「う〜〜っ、シンジぃ。これ、味が無いわよぉ?」
鬼の霍乱・・・風邪で寝込むアスカ。
弱々しいと言うよりは、間延びしたと表現すべき声色で、シンジのお粥に異議を申し立てる。
「そうかな?ちゃんと味見はしたんだけど・・・」
新潟県産のコシヒカリ、六甲の美味しい水。
ガスコンロで直火炊きした特製のお粥には、雑味のない、洗練されたお出汁が潜む。
豊穣の白に縁取られ、真ん中に鎮座しますは博多直送、からし明太子。
とどめを刺すは、仕上げにシンジが吹き込んだ、『あ・い・じょ・う♪』のささやき。
これを美味と呼ばずして、なにを旨いと呼べば良いのか?
「だってェ、ホントに味がないもん。・・・ちょっと、食べてみなさいよ?」
手渡されたレンゲの先で、お粥を軽〜くひとすくい。
アスカに為に作ったものは、なるべくアスカに食べて欲しい。
シンジの口に入ったお粥、それはそれは僅かな量だったが・・・
「うううっ・・・美〜味〜い〜ぞ〜〜〜っ!!!」
何時の間にやら紋付き袴、白髪に白ヒゲ蓄えて、一人気を吐くシンジ。
・・・味っ子、面白かったなぁ。
「美味しいよ、アスカ! もう一度食べてみてよ?」
自らの作品を讃える歓喜の涙にうながされ、アスカは再びレンゲを握る。
ぱくっ。
何気にそれを口に含んで・・・
・・・ぼんっ!!
一瞬の沈黙、赤熱する顔面。
これってこれってこれってぇ〜、いわゆるヒトツの間接・・・ってやつぅ?
やっぱり彼女は中学生、初心な乙女は華と恥じらう。
「アスカ?・・・アスカ、だいじょうぶ!?」
シンジは優しいオトコです・・・ってなもんで、ただでさえ熱に染まったアスカの顔が、更に真紅へと色を深め、心配で心配で仕様がない。
やおらアスカの顎に手を添えて、額同士を触れさせようと、ぐぐぐっ!!と顔を近寄せた。
アスカにしてみりゃ、いわゆるヒトツの甘〜い暴力。
不安げに揺れるシンジの、上目遣いな黒い瞳。
体重を乗せて抉り込むように放たれた必殺の視線に、もはやノックアウト寸前である。
とりあえずぅ・・・クリンチッ!!
・・・などと言ってシンジに抱きつけば、それはそれで面白いのだが。
「ひゃっ!?・・・ややや、止めてよっ、バカシンジッ!!」
初心な乙女は華と恥じらうのだ・・・ちぇっ。
「でも、顔が赤いよ?・・・熱、上がったんじゃない?」
「だだだ、大丈夫よっ!!
それよりご飯! そうよ、ご飯を食べて体力つければ、風邪なんてヘッチャラなんだからっ!!」
病人とは思えないほどのアスカの大声に安心したのか、シンジは笑顔で身を引いて。
「うん、そうだね。待ってて、お塩を取ってくるから。」
アスカの食欲を少しでも増やすため、キッチンへと去っていった。
シンジの消えた扉と、指先でもてあそぶレンゲを、交互に見つめるアスカ。
しばらく逡巡して、そ〜っとレンゲを口元に運ぶ。
「お待たせっ、アスカ!」
パタパタと駆け戻ってきたシンジの目に映るのは、レンゲをくわえて目を白黒させる愉快な姿。
「ぷふっ・・・それは食べ物じゃないよ?」
楽しそうに笑いながらお粥に塩味を追加するシンジを、アスカは恨めしそうに見つめる。
「ばか・・・アンタが遅いからでしょ!? ほら、早くそれを寄越しなさい!」
「はははっ・・・ちょっと待ってね?」
微笑みを浮かべたまま、アスカから受け取ったレンゲで、お粥の味を見るシンジ。
「う〜ん・・・あんまり変わらないかな?」
塩の小瓶に手を伸ばしたところで、ちいさな声を耳にする。
「それ・・・渡しなさいよ・・・」
「・・・え?」
「いいから、それ! 渡しなさいっ!!」
真っ赤な顔のアスカ、シンジの手からお粥をもぎ取り・・・
「・・・薄いっ! もっとっ!!」
一口食べて、押し返した。
「だから、あんまり変わらないって言ったのに・・・」
ぼやきながら、再び塩をふって・・・
「味見。」
「・・・え?」
「味見してって言ってるの!」
「あ、うん。 ・・・今度は、ちょっと入れすぎたかな?」
「渡しなさい。」
「あ、はい・・・」
もぐもぐ・・・
「薄いっ!」
「えっ? まだ?」
「いいから、お塩!」
「入れたら味見っ!」
「ほらっ、渡しなさい!」
「・・・薄いっ、お塩!」
「味見っ!」
「薄いっ!」
「味見っ!」
・・・レンゲの応酬はお茶碗が空になるまで続き・・・
「うぇぇ、いくらなんでも辛すぎだよぉ・・・」
顔をしかめるシンジ。
渾身の力作を塩まみれにされて、少し悲しそうだ。
「・・・えへっ・・・えへへっ・・・」
対して、ときおり笑みを漏らしつつ、陶然としているのはアスカ。
レンゲを胸の前で握りしめ、頬を薔薇色に染めている。
「風邪で舌がおかしくなるって、本当なんだなぁ。」
おかしくなってるのは舌だけなの?・・・危険な疑問を胸の奥に閉じこめ、シンジはポツリと呟いた。
「ん?なんか言った?」
「・・・いや、なんでもないよ。・・・おかわり有るけど、食べる?」
「ん・・・いいわ、いらない。」
幸せ一杯、胸一杯。
間接キスを思う存分堪能して、アスカはすっかり満足顔である。
「そう?・・・じゃ、残りの分にもお塩を追加しておくから、お腹が空いたら呼んでね?」
「うん、わかった。・・・じゃ、アタシ寝るから。」
ぱふっ。
ベッドに身を横たえるアスカ。
火照る顔を隠すように、耳の上まで布団を被る。
「そう・・・じゃ、お大事に。」
食器を片づけ、立ち上がるシンジに、囁くような声が届く。
「・・・・・・ありがと。」
「え?なに?」
どうやら、よく聞き取れなかったようだ。
「おやすみって言ったのっ、バカシンジ!!」
元気な声に追い立てられて、シンジはアスカの部屋を出た。
スバンッ!
翌朝。シンジの部屋の扉が勢いよく開き。
パンッ!
あまりの勢いに跳ね返って、再び閉じた。
「っ痛ぅ〜・・・バカシンジィッ、あのお粥はナニよっ!?」
すっかり元気を取り戻したアスカが、鼻の頭をさすりながら入ってくる。
空腹で目覚め、お粥のおかわりが有ることを思い出したアスカ。
キッチンを漁ってお粥を頬張ったはいいが・・・
「なんであんなに塩辛いのよっ!?」
アスカの舌に合わせただけなのだが、昨日の会話の記憶など、彼女は忘れてしまったらしい。
「・・・って、いつまで寝てンの、バカッ!」
「・・・ん〜? うう・・・おふぁよ〜、アスカ。」
「おはようじゃないわよ・・・って、シンジ?」
シンジの様子が少し変だ。
寝ぼけたような目つきは、時間帯から考えればさして不思議では無いのだが・・・
赤みがかった顔、苦しげな吐息。
昨晩、風邪をひいたアスカと、散々食器を共有したのだ。
しっかり風邪を伝染されてしまったらしい。
「・・・アンタ、だいじょうぶ?」
「んん・・・だいろぶ。 ・・・それより、なに?」
言葉もどこか怪しげだが・・・
「え?ああ、うん・・・お粥、凄く辛いんだけど・・・」
「・・・かりゃいの?」
「うん。」
「・・・どこ?」
「いや、どこって言われても・・・舌、かな?」
あかんべをして、舌を指さすアスカ。
「・・・そこ?」
枕元のアスカの頭を、シンジはやおら抱き寄せて・・・
んちゅっ・・・んぐんぐ・・・っぽん♪
濃厚なディープキス。
「んなっ?・・・ななな・・・」
固まるアスカを気にもとめず・・・
「美味しい・・・おかわり・・・」
んぐんぐ・・・くちゅっ・・・ちゅぽん♪
たっぷり、じっくり、味わって。
「・・・ごひそうさま・・・ふぁ、おやすみぃ・・・」
再び、夢の世界へ帰っていった。
その日、結局シンジは寝込んでしまったのだが・・・
「うう〜ん、シンジぃ・・・シンジぃ・・・」
すっかり完治したハズのアスカまで、うんうん唸って床に伏せったのは・・・
健全な乙女の証・・・かな?
なおのコメント(^ー^)/
喰う寝る36さん、連続KISSの最後のお話です。
いや〜、それにしても26話連続というのはすごかった。
フレンチキスから、甘いKISS、そしてディープKISSまで。
本当にさまざまなKISSを見せていただきました。
今後はなんと、長編に挑戦するとの事です。(^^)
こちらも期待しましょう!