喰う寝る36さんの
KISSの温度「S」Edition

 ネルフ本部に、ささやかなニュースが広まった。
 発信源は技術部所属のオペレーター・・・個人を特定するには至っていない。
 情報漏れを極度に嫌うネルフでは、承認を得ない情報発信は服務規程に違反する。
 したがって、保安部職員の手で、情報発信者の徹底的な洗い出しが行われる・・・筈であった。
 が、ネルフ職員も人の子。
 ネルフ唯一の対人部隊の面々も、それは同じである。
 諸手を挙げて歓迎すべきニュースを提供してくれた誰かを、本気で探し出すつもりは無かった。
 
 超過勤務と泊まり込みの城、ネルフ。
 一年に採る食事の、実に80%以上を頼る食堂。
 潜水艦のそれに匹敵する、仮眠室のベッドの稼働率。
 
 単調な暮らしに変化と潤いを与えてくれる物なら、それを忌む理由など有りはしないのだ・・・
 
 
 
「まったく、マヤったら。・・・あなたにも困ったものだわ」
「すみません、センパイ。
 試食会のお話を聞いたら、つい嬉しくって」
 
 本部食堂に集まった、発令所女性陣&チルドレン。
 食堂の入口には、墨跡も鮮やかな『生活改善委員会 甘味分会 対策室』の看板。
 女性スタッフのお遊びに過ぎない、何の権限も持たない『委員会』であったが、委員長たるマヤも知らぬうちに『兵站課に圧力をかけ』、甘味分会議長たるアスカも知らぬうちに『フルーツパフェをメニューに追加』させていたらしい。
 『アタシだったら、アンミツをプッシュしてるわよ!』という分会議長のコメントが示すように、『委員会』の関係者で本時案への関与を認める人物は一人もいなかった。
 兵站課から届いた要望書の受領確認。添付された要望書のコピーに、『委員会』の文字と共にマヤとアスカの連名を見たときには、少なからぬ不快を覚えもしたが。
 試食という名目で真っ先に新メニューを味わうチャンスは、紛れもなくその要望書が与えた物であり。
 話題の中心は、喜び勇むマヤがしでかした情報漏洩にあった。
 
「い〜じゃない、リツコ。
 保安部の後藤さんも、
 『マヤちゃんに伝えてよ。ウエハースには何も挟んじゃいけないってね?』
 ・・・って言ってたわよん?」
「なに、それ。バレバレじゃない。
 マヤのハッキング技術も、底が浅いってコトね!」
「言い過ぎだよ、アスカ。
 みんな嬉しそうだったし、別に悪い事じゃないし・・・」
「バカシンジは黙ってなさいよぉ。
 アタシは日本人の危機管理意識の甘さについて議論してるんだから」
「危機管理・・・情報漏洩・・・
 漏洩範囲が問題ね・・・
 ・・・これ、副司令から預かってきたの」
「なによ、レイ。
 ちょっと見せてみなさいよ・・・って、これ、祝電じゃない?」
「そうよ、アスカ。
 発信元はネルフ・アラスカ支部・・・」
「あら?電算機部隊のみで新設された、情報戦専門の基地ね」
「アラスカって・・・また、ワールド・ワイドにたれ流したわねェ。
 で・・・なになに?
 『生活に潤いを!今度は、ウチのフライドチキンを試してみないか?』
 ですって」
「食堂のメニューにフルーツパフェが増えるってだけで、凄いニュースになったものね?マヤ」
「・・・スミマセン」
「・・・発信先、本部:加持リョウジ。発信者、諜報部:クーネル・サンダース」
「加持さんのお友達!?
 ・・・きっと、すごく有能な人なのね」
「・・・防諜スクランブルの同期が、規則的にブレている事にMAGIが気付いたの。
 解析の結果、もう一つのメッセージが現れたわ」
「あらぁ、レイ、なにかしらン?」
「・・・『ウマカッタ・マタスイカオクレ』・・・以上・・・」
「「「「「・・・へっぽこ・・・」」」」・・・無様ね・・・」
 
 
「待たせたネェ、みんな。
 コレがあたしらの自信作だよ。
 試食だからって容赦しないから、残さず食べとくれ」
 
 オバチャンと女性は、異なる生き物である・・・そんな言葉に頷かせるだけの破壊力を持った、迫力バディの婦人が現れた。彼女こそが、ネルフの胃袋の守護神!!・・・なのだが、端役の悲しさ、名前は無い。
 手元のワゴンには、六名分×三種類のフルーツパフェ。
 トップに飾るフルーツに重点を置いた物、クリームにフルーツを練り込んだ物、広口の器を満たしたバニラシェイクに様々な果物を泳がせた物。
 パフェの定義も曖昧なそれに見せた反応は各員の個性を反映したものであったが、ここでは一つだけ・・・
 綾波レイの、言葉の形を取らぬ評価、『・・・じゅるっ・・・』を記録するに留めたい。
 
「ふわぁ〜っ。僕、もう入らないよ」
 
 最初にネを上げたのはシンジだった。
 成長に伴う味覚の変化か?甘い物への嗜好が『大好き!』から『結構好き』へと格落ちした今、大量のフルーツパフェは手に負えるものではなかった。
 それでも、二杯目の半ば以上まで食べ進むあたり、『さぁっすが、オットコノコォ!』である。
 
「ダァメよぉ、シンちゃん。全部たべなきゃ試食にならないわ。
 ちょっとひと休みして、頑張って食べなさい」
「ミサトさん、そんなぁ・・・」
「だ〜め。パフェの殲滅も、私たちの使命なの♪」
 
 情けなく肩を落とすシンジ。椅子に浅く座り直し、だらしなくバックレストにもたれかかる。
 目の前の『ノルマ』から逃げるように視線を泳がせた先には、小型の端末を片手に慎重な手つきでスプーンを操るリツコがいた。
 
「リツコさん、それ・・・なんですか?」
「これ・・・って。ああ、端末ね?
 この試食会は、ユーザーとしての希望を伝える最後の機会ですもの。
 精緻なデータを採取して、厳正に審査する必要があるわ」
 
 そう言いながら、クリームを載せたスプーンを端末の前にかざす。
  ばくん!
 ノート型端末の蓋が音を立てて閉じ、堅牢な筈の表面が生き物のように波打つ。
  もしゃもしゃもしゃ・・・ごっくん!
 充分な咀嚼の後、有るのか無いのかも判らぬ喉を鳴らしてクリームを飲み下す端末。
 何事も無かったかのように、ディスプレイを立ち上げて動きをとめた。
 
「ふん?コレステロールの値はちょっと高いわね・・・
 ミサトにバンバン食べさせなきゃ」
「あの・・・リツコさんは、食べてみてどうでした?」
 冷たい汗に覆われたシンジの顔を、チラリと眺めるリツコ。
「私は食べてないわ。
 そうね・・・確かに、生身の被験者によるデータも重要だわね?」
 
 新たなスプーンを手に取り、掬って口に運ぶまでの動作を優雅にこなす。
 
「・・・おいしい・・・ふっ、機械に食べさせるのは勿体ない出来映えよ・・・」
 
 眼鏡を外し、代わりにくつろいだ雰囲気を纏うリツコ。
 端末を片付けて、ゆったりと食べはじめた。
 その姿になぜか安心するシンジ。視線を少しずらすと・・・
 
「ミサトさん・・・それ、なんですか?」
 
 ミサトの前には、既に三つ目の器。広口&バニラシェイクのアレである。
 クリームの半ばはミサトの胃袋に消えていたが、にも関わらず、その表面は溢れんばかりに容器の縁に迫っていた。
 ・・・クリームの下に潜り込み容器の底部を占める、赤褐色のソース。その正体を語るのは、パフェの脇に鎮座するブランデーのボトルであった。
 
「ふふん、いいでしょ?でもダァメ、あげないわ。
 これは、オ・ト・ナ、の味なんだから♪」
 
 言いながら、おもむろに器を抱えると、一息に飲み干した。
 
「ぷっは〜☆
 ・・・特製ソースが足りないわね。
 おっかっわっり、おっかっわっり♪」
 
 厨房に声をかけると思いきや、ブランデーのボトルに手を伸ばし、なみなみと注ぎ込むミサト。みるみる赤褐色に満ちる容器。
 微かにこびり付いたクリームの残滓が、それがかつてはパフェという食べ物で有った事を控えめに主張するのみである。
 
「グビッ、グビッ、グビッ・・・
 クウウゥッ、最高!!
 ヒットメニュー間違いなしねっ!!!
 ・・・もう、おかわり、無いのかしら?」
 
 無言のシンジ。やれやれと首を振り、さらに視線を巡らせた先には・・・
 
 一口たべては『はぁ〜』、二口たべては『ふぅ〜』・・・黒い瞳にお星さまを散りばめ、幸せ一杯のマヤ。
 
『パフェ・・・冷たいモノ・・・雪・・・雪の白・・・白いはウサギ・・・ウサギは跳ねる・・・跳ねるはカヲルの首・・・クスクスッ』
 怪しい譫言を呟きながら、規則的な動作でクリームを口に運ぶレイ。
 
『負けてらんないのよぉ〜、アタシはぁっ!!』
 意外なハイペースで食べ進むレイに対抗意識を燃やし、パフェを口一杯に頬張るアスカ。咀嚼も出来ないほどに詰め込むので、飲み込むことも出来ず目を白黒させている。
 
 眺めて面白すぎる光景ではあったが、うかつに笑いでもしようモノなら、その後の惨状は想像するにあまりある。
 自分のパフェに視線を戻したシンジ。しかし、食欲の再来にはもう少し時間が掛かりそうだ。
 
 ガラスの器を支える受け皿の隅に、シンジは興味を惹かれた。
 さくらんぼの枝である。
 
『たしか・・・これを口の中で結べるとキスが上手だって・・・』
 
 ささっと左右を覗いて、自分を捉える視線が無い事を確認。・・・こそっと、さくらんぼの枝を口に含む。
 
『あれ?・・・んっ、よっ・・・と。
 難しいな、これ。
 ・・・むっ、んっ・・・』
 
 いつしか真剣な表情になり、口の中の作業に没頭するシンジ。
 ミサトの酔眼がその光景を収め、口元を悪戯っぽく吊り上げる。
 
 つんつん、つんつん・・・
 
 正面のリツコをそっ・・・とつつき、シンジの方へ意味ありげに見やる。
 ミサトの視線を追ったリツコはその瞳に優しい色を湛え、隣席のマヤの視線を同じように誘い、マヤもまた・・・
 
『・・・んっ、もう少し!
 ・・・よっ・・・』
 
 同席する女性達の視線を一身に浴びるシンジ。
 まだ、自分を包むものに気付かない。
 滑稽ともとれる表情に顔を歪めながら、一心不乱に作業を続ける・・・と、その表情がパァッと明るくなった。
 
「・・・できた・・・」
 
 思わず音に漏れたつぶやきに、はっと気付くシンジ。
 肩をすくめて周囲をうかがうが、みんな各々のパフェを見つめたまま微動だにしない。
 いささか不自然な光景に疑問を感じながらも、とりあえず一安心。
 口の中から取りだした『作品』に、会心の笑みを漏らした、その時。
 
 パチパチパチパチ・・・
 
 拍手と共に沸き上がる歓声。
 
「ひゅーひゅー、シンちゃんってばテクニシャ〜ン♪」
「やるわね、シンジくん」
「シンジくん、フケツですぅ」
「シンジにしては上出来ね!」
「碇くん、すごい・・・」
「えっ?いや・・・えっ?あれっ?・・・その・・・これは・・・」
 
 軽いパニックから抜け出すや否や、その頬を真っ赤に染めて沈黙するシンジ。
 その様子に頓着する事無く、アスカが対抗意識を燃やす。
 
「でもね、シンジ!そんなに時間が掛かるようじゃまだまだよっ!!
 アタシの華麗なワザを、しっかりとその目に焼き付けなさいっ!!」
 
 言うが早いか、さくらんぼの枝をくわえてモゴモゴやり始めるアスカ。
 可愛らしい唇が様々な形に歪む様は、14才の小娘とは思えないほど艶っぽく、生唾を飲み込むシンジの顔は更に赤みを増し。
 
「・・・ほらっ!もう出来たわっ!!」
 
 得意満面に『作品』を披露する晴れやかな表情に、シンジは少しだけ罪悪感を覚えた。
 
「すごいや、アス・・・「いいえ、まだまだね」」
 
 水を差されて憮然とするアスカを、リツコが余裕の表情で眺めていた。
 
「なによ、リツコ!
 もっと早く出来るって言うのっ!?」
 
 わざわざ席を離れ、周囲の空間を確保して、いつものポーズをビシィッ!と決めるアスカ。
 左手は腰、右手は相手の正面。指さす先がリツコであるのは、見境無しというか・・・
 
「出来るわ・・・でも、大切なのは正確さよ。あなた達にはそれが欠けているの。
 ・・・ご覧なさい・・・」
 
 そう言ってさくらんぼの枝をくわえた次の瞬間、結び目の左右の長さが完璧に揃った『作品』が現れた。
 
「うっ・・・はっ、速い・・・!?」
「まだ判らないの?大切なのは正確さ、そう言った筈よ?」
 
 オトナの余裕を振りまきながら、美しいシンメトリックなそれを見せびらかす。
 実際には、隣のマヤから掠めた枝を、アスカに視線が集中した隙にテーブルの下で慎重に結び、口に含んでおいたのだが。
 口の中で取り換えるだけの、幼稚ともいえる単純なトリックを見抜けた者はこの場には居なかった。
 ・・・否、マヤだけは気付いていたのだが。
 
『せんぱぁい、それって間接キスですよねぇ♪』
 
 潤んだ瞳に、それを明かす言葉は無い・・・
 こうなると、俄然燃えるのがミサトである。
 
「わったしだってぇ!スゥゴイんだからぁ!!」
 
 根拠の無い自信を振りかざし、オーバーアクションで枝をくわえる。
 
「むんっ!!・・・」
 
 しばし無言のミサト。残りの者は、固唾を呑んでミサトを見つめる。
 その場を支配する静寂・・・
 
「はあっ!!」
 
 静けさは、ミサトの気合いによって破られた。
 
「「・・・なによ、それ?」」
 
 アスカとリツコのユニゾン。
 高々と掲げられたミサトのそれには、一つの結ぶ目も有りはしなかった。
 再び訪れる静寂。
 しかし、その場を支配したと呼ぶべきは、怒りに満ちた緊張感・・・であった。
 
「いや・・・その・・・」
 
 焦るミサト。彼女の次の行動は・・・
 
「ちょぉっち、スパイス足んないと思ったのよねぇ!!」
 
 おもむろにスパイス・サーバーからコショウを取り出し、盛大に振りかけるミサト。
 
「ミサトさん・・・その勢いが、あの味付けの秘密だったんですね・・・」
 
 ミサト・カレーの根底に触れ、げんなりした表情で呟くシンジ。
 アスカはと言えば、ミサトの醜態をさっさと忘却の彼方へ追いやり、レイを興味深げに見つめていた。
 
「レイ、やってみたいんでしょ?」
 
 白魚のごとき指先にさくらんぼの枝をつまみ、無表情に、しかし一心に眺めているレイ。
 こくりと頷き、やおらその枝を口に含むと、慎重に口を動かした。
 
 もぐ・・・もぐ・・・もぐ・・・
 
 如何にもレイらしい、規則正しい動き。
 
 もぐ・・・もぐ・・・も・・・ぐもぐ・・・
 
 そのリズムに生じた乱れが伝える完成の予感に、自然と高まる期待。
 
 ・・・・・・
 
 テーブルの一角で漂う独特の雰囲気に、リツコとマヤの視線も引き寄せられる。
 ミサトは厨房に潜り込んで、スパイスの物色に熱中しているようだ。
 レイの動きは既に止まり、残すは作品の披露だけである。
 
 ギャラリーの視線に初めて気付き、ゆっくりと頭を巡らすレイ。
 テーブルを囲む一同を一通り見回し、最後にシンジに視線を落ち着け・・・
 
 ごっくん!
 
 視線を返すシンジの瞳に、頬を染めて俯くレイの姿があった・・・
 
 
 
 一方、その頃。
 --司令執務室--
 
「こんにゃくゼリーの次はフルーツパフェか?
 いい加減にしろ、碇。
 糖尿病は体型に関係ないのだぞ?」
「ふっ、問題ない・・・」
「おお有りだ。
 実際、兵站課への指示を恥ずかしがって妙な小細工をするから・・・
 伊吹くんに、余計なリスクを負わせてしまった」
「ふっ、問題ない・・・」
「碇、喰ってばかりいないで、私の話をちゃんと聞け・・・」
「ふっ・・・むっ?」
「ん?・・・どうした?」
「むっ・・・んんっ・・・うむっ・・・」
「口をモゴモゴさせずに、何か言ったらどうだ?」
「むん・・・うむ。・・・冬月・・・」
「何だ?碇」
「・・・見ろ」
  さくらんぼの枝をくわえたゲンドウ。 しかし、その口から吐き出されたのは、見事な折り鶴だった・・・
 
「ふっ、問題ない・・・」
 
 
 
 
 
 
 

kuneru36@olive.freemail.ne.jp

なおのコメント(^ー^)/

 喰う寝る36さんから、メールで「KISS」 を頂いてしまいました。(^-^)/
 もしかして、掲示板以外での「KISS」ははじめてかも……きゃっ(汗)
 しかし、折鶴って……(汗)


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