喰う寝る36さんの
KISSの温度「R」Edition 9th

「く〜ぅ・・・ま〜よ〜う〜っ!!」
 
 やがて正午を迎えようという、とある休日。シンジはリビングの覇者となり、その特権を存分に享受していた。
 すなわち、TVゲームの独占である。
 常ならば、赤毛の女主人に使役され、蒼髪のお姫様にかしずき、豊満なオネエサマにからかわれ・・・と、一連の業務に忙殺されて遊ぶどころではないのだが。
 麗しい三人の同居人。本日のご予定は、そろいも揃ってネルフで実験。
 彼の至福の一時を妨げる者は、夕刻までは存在しないハズであった・・・が。
 
 ピンポ〜ン
 
 日頃の苦役が、広大な床面積として報われる。
 掃除の行き届いた床の上を、縦横無尽に転げ回るシンジ。
 来客を報せるチャイムに気付かない。
 ピン・・・ポ〜ン
「ううっ、万葉はいい娘だなぁ・・・」
 天を見上げ、こみ上げる涙に耐えるシンジ。
 ・・・まだ気付かない。
 ピンポンピンポンピンポン・・・
「アスカはイヂワルだし、綾波もときどきワケわかんないし・・・」
 トントン・・・トントン・・・
「ミサトさんなんか、酔っぱらって僕に変なコトしようとするし・・・」
 ドンドンドン! ドンドンドン!
「ああっ、万葉みたいなコがいてくれたらなぁ・・・って、ん?」
 殴り倒したくなるほど贅沢なセリフを吐くシンジも、ようやく玄関からの音に気付いたらしい。
 名残惜しそうにコントローラーを手放し、目尻の涙をそっと拭って、のたのたと玄関に歩いていった。
「はいは〜い、どなたぁ?」
 どことな〜くオバチャン臭いイントネーションで、ロックを解除するシンジ。
 彼の目の前に現れたのは・・・
「碇くん・・・ひどい・・・」
 ドアを叩きすぎたのか、真っ赤な手をさすって涙ぐむレイ。
 足元にはスーパーのビニール袋。
「どうしたのさ、綾波? 実験は夕方までじゃなかったの?」
「お昼ご飯・・・碇くんに作ってあげるの・・・」
 シンジがいつまでも出てこなくて不安だったのか、俯き垂れた前髪の隙間から、上目遣いにすねた表情を見せるレイ。
 有名無実の家事当番にレイの名が加わっていらい、彼女だけは自分の割り当てを忠実にこなしていた。
 そして今日は、本来ならばレイが家事を受け持つ日ではあったのだ。
「だって、今日は実験でしょ?・・・わざわざ帰ってきてまでやらなくてもいいのに・・・」
 シンジの気遣いに、レイはふるふると首を振る。
「ううん、わたしが作りたかったの・・・碇くんに、わたしのご飯、食べて欲しかったの・・・」
 レイの健気な言葉と幼気な表情に、A10神経を鷲掴みにされたシンジ。
「うっ・・・ううっ・・・!」
 沸き上がる愛しさの奔流に、ぐぅわばっ!! とレイを抱きしめ叫んだ。
「ま〜よ〜う〜っ!!」
 ・・・しつこい?
 
 
 キッチン。
 
 シンジ唯一の城であり、同時に強制作業所でもあるこの場所に、レイが姿を表す回数は少ない。
 レイは基本的に休日担当なのだが、その食卓のバリエーションたるやニンジン・スティックの朝食に始まり、ニンジン・スライスの昼食を経由して、ニンジンの活け作りに終わるヘルシーメニュー。
 食肉アーリア人種の血を色濃く受けつぐアスカ嬢が異議を唱え、無理矢理シンジにリリーフを命じて以降、アスカ不在の週末のみに、その活躍の場は限られていた。
 育ち盛りのシンジにしても、馬かウサギにでもなったかのようなそのメニューは決して満足いくものでは無かったが、作ってくれるというレイの気持ちが嬉しくないハズが無く、その貴重な機会を心待ちにしていたのだ。
 
 で、キッチン。
 正直なトコロ、レイは不器用である。
 サードインパクトを乗り越えるまで、日常の雑事を全て無視して生きてきた彼女。
 箸の使い方すら、起動実験の失敗によって受けた傷を癒やすリハビリの中で身に付けた程だ。
 当然、細かい指先の技術など持ちようハズが無い。
 そこでレイの背後には、初めて包丁を握る愛娘を見守るかのように、不安げなシンジの姿がちょろちょろ覗く事になる。
 
 ん〜でもって、キッチン。
 レイの背後に控えるシンジ、その表情は不安に満ちている・・・ハズなんだけど。
 
「・・・綾波・・・何やってるの?」
「・・・人肌が美味しいの・・・ミサトさんが言ってたもの。」
 ポカンと口を開けて、呆然とたたずむシンジ。
 彼の目前では、カレーのレトルトパックをシャツの中に押し込んだレイが、卵を暖める親鳥のようにうずくまっている。
 ・・・どうやら、人肌に暖めているらしい。
「綾波・・・違うんじゃないかな、それ。」
「・・・美味しいの。」
「いや、だから・・・・・・」
「・・・美味しいんだから。」
「あや・・・・・・」 
「美味しいモン!」
『・・・それは酒の燗つけだよぉっ!!』
 シンジの心の叫びは、レイの頑なさの前に轟沈。
「あやなみぃ、僕は熱々が好きなんだよぉ・・・」
「・・・わかったわ。」
 レイ、あっさり宗旨替え。なぜかその頬は薄紅に染まる。
『碇くんが・・・好きって言ってくれた・・・』
 ・・・違うんじゃないかな?
 やおら立ち上がったレイ。
 もそもそとシャツの中をまさぐって、レトルトカレーを取り出す。
 チラチラ覗く可愛いおへそに赤面するシンジを省みることなく、コンロにかけたお鍋に放り込み・・・
「碇くん、次はご飯なの。」
「えっ、ああ、うん。そうだね・・・えぇっ!?」
 シンジが平静を取り戻す間もなく、食器棚をメリメリ解体するレイ。
「あっ、あやなみぃっ!?」
 語尾上がりで絶叫するシンジ。
「・・・なに?」
 涼やかな声で応えながらも、食器棚はみるみる廃材の山になる。
「なにって、綾波こそナニやってんのさっ!?」
「ご飯・・・炊くの。薪で作れば美味しい・・・」
「いや、薪って・・・此処で燃やすの?
 そ、それにお釜はどうするのさ?釜が無いとご飯は炊けないよ、それじゃ・・・」
「おかま?・・・問題ないわ、捕獲済みだもの。」
 いつのまにか、積み上げられた廃材の上に、簀巻きにされたカヲルが立っていた。
「シンジくん?この愉快な催しは、僕とどんな関係があるのかい?」
 ワケが判らないまま、とりあえず微笑んでみるカヲル。
「違うよっ、カヲルくんはオカマじゃなくてホモなんだぁっ!!」
「・・・違うの?」
 顎の先に人差し指を当てて、小さく首を傾げるレイ。
 せっかくの笑顔を無視されたカヲル、出番を増やそうとあせるあまり、選択を誤る。
「ふふっ、僕はホモだよ?」
 爽やかにカミングアウト宣言。
「・・・そう・・・あなた、イラナイ。」
 カヲル、殲滅。
「・・・問題発生。ご飯が炊けない・・・」
「いい、いいよ綾波。普通に炊飯器で炊いてくれれば・・・」
「炊飯器?・・・碇くんは、炊飯器が好きなのね?
「えっ?ああ、うん。ぼ、僕は炊飯器が好きかなぁ〜、なんて・・・はは、ははは。」
 乾いた笑いのシンジ。
 レイはとてとてと炊飯器に歩み寄り・・・
 
 かぷっ♪
 
 炊飯器に囓りついた。
「・・・美味しくないわ・・・」
 
 
 数時間後、シンジの前には一皿のカレーライスがあった。
 包丁代わりにATフィールドを振り回し、棚の上に手が届かないからと巨大化し・・・
 あれからの惨状を振り返ると、とても信じられない程にまっとうな出来映えである。
 しかし、見た目がまともなのは、ミサトカレーも同様なのだ。
 
 ううっ、僕、もう死ぬのかな・・・
 脳裏に甦るミサトカレーの映像が目の前のカレー皿に重なり、シンジは己の悲運を呪った。
「碇くん・・・食べないの?」
 不安げに瞳を揺らすレイ・・・食べないわけにはいかない。
 天国の両親に祈りを捧げ・・・ようとして、シンジはハタと気がついた。
 母たるユイは、初号機に閉じこめられたまま、弐号機とお誘い合わせのうえ太平洋でバカンスの真っ最中である。
 ゲンドウはと言えば、ピンクの唇に更なる破壊力を与えようと、エステで美肌術を受けている頃だ。
 ひ〜ん、僕には、あの世で待つ両親すらいないんだぁ〜
 結構ムチャクチャな事を考えながらも覚悟を決めたシンジ。
 市場に売られる子牛のような顔をしながら、恐る恐るカレーを口に運んだ。
「・・・・・・」
 不安と期待をAカップの胸に秘め、息をのんでシンジを見守るレイ。
「・・・・・・」
 無言のまま、シンジは更に一口、カレーを味わい・・・
「美味しい! 美味しいよっ、綾波!!」
「・・・美味しいの、碇くん?」
「うんっ! ちゃんとレトルトカレーの味がするよ!!」
「・・・そう、よかったわね♪」
「うんっ、ほんっと〜に良かった! 特売148円の味だよ、これは!!」
「・・・・・・よかった・・・の?」
 なんだか素直に喜べないレイ。 
 極めてありきたりな調理法で、レトルトカレーに『地獄の』という形容詞を与えるミサト。
 かたや、キッチンを地獄の有り様に変えながら、極めて当たり前のカレーに仕上げるレイ。
 ・・・どっちもどっちだけど、喜んでもイイんじゃない?
 
 しばらく物思いにふけった彼女は、冷蔵庫の残骸から一房のブドウを発掘した。
「・・・碇くん、デザートもあるの。」
「ングング・・・ん?」
 死なずに済んだ喜びで、食欲倍増なシンジ。
 最後の一口を味わいながら、微笑みと共に振り返る。
「・・・待っていて・・・」
 ブドウの房から一粒もぎ取り、そっと唇に当てるレイ。
 軽く水洗いをすませたブドウの上を、一滴の滴りが駆け落ちる。
 その雫はやがてレイの唇に辿り着き、微かに震えて留まったと思うや、尾を引きながらこぼれていった。
「んんっ?」
 何事かと目を見開くシンジ。
 シンジの視線を一身に浴びて、全身を淡く朱に染めるレイ。
「・・・んっ・・・」
 滑らかな指先から艶やかな果実へと、ほんの僅かだけ圧力が加わる。
 薄桃色の花びらをこじ開けるように、暗い紫がレイの唇を歪ませて。
「・・・う、んん・・・」
 征服者となった甘珠は、ついに白磁の従者を引き連れて、レイの奥へと埋もれていった。
「あ・・・う・・・あやなみぃ?」
 たかがブドウの一粒に、おもいっきり感情移入してしまったシンジ。
 カラカラに渇いた口からは、意味のある言葉を形作ることすら困難なようだ。
 挑戦的ともとれるような濡れた上目遣いにさらされて、彼は指先一つたりとも動かすことが出来ない。
 
 ちゅぽん・・・
 
 肉色の花弁から、白魚のごとき指を抜き出すレイ。静かにブドウを味わい始める。
「・・・・・・くすっ・・・」
 緩やかな咀嚼に伴い、まるで違う生き物のように蠢くレイの唇から・・・笑みが漏れた。
 赤い瞳の中に、シンジがいる。
 柔らかく、しかし確かな熱と共に、シンジの顎に更紗の肌触り。
 熱の正体が、自分の頸に廻されたレイの腕だと気付くより早く・・・
 
 シンジは、レイに唇を奪われた。
「うっ・・・ふぅ、んっ・・・」
 吐息の主は、レイか?シンジか?
 彼我の境界も失いそうな困惑の中で、シンジは己が口腔を潤す甘露に気付く。
 その甘さが、唇ごしに注ぎ込まれるブドウの果汁だと気付いた時。
「ん・・・ぷはっ!・・・レイ!?」
 シンジの身体は自由を取り戻し、きつくレイの肩を掴んだ、が。
「・・・痛い。」
「え?あ! ごめんっ!!」
 慌ててレイを解放するシンジ。
 しかし苦痛を訴えた筈のレイは、再び笑みを取り戻していた。
「碇くん・・・・・・美味しい?」
「いっ?やっ、あのっ・・・な、なに?」
 未だ動悸の治まらないまま、喘ぐように訊ねるシンジ。
「・・・口内で絞り出した、ブドウの果汁。」
「・・・・・・はいぃ!?」
「お酒のモトなの・・・」
「え・・・あの、その・・・」
 冷静さを取り戻そうと必死なシンジ、ある単語を思い出す。
「それって・・・ひょっとして、サル酒のコトかな?」
「・・・口内菌によって発酵する、原初のお酒・・・そう、サル酒っていうのね?」
 ここで初めてシンジのひきつった表情に気付いたレイ。
 悲しそうに眉を顰め、言葉をつないだ。
「・・・碇くん・・・嫌いなの?」
「や、あのっ!嫌いというか・・・あややっ、好きっ、好きかもっ・・・」
 嫌いという一言で、溢れ出しそうな涙を浮かべるレイ。
 シンジは慌ててなだめにかかる。
「そう・・・碇くんはサル酒が好き。・・・碇くんはサル酒が・・・」
 はっ・・・と顔色を青くすると、レイはわなわなと震えだした。
「碇くんはサル酒が好き・・・碇くんはサルが好き・・・!!」
「サル・・・SAL・・・うっ、うぇぇぇ・・・」
「碇くんは、アスカが好きなんだぁぁぁぁああっ!!」
 滝のような涙で周囲を押し流しながら、ドップラー効果をまき散らして。
 レイは、何処とも無く走り去っていった・・・
 
 
 
 
 −−その日の夕食−−
 
「ちょっとぉ、バカシンジッ!!・・・ど〜ゆ〜コトよぉ、これぇぇぇぇ?」
 食卓に上るのは、がんじがらめに縛られたアスカ。
 脇にはご丁寧に、数種の薬味と紅葉おろしが添えてある。
「・・・夫の嗜好を知るのも、妻の務めなの♪」
 左腕に縋りつくレイと、活け作りにされたアスカ。
 神の食卓すら色褪せてしまうような、極上の晩餐に・・・
「は、ははは・・・はぁ・・・」
 シンジは、力無く笑うのみであった・・・  
 
 
 

kuneru36@olive.freemail.ne.jp

なおのコメント(^ー^)/

 RでもXでもないのに……すごく、すごくHです。(汗)
 レイちゃんの唇から口移し、しかも絞りたて!(爆)
 
 でも、シンちゃん。浮気は許しませんよ。
 万葉は僕に任せ(ばきっ!)……(汗)


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