食う寝る36さんの
KISSの温度「A」Edition 5th

 「う〜〜っ、シンジぃ。これ、味が無いわよぉ?」
 
 鬼の霍乱・・・風邪で寝込むアスカ。
 弱々しいと言うよりは、間延びしたと表現すべき声色で、シンジのお粥に異議を申し立てる。
 
「そうかな?ちゃんと味見はしたんだけど・・・」
 
 新潟県産のコシヒカリ、六甲の美味しい水。
 ガスコンロで直火炊きした特製のお粥には、雑味のない、洗練されたお出汁が潜む。
 豊穣の白に縁取られ、真ん中に鎮座しますは博多直送、からし明太子。
 とどめを刺すは、仕上げにシンジが吹き込んだ、『あ・い・じょ・う♪』のささやき。
 これを美味と呼ばずして、なにを旨いと呼べば良いのか?
 
「だってェ、ホントに味がないもん。・・・ちょっと、食べてみなさいよ?」
 
 手渡されたレンゲの先で、お粥を軽〜くひとすくい。
 アスカに為に作ったものは、なるべくアスカに食べて欲しい。
 シンジの口に入ったお粥、それはそれは僅かな量だったが・・・
 
「うううっ・・・美〜味〜い〜ぞ〜〜〜っ!!!」
 
 何時の間にやら紋付き袴、白髪に白ヒゲ蓄えて、一人気を吐くシンジ。
 ・・・味っ子、面白かったなぁ。
 
「美味しいよ、アスカ! もう一度食べてみてよ?」
 
 自らの作品を讃える歓喜の涙にうながされ、アスカは再びレンゲを握る。
 
 ぱくっ。
 
 何気にそれを口に含んで・・・
 
 ・・・ぼんっ!!
 
 一瞬の沈黙、赤熱する顔面。
 
 これってこれってこれってぇ〜、いわゆるヒトツの間接・・・ってやつぅ?
 
 やっぱり彼女は中学生、初心な乙女は華と恥じらう。
 
「アスカ?・・・アスカ、だいじょうぶ!?」
 
 シンジは優しいオトコです・・・ってなもんで、ただでさえ熱に染まったアスカの顔が、更に真紅へと色を深め、心配で心配で仕様がない。
 やおらアスカの顎に手を添えて、額同士を触れさせようと、ぐぐぐっ!!と顔を近寄せた。
 
 アスカにしてみりゃ、いわゆるヒトツの甘〜い暴力。
 不安げに揺れるシンジの、上目遣いな黒い瞳。
 体重を乗せて抉り込むように放たれた必殺の視線に、もはやノックアウト寸前である。
 
 とりあえずぅ・・・クリンチッ!!
 
 ・・・などと言ってシンジに抱きつけば、それはそれで面白いのだが。
 
「ひゃっ!?・・・ややや、止めてよっ、バカシンジッ!!」
 
 初心な乙女は華と恥じらうのだ・・・ちぇっ。
 
「でも、顔が赤いよ?・・・熱、上がったんじゃない?」
 
「だだだ、大丈夫よっ!!
 それよりご飯! そうよ、ご飯を食べて体力つければ、風邪なんてヘッチャラなんだからっ!!」
 
 病人とは思えないほどのアスカの大声に安心したのか、シンジは笑顔で身を引いて。
 
「うん、そうだね。待ってて、お塩を取ってくるから。」
 
 アスカの食欲を少しでも増やすため、キッチンへと去っていった。
 
 シンジの消えた扉と、指先でもてあそぶレンゲを、交互に見つめるアスカ。
 しばらく逡巡して、そ〜っとレンゲを口元に運ぶ。
 
「お待たせっ、アスカ!」
 
 パタパタと駆け戻ってきたシンジの目に映るのは、レンゲをくわえて目を白黒させる愉快な姿。
 
「ぷふっ・・・それは食べ物じゃないよ?」
 
 楽しそうに笑いながらお粥に塩味を追加するシンジを、アスカは恨めしそうに見つめる。
 
「ばか・・・アンタが遅いからでしょ!? ほら、早くそれを寄越しなさい!」
 
「はははっ・・・ちょっと待ってね?」
 
 微笑みを浮かべたまま、アスカから受け取ったレンゲで、お粥の味を見るシンジ。
 
「う〜ん・・・あんまり変わらないかな?」
 
 塩の小瓶に手を伸ばしたところで、ちいさな声を耳にする。
 
「それ・・・渡しなさいよ・・・」
 
「・・・え?」
 
「いいから、それ! 渡しなさいっ!!」
 
 真っ赤な顔のアスカ、シンジの手からお粥をもぎ取り・・・
 
「・・・薄いっ! もっとっ!!」
 
 一口食べて、押し返した。
 
「だから、あんまり変わらないって言ったのに・・・」
 
 ぼやきながら、再び塩をふって・・・
 
「味見。」
 
「・・・え?」
 
「味見してって言ってるの!」
 
「あ、うん。 ・・・今度は、ちょっと入れすぎたかな?」
 
「渡しなさい。」
 
「あ、はい・・・」
 
 もぐもぐ・・・
 
「薄いっ!」
 
「えっ? まだ?」
 
「いいから、お塩!」
 
「入れたら味見っ!」
 
「ほらっ、渡しなさい!」
 
「・・・薄いっ、お塩!」
 
「味見っ!」
 
「薄いっ!」
 
「味見っ!」
 
 ・・・レンゲの応酬はお茶碗が空になるまで続き・・・
 
「うぇぇ、いくらなんでも辛すぎだよぉ・・・」
 
 顔をしかめるシンジ。
 渾身の力作を塩まみれにされて、少し悲しそうだ。
 
「・・・えへっ・・・えへへっ・・・」
 
 対して、ときおり笑みを漏らしつつ、陶然としているのはアスカ。
 レンゲを胸の前で握りしめ、頬を薔薇色に染めている。
 
「風邪で舌がおかしくなるって、本当なんだなぁ。」
 
 おかしくなってるのは舌だけなの?・・・危険な疑問を胸の奥に閉じこめ、シンジはポツリと呟いた。
 
「ん?なんか言った?」
 
「・・・いや、なんでもないよ。・・・おかわり有るけど、食べる?」
 
「ん・・・いいわ、いらない。」
 
 幸せ一杯、胸一杯。
 間接キスを思う存分堪能して、アスカはすっかり満足顔である。
 
「そう?・・・じゃ、残りの分にもお塩を追加しておくから、お腹が空いたら呼んでね?」
 
「うん、わかった。・・・じゃ、アタシ寝るから。」
 
 ぱふっ。
 
 ベッドに身を横たえるアスカ。
 火照る顔を隠すように、耳の上まで布団を被る。
 
「そう・・・じゃ、お大事に。」
 
 食器を片づけ、立ち上がるシンジに、囁くような声が届く。
 
「・・・・・・ありがと。」
 
「え?なに?」
 
 どうやら、よく聞き取れなかったようだ。
 
「おやすみって言ったのっ、バカシンジ!!」
 
 元気な声に追い立てられて、シンジはアスカの部屋を出た。
 
 
 
 
 
 
 スバンッ!
 
 翌朝。シンジの部屋の扉が勢いよく開き。
 
 パンッ!
 
 あまりの勢いに跳ね返って、再び閉じた。
 
「っ痛ぅ〜・・・バカシンジィッ、あのお粥はナニよっ!?」
 
 すっかり元気を取り戻したアスカが、鼻の頭をさすりながら入ってくる。
 空腹で目覚め、お粥のおかわりが有ることを思い出したアスカ。
 キッチンを漁ってお粥を頬張ったはいいが・・・
 
「なんであんなに塩辛いのよっ!?」
 
 アスカの舌に合わせただけなのだが、昨日の会話の記憶など、彼女は忘れてしまったらしい。
 
「・・・って、いつまで寝てンの、バカッ!」
 
「・・・ん〜? うう・・・おふぁよ〜、アスカ。」
 
「おはようじゃないわよ・・・って、シンジ?」
 
 シンジの様子が少し変だ。
 寝ぼけたような目つきは、時間帯から考えればさして不思議では無いのだが・・・
 赤みがかった顔、苦しげな吐息。
 昨晩、風邪をひいたアスカと、散々食器を共有したのだ。
 しっかり風邪を伝染されてしまったらしい。
 
「・・・アンタ、だいじょうぶ?」
 
「んん・・・だいろぶ。 ・・・それより、なに?」
 
 言葉もどこか怪しげだが・・・
 
「え?ああ、うん・・・お粥、凄く辛いんだけど・・・」
 
「・・・かりゃいの?」
 
「うん。」
 
「・・・どこ?」
 
「いや、どこって言われても・・・舌、かな?」
 
 あかんべをして、舌を指さすアスカ。
 
「・・・そこ?」
 
 枕元のアスカの頭を、シンジはやおら抱き寄せて・・・
 
 んちゅっ・・・んぐんぐ・・・っぽん♪
 
 濃厚なディープキス。
 
「んなっ?・・・ななな・・・」
 
 固まるアスカを気にもとめず・・・
 
「美味しい・・・おかわり・・・」
 
 んぐんぐ・・・くちゅっ・・・ちゅぽん♪
 
 たっぷり、じっくり、味わって。
 
「・・・ごひそうさま・・・ふぁ、おやすみぃ・・・」
 
 再び、夢の世界へ帰っていった。
 
 
 
 
 その日、結局シンジは寝込んでしまったのだが・・・
 
「うう〜ん、シンジぃ・・・シンジぃ・・・」
 
 すっかり完治したハズのアスカまで、うんうん唸って床に伏せったのは・・・
 
 健全な乙女の証・・・かな?
 
 
 
 

kuneru36@olive.freemail.ne.jp

なおのコメント(^ー^)/

 喰う寝る36さん、連続KISSの最後のお話です。
 いや〜、それにしても26話連続というのはすごかった。
 フレンチキスから、甘いKISS、そしてディープKISSまで。
 本当にさまざまなKISSを見せていただきました。
 今後はなんと、長編に挑戦するとの事です。(^^)
 こちらも期待しましょう!


[INDEX]