・・・・同じクラスじゃないの。」
 

「え?」
 
 
 

僕はノートを覗き込んだ。

僕の下に書かれていた学籍番号は、確かに一つ違いだった。

ふと、前日のクラスレクリエーションを思い出す。

僕の前の番号のヒトは、担任が休みだって言ってたっけ。
 
 
 

「そっか・・・・・昨日は休んでいたんだよね?」
 

「ええ・・・・・」
 

「じゃ、はじめましてだよね。僕は碇シンジって言います・・・・・これから宜しくね、綾波さん。」
 

「・・・・よろしく。」
 
 
 

彼女は微笑みを見せると、すっ、と立ち上がった。

そんな彼女の行動に、マヤさんは少し慌てたようになる。
 
 
 

「あ・・・・・説明は受けなくていいの?」
 

「すみません・・・・・体調があまり良くないもので・・・・・・」
 

「そう、わかったわ。このパンフレット、読んでおいてくれるかしら?」
 

「ありがとうございます・・・・・・・失礼します。」
 

「じゃ、綾波さん・・・・またね。」
 
 
 

彼女はパンフレットを受け取ると、小さく頷きその場を後にした。

校舎へと消えていく彼女の後ろ姿を、僕はじっと見つめていた。
 
 
 

「あら・・・・・・シンジ君ったら、一目惚れ?」
 

「・・・・・え?」
 

「彼女、美人だもんねぇ・・・・」
 

「ち、違いますよ・・・・・からかわないで下さいよ、マヤさんってば。」
 

「ふぅん・・・・・どーだか・・・・・」
 
 
 

からかうような、それでいてちょっとだけムッとしたような視線を向けるマヤさんに、僕は苦笑するしかなかった。
 
 

雲一つない空の下、突然現れ、そして消えていった彼女。
 
 

これが、僕と彼女・・・・・綾波レイとの出逢いだった。
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 

やがて授業も始まり、サークルの歓迎コンパやクラスコンパなどが一段落ついた頃。

たまたま昼食を一緒に食べていたマヤさんが、思い出したように切り出した。
 
 
 

「・・・・・入院?」
 

「ええ・・・・シンジ君、何も聞いていないの?」
 

「いや、このところ顔も見てないなぁ、なんて思ってはいましたけど・・・・・」
 

「同じクラスなのに、随分冷たいんじゃない?」
 

「そんな事言われても・・・・・・もう、僕が苦手だってわかってる癖に・・・・・」
 
 
 

綾波が入院した、なんてその時初めて知った。

確かに彼女は度々授業やサークルを欠席していたが、まさかそこまで体調が悪いなんて知らなかった。

部長であるマヤさんには、彼女直々に連絡があったらしい。
 
 

マヤさんは少々呆れ顔で、言葉を続けた。
 
 
 

「良く言うわよ・・・・・シンジ君、彼女とは結構話してたじゃない?」
 

「そんな・・・・・綾波の来る回数が少ないから、そう見えるだけですよ。」
 

「そうかしら?楽しそうに見えたけど?」
 

「冗談はそれくらいにして、入院先とか聞いてますか?」
 

「えっとね・・・・・・あ、ココよ。」
 
 
 

マヤさんはシステム手帳を開くと、あるページを開いてみせた。

そこには、第三新東京市内で最も大きな国立病院の名前が記されていた。
 
 
 

「そうですか・・・・・」
 

「・・・・心配?」
 

「当然でしょう?同じクラスだし、同じサークルなんだし・・・・・」
 

「じゃ、一度お見舞いに行ってくれば?少なくとも2週間は入院してる、って言ってたしね。」
 

「そうですね・・・・・一緒に行きますか?」
 
 
 

彼女はキョトン、と僕を見つめた後、苦笑しながら席を立った。
 
 
 

「そんな野暮ったい事できるわけないでしょ。シンジ君ひとりで行ってらっしゃいよ。」
 

「え・・・・・でも・・・・・・・・」
 

「笑顔が最高の治療薬、って事もあるのよ。きっと彼女も喜ぶだろうし・・・・・じゃ、私授業があるから。」
 

「あ、ハイ。」
 

「またね♪」
 
 
 

トレイを片手に、マヤさんは食堂を出ていった。

僕は冷え切ったコーヒーを見つめながら、暫し考え込んでいた。
 
 
 

「お見舞い・・・・・かぁ・・・・・・・・」
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 

重たそうな車体を揺すりながら、バスが発車していく。

降車した人の流れを追うように、僕は病院の門をくぐった。

駐車場は満車になっている、という表示を横目に見ながら、エントランスへと向かう。

待合室には、良くぞこれだけ・・・と思えるほどの人、人、人。

第三新東京市随一の総合病院とあって、午後の遅い時間にも関わらず大盛況だった。

・・・・・・こういう場所にはそぐわない言葉かもしれないけど。
 
 

そんな人達を横目に、僕はエレベータのボタンを押した。

閉じるドア、微かな上昇感。

あっという間に目的の階へと着き、静かにドアが開く。

ナースステーションを通り過ぎ、壁に張ってある案内の通りに廊下を進む。

程無くして、とある病室の前へと辿り着いた。

入院患者の氏名が書かれた6つのプレートの中に、彼女の名前を見つける。

開きっぱなしのドアを遠慮がちにノックした後、僕は病室へと入った。
 
 
 

「失礼します・・・・・・」
 
 
 

入り口に近いベッドに横たわっていた老婦人が、小さく会釈してくれた。

僕は会釈を返すと、窓際のベッドに半身を起こした彼女の姿を見た。
 
 
 

「・・・・やぁ。」
 

「いかり・・・・・・くん?」
 
 
 

彼女のベッドの脇に歩み寄って声を掛けると、彼女は文庫本から目を離した。

突然の訪問者に、驚きを隠さない。
 
 
 

「・・・・・どうして?」
 

「マヤさ・・・・・いや、伊吹先輩に聞いてね。具合はどう?」
 

「大した事ないのよ・・・・・・検査だけだから。」
 

「そっか。」
 

「座って?椅子はそこにあるから・・・・・・」
 

「うん。」
 
 
 

僕はベッドの脇にある椅子を引っ張り出すと、そこに腰掛けた。

淡いブルーのパジャマに身を包む彼女。

殺風景な病室内で、彼女の白さが一層際立って見えた。
 
 
 

「入院・・・・・何度もしてるの?」
 

「ええ・・・・もう大丈夫なんだけど、一応・・・・ね。」
 

「大変だね。」
 

「もう慣れたから・・・・・」
 

「・・・・・あ、そうだ。これ・・・・・・」
 
 
 

僕は鞄の中をガサゴソと掻き回すと、一枚のMDを取り出した。
 
 
 

「何かお見舞いの品持ってかなきゃ、って思ったんだけど・・・・・・どんな様子かわからなかったから。」
 

「そう・・・・ありがとう。」
 

「サティの作品集なんだけど・・・・・・気に入らなかったら別のを持ってくるから、遠慮なく言って。」
 

「私、彼の作品は好きよ。」
 

「良かった・・・・あ、もしかしたら持ってるやつかもしれないね?」
 

「ううん、ここには持ち込んでないの。だから・・・・嬉しい。」
 
 
 

綾波は大事そうにMDを胸に抱き、僕に微笑んでくれた。

僕も嬉しくなって、彼女に笑顔を返す。

柔らかな陽射しが、室内を明るく照らしていた。
 
 
 

「何読んでいたの?」
 

「あ・・・これ?」
 
 
 

綾波は膝の上に置かれていた文庫本を手渡してくれた。

彼女のぬくもりが、僕の手のひらに伝わる。
 
 
 

「詩集かぁ・・・・・・他にはどんなものを読むの?」
 

「色々。本、好きだから・・・・・・・・」
 

「何かリクエストしてくれたら、持ってくるよ。」
 

「でも・・・・・迷惑でしょ?」
 

「そんな事ないよ。アルバイトとかも忙しくないから、時間は余裕あるし。」
 

「でも・・・・・・」
 

「気にしなくって良いよ。僕がそうしたいだけだから。」
 

「じゃ・・・・お願いしちゃおうかな。」
 
 
 

僕は手帳を取り出し、彼女が言う本の題名を書き取った。
 
 
 

「・・・・・了解、っと。今度本屋に行ってみるよ。」
 

「大丈夫、図書館にあるから。」
 

「え、そうなの?」
 

「ええ。前にね、図書館に行った時調べておいたの。」
 

「綾波は読書家なんだね。」
 

「身体動かせないし、好きだから・・・・・・」
 

「・・・・・ゴメン。」
 
 
 

微かに視線を落とす彼女。

彼女が落ち込んだと思った僕は、僕は自分の迂闊さを恥じた。
 
 
 

「・・・・どうして謝るの?」
 

「いや、余計な事・・・・・言ったかなって。」
 

「そんな事・・・・・ない。」
 

「ホントに?」
 

「ええ・・・・・・身体が弱いのは生まれつきだし、却って気にしないでくれたほうが良いもの。」
 

「・・・・わかった。」
 
 
 

それから僕達は、取り留めのない会話を楽しんだ。

学校の事、自分の事、彼女の事・・・・・・・思えば、これだけ長時間話こんだのは初めてだったのかもしれない。

でも、時間に限りはある。

太陽が傾きかけた頃、僕は病室を辞した。
 
 

そして、帰り際に彼女が見せた微かに寂しそうな表情が、僕にこの一言を言わせた。
 
 
 

「・・・・・・・・・・・・・・・・また、明日来るね。」
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 

その日から2週間、ほぼ毎日のように彼女の元へ顔を出した。
 
 

ふたりとも饒舌なほうではない。

だから、たまにお互い黙ったまま、ただ時を過ごすだけの時もあった。

けれど、傍にいるだけで彼女は喜んでくれた。
 
 

彼女の入院が予定より5日間伸びる、という話を聞いた翌日、僕は講義の終わった教室で声を掛けられた。
 
 
 

「なぁ、碇。ちょっと聞きたいんだけど・・・・・良いか?」
 

「何?」
 

「お前さぁ、綾波と付き合ってるんだって?」
 

「・・・・・・・・・・・・・・は?」
 
 
 

突然の言葉に、僕は目を丸くした。

友人・・・・・名前は相田ケンスケというが・・・・・・は、眼鏡のレンズを光らせながら僕に詰め寄ってきた。
 
 
 

「隠したってムダだぜ?ネタは上がってるんだ・・・・・・・お前さ、毎日のように見舞ってるんだろ?」
 

「毎日じゃないけど・・・・・」
 

「あんまり変わらないだろ?ま、そんな事はどうでも良い。
で、どうなんだよ実際?」
 

「どうって聞かれても・・・・・・彼女は友達だよ。それ以上でもそれ以下でもないし。」
 

「まぁまぁ・・・・・・照れる気持ちはわかるよ。でもな?
好きでもないオンナのとこに日参するわけがないだろ?」
 

「・・・・・・・・・」
 

「他にはバラさないからさ、正直に言っちゃえよ・・・・・・で、どうなぐあっ!?
 
 
 

鈍い音と共に、急に蹲るケンスケ。

振り返ると、数少ない友人のひとりが拳を固めたまま突っ立っていた。

暑苦しいジャージを着込み、『ワイは漢や!』というのが口癖の熱血男、鈴原トウジ。

ケンスケは涙目になりながら、トウジを見上げて言った。
 
 
 

「いきなり何するんだよ、トウジ!痛ってぇなぁ・・・・・・・」
 

「オノレがアホな事ぬかしとるからやろが!?
『歩くゴシップ紙』と呼ばれるオノレが黙っとるわけないやろっ!
ったく・・・・・・・ネタになるから言うて、センセまで売ろうっちゅーんか!?」
 

「誰もそんな事言ってないだろ!?」
 

「やかましわっ、ボケぇ!
ダチを売ろうなんちゅー不埒モンは、ワイがパチキカマシたるんや!良ぅ覚えとき!!」
 

「・・・・・もう殴ってるじゃないか・・・・・」
 

「何でもかんでも記事にするわけないだろっ!?
第一、これだけ噂になってる事を今更記事にしたって、誰も読みゃしないよ!」
 

「・・・・・噂、って・・・・・・・どういう事さ?」
 
 
 

後頭部を押えながら立ち上がったケンスケは、噂の次第を僕に話してくれた。
 
 

曰く、綾波の入院先に僕が足繁く通っている。

曰く、隣のクラスの渚君(かなり女生徒に人気があるらしい)も見舞う事が多い、と。

曰く、僕と渚君が綾波を自分のカノジョとするため、張り合っている・・・・・と。
 
 
 

「あのな、シンジ。
お前は気付いてないだろうけど、渚とお前は三大新入生切ってのモテ男クンなんだよ。
そんなお前達が美少女トップスリーの一角を担っている綾波のところへ通ってる、なんていったら噂に上がるのなんて当たり前なんだよ。」
 

「・・・・・なんでそうなるんだよ・・・・・・」
 

「ま、人気者の宿命ってやつだろうな。」
 

「そんな事言われたって・・・・信じられないよ・・・・・」
 

「ワイもヒカリからその話は聞いとるで?」
 

「洞木さんから?」
 

「人の口には戸は立てられないからな・・・・・・ま、せいぜい頑張るこった。」
 

「・・・・・・・・」
 
 
 

僕は思考の海に沈み込み始めた。

そんな僕を見て、ふたりはやれやれといった表情で歩いていった。

付き合いは短いけど、僕が考え込み始めたら長くなる事をふたりは知っていたから。
 
 

教室で立ち尽くしたまま、時間だけが過ぎていった。
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 

ケンスケに噂の事を聞いてから、僕達の関係は少しだけぎこちなくなっていた。
 
 

話したい事はある。

けれど、言葉にならない。
 
 

今までは感じなかったもどかしさ。

それは焦りを呼び、焦りは更に口を重くした。
 
 

僕は明らかに、彼女を意識していた。
 
 
 
 
 
 
 

「・・・・・・どうしたの?」
 
 
 

助手席に座っている綾波が、心配そうな表情で問い掛けてきた。

彼女の退院の日、僕は荷物かあるだろうから、とクルマで彼女を迎えに行ったのだ。

病院でも、車中でも口数少ない僕を見て、彼女は気になったのだろう。
 
 
 

「・・・・・なんでもないよ、ちょっと考え事してただけ。」
 

「なら、いいけど・・・・・・・」
 
 
 

自分の手元に視線を落とす綾波。

僕はハンドルを握る手に、少しだけ力を入れた。
 
 

なんとなく沈黙が、重い。

綾波は心なしか緊張しているように見える。

退院できて嬉しいはずなのに。

自由が戻ってきたはずなのに。
 
 

どことなくよそよそしい、彼女。

どことなくよそよそしい、僕。
 
 

奇妙な緊張感が、車内に充満していた。
 
 

暫くして、綾波は小さな声で僕に話し掛けてきた。
 
 
 

「・・・・・・ごめんなさい。」
 

「え?」
 

「私・・・・迷惑掛けっぱなしで・・・・・・・」
 

「そんな事ないよ・・・・・前にも言ったでしょ?『僕がしたいだけ』、ってさ。」
 

「でも・・・・・・・今日の・・・・ううん、最近の碇君、何か変だし・・・・・・」
 

「そう?」
 

「どこか上の空、って感じがする。」
 

「・・・・・・・・・」
 

「・・・・・・私、どうすれば良いのかな?」
 

「どうすれば・・・・・って?」
 

「碇君が何を考えているのか、私・・・・・・・・知ってるもの」
 

「え!?」
 

「・・・・・この前ね、洞木さんが来てくれて・・・・・聞いたの・・・・・・噂の事・・・・・・・・」
 
 
 

口から飛び出すかと思うぐらい、心臓が大きく跳ねた。
 
 

噂話も、いつかは彼女の耳に入ると思っていた。

でも、まさか聞いているとは思わなかった。
 
 

自分が噂を流したわけではない。

言いふらしたわけでもない。

なのに、罪悪感を感じる。
 
 

そして、疑問符が浮かぶ。
 
 

噂を聞いておきながら、どうして行動を共にするのか?

どうして彼女はここにいるのか?

・・・・・嫌じゃないのか?
 
 

乱れる僕の心。

けど、何とか平静を装った。
 
 
 

「・・・・・・迷惑を掛けてるのは僕のほうだよ・・・・・・ゴメン。」
 

「どうして?そんなこと・・・・・・・ないのに・・・・・・・・」
 

「僕の事はどうでも良いんだ。
でも・・・・・変な噂を立てられて、綾波に迷惑掛けちゃう事になって・・・・・・・」
 

「迷惑なんかじゃ・・・・・・ない・・・・・・・私・・・・・・・・・・・・・わた・・・・し・・・・・・・」
 
 
 

彼女はそれ以上言葉を紡がなかった。

沈黙が、肩に圧し掛かる。
 
 
 

カーステレオから流れるサティのピアノが、少しだけ物悲しいように聞こえた。
 
 
 
 
 

結局、それ以上会話は続かなかった。
 
 
 
 
 
 
 

「今日は・・・・ありがとう。」
 
 
 

家の前で彼女を降ろした時の、最後の言葉。
 
 

今にも消えそうな笑顔が、僕の脳裏から離れなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

<未了>
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 

後書き、または悪足掻き
 

なおさん、弐万ひっとおめっとーさんです。

こンなもので申し訳ないのですが、弐万ひっと記念ということで贈らせて頂きます。
 

読んでわかる通り、、まだ終わってません(苦笑)

今のところ、4〜5話くらいになるんじゃないかと思ってます。

確定じゃないッスけど(^^;
 

ま、今暫くおつきあいくださいm(__)m
 

であであ。

 

 


 ああっ!
 なんて、map_sさんの書くレイって、こうも良いのでしょう。
 コトバにははっきり出さなくとも、レイの台詞、ひとつひとつに込められた思いが、ひしひしと伝わってきます。
 こらっ、シンジ! しっかりろってば!(笑)
 
 と、いうわけで、map_s様から我が家の弐萬ヒット記念小説『Je te veux』を頂きました。(^^)/
 ありがとうございます!
 なんと連載! しかも、4〜5話!?
 うふふ。 しばらくmap_sさんのレイちゃんを堪能できますね。(^^)/
 
 しかしタイトルにサティをもってきたところなど、渋いっ。(T―T)
 今後の展開がとても楽しみです!


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