全てが終わった世界。
死と再生のサイクルを経たそれは、サードインパクトに関する全てが、まるで対岸の花火であったかのよう。
疎開先から届いた、ケンスケの訃報。
下半身だけ焼け残った、ミサトさんの遺骸。
廃校に伴って中学から配布されたアルバムに、カヲルくんは名前すら残さず・・・。
花火の残照に輝く、赤みがかった空から降ったのは。
やがて雑踏に踏みつけられ、大気の塵となって消えてゆく・・・そんな燃え滓ばかりだった。
「アスカ・・・僕は探してみるよ。」
鮮やかな色彩に輝く街角の花屋から切り取った、鮮やかな真紅をぶら下げて。
「生も死も等価値なんだよね?アスカの顔、久しぶりに笑ってる。」
彼女のベッドから拡がる、より鮮やかな真紅の海に佇む。
「僕、笑い方がよく思い出せないから・・・。」
だらしなく垂れ下がった彼女の腕を手に取った。
手首にぱっくりと開いた唇すら、笑っているように見える。
「僕もこんな風に笑えるかな・・・楽しいコトを見つければさ?」
手に附いた汚れを彼女のパジャマで拭って、僕は病院を後にした。
楽しい事はたくさん見つかった。
父さんの遺産は、利息だけでも使い切れない程。
友達もたくさん出来た。
半年ほどで飽きがきたら、また別の友達を買う。
賑やかなのに飽きたから、次に静かな遊びを探した。
部屋に籠もってビデオばかり見た。
店が開けるほどゲームも買った。
ふと鏡を覗いたとき、父さんが居た。
・・・よく見たら、髭を伸ばした自分だった。
ひとしきり笑って、面白いからそのまま放っておいたけど。
やがてその感触にも飽きたから、コンビニへとカミソリを買いに出掛けた。
店頭の自販機で、煙草もついでに買ってみた。
加持さんの年も追い越したし、真似てみるのも良いかと思ったんだ。
煙草はちっとも美味しくなかった。
髭を剃るのは意外に面倒で、どうでも良くなった僕は、それを手首に当ててみた。
ボトボトッと音がして、床が汚れた。
不思議と痛みは感じなくて、ちょっぴり楽しいと思った。
面白がってもっと深く刃を入れたら、筋まで切って、ズキンと鋭い痛みが走った。
痛みに耐えかねて、泣き喚きながら崩れ落ちたとき、黒服の男達が雪崩れ込んできた。
その一人が僕の血をまともに被って、短い悲鳴をあげる。
その姿が滑稽で、僕は泣きながらゲラゲラ笑った。
きっとアスカよりも笑って死ねると思ったから、僕はそれが嬉しくて、またゲラゲラと笑った。
・・・アスカって、誰だろう?
だんだん寒くなって。
どんどん体が重くなって。
とうとう笑うのも面倒臭くなって。
やれやれと目を閉じた僕は、それがとても大事な事のような気がして仕方がなかった・・・。
視界の中央で、眩しく蛍光灯が輝いていた。
かつて見慣れた、白い天井と白い壁。
それらは効率よく光を反射していて、僕は影を失ったような、そんな気持ちになった。
下半身に感じる拘束と、リズミカルな振動。
鉛で満たされた頭蓋に、久しい快感が訪れるに至って。
二、三度頭を振り、視線をずらす。
しなやかに弾ける細身の躰。
揺れる蒼銀。
やがて僕に向いたのは、決して忘れられない紅い真珠。
「・・・起き・・・たの?」
そこには、僕を犯す、中学生の姿をした綾波が居た。
「・・・なにしてるのさ!?」
恐怖する僕。
「あな・・・たを、連・・・れに来た・・・の。」
一つの母音も、一つの子音も、全ての音を意識的に操るような、声。
なのに、揺れない瞳。
それは。
『あの時』から20年近い歳月が過ぎたのに。
まるで、『あの時』が昨日に過ぎないかの様な、幼気な姿。
「あなた・・・は希っ・・・望、を、捨てたから!?っつぅぁああっ!!」
恐怖すらも刺激なのか、腐った僕は無意識に精を放った。
同時に、彼女も放たれる。
『あの時』、赤い海の彼方。
砂山のように崩れる彼女を眺めながら信じた、彼女自身の解放のように・・・。
僕と一つになったまま、呼吸を整えた彼女は言葉を繋ぐ。
長い時が過ぎたのか、あるいは一瞬だったのか?
錯乱した僕の頭には、それを判じる余裕は無かった。
「あなたは、私の唯一の希望だったのに。」
僕は・・・あの時終わった筈だった・・・。
「だから、私は迎えに来たの。」
僕は、生きながら骸になった自分自身を、見つめ続けて生きてきた・・・筈なのに。
綾波は、その滑らかな内腿に、赤い筋を引きながら立ち上がった。
「・・・これが・・・私の希望・・・。」
そして、慈しむように自らの下腹を撫で・・・。
「・・・先に行くから。」
驚愕と恐怖で凍り付いた僕に口づけて、四方を囲む壁の白へと消えていった。
一人、取り残された僕。
耳が痛い。
『でも、胸はもっと痛い。』
鼓膜を揺さぶる、悲痛な絶叫。
『こんなものじゃない、綾波はもっと悲しく叫んだ筈だ。』
焼け付く様な喉の熱と、それに伴う吐血に至って。
僕は・・・絶叫の主が、自分自身である事に気付いた。
輸血と並行して行われた増血剤の投与で、僕は程なく退院の運びとなった。
喉の痛みは残ったけど、声を失うには至らなかった。
しょせん、僕の感じる痛みなんてその程度なんだ・・・。
もはや、死へと逃れる気力すら果て、頼りない足取りで病院の玄関を出る。
その時。
門へと至る並木道の中程に、中学生の僕がいた。
・・・違う、あの子は女の子じゃないか・・・。
錯乱の果て、見知らぬ少女に故知らぬ幻影を重ねる・・・そんな狂った自身を嘲笑う。
いびつに歪んだ僕の顔をしばらく見つめた後、彼女はスカートを翻らせて、傍らのベンチへと走り去った。
目の動きだけで彼女を見送り、僕は溜め息を一つ。
死ぬべきじゃ無かった・・・僕は生きるべきだったんだ・・・。
深い悔恨が重くのし掛かり、その質量は耐え難く僕を押さえつける。
そのまま視線を落としたせいで、僕はまだ気付かなかった。
少女に手を取られて立ち上がった母親の、あまりにも印象的な髪の色に・・・。
辛いお話ながらも、最後はハッピーエンド。
ええ、これはハッピーエンドだと思います。
やはり『愛』。
短いお話の中に「ぎゅう」と凝縮されています。(^-^)/
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