喰う寝る36さんの
KISSの温度「R」Edition 4th

 サードインパクトのあと、三人目の私が意識をとりもどしたのは、白いベッドのうえだった。
 固めの生地で作られたシーツに擦れて、背中と臀部が痛みでうずいた。
 右腕には点滴の針が刺さり、はだけられた上半身にはいくつかの電極が張り付けられていた。
 確認を求めて体を少し動かすと、それは強烈な脱力感を伴いながらも、意志の動きを忠実にトレースした。
 最後のためらいを振り解こうと、三人目の私は自分を囲う壁を見渡す。
 少年の姿が無いことを確かめると、不思議なことに瞳が濡れた。
 学習した記憶と心の関係には、若干の誤りが有る様だ。
 二人目の私が残した記憶が、三人目の私の行動に及ぼす影響は、無意識の領域にまで及んだ。・・・不愉快だ。
 成すべき事を成した後は、何も残さず無に還りたい。
 私の唯一の希望を妨げた二人目の私を不快に思いながら、三人目の私は点滴の針を抜いた。
 ゆっくりと遠退く意識の中で、胸の奥を苛む冷たさも不愉快だ・・・
 
 顔を熱する日差しに、私は再び意識を取り戻した。
 無に帰った筈の三人目の私だったが、どうやら只、眠ってしまっただけらしい・・・不愉快だ。
 サイドテーブルの上には、緑の粒子を浮かべた白いスープが、深い広口の容器に注がれていた。
 無に還るべき三人目の私に、何故食事を採る必要があるのか?・・・不愉快だ。
 
 
 右腕の針の痕を、清潔なガーゼが覆っていた。
 意味もなく生かされるのは・・・不愉快だ。
 
 人目を避けて部屋を出た。ガードの気配は無い。
 ナースステーションの死角を這って、三人目の私は無を求め抜け出した。
 照りつける日差しは、アルビノの皮膚を強く焼く。
 苦痛を避けるのはそのように設定された本能であり、三人目の私は木陰を渡って歩き続けた。
 
 時折そよぐ風に、二人目の私が吐息を吐く・・・不愉快だ。
 樹木の枝間、強すぎる輝きが緑を萌やし、二人目の私が目を細める・・・不愉快だ。
 甲高い声と共に幼い人間達が駆け抜け、二人目の私がその背を見送る・・・不愉快だ。
 
 世界の中に何かを求める二人目の私。記憶の私。
 絶無の中に世界を求める三人目の私。肉体の私。
 ・・・不愉快だ。・・・不愉快だ。・・・不愉快だ。
 
 いらだちに疲れ果てた三人目の私は、体重を預ける物を探して公園に入る。
 足元には、私を縫いつける地面がある・・・不愉快だ。
 頭上には、私を見おろす青空がある・・・不愉快だ。
 右手には、大地に影を落とす樹木がある・・・不愉快だ。
 左手には、幼が人間達が蠢く砂場がある・・・不愉快だ。
 
 いらだちを抑えきれなくなった三人目の私は、再び無を求めて立ち上がり。
「・・・綾波?」
 この身体を識別する音の記号を認識し、振り返った先に彼がいた。
 
「綾波、意識が戻ったんだね・・・」
 身体中を恐怖が駆けめぐり、一歩後ずさる事を身体に望んだ。・・・しかし、それを『記憶』が妨げた。
 せめて不快感を表現しようと、顔を歪めるよう身体に望んだ。・・・しかし、それを『記憶』が妨げた。
 ならばせめて攻撃しようと、右手を揚げるよう身体に望んだとき・・・
 
 三人目の私は、彼に身体を包まれた・・・
 
 彼の腕の含んだ熱が、三人目の私に伝わってくる。・・・不愉快だ。
 彼の胸の微かな鼓動が、三人目の私に伝わってくる。・・・不愉快だ。
 彼の瞳の落とした雫が、三人目の私に伝わってくる。・・・不愉快・・・な筈なのに・・・
 
 必死に身体をよじり、背けた瞳に世界が映ったとき。
 
「・・・あ・・・・・・」
 
 『私』を囲う世界の全てが、果てしない愛しさを伴って・・・私の中を吹き抜けた・・・
 
「いかり・・・くん・・・」
 
 二人目も三人目も無いただ一人の『私』は、目の前の少年に腕を差し伸べ・・・
 
 少年と私は、落とした影を一つにかさねた・・・
 
 
 --後日談--
 病院から葛城家に引き取られた私は、碇くんの世話を受けながら体力の回復を待つ事になった。
 彼の看護は衣食住の全てに渡り、中でも食に関しては、至上の喜びを感じずに居られなかったけど。
「キライなのは判るけど・・・早く元気になって欲しいんだ。」
 私の目の前には、美味しそうなニンニクラーメン。
 でも、その上には・・・小さなチャーシューがしっかりと乗せられていた。
 
 ・・・もうっ!・・・不愉快、だわ♪
 
 
 
 

kuneru36@olive.freemail.ne.jp

なおのコメント(^ー^)/

 はあ〜、よいですね〜
 こういうお話、大好きです。
 特に最後の件(くだり)が最高♪


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