サードインパクトのあと、三人目の私が意識をとりもどしたのは、白いベッドのうえだった。
固めの生地で作られたシーツに擦れて、背中と臀部が痛みでうずいた。
右腕には点滴の針が刺さり、はだけられた上半身にはいくつかの電極が張り付けられていた。
確認を求めて体を少し動かすと、それは強烈な脱力感を伴いながらも、意志の動きを忠実にトレースした。
最後のためらいを振り解こうと、三人目の私は自分を囲う壁を見渡す。
少年の姿が無いことを確かめると、不思議なことに瞳が濡れた。
学習した記憶と心の関係には、若干の誤りが有る様だ。
二人目の私が残した記憶が、三人目の私の行動に及ぼす影響は、無意識の領域にまで及んだ。・・・不愉快だ。
成すべき事を成した後は、何も残さず無に還りたい。
私の唯一の希望を妨げた二人目の私を不快に思いながら、三人目の私は点滴の針を抜いた。
ゆっくりと遠退く意識の中で、胸の奥を苛む冷たさも不愉快だ・・・
顔を熱する日差しに、私は再び意識を取り戻した。
無に帰った筈の三人目の私だったが、どうやら只、眠ってしまっただけらしい・・・不愉快だ。
サイドテーブルの上には、緑の粒子を浮かべた白いスープが、深い広口の容器に注がれていた。
無に還るべき三人目の私に、何故食事を採る必要があるのか?・・・不愉快だ。
右腕の針の痕を、清潔なガーゼが覆っていた。
意味もなく生かされるのは・・・不愉快だ。
人目を避けて部屋を出た。ガードの気配は無い。
ナースステーションの死角を這って、三人目の私は無を求め抜け出した。
照りつける日差しは、アルビノの皮膚を強く焼く。
苦痛を避けるのはそのように設定された本能であり、三人目の私は木陰を渡って歩き続けた。
時折そよぐ風に、二人目の私が吐息を吐く・・・不愉快だ。
樹木の枝間、強すぎる輝きが緑を萌やし、二人目の私が目を細める・・・不愉快だ。
甲高い声と共に幼い人間達が駆け抜け、二人目の私がその背を見送る・・・不愉快だ。
世界の中に何かを求める二人目の私。記憶の私。
絶無の中に世界を求める三人目の私。肉体の私。
・・・不愉快だ。・・・不愉快だ。・・・不愉快だ。
いらだちに疲れ果てた三人目の私は、体重を預ける物を探して公園に入る。
足元には、私を縫いつける地面がある・・・不愉快だ。
頭上には、私を見おろす青空がある・・・不愉快だ。
右手には、大地に影を落とす樹木がある・・・不愉快だ。
左手には、幼が人間達が蠢く砂場がある・・・不愉快だ。
いらだちを抑えきれなくなった三人目の私は、再び無を求めて立ち上がり。
「・・・綾波?」
この身体を識別する音の記号を認識し、振り返った先に彼がいた。
「綾波、意識が戻ったんだね・・・」
身体中を恐怖が駆けめぐり、一歩後ずさる事を身体に望んだ。・・・しかし、それを『記憶』が妨げた。
せめて不快感を表現しようと、顔を歪めるよう身体に望んだ。・・・しかし、それを『記憶』が妨げた。
ならばせめて攻撃しようと、右手を揚げるよう身体に望んだとき・・・
三人目の私は、彼に身体を包まれた・・・
彼の腕の含んだ熱が、三人目の私に伝わってくる。・・・不愉快だ。
彼の胸の微かな鼓動が、三人目の私に伝わってくる。・・・不愉快だ。
彼の瞳の落とした雫が、三人目の私に伝わってくる。・・・不愉快・・・な筈なのに・・・
必死に身体をよじり、背けた瞳に世界が映ったとき。
「・・・あ・・・・・・」
『私』を囲う世界の全てが、果てしない愛しさを伴って・・・私の中を吹き抜けた・・・
「いかり・・・くん・・・」
二人目も三人目も無いただ一人の『私』は、目の前の少年に腕を差し伸べ・・・
少年と私は、落とした影を一つにかさねた・・・
--後日談--
病院から葛城家に引き取られた私は、碇くんの世話を受けながら体力の回復を待つ事になった。
彼の看護は衣食住の全てに渡り、中でも食に関しては、至上の喜びを感じずに居られなかったけど。
「キライなのは判るけど・・・早く元気になって欲しいんだ。」
私の目の前には、美味しそうなニンニクラーメン。
でも、その上には・・・小さなチャーシューがしっかりと乗せられていた。
・・・もうっ!・・・不愉快、だわ♪
なおのコメント(^ー^)/
はあ〜、よいですね〜
こういうお話、大好きです。
特に最後の件(くだり)が最高♪