堕ちる

喰う寝る36

 
 
 手のひらに汗が滲む。
 呼吸は、早く、浅く。
 じわりと滲む背中のひきつった感触が、わたしの不安を煽り立てる。
 
 四角い枠の中で、白い雲が飼われている。
 四角い箱の中で、白いわたしが囚われている。
 
『レイ・・・時間だ・・・』
 
 唯一の扉。
 全ての意味で『解放』を意味する、もう一つの四角い枠。
 かつては唯一の絆だったあのひとの声。
 
 ・・・今は。
 
 そう、今では・・・
 
 
 
 
 
 
 
 わたしはもがく。
 自由を求めるひとの心。
 
『レイ・・・イクぞ? 』
 
 わたしの腰は、容赦なく固定されている。
 もがく、抗う。
 でも、自由を求める肉体の叫びは、故に一層の深みへとわたしを墜とす。
 
 見上げるのは四角い枠。
 この空間に光を与える、外界との絆。
 
 見上げるのは白い雲。
 飼われている雲・・・わたしの詭弁をあざ笑い。
 
 
 彼らは、枠の外を流れてゆく。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 扉が荒々しく騒ぎ出す。
 
「綾波っ、あやなみぃっ!? どうしたのっ!? 開けてっ、ここを開けてよぉっ!!! 」
 
 ・・・いかり・・・くん?
 
 身をよじらせる。
 下半身の拘束は解かれない。
 
「どうした? イクぞ、レイ。」
 
 
 
 わたしは、今も堕ち続ける。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あやなみっ!! あやなみぃっ!!? 」
 
 彼の体は鎚となり、解放の門を打ち砕く。
 一打ちごとに扉がきしみ、堕ちたわたしを暴こうとする。
 
 こないで・・・こないで、いかりくん・・・
 
 わたしはもがく。
 
「・・・どうしたのだ、レイ? 」
 
 わたしは堕ちる。
 
 惨めに繋がれたわたしの姿。
 解放・・・なにが正しいのか判らない。
 
 視界を眩ます涙。
 
 解放・・・それを望むのかさえ、判らない・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あやなみぃっ!!! 」
 
 キンッ
 
 砕かれた鍵。
 
「見ないでっ、見ないで碇くん!! 」
 
 砕けた心。
 
 弾けた叫び・・・拒絶のコトバ。
 失った絆が、わたしを引き裂く。
 芽生えた羞恥が、わたしを潰す。
 
「あ・・・あやなみ・・・」
 
「見ないで・・・うっうっ・・・みないでぇ・・・」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「・・・便座、下げなかったの? 」
 
 
 
 
「・・・どうして、こんなことするのぉ・・・? 」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 新しく出来たカレー屋さん。
 三十分の席待ちの間、司令はずっと沈黙を守っていた。 
 席についても、それは同じこと。
 でも・・・顔が赤いのはなぜ?
 
「だから、さ? 男と女って、その・・・おしっこの仕方が違うから・・・」
 
「・・・便座、どうして上げるの・・・? 」
 
「いや、だから・・・男はさ、つまり・・・」
 
 わたしが便器にはまってしまったのは、碇くんが便座を上げていたせい。
 原因の究明は、過ちを繰り返さない為に必要なこと。
 いまはおともだちだけど、数年後には一緒に暮らすつもりだもの。
 将来の不安は早めに摘まなくてはだめ。
 
「・・・レイ。」
 
「はい。」
 
「・・・来たぞ。」
 
「・・・はいっ♪」
 
 今日の元気が明日を創るの。
 長期計画に拘って足元を掬われるのは愚かだわ。
 明るい褐色のブラウスを纏って、ウェイトレスがスパイスの香りを運んでくる。
 
 そう。
 
 これが今日の元気。
 
 わたしの納豆カレー・・・なんだけど。
 
 
「綾波? 」
 
「なに? 」
 
「今度から気を付けるよ。」
 
「・・・そうしてくれると嬉しい。」
 
 白いご飯と黄色いカレーの配色が思い出させる、わたしのおしりと、その、あの、・・・の、コントラスト。
 
 
 
 
 
「・・・レイ。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「はい。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「昨日はコーンラーメンだったのか? 」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「・・・・・・」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 星になった司令に一分間の黙祷をささげ、わたしたちはカレー屋さんを後にした。
 
 ・・・からっぽのおなかを抱えたまま。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 反省文: 綾波さん、ごめんなさい。   喰う寝る36
 

 

 

 

 

 

 


管理人のコメント
 ひどいっ。ひどいよぉ。
 ボクのレイちゃんになんてことっ。(笑)
 
 でも、前半ドキドキしました。
 『Luna Blu』初の、表では掲載できない投稿が来た!
 なんて思ってしまいまして。
 あ、裏はありませんよ。
 念のため。(笑)
 
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