喰う寝る36さんの
KISSの温度「A」Edition 3rd

「はぁ・・・・・・」
 
 端末にグルメ・ガイドを呼び出しながら、アタシは本日八回目の溜め息をついた。
 せっかくの日曜日なのに、シンジは居ない。
『男の付き合い』を主張する鈴原たちに拉致され、たぶん今頃はゲーセンにでも監禁されているのだろう。
 
『ま、シンジも楽しそうだったしね・・・』
 
 アタシが居なくても楽しいの?・・・だなんて、口が裂けても言えない。溜め息の原因は素直になれない自分自身だって、今なら判るけど・・・人はそう簡単には変われないのだ。
 もっとも、この溜め息。
 今日に限っては、理由はそれだけじゃないんだけど。
 
「・・・う〜っ、まだ決まんないのぉ?」
 
 端末に表示された出前用のメニュー画面を切り替えながら、アタシは新参者の同居人・・・レイに訊ねた。
 シンジのいない週末にアタシ達のおなかを満たすには、出前に頼るしかない。もちろん、どこかに食べに出掛けるという選択肢もあるけど、体調がまだ完全では無いレイを連れ廻すのは不安だし・・・
 自分で作れば、って?・・・オランダ語の辞書になら、そんな言葉も載ってるかもね。
 
「・・・・・・。」
 
 少し俯きながら、申し訳なさそうな顔をするレイ。
 繊細な表情の変化に、実は驚くほど多様な感情を込める彼女。
 言葉が少ないぶんだけ、ストレートに伝わってくる彼女の気持ちはとても穏やかで・・・
 彼女を親友だと感じるまで、時間はあまり必要なかった。
 
「ねぇっ、アタシ、おなかペコペコなのよぉ。・・・ほら、これなんてどう?」
 
「・・・・・・。」
 
 パスタを指さすアタシに、眉の間隔を少しだけ縮めるレイ。パスタな気分じゃないらしい。
 ・・・オーダーフォームには、すでにアタシの選んだチキンバスケットが発注の時を待っているんだけどな。
 
「うむむ・・・じゃ、こっちのグラタンは?魚ならイケるんでしょ?」
 
「・・・・・・。」
 
 今度は、首を小さく傾けた。
 
「うっ?むむむ・・・ いったい何を食べたいのよぉ?」
 
 レイの口数の少なさは芯が一本通ったもので、余計な事は一切喋らなかった。
 ・・・いや、必要な事さえ、あまり喋らない気がする。これでは気持ちは通じ合っても、細かい意志は伝わりっこないのだ。
 ともあれ、食べ物の好みくらいは言葉にして貰わないと判るわけが無いし・・・
 
「・・・よく、判らない・・・」
 
 言葉にしたところでコレでは、アタシは困るほか無いのだ。
 
「・・・ねえ、レイ?アンタだって、ホントはいろいろ考えてるんでしょ?
 ・・・言葉にしなくちゃ判らない事だってあるんだから、言葉を見つける努力をしなきゃダメよ。
 いつも美味しそうに食べてるシンジの料理にさえ、実はちょっぴり好き嫌いがあるって事、アタシは知ってるんだから。」
 
 一瞬だけ目を見開いて、僅かに頬を染めるレイ。
 さまよう視線がアタシを捕らえては、慌ててあさっての方向に逃げていく。
 
「もうっ。・・・別に、攻めてるわけじゃないわ。アタシだってそうだもん。
 ・・・ただ、黙ってたって何も伝わらないんだ、って事を言いたいのよ。」
 
 アタシの言葉を咀嚼しているのか、考え深げな表情のレイ。
 
「・・・ミサトさんが言っていたの、雄弁な沈黙も有るって。」
 
 やがて開いたレイの口から漏れたのは、そんな言葉だった。
 
 
 
 レイの表情を作るのは、少し細くなった目。
 口元には力がこもり、端が微かに吊り上がっている。
 瞳はその輝きを増し、薄く開いた唇からは、ピンクの舌がチロリと覗く。
 
「・・・な、なにヨ?」
 
 妖艶・・・初めてレイが見せたその表情を分類するなら、その言葉以外に思いつかない。
 圧迫感すら感じさせる程の笑みを浮かべて歩み寄る彼女に、アタシは気押されてしまった。
 
「私の沈黙、受け取ってみて・・・」
 
 ヘビに睨まれたカエルの気持ちを理解しながら、身動き出来ない自分にあせる。
 
『な、なによ一体?アタシどうしちゃったの!?・・・シンジ・・・助けてシンジッ!!』
 
「ひっ!?」
 
 思わずあげた、情けない悲鳴。
 レイの細い指がアタシの首にかかる。
 その指はアタシの顔に這い上がり、怯えて強ばる頬を狂おしく撫で回した。
 紅い瞳に私の瞳が映る。
 せまる吐息・・・熱い吐息。
 
「うっ・・・むっ・・・!?」
 
 アタシの唇を柔らかいものが閉ざす。
 滲むようにアタシを浸す、レイの体温。
 
「ふっ・・・んんっ・・・ふは・・・はんっ?」
 
 激しい鼓動に痛む胸が空気を求め、それを得ようと開いた唇の隙間から・・・彼女が侵入してきた。
 
「ふうん・・・んんっ!・・・やっ、んっ・・・」
 
 視界を埋めるのは紅い瞳。
 耳に届くのは湿った吐息。
 身体の奥からこみ上げる、とろけるような甘い熱。
 密かに嫌悪した『オンナの熱』・・・
 それを発しているのが自分自身であると気付いたとき・・・
 
『あ・・・レイって、シンジのシャンプーを使ってるんだ・・・』
 
 鼻腔を刺激するミントの香りに、シンジが側にいるような安らぎを感じて。
 
『き・・・もち・・・いい・・・』
 
 アタシは、全てを受け入れた・・・
 
 
 
 忘我の海に沈んだのがどれほどの時間だったのか、アタシには判らない。
 正気を取り戻し、はっと周囲を見渡すと、レイがソファの影に隠れ、悪戯っぽい笑顔を覗かせていた。
 
「レ〜〜イ〜〜〜!?」
 
 精一杯怒りを込めたアタシの声に、レイはくすくす笑いながら返事する。
 
「・・・伝わった、でしょう?」
 
 その声を聞いた瞬間、アタシの脳裏で何かが閃いた。
 真っ白な陶器の皿の上で、暖かな湯気をあげるパンプキン・パイ。
 表面のお焦げの具合や、柔らかく漂うオリーブオイルの香り。
 オイルのメーカー名まで判断できそうな程の鮮明なイメージを、アタシは慌てて端末に叩き込む。
 
『・・・なるほど、これが 雄弁な沈黙 ね?』
 
 理屈は判らないけれど、このリアルなパイのイメージこそ、レイが雄弁に語ったもの・・・レイが食べたかったものだと確信できた。
 端末のモニターを無言で指し示すと、内容を確認したレイが満足げに頷く。
 
『・・・やっぱり・・・』
 
 未知の何かに触れるという体験は、いつだって刺激的なものだ。
 その内容が奇異であればあるほど、その刺激の魅力も増す。
 
 が、しかし・・・・・・
 
 視線をレイに据えたまま、アタシは一言も発しなかった。
 ゆっくりと、ゆっくりと。
 アタシは瞳に力を込める。
 キョトンとしてアタシを見返すレイが、次第に小さく震えだした。
 可愛らしくこぼれていた笑みは、はやくも枯れ果ててしまったらしい。
 
『沈黙も時には雄弁・・・ワケわかんないけど、まあ、事実は事実として受け止めるわ。』
 
 レイの目尻には涙が浮かび、顔からはすっかり血の気が引いてしまっている。
 
『・・・でもね・・・手段は選ばなくちゃイケナイと思うの。』
 
 ふるふると小刻みに顔を振りながら、レイはペタリと座り込んだ。
 どうやら腰が抜けてしまったようだ。
 
『アタシはちゃんと手段を選ぶわよ?』
 
 口をぱくぱくさせるレイ。しかし、声が音になることは無かった。
 恐怖の生み出す圧力が、レイの喉を締め上げる。
 
『それに、身をもって体験させてもあげるわ。』
 
 スッ・・・と目を細めたアタシの前で、レイの全身が凍り付く。
 
『目は口ほどにモノを言い、って言葉の意味をね!!』
 
 シンジの為の唇を奪ったフラチモノに、渾身の怒りをこめて最期の一瞥を投げつけて。
 
「・・・あう・・・」
 
 沈黙を守ったアスカ。・・・が、彼女の瞳もまた、雄弁なり。
 
 アスカの逆鱗に触れたレイ、おもわず失神。
 
 
 
 
 --その日の夕方--
 
 
「ただいま〜。」
 
 帰ってきたシンジの手には、おみやげの入った小箱。
 
「綾波ぃ、朝頼まれたもの、買ってきたよ?」
 
 なぜか頬を染めるシンジ。朝の感触を反芻しているのか、自分の唇にそっと触れてみたりもしている。
 
「綾波、いないの?・・・・・・綾波っ!?」
 
 リビングでシンジを迎えたものは。
 
「どうしたのっ?熱でも出したのっ!?・・・・・・ひっ!!」
 
 頭に濡れタオルを乗せて横たわるレイと。
 
「シ〜ン〜ジ〜ィ? それって、ひょっとしてパンプキン・パイかなぁ〜〜〜?」
 
 レイの雄弁さを理解した、一人の赤鬼・・・
 
 
 

kuneru36@olive.freemail.ne.jp

なおのコメント(^ー^)/

 はうぅっ。もしかしたら、18金になってしまうのかと思って、ドキドキしながら読みました。(笑)
 お○らし、レイちゃんとか。(爆)
 ううっ。おいら出入り禁止っ!(管理人なのに(T-T))


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