喰う寝る36さんの
KISSの温度「S」Edition 2nd

※ 固視微動
 
 生物の視覚系は、刺激が無くては機能しない。
 だから、自らの眼球を細かく震わせてまで、常に刺激を求め続ける。
 死んだ生物の目は動かない。
 だから、死んだ生き物は、何も見ることが出来ない。
 
 
 揺らぎの絶えた、彼女との生活。
 午前七時に『おはよう』と言い、買い置きのコーンフレークにミルクを注ぐ。
 彼女の為に風呂を沸かし、ニュースサービスを端末に落とす。
 彼女はもう、怒らない。
 
『今日はシチューがいいわ』
『・・・わかったよ』
 
 玄関先で交わすキス。
 温度は、あれから変わらない。
 夕餉のメニューのバリエーション。
 選べる幅も、変わらない。
 
 午後五時半のアナウンス。
 オフィスに届いた食材を、後部座席に落ち着ける。
 
『碇さん、理想の御主人ね』
 
 おもはゆかった嬉しさは、日常となって消え失せた。
 ・・・僕を悩ます悪癖は、思えばこの頃ついたのだ。
 
 庁舎の角を抜けた後、赤いポストが見えてくる。
 左に曲がって右に折れ、停めた車の火を落とす。
 左に曲がって右に折れ。
 ただそれだけが、叶わない・・・
 
 得体の知れない気怠さが、右足を掴み放さない。
 弛む事無いスピードで、ポストの脇を駆け抜けて。
 信号を二つ抜けた後、後悔しながら帰るのだ。
 
『・・・何処に行こうとしたんだろう・・・』
 
 答えの影を払いつつ、六畳二間の戸を開けて。
 変わらぬ顔に向かいあう。
 
『さっき、どこに行ってたの?』
『見てたの?』
『ええ。葉書、出しに行ったから。』
 
 にわかに沸き立つ感情に、そのおとがいに手を添えて。
 瞳を決して閉じぬまま。
 こころのままに、接吻ける。
 kissの温度は変わらない・・・
 
 
 ・・・ただし、固視微動に要する振幅はごく僅かなものである。
 それは、測定器を用いずに観測出来る程ではない。
 
 
 

kuneru36@olive.freemail.ne.jp

なおのコメント(^ー^)/

 ”固定化されてしまった日常と 解放を願うSS……”
 うむ。
 しかし……こちらのほうが、喰う寝る36さんの本当の姿なのでしょうか?
 奥が深いです。(汗)


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