喰う寝る36さんの
KISSの温度「R」Edition 11th


 全てが終わった世界。
 死と再生のサイクルを経たそれは、サードインパクトに関する全てが、まるで対岸の花火であったかのよう。
 
 疎開先から届いた、ケンスケの訃報。
 下半身だけ焼け残った、ミサトさんの遺骸。
 廃校に伴って中学から配布されたアルバムに、カヲルくんは名前すら残さず・・・。
 
 花火の残照に輝く、赤みがかった空から降ったのは。
 やがて雑踏に踏みつけられ、大気の塵となって消えてゆく・・・そんな燃え滓ばかりだった。
 
「アスカ・・・僕は探してみるよ。」
 
 鮮やかな色彩に輝く街角の花屋から切り取った、鮮やかな真紅をぶら下げて。
 
「生も死も等価値なんだよね?アスカの顔、久しぶりに笑ってる。」
 
 彼女のベッドから拡がる、より鮮やかな真紅の海に佇む。
 
「僕、笑い方がよく思い出せないから・・・。」
 
 だらしなく垂れ下がった彼女の腕を手に取った。
 手首にぱっくりと開いた唇すら、笑っているように見える。
 
「僕もこんな風に笑えるかな・・・楽しいコトを見つければさ?」
 
 手に附いた汚れを彼女のパジャマで拭って、僕は病院を後にした。
 
 
 
 
 
 楽しい事はたくさん見つかった。
 父さんの遺産は、利息だけでも使い切れない程。
 友達もたくさん出来た。
 半年ほどで飽きがきたら、また別の友達を買う。
 賑やかなのに飽きたから、次に静かな遊びを探した。
 
 部屋に籠もってビデオばかり見た。
 店が開けるほどゲームも買った。
 
 ふと鏡を覗いたとき、父さんが居た。
 ・・・よく見たら、髭を伸ばした自分だった。
 ひとしきり笑って、面白いからそのまま放っておいたけど。
 やがてその感触にも飽きたから、コンビニへとカミソリを買いに出掛けた。
 店頭の自販機で、煙草もついでに買ってみた。
 加持さんの年も追い越したし、真似てみるのも良いかと思ったんだ。
 
 
 
 
 煙草はちっとも美味しくなかった。
 
 
 
 
 髭を剃るのは意外に面倒で、どうでも良くなった僕は、それを手首に当ててみた。
 ボトボトッと音がして、床が汚れた。
 不思議と痛みは感じなくて、ちょっぴり楽しいと思った。
 面白がってもっと深く刃を入れたら、筋まで切って、ズキンと鋭い痛みが走った。
 
 痛みに耐えかねて、泣き喚きながら崩れ落ちたとき、黒服の男達が雪崩れ込んできた。
 その一人が僕の血をまともに被って、短い悲鳴をあげる。
 その姿が滑稽で、僕は泣きながらゲラゲラ笑った。
 きっとアスカよりも笑って死ねると思ったから、僕はそれが嬉しくて、またゲラゲラと笑った。
 
 ・・・アスカって、誰だろう?
 
 だんだん寒くなって。
 どんどん体が重くなって。
 とうとう笑うのも面倒臭くなって。
 
 やれやれと目を閉じた僕は、それがとても大事な事のような気がして仕方がなかった・・・。
 
 
 
 
 
 視界の中央で、眩しく蛍光灯が輝いていた。
 かつて見慣れた、白い天井と白い壁。
 それらは効率よく光を反射していて、僕は影を失ったような、そんな気持ちになった。
 下半身に感じる拘束と、リズミカルな振動。
 鉛で満たされた頭蓋に、久しい快感が訪れるに至って。
 二、三度頭を振り、視線をずらす。
 
 しなやかに弾ける細身の躰。
 
 揺れる蒼銀。
 
 やがて僕に向いたのは、決して忘れられない紅い真珠。
 
「・・・起き・・・たの?」
 
 そこには、僕を犯す、中学生の姿をした綾波が居た。
 
 
 
 
「・・・なにしてるのさ!?」
 
 恐怖する僕。
 
「あな・・・たを、連・・・れに来た・・・の。」
 
 一つの母音も、一つの子音も、全ての音を意識的に操るような、声。
 なのに、揺れない瞳。
 
 それは。
 
『あの時』から20年近い歳月が過ぎたのに。
 まるで、『あの時』が昨日に過ぎないかの様な、幼気な姿。
 
「あなた・・・は希っ・・・望、を、捨てたから!?っつぅぁああっ!!」
 
 恐怖すらも刺激なのか、腐った僕は無意識に精を放った。
 同時に、彼女も放たれる。
 
『あの時』、赤い海の彼方。
 砂山のように崩れる彼女を眺めながら信じた、彼女自身の解放のように・・・。
 
 
 
 
 
 僕と一つになったまま、呼吸を整えた彼女は言葉を繋ぐ。
 長い時が過ぎたのか、あるいは一瞬だったのか?
 錯乱した僕の頭には、それを判じる余裕は無かった。
 
「あなたは、私の唯一の希望だったのに。」
 
 僕は・・・あの時終わった筈だった・・・。
 
「だから、私は迎えに来たの。」
 
 僕は、生きながら骸になった自分自身を、見つめ続けて生きてきた・・・筈なのに。
 
 綾波は、その滑らかな内腿に、赤い筋を引きながら立ち上がった。
 
「・・・これが・・・私の希望・・・。」
 
 そして、慈しむように自らの下腹を撫で・・・。
 
「・・・先に行くから。」
 
 驚愕と恐怖で凍り付いた僕に口づけて、四方を囲む壁の白へと消えていった。
 
 一人、取り残された僕。
 
 耳が痛い。
 
『でも、胸はもっと痛い。』
 
 鼓膜を揺さぶる、悲痛な絶叫。
 
『こんなものじゃない、綾波はもっと悲しく叫んだ筈だ。』
 
 焼け付く様な喉の熱と、それに伴う吐血に至って。
 
 
 僕は・・・絶叫の主が、自分自身である事に気付いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 輸血と並行して行われた増血剤の投与で、僕は程なく退院の運びとなった。
 喉の痛みは残ったけど、声を失うには至らなかった。
 
 しょせん、僕の感じる痛みなんてその程度なんだ・・・。
 
 もはや、死へと逃れる気力すら果て、頼りない足取りで病院の玄関を出る。
 
 その時。
 
 門へと至る並木道の中程に、中学生の僕がいた。
 
 ・・・違う、あの子は女の子じゃないか・・・。
 
 錯乱の果て、見知らぬ少女に故知らぬ幻影を重ねる・・・そんな狂った自身を嘲笑う。
 いびつに歪んだ僕の顔をしばらく見つめた後、彼女はスカートを翻らせて、傍らのベンチへと走り去った。
 目の動きだけで彼女を見送り、僕は溜め息を一つ。
 
 死ぬべきじゃ無かった・・・僕は生きるべきだったんだ・・・。
 
 深い悔恨が重くのし掛かり、その質量は耐え難く僕を押さえつける。
 そのまま視線を落としたせいで、僕はまだ気付かなかった。
 
 少女に手を取られて立ち上がった母親の、あまりにも印象的な髪の色に・・・。
 
 
 


 辛いお話ながらも、最後はハッピーエンド。
 ええ、これはハッピーエンドだと思います。
 やはり『愛』。
 短いお話の中に「ぎゅう」と凝縮されています。(^-^)/
 
 
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