喰う寝る36さんの

KISSの温度「」Edition 14th

 

 

 

 


 時計の針は七時三十二分。
 目覚まし時計の奏でる調子外れの朝のメロディが、華奢な指先によって沈黙する。
 ショートカットの女性が落とす視線は、青年が浮かべる安らかな寝顔の上に命中した。
 願わくば、このまま眠らせていてあげたい。
 だが、大学の助手という青年の職業は、安い給料と厳しい上司で彼を縛り付けるのだ。
 
 起こさなくてはならない・・・んだけど。
 
「・・・」
 
 彼女の目元に表情は乏しいが、頬にさす淡い紅が彼女の心を物語る。
 
「・・・」
 
 青年の寝顔を見つめる、温かい彫像。
 
「・・・」
 
 見つめ続ける。
 
「・・・」
 
 ・・・まだ見ている。
 
 ちっ・・・ちっ・・・ちっ・・・ピピピッピピピッピピ・・・
 
 目覚まし時計に装備された二度寝防止機能が、彼女の意識を現世に戻した。
 
「・・・」
 
 無言で時計を止めた彼女、その頬の色は更に深みを増している。
 レースのカーテン越しに差し込む朝日を受け止めるその横顔に、今は恥ずかしそうな表情が微かに浮かんでいた。
 頬に手を添え、熱を吸わせる。
 表情が緩やかに凍ってゆく・・・
 
 ふわん
 
 うっかり舞い戻ってしまった微笑みを打ち消すかのように、慌てて頭を振り・・・
 
 ・・・きりっ
 
「・・・」
 
 引き締まった表情で十数秒。
『わたし、怒ってるの』という顔が定着した事を確かめた彼女。
 右手に提げたステンレスのトレイを、やおら青年の頭上に掲げる。
 生かさず殺さずの絶妙な高度を、慎重に計って。
 
 ボワワ〜ン・・・
 
 青年の額と銀色の円盤が演じる素敵な出会いは、静謐な朝の空気を情けなく震わせた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「・・・酷いよ、レイ。」
 
「でも、合理的だわ。あなた、揺すっても叩いても起きないもの。」
 
 どんよりとした重さを纏った青年は、TVから流れる必要以上に明るいリポーターの声に、眉をしかめながら食卓についていた。
 
「う〜ん、最近は実験で忙しいからね・・・。」
 
「・・・その分は、講義中の居眠りで挽回している筈。・・・はい。」
 
 マーガリンを塗ったトーストを手渡しながら、レイが冷たく言い放つ。
 
「伊吹先生が怒ってたわよ。学生の前で、あんな寝言はやめて欲しいって。」
 
「マヤさんが? どんな寝言だろ・・・」
 
 レイの顔が真紅に染まる。
 鋼の意志で無表情を貫いてはいるが、コーヒーに砂糖を入れる指先は、彼女の動揺を雄弁に物語っていた。
 
「・・・レイ? いつもは一つじゃなかったっけ? 」
 
「え・・・あぅ。いい、ちゃんと飲めるもの。」
 
 シュガーポットの中身をまるごと放り込んだかの様なコーヒーを、レイは一口、ずずっと啜った。
 
「・・・。」
 
 泣き出しそうな顔で、手の中のカップを見つめる。
 
 ずずっ
 
 もう一口。
 
「・・・ぷっ。もうっ、意地っ張りなんだから。」
 
 自分のマグカップを差し出すシンジに、レイは首を横に振った。
 
「だめ、それはあなたの分。」
 
 いいんだ、そろそろ出なきゃ・・・そう言いながら、ブラックのコーヒーをレイの好みに合わせる為に、シンジはシュガーポットに手を伸ばす。
 
「・・・で、僕の寝言って? 」
 
 いよいよ朱を深めるレイの顔を面白そうに見つめながら、砂糖を掬うシンジ。
 
「・・・『レイ、愛してる』って。」
 
 ・・・。
 
 ・・・。
 
 ・・・。
 
「あなた? わたし、お砂糖は一杯でいい。」
 
 真っ赤に頬を染めるシンジの手元に、空になったシュガーポットが残されていた。
 
 ・・・。
 
 ・・・。
 
 ・・・。
 
「・・・いいんだ、僕が飲むから。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その日。
 
『行ってきます』のキスの甘さに、苦笑いを浮かべる若夫婦がいたという。
 
 

 

 

 


管理人のコメント
 喰う寝る36さんから、Luna Blu 40万ヒット記念に『KISSの温度』を頂いてしまいました。
 かなり前に頂いていたのに掲載が遅れて申し訳ありません。
 
 きっとレイちゃんは、毎朝シンジ君の顔を見て、幸せに浸っているのでしょうね。
 レイちゃんのかわいさに『ほよよよん』となってしまうくらい暖かな作品です。
 シンジ君とレイちゃん、新婚なのでしょうか?
 思わず、『シアワセモノー!』と声をかけたくなってしまいたくなってしまいます。
 
 しかし、こんなかわいいレイちゃんを読んでしまうと……
 忘れていた隠れの血が騒いでしまいますぅ!
 
 喰う寝る36さん、ありがとうございました♪
 
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