昼寝

written by 喰う寝る36

 


 
 
「・・・ったくぅ、アスカも手伝ってくれたって良いじゃないか! 」
 
 なんだか、ゴキゲン斜めなシンジくん。
 ここは葛城家のキッチン。
 綾波さんと二人で、どうやらお弁当を作っているようですね。
 
「碇くん・・・手、止まってる。」
 
 おや?
 なんだか綾波さんのゴキゲンも傾いてますが・・・っと、え〜・・・23度。
 ・・・まずまずの記録です。
 
「う〜っ、判ってるよ! もうっ、そんな処まで『お母さん』っぽいんだから・・・ 」
 
「・・・そう? 」
 
 嬉しいのやら、哀しいのやら。なんだか複雑な表情の綾波さん。
 ・・・あの、あれってたぶん、文句を言ってるんだと思うんですけど?
 
「そっ・・・外野は黙ってて。」
 
 ・・・怒られちゃった。
 
 ええっと、素直に反省して、静かにお二人の手元を拝見しますと。
 うん、シンジくんは肉料理をメインに作ってます。
 鶏の唐揚げにハンバーグ・・・これはケチャップで煮込んでますね?
 
「そうだよ? アスカ、お弁当はこれじゃなきゃ怒るんだ。」
 
 なるほど。でも、いっつもコレですよね、お弁当。 
 
「そうだよ? アスカ、お弁当はこれじゃなきゃ怒るんだ。」
 
 なるほど。でも、作ってて飽きませんか?
 
「飽きるよ? でもアスカ、お弁当はこれじゃなきゃ怒るんだ。」
 
 なるほどなるほど。ひょっとして、不機嫌な理由って・・・
 
「うん・・・アスカも手伝ってくれるなら、もっと色々作れるのにさ・・・」
 
 はあ・・・左様で・・・
 
「碇くん、手。」
 
「わかってるってば、もうっ! 」
 
 あらら。
 私のせいで、シンジくん怒られちゃいましたね。
 んじゃ、今度は綾波さんの方を拝見しましょうか・・・   
 
 おや? キャベツの千切り、随分荒く刻んでますねぇ。
 
「!? ・・・・・・」
 
 ふんふん、里芋の煮付けもまっくろ。
 お醤油、入れすぎましたね?
 
「!!? ・・・・・・」
 
 あらあら、お漬け物も切れ目がつながっちゃって・・・
 
「!!!? ・・・・・・だって・・・」
 
 だって?
 
「碇くん、手伝ってくれないもの・・・」
 
 なるなる、綾波さんの不機嫌な理由はソレですか。
 ありゃ? ほっぺたが赤くなったのは、怒ってるんですか? それとも照れてるの?
 
「なにを言うのよ・・・」
 
 えへへ、照れちゃってぇ〜♪
 
「そう、わからない。・・・ところで」
 
 はい、なんでしょう? 
 
「・・・あなた、だれ? 」
 
 えへへっ・・・とぉ・・・失礼しましたぁ〜っ!
 
 
 
 
「どうしたの、綾波? 」
 
「ええ、何か変な声がしてたから・・・」
 
「あれ? そういえば、誰かと話してたような気がするけど・・・誰だったんだろう? 」
 
「・・・別に問題ないわ。」
 
「・・・そう? 」
 
「ええ、だって外野に一々構っていられないもの・・・起きたわ。」
 
「ぉおはよぉ〜うぅ・・・」
 
 ずるっぺたっ・・・ずるっぺたっ・・・
 
 間延びした声が、キッチンの脇を通過します。
 
「おはよう、アスカ。」
 
「おはよう・・・」
 
 振り向きもせずに応える二人の耳に、やがて届く、シャワーの水音。
 
「・・・・・・」
 
 庭先を横切る猫を見送るような、ぼんやりとした空気・・・
 目を合わせた二人は、互いの表情の柔らかさに暫し見とれて。
 
「・・・碇くん、手。」
 
「・・・うん。あ、これ、お弁当箱に入らなかったから、朝ごはんのおかずにしよう? 」
 
「・・・ええ・・・」
 
 
 真っ赤な瞳には、真っ黒な煮付けが。
 
 さっきより少しだけ、美味しそうに映ってました。
 
 
 
 
 
 
 
 
「もうっ、休んでばかりで全然進まないじゃない! 」
 
 ここは・・・渓流沿いの遊歩道、いわゆるハイキング・コースってヤツです。
 
「うん・・・綾波、もう少しだから、ね? 」
 
 しっとりと湿った地面に落ちる木々の影は、僅かに東を指し示し・・・お昼、ちょっぴり過ぎちゃってますねぇ。
 
「・・・ごめんなさい・・・」
 
 うなだれる綾波さん。前髪が汗で額に貼りついて、なんだか痛々しいです。
 
「違うよ、こんなに急がなくちゃいけないのは僕のせいだから・・・ごめんね。」
 
 シンジくんのリュックに収まっているのは、相田くんから貰ったバーナーとコッフェル。
 水源地にいくのならと出発直前に思い立って、慌てて用意した『野戦用コーヒーセット』です。
 でも、そのせいで予定よりも出発が遅れ、三人の歩みはいささかハイペース。
 ・・・綾波さんには辛い道のりとなってしまいましたね。
 
「あああっ! そこっ!! 離れて離れてっ!!! 」
 
 くすっ・・・アスカさん、やきもちですかぁ♪
 
「違うわよっ! この二人の『ごめんね合戦』は、始まったら終わらないんだからっ!! 」
 
「アスカ・・・そ、その・・・」
 
「なにを言うのよ・・・」
 
 何故か照れるお二人さん。
 ほっぺがほんのり赤くなってます。
 おや、アスカさんのお顔も赤くなってます・・・けど、なんでアスカさんが照れるの?
 
「怒ってるのよっ!! むっき〜っ、そこは照れるトコじゃないでしょぉ〜っ!? 」
 
 あ、なるほど。・・・綾波さんはよく判らないみたいですね?
 
「・・・そう? 」
 
 やっぱり。
 
「そ・う・な・のっ! ほら、バカシンジッ! アタシの荷物を持ちなさい!! 」
 
 綾波さんの鼻先に『ビシィッ!! 』と指を突きつけ、断言したアスカさん。
 その指先をツツ〜ッと左に15pずらし、今度はシンジくんに命令します。
 ・・・それにしても、お二人さん、そんなにくっついちゃって・・・いや〜んなカンジ。
 
「ええええっ!? 」
 
 驚くシンジくん。
 
「・・・アスカ、碇くんも疲れてるのよ? 」
 
 たしなめる綾波さん。
 うんうん、良識派ですね。 
 
「だめよ、レイ。オトコのシツケは常に厳しく! ほら、アンタも荷物を渡しなさいっ!! 」
 
 もちろん、アスカさんがそんな言葉に耳を貸すはずもなく。
 
「渡しなさいったら・・・わたせぇ〜っ♪ 」
 
 困った顔で見つめる綾波さんに襲いかかると、綾波さんの力無い抵抗を押し切ってリュックを強奪してしまいました。
 
「え?・・・あ、やん・・・」
 
 綾波さんの汗は未だ退かず、珠の汗を浮かべる頬も上気したままです。
 微かに顰めた眉と、口の端からこぼれる抵抗の言葉・・・
 ・・・シンジくん、唾を飲みながら見とれてますね・・・おっとこのこぉ♪
 それはともかく・・・アスカさん、何故に嬉しげ?
 
「アスカ・・・ひどい・・・」
 
「なによ、可愛い声出しちゃって。 ほらシンジ、さっさと持ちなさい! 」
 
 怯えたように自分の体を抱きしめる綾波さんをアッサリ無視して、シンジくんに二人分の荷物を押し付けるアスカさん。
 
「ひどいや、アスカ・・・」
 
 愚痴りながらもイヤとは言わないシンジくんに、背を向け、こっそり、ちいさく微笑んで・・・
 
「さあっ、もう少し! いくわよ、レイ、シンジ!! 」
 
 号令一閃。
 綾波さんの後ろにまわると、その背中をぐいぐいと押し始めました。
 
「あ、待ってよ、アス・・・ぷっ。」
 
 荷物をまとめながら、慌てて呼び止めようとしたシンジくん。
 アスカさんの後ろ姿、ちらちらと覗く耳を見て、小さく吹き出します。
 
「なにやってんの、バカシンジ! ほら、行くわよ! おなかぺこぺこなんだからっ!! 」
 
 シンジくんが見たものは、それはもう真っ赤に染まったアスカさんの耳。
 
「ほんと・・・素直じゃないんだからなぁ。」
 
 そう呟くと、シンジくんは慌てて二人の後を追いました。
 綾波さんの背中を一所懸命に押すアスカさん、元気印のハイペース。
 急がないと、ホントに取り残されそうだったのです。
 
 
 
 
 
 
 
「ふぅ〜っ、こんな綺麗なトコロで食べると、シンジの料理もまた格別ね〜。」
 
 展望台に置かれたベンチ代わりの切り株の上、満足そうに背を伸ばすアスカさん。
 手元のお弁当箱は、きれいに空になってます。
 もちろん、真っ黒だった里芋の煮付けも、残らず彼女のお腹のなか。
 
「ええ、そうね・・・」
 
 綾波さんはといえば、小さな小さなハンバーグを頑張って食べているところ。
 一口ごとに水筒のお茶を含みながら、それでも紅い瞳は、優しい色をしています。
 
「うん。やっぱり空気が良いと、ご飯も美味しいね。」
 
 そんな綾波さんを嬉しそうに見守りながら、シンジくんはキャベツの千切りを頬張りました。
 お肉が嫌いな綾波さんですが、自分のお皿にお肉があるときよりも、自分のお皿にだけお肉が無いときの方が、ず〜っとず〜っと悲しそうな顔をするコト。
 ・・・シンジくんは、ちゃんと知っているのです。
 
「ごちそうさまでした。美味しかったよ、綾波。」
 
 湯飲み代わりの水筒の蓋をくわえたまま、『どういたしまして』と目で応える綾波さん。
 こく・・・と小さく喉を鳴らした後・・・
 
「碇くんのも・・・」
 
 とだけ言って、困ったように俯き、黙り込んでしまいました。
 今日のシンジくんは、肉料理担当。
『美味しいわ』と続けられない、正直者の綾波さん。
 
「うん、ありがとう。」
 
 だからシンジくん、こっそり、小さく笑った後で。
 綾波さんの努力の成果。
 一口ぶんを残すのみとなったハンバーグに、心からのお礼を言ったのです。
 ・・・良かったね、シンジくん。
 
 
 
「ほらっ、シンジ! 食べたら遊ぶ!! ぼやぼやしないっ!!! 」
 
 シンジくんと綾波さんのやりとりを、つまらなそうな顔で見ていたアスカさん。
 リュックから二組のパームPCとデジカメを取りだして、一組をシンジくんに突き出しました。
『フィールド・ゲッター』と呼ばれるゲームを始めるつもりのようです。
 デジカメで撮影した動植物を、即座にパームPCの辞書ファイルで分類。
 撮影した種の多様性と希少性の高低で、与えられた得点を競うという・・・
 まあ、競技性のあるバード・ウォッチング。
 
「食後の軽い運動だし・・・フィールドは100m四方、制限時間は三十分ってトコね。」
 
 レギュレーションを決めながら、アスカさんは、手首に巻いたGPSユニットにアラームをセットしています。
 
「でも、綾波はまだ食べてるよ? 」
 
「バカね、レイにとっては食べること自体、運動みたいなものよ。」
 
 綾波さんを気遣うシンジくんに、ぷうっと膨れてみせました。
 
「そうかなぁ・・・ほんと、綾波? 」
 
「わからない、けど・・・行って、碇くん。」
 
 綾波さんは、そんなアスカさんを、チラッと眺めて続けます。
 
「わたし、今疲れてしまったら、きっと帰りにも迷惑をかけるから・・・」
 
「・・・何言ってるのよ、バカ。」
 
 アスカさんの怒ったような呟きは。
 
「 迷惑? 帰りにも・・・って、来るとき、何かあったっけ? 」
 
 不思議そうなシンジくんの声に隠れてしまいましたが。
 
「あ・・・ふふっ、やっぱりバカシンジね♪」
 
 そう言って笑ったアスカさんは、とても優しい顔をしていました。
 
「なんだよぉ、アスカには『迷惑』って何のコトか判るの? 」
 
「・・・いいじゃない、そんなコト。
 レイ、アンタもヘンなコト言うもんじゃないわ。」
 
「そう・・・そうね。ありがとう、アスカ。」
 
 綾波さんまで優しい笑みを浮かべるなか、シンジくん、訳が判らず不満顔。
 
「・・・さっ、行くわよ、シンジッ!! 」
 
「あっ、待ってよ、アスカ〜ッ! 」
 
 くるっと背を向けて駆け出したアスカさんは、満足そうな表情で、こっそり、ちいさく微笑んで。  
 もちろん、二人の背中を見送る綾波さんも、じんわり、幸せそうに目を細めています。
 
「三人の方が、楽しいと思うんだけどな・・・」
 
 そして只ひとり。
 不満そうに口を尖らせてしまうのは、鈍感なシンジくんなのでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 真っ赤なトレッキングシューズが、ピタッと歩みを止めました。
 焦げ茶色のフィールドブーツも、横に並んで止まります。
 涼しい風が木々の隙間を、サイドステップで駆け抜けたあと。
 静かに、静かに。
 赤いシューズが歩き始めました。
 そぉっと、そぉっと。
 フィールドブーツも続きます。
 
 かしゃっ
 
「よぉっし、野ウサギGETだぜっ♪ 」
 
 嬉しさを必死に抑えた囁き声は、アスカさん。
 
「えっ、どこどこ? 」
 
 きょろきょろするのはシンジくん。
 本来、『フィールド・ゲッター』とは、単独行動で競うゲームなのですが・・・
 
「ほら、あそこよ、あそこ。倒木の下、ちょっと苔が白くなってるトコ。」
 
 二人は仲良く肩を並べて、動物や珍しい植物を探しています。
 これじゃゲームにはならないんじゃないかな?
 
 ぴんっ、と伸ばされたアスカさんの腕をライフルのように抱え込んで、アスカさんの視線を拾おうとするシンジくん。
 彼の手は、彼女の手首に。
 彼の顎は、彼女の肩に。
 そして、二人の頬は軽〜く触れあっちゃったり。
 ・・・アスカさん、少し赤くなってますねぇ・・・
 
「あ、ほんとだ! ふふふ、可愛いね・・・」
 
 耳元で『可愛い』なんて囁かれて、アスカさん、ますます真っ赤です。
 もしもし、アスカさん? あなたのコトじゃ無いんですよ?
 
「うるっさいわねぇ・・・ほら、シンジ! さっさと撮りなさいよ。」
 
「あ、うん。・・・よしっと! 」
 
「どれどれ? 見せてみなさい・・・ん、良く撮れてるわねっ♪」
 
 ・・・こうして二人の得点は、見事なユニゾンを続けているわけですが。
 
「あっ! アスカ、あそこの枝に小さな鳥が翔んできたよ! 」
 
「えっ、どこどこ!? 」
 
「あそこだよ、ほら・・・」
 
 ・・・ゲームじゃ・・・無かったのかなぁ・・・
 
 
 
 
 やがて二人は、清流に流れ込む湧き水を見つけました。
 冷たい水で喉を潤し、軽く顔を洗って、二人の表情はすっきり、さっぱり。
 そろそろ綾波さんの待つ展望台に戻ろうか、と提案したアスカさんに、シンジくんは答えます。
 
「そうだね。でも、ちょっと待っててよ。水、汲んで行くからさ。」
 
 いそいそとポケットを探り、忍ばせていたウォーター・コンテナを取り出すシンジくん。
 清流の湧き水でコーヒーを煎れる・・・これがやりたくて、コッフェルやバーナーを用意したのですから。
 小さく畳まれたコンテナを拡げるシンジくんは、嬉しそうにニンマリと笑っていました。
 
「・・・アンタって、ワイルドな環境でも所帯染みてんのねぇ・・・」
 
 感心したような、呆れたようなアスカさんです。
 
「朝のアレでしょ? 美味しいの煎れなさいよ、ちゃんと飲んであげるから! 」
 
 ・・・それでも、言いたいコトは言うわけですね。
 
 
 ちょろちょろと控えめに沸き出す水では、コンテナを満たすには少々時間が掛かりそうです。
 まるで座って下さいと言わんばかりのちょうど良い岩を見つけて、アスカさんは舞い降りるように腰を降ろしました。
 もちろん、彼女の瞳はシンジくんを捉えたまま。
 両手の人差し指と親指で、顔の前に四角いフレームを作って。
 
「う〜ん・・・『大自然と少年』・・・違うわねぇ。『荒野の水汲み』・・・荒野じゃないか。」
 
 なにやら、芸術鑑賞に勤しんでいる様子。
 
「うむむむ・・・あ、『野獣派・おさんどん』!!・・・ぷっ。 」
 
 何がそんなに可笑しいのか、足をぱたぱたさせて、ケラケラ笑いはじめます。
 
「・・・ん? むぅ〜、また何か、僕のコトで笑ってる? 」
 
 振り返ったシンジくんの、拗ねたような視線に気付いたアスカさん。
 とっても機嫌が良かったので、優しくフォローしてあげました。
 
「シ〜ンジっ! 良く似合ってるわよ!! 野獣派おさんどん・・・きゃはははっ♪」
 
 ・・・フォローになってないかも・・・
 
「なんだよ、それぇ・・・」
 
 むくれたシンジくんが、なんだかとっても可愛く見えて。
 微笑みの天使が、もはや何度目かも判らない定期便を、アスカさんの元に運んできたとき・・・
 
 キラッ・・・
 
 碧く聡明な瞳が、シンジくんの後ろ・・・数十メートル上流の岩陰に、青い閃光を捉えました。
 金属的な鋭い輝きと、自然の色とは思えないほどに鮮やかすぎる蒼。
 錯覚だろうかと目を凝らすアスカさんは、ちょうど光が見えた辺りで、ゆらゆらと不自然に揺れる細い小枝に気付きます。
 
「ねぇ、シンジ・・・なにか居るみたいよ・・・?」
 
 視線を固定したままデジカメを構え、小枝をどんどんズームアップ。
 
「アスカ、なにか企んでるんじゃない? 」
 
 怪訝な顔のシンジくんを尻目に、ついに閃光の正体をファインダーに収めたアスカさん。
 
「いいから、ちょ、ちょっと来なさいよ・・・」
 
 上擦った声でシンジくんを呼びながら、何度も何度もシャッターを押しています。
 
「? ・・・う〜ん、もう少しで溜まるんだけど・・・」
 
「そんなのいいから・・・ほら、早くカメラ持ってこっちに来なさいってば! 」
 
 ちょっぴり拗ねてたシンジくん、いよいよ膨れてしまいました。 
 
「そんなの・・・って、酷いや、アスカ。」
 
 シンジくんとしては、美味しいコーヒーを飲む、って事に拘ってるワケで・・・
 
「いいから、さっさと来なさいっ!!! 」
 
 アスカさんは、そんなコトは知りません。
 珍しい獲物に気のはやるアスカさんは、とうとう大声をあげてしまいます。
 
 ぱたぱたぱた・・・
 
「あ〜っ!!? ・・・いっちゃった・・・」
 
 でも、そんなアスカさんの大声が届いたのでしょうか?
 青い閃光は宙に舞い、そのまま上流の彼方へと飛んで行ってしまいました。
 
「なに? なにか居たの・・・? 」
 
 呆然とするアスカさんが、さすがに気になったシンジくん。
 今更ながらに水汲みを中断して、アスカさんの元に駆けつけたのですが・・・
 
「・・・いいわよ、もう・・・バカなんだから。」
 
 寂しそうな目をしたアスカさんは、気落ちした様子でカメラを片付けはじめ・・・
 
「・・・一緒に見たかったのに・・・ホントに・・・ばか・・・」
 
 その呟きはあまりに小さくて、シンジくんの耳に届くことはありませんでした。
 もっとも、これは。
 大声を出した自分自身への言葉だったのかも知れません。
 
 シンジくんと同じ物を見る・・・それが、アスカさんの拘りだったんですね。
 
 
 
 
 
 
 
 展望台に戻ったシンジくんは、早速バーナーを取り出します。
 現世紀の到来と前後するように復刻された、旧世紀の名品、オーストリアは『ホエーブス社』のバーナー。
 もっとも、実際には日本のメーカーがライセンス生産をしているわけですが。
 
 コォォォォォォ・・・・
 
「ちょっと。バカシンジ、うるさいわよ? 」
 
 ともあれ、ホワイトガソリンを使うこのバーナー、なかなか賑やかな燃焼音です。
 
「ええっ? この音がいいのになぁ。」
 
 お気に入りのバーナーにすっかりご満悦のシンジくんは、気にした様子もありません。
 ちなみに、ケンスケくんは現在、『シグ社』のセパレート・モデルを愛用しているのですが・・・ま、それはどうでもいいハナシ。
 
「・・・ふんっ! ・・・オトコって、どうしてあんなオモチャが好きなのかしら? 」
 
 ちなみにアスカさんが何をしているかというと、綾波さんの隣りに腰を降ろして、二人の間にモニターを開いたデジカメを置いて・・・スライド・ショーの準備をしているようですね。
 
「・・・まったく、待ってるんだから早くしなさいよ! 」
 
 どうやら、綾波さんに本日の成果を披露したくてウズウズしてるみたいです。
 
「よしっ、プレ・ヒートも終わったし、後はお湯が沸くのを待つだけだね♪」
 
 プレ・ヒートから本燃焼に移った後も、しばらく炎に見入っていたシンジくんですが、ようやく二人のもと・・・綾波さんを挟んだ、アスカさんの反対側に腰を落ち着けました。
 
「ほんと、グズなんだから・・・ じゃ、始めるわよ! ほら、レイ、これ持って!! 」
 
 デジカメを綾波さんの膝に載せるアスカさん。
 小さい画面を覗き込む綾波さんとシンジくんがぴったりくっついているコトに気付いて、すこしだけムッとしましたが・・・
 
「まず、これね。ええっと、これは山ツバキ・・・キレイでしょ? そう、これを撮ったときはシンジがね・・・」
 
 負けじと綾波さんにくっついたアスカさんは、お留守番をしていた彼女のために、とても嬉しそうに解説役を勤めるのでした。
 
 アスカさん、きっと・・・綾波さんとも、同じ物を見たかったんですね。
 
 
 
 
 
 
 
「・・・え? そう、この鳥もシンジが見つけたの。シンジったら、木の上ばかり見てるから何度も転んじゃってさ♪」
 
「ちぇ、男だったら胸を張って上を向いて歩け! ・・・って・アスカが言ったせいじゃないかぁ。」
 
「うふふ・・・ でも、可愛いわ、このコ。」
 
「でしょ? それに、良く撮れてるわよね、さすがアタシよっ! 」
 
「・・・ま、いいけど。」
 
 一枚づつ楽しみながら続いたスライドショーも、そろそろ終わりが近付いてきました。
 三人が何気なく握りしめているマグカップも、中身はとっくにカラッポです。
 シンジくんが見つけたヒタキの後、シダ科の美しい葉と、川の浅瀬で撮ったオタマジャクシの画像が続きます。
 そして、アスカさん撮影の、最後の一枚がモニターに映し出された時・・・
 
「!? ・・・きれい・・・」
 
 綾波さんは一瞬、息をするのを忘れてしまいました。
 
「でしょでしょ!? カワセミっていうのよ。」
 
 ひょっとしたら、輝いているのはこの鳥で、太陽はその光を反射しているだけなのかも知れない・・・
 聡明な綾波さんをして、そんな感想を持たせるほどに、その鳥・・・カワセミは美しく輝いていました。
 大空に向かって真実の青を教えるかのような、深い青。
 ターコイズ、エメラルド、サファイア。
 世界中の宝石を集めた処で、この輝きの前には色褪せて見えるに違いありません。
 腹部のオレンジは柔らかそうな質感で、夏の日の終わりを惜しんだ女神が沈む夕日を縫い付けたかのような、そんな色彩を纏っています。
 青とオレンジ・・・空が見せる二つの顔を抱きしめながら羽を繕うその姿に、綾波さんはすっかり魂を奪われてしまったようです、が。
 
「あれ? そんな鳥、居たっけ? 」
 
 シンジくんは、不思議そうに首を傾げるばかりです。
 
「居たわよっ! 早く来なさいって呼んだじゃない!! 」
 
 シンジくんの声に滲んだ不満そうな色に、アスカさんは声を荒げました。
 
 ・・・不満なのはこっちよっ!!
 
 まあ、気持ちは判りますけどね。
 
「・・・あ、水を汲んだあの時の。」
 
 一方、シンジくん。
 アスカさんの怒気に気付いたのやら、気付かないのやら?
 のほほんと、平和な顔で応えました。
 
「そうよ! すっごくキレイだったのに・・・その、シンジと・・・一緒に・・・」
 
 ・・・見たかったのに。
 
 そう続けようとして、でも、声に出すには恥ずかしくて。
 一瞬前の勢いは何処へやら、頬っぺを赤く染めながら俯くアスカさん。
 綾波さんは、地面に降ろした手をスッと動かし、アスカさんの手を優しく握りました。
 優しい手の感触は、まるで全身を包み込んでくれるよう。
 ちょっとだけびっくりしたアスカさんも、すぐに心が落ち着いて来るのを感じて・・・
 
「あの、その・・・アリガト・・・」
 
 恥ずかしそうに、でも嬉しそうに。
 呟くようなその声に、綾波さんも嬉しそうに微笑むのでした・・・が。
 
 シンジくん。
 そこはやっぱりシンジくん。
 二人の女の子の間を満たす、繊細で美しい絆のカタチなど知るハズも無く。
 
 のほほ〜ん
 
 まるで商品サンプルのように、顔全体でその言葉を体言しながら、某国首相のような失言を放ったのです。
 
「そっか、あの時かぁ・・・な〜んだ。」
 
 ・・・綾波さんは、再び息をするのを忘れました。
 でも、それも一瞬のこと。
 指先に力を込め、のみならず、もう片方の手もアスカさんの肩に触れさせて、必死に自制を促します。
 
「・・・・・・」
 
 嵐はまだ訪れないようです。
 効果の程を確かめようと、綾波さんはアスカさんの表情を窺いました。
 
「!? ・・・あうあう・・・」
 
 まず訪れたのは、一瞬の混乱・・・いえ、恐怖がもたらした錯乱、と言うべきでしょうね。
 
「・・・はぁ・・・」
 
 そして、次に諦観。
 初めての事では無いのです。
 さらに言えば、避けられる事でも無いのです。
 そして、最後に訪れたのは・・・
 
 碇くん、ごめんなさい・・・護れなかったの・・・
 
 胸の奥に沸き上がる、愛しい少年への懺悔の言葉なのでした。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「なんだ・・・ですって・・・? 」
 
 嵐の到来を告げたのは、美しい唇。
 
「な〜んだ、ですって・・・!? 」
 
 どんな嵐だって、始まりは一陣の風にすぎません。
 
「このバカシンジッ! もう一度言ってみなさいよっ!! 」
 
 でも、嵐だと気付いた時には、もう逃げる時間は無いのです。
 
「えっ? えっ? なに? どうして怒ってるの? 」
 
 それが嵐だと気付かないなら尚のこと。
 
「このぉっ! 鈍感オトコォッ!! 」
 
 ぶわぁっちぃぃいいいん!!!
 
 そして嵐というものは、多くの場合、理不尽な傷を残して去っていくのでした。
 
「・・・ふんっ! 」
 
 胸の前で腕を組み、そっぽを向くアスカさんと・・・
 
「いたた・・・酷いよ、アスカ・・・」
 
 頬に手をあてて困惑顔のシンジくん。   
 そんなシンジくんに、困った顔の綾波さんが向かい合います。
 
「・・・酷いのは碇くん。」
 
「え? ・・・でも、僕には何の事だかさっぱり・・・」
 
「だから、酷いの。・・・きっと、わたしだって悲しくなるもの。」
 
「教えてよ、何のコトなのさ? 」
 
「ごめんなさい・・・でも、碇くんには自分で気付いて欲しい。」
 
 微妙に視線を泳がせ始めた綾波さん。
 うっすら朱に染まった頬が可愛らしいのですけど、シンジくんは、そんな彼女に困惑の色を深めるだけでした。
 
「・・・もういいわよ、レイ。」
 
 溜息をひとつ吐き出して、アスカさんが言い捨てました。
 
「結局、アタシの一人相撲ってワケね・・・なんだか虚しくなってくるわ。」
 
 あまりキレイとは言い難い笑みを張り付けたその表情に、綾波さんは眉を顰めます。
 
「駄目。・・・アスカも酷い。」
 
 胸の前で両手を重ね、暗く沈む紅い瞳。
 彼女の悲しみに気付いて、アスカさんは困ったように笑ってしまいました。
 
「アンタもバカね、そんなワケ無いでしょ? 」
 
「・・・ええ、そうね。」
 
「レイだって、虚しくはなっても、嫌いにはなれないもんね? 」
 
「えっ・・・ええ・・・」
 
 綾波さんの視線、もはやバタフライ。
 激しく狼狽する綾波さんに、ふっきれたような笑みを放って。
 
「シンジッ! 疲れたわ、少しだけ昼寝するわよ。」
 
 アスカさんは、嬉しそうに言いました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ええっ? でも、もう三時だよ? 」
 
「下山だけ明るいうちに間にあえば、別に問題ないでしょ? ほら、ブランケットを拡げなさい! 」
 
「もう・・・はい、出来たよ。」
 
「ちょっと。枕の準備がまだでしょう? 」
 
「えっ!? ・・・やっぱり・・・? 」
 
「あったりまえじゃない! ほらほらっ! 」  
 
「・・・・・・これでいい? 」
 
「ふん・・・まあまあね。・・・レイ? 」
 
「・・・なに? 」 
 
「見てみなさいよ。・・・アタシたち、一人相撲なんかじゃないわよね? 」
 
「ふふ・・・そうね。」
 
「・・・な、なに? 」
 
「なんでもないわ。じゃ、アタシたちも一眠りするわよ、レイ。」
 
「ええ。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 木々の隙間をくぐり抜けた涼しい風が、さらさらと笑いながら駆け抜けて行きました。
 午後三時の真夏の太陽は、空でじっとしていては物足りぬとばかりに、渓流の水面で飛び跳ねています。
 流れから少し離れた、クヌギの木に囲まれた小さな展望台。
 その展望台を見下ろす一本の木の枝が、それとは判らない程に小さく揺れました。
 枝を揺らしたのは一羽の小鳥。
 青く輝く翼を煌めかせながら、彼は三体の生き物の群を眺めています。
 一体は蒼銀の体毛を頭部に頂き、一体は紅金の体毛を頭部から垂らしています。
 最後の一体は黒い体毛。
 
 
 
 
「ねぇ・・・眠らないの? 」
 
「寝るわよ? 」
 
「・・・ねぇ・・・眠れないの? 」
 
「・・・いいえ、眠るわ。」
 
「だったら・・・さ? 」
 
 ブランケットの中央で、腕を拡げて横たわるシンジくん。
 彼の二の腕を枕に、寄り添うように横たわる、アスカさんと綾波さん。
 
 ・・・一人相撲じゃないわ・・・
 
 彼女たちが幸せそうに見とれているのは、真っ赤に染まるシンジくんの頬っぺた。
 ぱっちりと目を開いたまま、二人は幸せな夢を見ているのかも知れませんね。 
 
 
 
 
 
 動きの無い三体の生き物に、カワセミは興味を失ったようです。
 くるりと首を巡らせて、自身の翼と腹部の羽毛を見比べました。
 やがてそれにも飽きたのか、ふいに枝から身を放ちます。
 一瞬地面に向かって沈み込んだ彼の身体は、再び舞い上がって、林の奥へと消えていったのですが・・・
 
 青と赤・・・間に黒を挟むのも良いかもしれない・・・
 
 去り際に彼が思った事など、鈍感な人間たちは知る筈もありませんでした。
 
 
 
 
 

 

 

 

管理人のコメント
 喰う寝る36さんから『Luna Blu』20万ヒット記念の作品を頂いてしまいました。
 くーさんワールド、炸裂です♪
 
 三人のハイキング。
 行く手には山あり谷あり。(笑)
 
 > 『フィールド・ゲッター』と呼ばれるゲームを始めるつもりのようです。
 この部分を読んで、『ウッドノート』という昔のマンガを思い出してしまいました。
 生き物を殺さない、ハンティング。
 本来のゲームは、もっとスリリングなものなのでしょうね。
 この二人にかかると……
 思わず微笑ましくて、苦笑してしまいました。(笑)
 
 カワセミ。
 残念なことに、実物を見たことがないのです。
 カワセミは『水辺の宝石』等と呼ばれてるように、とても美しい鳥としてみんなに愛されているようです。
 アスカさん。シンジ君と一緒に見ることが出来なくて残念でしたが、今度はレイちゃんと三人で見ることが出来るといいですね。
 
 それぞれに拘りがある三人。
 その三人がシンジ君を挟んで仲良くお昼寝をするシーンは、なんともいえない優しさが感じられます。
 取り立てて特別なことがあるはではない。
 使徒もやってこない、エヴァもない世界での出来事。
 そのありふれた日常を、見事に書き描いたくーさん。
 端々から、この三人への優しさが感じることができます。
 本当に、ありがとうございました。(^-^)/
 
 
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