喰う寝る36さんの
KISSの温度「R」Edition 2nd

「やあ、シンジくん。おはよう、鳥達の声が爽やかだね。」
 いつもの通学路、いつもの交差点。
 ガードレールに体重を預け、くつろいだ笑みを向けるカヲル。
「おはよう、カヲルくん。・・・そんなトコにもたれかかったら、お尻が白くなっちゃうよ?」
 慌てて立ち上がり、お尻をはたくカヲル。・・・へっぽこである。
「あ〜ら、プラス1。4バカ最期の男が、やっぱ一番バカだわ。」 シンジのとなりで呆れてみせるアスカ。その右手を、シンジの腕にさりげなく絡めている。
「おはよう、アスカちゃん。恋敵に捧げる敬意がそれかい?」
「はんっ、アンタみたいなホモ、敵にもならないわよ。」
「ふふっ。敵じゃないってコトは、僕のシンジくんを巡る華麗な争いから脱落したってコトだね?
 シンジくん、待たせたね?僕達の愛を阻む無粋な障害は消え去ったよ・・・」
 スッと目を細め、シンジの細い顎に優しく手を添えるカヲル。
「だぁ〜れが『僕のシンジくん』よっ!!」
 目尻を吊り上げ、左手をカバンごと振り上げるアスカ。
 しかし、それが振り下ろされる事は無かった。
 ドンッ
 鈍い音と共に、くすんだ銀髪が明るい蒼銀に入れ替わる。
「・・・痛い・・・。
 おはよう、碇君・・・惣流さんも。
 ごめんなさい、今日も遅れてしまったわ。」
「おはよう、レイ。
 アンタもなかなかヤルわね?」
 小柄な体躯からは想像も出来ぬ勢いでカヲルを突き飛ばしたレイ。弾む呼気を静めようと、胸を押さえている。
 ほんのり上気した顔に、うっすらと浮かぶ汗。
 そっけない口調とは裏腹な、待ちあわせに遅れまいと必死に走って来た様を思わせるその姿に、シンジは柔らかく微笑んだ。
「おはよう、綾波。・・・大丈夫?たんこぶとか出来てない?」
「・・・問題無いわ。・・・ありがとう、心配してくれるのね・・・」
 息を静めようとする努力に反して、頬の紅は更に深みを増している。
「ひどいな、綾波くん。問題はあるよ、僕にとってハゥッ!?」
 額に伝わる一筋の血に妖艶さを増しながら、使徒らしく甦ったカヲル。
 しかし、『・・・僕にとってはね?』と、おきまりのセリフを言うことは許されなかった。振り上げた拳の落ち着く先を見つけたアスカによって、地面に叩きつけられてしまう。
「ホント、こいつもしつっこいわねぇ。
 レイ、あんたも、いつまでもシンジと見つめあってるんじゃないわよ!」
 ハッ・・・と我にかえる綾波。
「時間よ、行きましょう・・・。」
 くるりと背を向け、すたすたと歩き出す。
「ひょっとして、綾波・・・照れてるの?」
 聞こえたはずのシンジの声にも、微塵も揺るがないレイの歩み。
 一気にうなじまで侵食した朱色のみが、彼女のこころを語っていた。
 
 
「ええっ?トウジと委員長が!?」
 学校までの楽しいおしゃべり。
 今日の話題はキス。
 とうとうトウジに想いを伝えたヒカリ。驚き、そして喜んだトウジは、すぐに苦悩の表情を浮かべたそうだ。
 『勇気が要ったやろ、恐かったやろ?
 ワシは最低のオトコじゃ、オナゴにこんな辛い思いをさせるなんて!
 ・・・スマンかった、イインチョ。
 せめてキスくらいは、ワシの方からさせてくれ・・・』
 かくして、告白からファーストキスまでセットでこなしたヒカリは、夕べ電話でアスカにご報告したのだが。
 親友の吉報に、まるで我が事のように舞い上がったアスカが、こうも簡単に暴露してしまうとは・・・思ってもいなかっただろう。
「ふふ・・・鈴原くんも隅におけないね?
 交尾には値しないとしても、その優しさは好きだと言えるよ。」
 『交尾に値する男』に妖しい視線を送りながら、カヲルはサラリと評価した。
 視線を全身・・・いや、主に下半身に浴びるシンジ。ネバつく汗を拭いもせず、お尻の筋肉に力をこめる。
 常ならば、アスカの威力制裁がカヲルの視姦を止めさせるのだが・・・。
「でしょ?でしょ?ヒカリを泣かせたらどうしてくれようって、『二週間速修コース・ムエタイ講座』を受講したりもしたけど・・・。
 鈴原を見直したわ、バカからパカに格上げしなきゃ!」
 本当に嬉しかったのだろう、シンジしか見たことの無いような笑顔を、天敵カヲルに大盤振る舞いしていた。
 二人の会話に、近ごろキレを増したアスカの蹴りを思い出すシンジ。今度は腹筋に力をこめる。
 
 ちなみに綾波は・・・
 未だ冷めぬ顔のほてりに振り向くことも出来ぬまま、一人で先を歩いていた。
 
 
 数分後・・・
 
「あっ・・・駄目、シンジ・・・人が見てるわ・・・」
「ふふっ、可愛いよ、アスカ。
 みんなに知って貰いたいのさ、僕のアスカがどんなにセクシーな女の子かをね。」
「やんっ、そんな・・・!見て欲しいのはシンジだけなのぉ・・・」
「イケないコだね、アスカ。キミの魅力はみんなのモノさ・・・。
 それとも、僕のお願いじゃ・・・ダメなのかい?」
「・・・いいの、シンジが望むなら、あたし・・・」
 
「・・・カヲルくん、僕の声真似でヘンなコト言うのやめてよ。」
 油断したアスカ。言葉巧みなカヲルの心理誘導によって、妄想の無間地獄に突入。
 類は友を・・・いや、種に交われば、かも。
 真っ赤な顔を左右にブンブン振りながら、耳年増特有のディープなシチュエーションを夢想している。
 ちなみに、現在のアスカに対するシンジの認識は、
 『アスカって、こんなにノリが良かったっけ?』
 ・・・妄想に駆られた末の、本心の吐露であるなどとは夢にも思わぬシンジ。
 自分をからかって遊んでいるとしか受け取らないあたり、鈍さバクハツである。
 
 ともあれ、アスカが通ればカヲルは引っ込む。・・・逆もまた、真なり。
 アスカのフリーズ状態を勝機とみるや、すかさず進攻を開始するカヲル。
「シンジくん・・・僕も鈴原くんに学ぶ必要がありそうだよ・・・
 でも、僕の想いは既にシンジくんのモノ・・・伝える言葉は必要無いさ。
 だから、これを受け取っておくれ・・・」
 髪をサラリと掻き上げ・・・るや否や、グワバァッ!!とシンジを押し倒すカヲル。
 その勢いたるや、獲物をおびき寄せた提灯アンコウのごとし。
「や、やめてよ、カヲルくんっ!!・・・アスカ・・・助けてよっ、アスカァッ!!!」
 シンジの叫びは、アスカの耳に届かない。
「・・・シンジさまぁ?」
 あれ?届いたの?
「さま・・・って・・・アスカ?」
 あまりに異常な呼びかけに、ひきつった視線を向けるシンジ。
 つられてカヲルも顔を向けると・・・
 そこには、開ききった瞳孔が未だ夢の世界の住人であるコトを主張する、お目々ウルウルなアスカがいた。
 
「シンジ様!そこな殿方はいずこの御仁で!?」
 一体どんな妄想を見ているのやら?妙に雅風味な言葉で詰問するアスカ。
 目を白黒させるシンジとは対照的に、アスカの状況を認識したカヲルは、『ニヤリ・・・』とゲンドウ・スマイルを浮かべる。
「おお、アスカ殿。許されよ。この身は既にシンジ卿のもの。
 許されぬ恋を患いし我ら二人に、もはや現世の理は通じはいたさん・・・
 迫害されし我らなれば、関わりになるは御身の為になりませぬ。
 ささっ、どうぞ先を急がれますよう・・・」
 雰囲気にのせて厄介払いを企むカヲル。しかし・・・
「のわぁあんですってぇえ!?」
 アスカの言葉使いに再起動の兆候を見るや、にじむ汗もそのままに、懐柔策に切り替えた。
「されどアスカ殿!
 矮小なる我が魂ではシンジ卿の深淵なる愛、これを受けきれは致しませぬ・・・
 どうかアスカ様!
 心なき者の為す価値なき災いに恐れを抱かず、御身をシンジ卿に投げ出す覚悟あらば!
 ふ・た・り♪でシンジ卿への愛、貫きましょうぞ!!」
「えぇ〜?ふたりでぇ〜?」
 不満そうなアスカ。
 しかし、トロンとしたその瞳は、再び白昼夢の世界に舞い戻った事を示している。
「アスカ殿!
 迷いますな!
 躊躇いますな!!
 ・・・御身の想い、浅き私欲より生ぜし物にはあらぬ筈。
 すべてはシンジ卿の為ですぞ!!」
 カヲルの言葉に、我知らず一歩踏み出すアスカ。
 カヲルの笑みは、更に邪悪に歪む。
「・・・シンジ卿も、それを望んでおりますゆえ・・・」
 トドメの一言。
「シンジ様ぁ〜っ、アタシを求めて下さるのですねえぇぇっ!」
 カヲルを押しのけシンジに馬乗りになるや、盛大にキスの雨をふらせる。
 カヲルも慌てて戦列に加わり・・・
 事態の進展についてゆけず、ポカンと口を開けて二人のやりとりを眺めていたシンジだが、事ココに及んで、初めて我が身の危険に気が付いた。
 ・・・が、時既に遅し。
 金、銀、金、銀・・・
 メタリックな色彩の奔流を伴って荒れ狂うキスの嵐に、もはや言葉を発する余裕も無い。
「たっ・・・たすけっ・・・!? しっ・・・舌をムッ!・・・あっ・・・あやな・・・ッ!!」
 嬉しいのか悲しいのかも判らぬまま、悲鳴すらも封じられ。
 心のヒューズが焼き切れそうなシンジ。
 
 ・・・もう・・・どうでもいいや・・・
 
 シンジが精神汚染を受け入れようとしたその時。
「何をしてるの?」
 鈴のように響く怜悧な声が、その場を支配した。
 
 
 
「どうしたんだい、綾波くん。」
 爽やかな笑顔で応えるカヲル。
 もっとも、溢れるヨダレでその口元を濡らしていては、魅力のミの字も有りはしない。
「聞いているのは私。・・・何をしているの?」
 無言で見つめ合うレイとカヲル。
 微妙な緊張感を漂わせたその時間は、しかし、長くは続かなかった。
 諦めたように軽く息を吐き、問いに答えるカヲル。
「これかい?これはキスってやつさ。」
「・・・碇くんは嫌がっている。どうしてそんな事するの?」
「僕達は碇くんを愛しているからさ。君にも判るだろう?愛って物が。」
「愛・・・判らない・・・。」
 暫しの沈黙のあと、悲しそうに目を伏せるレイ。
 その姿を考え深げに眺めていたカヲルは、優しい笑みと共に口を開いた。
「愛とは・・・誰かに尽くしたい、誰かを求めたい・・・
 ・・・そんなリリンの心さ。
 尽くし、与えるばかりじゃない。求め、奪うのもまた、愛なのさ。
 ・・・ごらん・・・」
 カヲルが視線で誘った先には、シンジを独占してご満悦のアスカ。
 一瞬ひきつった笑顔を素早く復元し、カヲルはレイに語り続けた。
「・・・これが、シンジくんを求め、そして奪う・・・
 アスカちゃんの心のカタチさ・・・」
 カヲルの言葉に何かを感じたレイ。
 おぼつかない足取りでシンジに歩み寄り、そっと手を差し出す、が。
「待ちやれ、そこな村娘!」
 やおらスクッと立ち上がり、レイの顔めがけてビシィッと指を突きつけるアスカ。
 その小脇には、放心状態のシンジが抱えられている。・・・ちなみにその表情は、なんだか嬉しそうだ。
「むら・・・むすめ?」
 アスカの指先を寄り目で見つめながら、キョトンとするレイ。
「したり。そち、わらわのシンジ様に如何せんと欲するか!?」
「・・・キス、するの。」
「虚け者!!キスとは即ち愛の証。人形娘のそのほうに、愛のなんたるかが理解出来ておるのかっ!?」
「・・・ぐすっ。
 人形じゃないモン・・・」
「あ、ゴメンなさいゴメンなさい!今のアンタは確かに人形じゃないわ!!
 ・・・って、そうじゃなくて!!」
 一瞬だけ正気に戻ったアスカだが、話の都合上、再び呆けて頂く。
「kissなる言葉を形作る三種の文字、
 即ち
 K・I・S!
 不愉快なれどもKAWORUのK!
 そして要はIKARIのI!
 さらにとどめ、SOURYUのS!
 これらみっつが織りなす妙味こそ、キスの真髄と知れぃ!!」
 意味が有りそうで無さそうなコトを、胸を張って断言するアスカ。
 ちょっぴり恥ずかしそうだが、ここで理性を取り戻してもらうワケにはいかないのだ。
「碇くんのアイ・・・
 碇くんの・・・
 そう。
 そうなのね?
 私、求めているわ・・・
 碇くんの愛・・・
 このキモチが、私のココロ・・・
 碇くんを愛し求める、私の心・・・!
 私、碇くんを愛してるの!!」
 ヘレン・ケラーの『Water!』の叫びのように、自分自身と、それを表す言葉を知った喜びの声。
 TVCMの、『あ〜ら、落ちにくい汚れがこぉんなにキレイ!』という喜びの声を遙かに凌駕し、朦朧としたシンジの意識をも呼び覚まさずには済まさない・・・
「わたしっ!碇くんをっ!!愛してるのぉっ!!!」
 ・・・それは、そんな叫びだった。
 『っきぃ〜〜っ!!
 もっと甘いモノ・・・なぁんて言ってキスしてたクセに!
 今さらウブな美少女のふりしてぇ〜!!』
 こっちはどんな叫び?
 なにはともあれ、通行人のみなさんも、口々に祝福している。
 『おめでとう!』
 『おめでとう・・・』
 『おめでとう♪』
 ポケットから覗く台本に、ささやかな疑問を感じずにはいられないが・・・
 感動的な自分の姿に酔いしれるレイに、そっと歩み寄るシンジ。
「ありがとう・・・僕のコト、愛してくれて。」
 カヲルとはひと味違う、邪心の欠片もない微笑み。
「碇くん・・・」
 命の炎に染められた様な真紅の瞳から、留めようもない涙を溢れさせ・・・
「K、I、Sでキスかぁ・・・ふふっ、ホントだね?」
「うん・・・うん・・・」
 形にならない言葉・・・
 しかし、いかなる形容でも表せない微笑みを前に、むしろ言葉は邪魔なだけだろう。
「カヲルくんのK、僕のI、アスカのS・・・」
「うん・・・」
「・・・綾波のA、・・・レイのR・・・あれっ?」
「・・・うんっ?」
 口ごもるシンジに、凍て付く笑みのレイ。
 アスカとカヲルの口元に、ゲンドウ・スマイル。
「ねっ・・・ねえ・・・」
 レイの後頭部を飾る、極大の汗。
「綾波は・・・何処にいるの・・・?」
 
「ひくっ・・・うっ・・・うわあああぁぁんっ!!!」
 
 大泣きしながら走り去るレイ。
 
 その日の放課後。
 レイを泣きやませようと降らせたキスの雨のせいで、唇を赤く腫らせたシンジがいたそうだ。
 
 
 
 ・・・だらだらとスミマセン。
 
 

kuneru36@olive.freemail.ne.jp

なおのコメント(^ー^)/

 喰う寝る36さんの二つ目♪
 ありがとうございます。(^-^)/
 「KISS」の文字を構成する人物に着目するとは……(笑)
 アスカがいい具合にコワレてます。
 すばらしい。(笑)


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