「やあ、シンジくん。おはよう、鳥達の声が爽やかだね。」
いつもの通学路、いつもの交差点。
ガードレールに体重を預け、くつろいだ笑みを向けるカヲル。
「おはよう、カヲルくん。・・・そんなトコにもたれかかったら、お尻が白くなっちゃうよ?」
慌てて立ち上がり、お尻をはたくカヲル。・・・へっぽこである。
「あ〜ら、プラス1。4バカ最期の男が、やっぱ一番バカだわ。」
シンジのとなりで呆れてみせるアスカ。その右手を、シンジの腕にさりげなく絡めている。
「おはよう、アスカちゃん。恋敵に捧げる敬意がそれかい?」
「はんっ、アンタみたいなホモ、敵にもならないわよ。」
「ふふっ。敵じゃないってコトは、僕のシンジくんを巡る華麗な争いから脱落したってコトだね?
シンジくん、待たせたね?僕達の愛を阻む無粋な障害は消え去ったよ・・・」
スッと目を細め、シンジの細い顎に優しく手を添えるカヲル。
「だぁ〜れが『僕のシンジくん』よっ!!」
目尻を吊り上げ、左手をカバンごと振り上げるアスカ。
しかし、それが振り下ろされる事は無かった。
ドンッ
鈍い音と共に、くすんだ銀髪が明るい蒼銀に入れ替わる。
「・・・痛い・・・。
おはよう、碇君・・・惣流さんも。
ごめんなさい、今日も遅れてしまったわ。」
「おはよう、レイ。
アンタもなかなかヤルわね?」
小柄な体躯からは想像も出来ぬ勢いでカヲルを突き飛ばしたレイ。弾む呼気を静めようと、胸を押さえている。
ほんのり上気した顔に、うっすらと浮かぶ汗。
そっけない口調とは裏腹な、待ちあわせに遅れまいと必死に走って来た様を思わせるその姿に、シンジは柔らかく微笑んだ。
「おはよう、綾波。・・・大丈夫?たんこぶとか出来てない?」
「・・・問題無いわ。・・・ありがとう、心配してくれるのね・・・」
息を静めようとする努力に反して、頬の紅は更に深みを増している。
「ひどいな、綾波くん。問題はあるよ、僕にとってハゥッ!?」
額に伝わる一筋の血に妖艶さを増しながら、使徒らしく甦ったカヲル。
しかし、『・・・僕にとってはね?』と、おきまりのセリフを言うことは許されなかった。振り上げた拳の落ち着く先を見つけたアスカによって、地面に叩きつけられてしまう。
「ホント、こいつもしつっこいわねぇ。
レイ、あんたも、いつまでもシンジと見つめあってるんじゃないわよ!」
ハッ・・・と我にかえる綾波。
「時間よ、行きましょう・・・。」
くるりと背を向け、すたすたと歩き出す。
「ひょっとして、綾波・・・照れてるの?」
聞こえたはずのシンジの声にも、微塵も揺るがないレイの歩み。
一気にうなじまで侵食した朱色のみが、彼女のこころを語っていた。
「ええっ?トウジと委員長が!?」
学校までの楽しいおしゃべり。
今日の話題はキス。
とうとうトウジに想いを伝えたヒカリ。驚き、そして喜んだトウジは、すぐに苦悩の表情を浮かべたそうだ。
『勇気が要ったやろ、恐かったやろ?
ワシは最低のオトコじゃ、オナゴにこんな辛い思いをさせるなんて!
・・・スマンかった、イインチョ。
せめてキスくらいは、ワシの方からさせてくれ・・・』
かくして、告白からファーストキスまでセットでこなしたヒカリは、夕べ電話でアスカにご報告したのだが。
親友の吉報に、まるで我が事のように舞い上がったアスカが、こうも簡単に暴露してしまうとは・・・思ってもいなかっただろう。
「ふふ・・・鈴原くんも隅におけないね?
交尾には値しないとしても、その優しさは好きだと言えるよ。」
『交尾に値する男』に妖しい視線を送りながら、カヲルはサラリと評価した。
視線を全身・・・いや、主に下半身に浴びるシンジ。ネバつく汗を拭いもせず、お尻の筋肉に力をこめる。
常ならば、アスカの威力制裁がカヲルの視姦を止めさせるのだが・・・。
「でしょ?でしょ?ヒカリを泣かせたらどうしてくれようって、『二週間速修コース・ムエタイ講座』を受講したりもしたけど・・・。
鈴原を見直したわ、バカからパカに格上げしなきゃ!」
本当に嬉しかったのだろう、シンジしか見たことの無いような笑顔を、天敵カヲルに大盤振る舞いしていた。
二人の会話に、近ごろキレを増したアスカの蹴りを思い出すシンジ。今度は腹筋に力をこめる。
ちなみに綾波は・・・
未だ冷めぬ顔のほてりに振り向くことも出来ぬまま、一人で先を歩いていた。
数分後・・・
「あっ・・・駄目、シンジ・・・人が見てるわ・・・」
「ふふっ、可愛いよ、アスカ。
みんなに知って貰いたいのさ、僕のアスカがどんなにセクシーな女の子かをね。」
「やんっ、そんな・・・!見て欲しいのはシンジだけなのぉ・・・」
「イケないコだね、アスカ。キミの魅力はみんなのモノさ・・・。
それとも、僕のお願いじゃ・・・ダメなのかい?」
「・・・いいの、シンジが望むなら、あたし・・・」
「・・・カヲルくん、僕の声真似でヘンなコト言うのやめてよ。」
油断したアスカ。言葉巧みなカヲルの心理誘導によって、妄想の無間地獄に突入。
類は友を・・・いや、種に交われば、かも。
真っ赤な顔を左右にブンブン振りながら、耳年増特有のディープなシチュエーションを夢想している。
ちなみに、現在のアスカに対するシンジの認識は、
『アスカって、こんなにノリが良かったっけ?』
・・・妄想に駆られた末の、本心の吐露であるなどとは夢にも思わぬシンジ。
自分をからかって遊んでいるとしか受け取らないあたり、鈍さバクハツである。
ともあれ、アスカが通ればカヲルは引っ込む。・・・逆もまた、真なり。
アスカのフリーズ状態を勝機とみるや、すかさず進攻を開始するカヲル。
「シンジくん・・・僕も鈴原くんに学ぶ必要がありそうだよ・・・
でも、僕の想いは既にシンジくんのモノ・・・伝える言葉は必要無いさ。
だから、これを受け取っておくれ・・・」
髪をサラリと掻き上げ・・・るや否や、グワバァッ!!とシンジを押し倒すカヲル。
その勢いたるや、獲物をおびき寄せた提灯アンコウのごとし。
「や、やめてよ、カヲルくんっ!!・・・アスカ・・・助けてよっ、アスカァッ!!!」
シンジの叫びは、アスカの耳に届かない。
「・・・シンジさまぁ?」
あれ?届いたの?
「さま・・・って・・・アスカ?」
あまりに異常な呼びかけに、ひきつった視線を向けるシンジ。
つられてカヲルも顔を向けると・・・
そこには、開ききった瞳孔が未だ夢の世界の住人であるコトを主張する、お目々ウルウルなアスカがいた。
「シンジ様!そこな殿方はいずこの御仁で!?」
一体どんな妄想を見ているのやら?妙に雅風味な言葉で詰問するアスカ。
目を白黒させるシンジとは対照的に、アスカの状況を認識したカヲルは、『ニヤリ・・・』とゲンドウ・スマイルを浮かべる。
「おお、アスカ殿。許されよ。この身は既にシンジ卿のもの。
許されぬ恋を患いし我ら二人に、もはや現世の理は通じはいたさん・・・
迫害されし我らなれば、関わりになるは御身の為になりませぬ。
ささっ、どうぞ先を急がれますよう・・・」
雰囲気にのせて厄介払いを企むカヲル。しかし・・・
「のわぁあんですってぇえ!?」
アスカの言葉使いに再起動の兆候を見るや、にじむ汗もそのままに、懐柔策に切り替えた。
「されどアスカ殿!
矮小なる我が魂ではシンジ卿の深淵なる愛、これを受けきれは致しませぬ・・・
どうかアスカ様!
心なき者の為す価値なき災いに恐れを抱かず、御身をシンジ卿に投げ出す覚悟あらば!
ふ・た・り♪でシンジ卿への愛、貫きましょうぞ!!」
「えぇ〜?ふたりでぇ〜?」
不満そうなアスカ。
しかし、トロンとしたその瞳は、再び白昼夢の世界に舞い戻った事を示している。
「アスカ殿!
迷いますな!
躊躇いますな!!
・・・御身の想い、浅き私欲より生ぜし物にはあらぬ筈。
すべてはシンジ卿の為ですぞ!!」
カヲルの言葉に、我知らず一歩踏み出すアスカ。
カヲルの笑みは、更に邪悪に歪む。
「・・・シンジ卿も、それを望んでおりますゆえ・・・」
トドメの一言。
「シンジ様ぁ〜っ、アタシを求めて下さるのですねえぇぇっ!」
カヲルを押しのけシンジに馬乗りになるや、盛大にキスの雨をふらせる。
カヲルも慌てて戦列に加わり・・・
事態の進展についてゆけず、ポカンと口を開けて二人のやりとりを眺めていたシンジだが、事ココに及んで、初めて我が身の危険に気が付いた。
・・・が、時既に遅し。
金、銀、金、銀・・・
メタリックな色彩の奔流を伴って荒れ狂うキスの嵐に、もはや言葉を発する余裕も無い。
「たっ・・・たすけっ・・・!? しっ・・・舌をムッ!・・・あっ・・・あやな・・・ッ!!」
嬉しいのか悲しいのかも判らぬまま、悲鳴すらも封じられ。
心のヒューズが焼き切れそうなシンジ。
・・・もう・・・どうでもいいや・・・
シンジが精神汚染を受け入れようとしたその時。
「何をしてるの?」
鈴のように響く怜悧な声が、その場を支配した。
「どうしたんだい、綾波くん。」
爽やかな笑顔で応えるカヲル。
もっとも、溢れるヨダレでその口元を濡らしていては、魅力のミの字も有りはしない。
「聞いているのは私。・・・何をしているの?」
無言で見つめ合うレイとカヲル。
微妙な緊張感を漂わせたその時間は、しかし、長くは続かなかった。
諦めたように軽く息を吐き、問いに答えるカヲル。
「これかい?これはキスってやつさ。」
「・・・碇くんは嫌がっている。どうしてそんな事するの?」
「僕達は碇くんを愛しているからさ。君にも判るだろう?愛って物が。」
「愛・・・判らない・・・。」
暫しの沈黙のあと、悲しそうに目を伏せるレイ。
その姿を考え深げに眺めていたカヲルは、優しい笑みと共に口を開いた。
「愛とは・・・誰かに尽くしたい、誰かを求めたい・・・
・・・そんなリリンの心さ。
尽くし、与えるばかりじゃない。求め、奪うのもまた、愛なのさ。
・・・ごらん・・・」
カヲルが視線で誘った先には、シンジを独占してご満悦のアスカ。
一瞬ひきつった笑顔を素早く復元し、カヲルはレイに語り続けた。
「・・・これが、シンジくんを求め、そして奪う・・・
アスカちゃんの心のカタチさ・・・」
カヲルの言葉に何かを感じたレイ。
おぼつかない足取りでシンジに歩み寄り、そっと手を差し出す、が。
「待ちやれ、そこな村娘!」
やおらスクッと立ち上がり、レイの顔めがけてビシィッと指を突きつけるアスカ。
その小脇には、放心状態のシンジが抱えられている。・・・ちなみにその表情は、なんだか嬉しそうだ。
「むら・・・むすめ?」
アスカの指先を寄り目で見つめながら、キョトンとするレイ。
「したり。そち、わらわのシンジ様に如何せんと欲するか!?」
「・・・キス、するの。」
「虚け者!!キスとは即ち愛の証。人形娘のそのほうに、愛のなんたるかが理解出来ておるのかっ!?」
「・・・ぐすっ。
人形じゃないモン・・・」
「あ、ゴメンなさいゴメンなさい!今のアンタは確かに人形じゃないわ!!
・・・って、そうじゃなくて!!」
一瞬だけ正気に戻ったアスカだが、話の都合上、再び呆けて頂く。
「kissなる言葉を形作る三種の文字、
即ち
K・I・S!
不愉快なれどもKAWORUのK!
そして要はIKARIのI!
さらにとどめ、SOURYUのS!
これらみっつが織りなす妙味こそ、キスの真髄と知れぃ!!」
意味が有りそうで無さそうなコトを、胸を張って断言するアスカ。
ちょっぴり恥ずかしそうだが、ここで理性を取り戻してもらうワケにはいかないのだ。
「碇くんのアイ・・・
碇くんの・・・
そう。
そうなのね?
私、求めているわ・・・
碇くんの愛・・・
このキモチが、私のココロ・・・
碇くんを愛し求める、私の心・・・!
私、碇くんを愛してるの!!」
ヘレン・ケラーの『Water!』の叫びのように、自分自身と、それを表す言葉を知った喜びの声。
TVCMの、『あ〜ら、落ちにくい汚れがこぉんなにキレイ!』という喜びの声を遙かに凌駕し、朦朧としたシンジの意識をも呼び覚まさずには済まさない・・・
「わたしっ!碇くんをっ!!愛してるのぉっ!!!」
・・・それは、そんな叫びだった。
『っきぃ〜〜っ!!
もっと甘いモノ・・・なぁんて言ってキスしてたクセに!
今さらウブな美少女のふりしてぇ〜!!』
こっちはどんな叫び?
なにはともあれ、通行人のみなさんも、口々に祝福している。
『おめでとう!』
『おめでとう・・・』
『おめでとう♪』
ポケットから覗く台本に、ささやかな疑問を感じずにはいられないが・・・
感動的な自分の姿に酔いしれるレイに、そっと歩み寄るシンジ。
「ありがとう・・・僕のコト、愛してくれて。」
カヲルとはひと味違う、邪心の欠片もない微笑み。
「碇くん・・・」
命の炎に染められた様な真紅の瞳から、留めようもない涙を溢れさせ・・・
「K、I、Sでキスかぁ・・・ふふっ、ホントだね?」
「うん・・・うん・・・」
形にならない言葉・・・
しかし、いかなる形容でも表せない微笑みを前に、むしろ言葉は邪魔なだけだろう。
「カヲルくんのK、僕のI、アスカのS・・・」
「うん・・・」
「・・・綾波のA、・・・レイのR・・・あれっ?」
「・・・うんっ?」
口ごもるシンジに、凍て付く笑みのレイ。
アスカとカヲルの口元に、ゲンドウ・スマイル。
「ねっ・・・ねえ・・・」
レイの後頭部を飾る、極大の汗。
「綾波は・・・何処にいるの・・・?」
「ひくっ・・・うっ・・・うわあああぁぁんっ!!!」
大泣きしながら走り去るレイ。
その日の放課後。
レイを泣きやませようと降らせたキスの雨のせいで、唇を赤く腫らせたシンジがいたそうだ。
・・・だらだらとスミマセン。
なおのコメント(^ー^)/
喰う寝る36さんの二つ目♪
ありがとうございます。(^-^)/
「KISS」の文字を構成する人物に着目するとは……(笑)
アスカがいい具合にコワレてます。
すばらしい。(笑)