いろのはなし

 

 

 

 
 つまらないケンカほど、仲直りをするのってムズカシイ。
 つまらないケンカの原因は、やっぱりつまらないコトでしかないワケで。
 どーせまた、アスカがナニかつまらないコトで言い掛かりをつけてきたんだろうけど。
 
「・・・でも、ナニを言われたのかも覚えてないんだよなぁ。」
 
 ゴメンって言って、仲直りの握手。
 でも、ナニに謝れば良いのかワカンナクて、とりあえず部屋を飛び出してみたんだ。
 
 
 
 
 
 
 くだらないケンカほど、仲直りするのってムツカシイ。
 くだらないケンカの原因なんて、どーせくだらないコトなんだろーな。
 ま、シンジがナニかくだらないコトで愚痴ったんだろうけど。
 
「・・・むぅ。結局、判るのはナニかくだらない愚痴を言われたってコトだけかぁ。」
 
 ゴメンって言って、仲直りの握手。
 でも、なんでアタシが謝んなくちゃイケナイのかワカンナくて、シンジが帰ってくる前に部屋を抜け出したの。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 てくてく。
 
 とりあえず、ココに来てみたんだけど。
 
 ブランコ・・・
 
 気分じゃない。
 
 ジャングルジム・・・
 
 好きじゃない。
 
 シーソー・・・
 
 アスカがいない。
 
 結局、公園に来たって、ベンチでぼんやりするしか無いんだよね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 とことこ。
 
 習慣、よね。結局ココにきちゃった。
 
 鉄棒・・・
 
 アタシ、スカート。
 
 砂場・・・
 
 ・・・ネコがウンコしてる。
 
 シーソー・・・
 
 シンジがいない。
 
 結局、さ? 独りで公園に来たって、ベンチで鳩を眺めるのが精々なのよね。
 
 
 飛び石がぽんぽんと置かれた土の道を、アタシはのんびりと歩いた。
 両脇の芝生が目に優しい。
 すっかり顔馴染みになった白いネコが、管理用の資材棟に昇って昼寝している。
 
「こんにちは。頭、撫でても良いですか? 」
 
 擦れ違う老婦人に挨拶し、随伴するダックスフンドにじゃれてみる。
 
「こんにちは、可愛いお嬢さんね。私も撫でて良いかしら? 」
 
「えっ? えっ? ええっと・・・はい。」
 
 ミサトだって子供扱いしそうなおばあちゃんが、アタシの頭を撫でてくれる。
 凄く恥ずかしいけど、ちょっぴり嬉しい、不思議な気持ち。
 
 ぴょこぴょこと揺れるダックスフンドのしっぽが、なんだか無性におかしかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「紅茶、売り切れかぁ。」
 
 ベンチの脇の販売機で、冷たいソーダを買った。
 アスカにあわせて紅茶ばっかり飲んでるけど、炭酸だって嫌いじゃない。
 土に還る素材のコップの中で、無数の泡が浮かんで弾ける。
 
 ごくっ
 
 時間に応じて移動する、広葉樹の影。
 光と影の境目で、このベンチはなんとか日射しから守られていた。
 
 ぷるる・・・
 
 低いモーターの囁きを、涼しい風が運んでくる。
 風上に顔をむけ、広場の上空を眺めた。
 親子連れ・・・お父さんが操縦してるのかな、ゆっくりと空を漂う黄色い模型飛行機。
 小さな男の子が、飛行機を追って駆けている。
 
「あっ! 」
 
 躓いて、その子が顔から地面に突っ込んだ。
 思わず腰を浮かした、けど。
 
「・・・強いんだ、あのコ。」
 
 すぐに立ち上がって、元気に走り始める姿を見て。
 
 ごくっ
 
「・・・ふう・・・ふふっ。」
 
 何故だか、ちょっぴり楽しくなった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ベンチには、見慣れた顔。
 
「あのね、すっごく可愛い犬がいたの。」
 
 隣りに座って話しかける。
 
「頭を撫でてたら、アタシも撫でられちゃった。」
 
 よく考えられたら、ヘンな日本語。
 まるで、犬がアタシを撫でたみたい。
 なんだか、自分でおかしくなっちゃって。
 
「ふふっ。」
 
 思わず笑ってしまうアタシを、シンジがきょとんと見つめていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 きしっ
 
 ベンチの木材が軋む音。
 ほんのり届く、彼女の香り。
 
「あのね、すっごく可愛い犬がいたの。」
 
 楽しそうな声・・・大好きな声。
 
「頭を撫でてたら、アタシも撫でられちゃった。」
 
 撫でられた・・・って、犬に?
 
 少しだけ驚いてアスカを見たら。
 
「ふふっ。」
 
 楽しそうな、笑顔があった。
 
 
 
 う・・・ん、なんだろ。
 なにか忘れてる気がする。
 
 ・・・。
 
 ・・・・・・。
 
 ・・・・・・いいや。
 
 
 
「僕もね、元気な男の子を見たよ。」
 
 視線を広場に戻す。
 
「ほら、あの飛行機を追い掛けてて転んじゃったんだけど・・・」
 
 あれ? あのコは・・・いたいた。
 コントローラーごとお父さんに抱えられて、一生懸命操縦してる。
 
「でも、泣かないでまた、走り始めたんだ。」
 
 あっちにフラフラ、こっちにヨタヨタ。
 頼りなく飛ぶ飛行機が、見ていて飽きない。
 
「ふぅん・・・可愛い飛行機ね。」
 
 って、男の子の話だったんだケド・・・ま、いいか。
 
「うん。青い空にレモンイエローがきれいだね。」
 
「レモン? あれはブライトイエローっていうのよ! 」
 
 あれあれ? なんだか、軽い既視感。
 
「違うよ、レモンだよ。」
 
「ブ・ラ・イ・ト! 」
 
 アスカも、声の強さとは裏腹に、きょとんと不思議そうな顔をしてる。
 
「アスカ? 」
 
「うん・・・」
 
 思い出した。
 今朝の食卓で封を切った、ドレッシングのパッケージ。
 
「僕たち、ケンカしてたんだっけ。」
 
「そうね、ドレッシング・・・パッケージの色の名前なんて、くだらないコトで。」
 
「うん・・・ごめん、アスカ。あれ、グラスグリーンでいいよ。」
 
「バカね。みどり、それで良いじゃない。」
 
 悪戯が見つかった子供の様な、照れた笑顔。
 
「そうだね。じゃ、あれはきいろ。」
 
 飛行機を見ようと再び広場に顔を向けた僕の目が、木の陰から顔を出した太陽に眩む。
 
「う・・・梢の影、動いちゃったね。」
 
「そうね・・・ここも暑くなりそう。」
 
 じゃあ、そろそろ帰ろうか・・・
 
 腰を浮かした僕の手を、アスカがいきなり引っ張った。
 バランスを崩して後ろ向きに倒れる。
 
 地面の茶色。
 
 芝生の緑。
 
 広葉樹の深い緑。
 
 空の青と、ぽっかり浮かんだ白。
 
 網膜の上を、流れる色彩が駆けめぐって・・・
 
 
 ぽふっ
 
 
 ベンチに背中から倒れ込んだ僕の頭を、何か柔らかい物が受け止めたんだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 色の名前なんて、やっぱりくだらないコトね。
 ドレッシングは美味しかったし、あの飛行機だって気持ちよさそうに飛んでる。
 日射しは強いけど、からっとした風のおかげで、汗は決して不快じゃないわ。
 今日は……うん、上々の休日。
 このまま、ココでのんびりするのも良いかもね?
 
「う・・・梢の影、動いちゃったね。」
 
 シンジの声に振り返る。
 顔だけ太陽に照らされて、細めた目が眩しそう。
 そういえばコイツって、ときどきこんな目でアタシを見るの。
 
 ・・・今日は、どうかな?
 
 膝を隠す柔らかいスカート。
 白いTシャツの上に、大きめのベストを軽く掛けている。
 秋の雰囲気を先取りしたスカートが、なんだか少し鬱陶しい。 
 
「そうね・・・ここも暑くなりそう。」
 
 裾をつまんでパタパタ扇ぎたいトコロだけど、それもちょっと、ね。
 こう、今の気分にはあわないと思う。
 このまま、二人でココにいたい。
 黄色い飛行機の彼方、緩やかに流れる時間を見つめていたい。
 
 やっぱり、秋だわ。
 
 理由はとくにないんだけど。
 
 なんだか突然、感傷的になっちゃって。
 
 ちょっとだけ・・・
 
 ちょっとだけなんだけど。
 
 シンジにもたれかかってみようと思ったら。
 
 
 まて〜〜〜〜いっ!!
 
 
 このバカ、腰を浮かせて立ち上がりあそばしやがった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ア・・・アスカ? 」
 
 其処は、彼女の膝の上。
 
「や、そのっ! こんなつもりじゃ無かったんだケドッ! 」
 
 僕もびっくりしたけど、彼女はもっと驚いたみたいで。
 蒼い瞳が、まんまる。
 可愛らしい唇もまんまる。
 左手を頬に添え、右手をぶんぶん振り回して。
 ふふ、慌てるアスカも可愛いなぁ・・・ 
 
「・・・ありがと、アスカ。」
 
 なんていうのかなぁ、そんな彼女を見上げてたら、妙に気持ちが落ち着いたっていうか・・
 さらさらしたスカートの布地が気持ちいいとかじゃなくて、もっといろんな意味で。
 
「ありがとう、アスカ・・・」
 
 凄く自然に、この言葉が口をついたんだよね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 きゃ〜っ! きゃ〜っ!!
 
 咄嗟だったの、狙ってたわけじゃないのっ!
 
 倒れ込むシンジの頭、ベンチの背もたれにぶつかりそうで、慌てて抱え込んだんだけど。
 気が付いたら、シンジの顔を見下ろしていて。
 で、そこって、アタシの足の上だったりして。
 
 これって・・・膝枕よね?
 
 何がおこったのか判らない、って顔のシンジ。
 きょとんと見開かれた黒い瞳に、青い空と白い雲が映ってる。 
 
 どきどきどきどき・・・
 
 吸い込まれそうなその色は、空の高さのせいじゃなくって。
 
 どきどきどきどき・・・
 
 どっちかってゆーと、高いのはアタシの胸の鼓動だったりして・・・ 
 
 
「・・・ありがと、アスカ。」
 
 
 きゅんっ!
 
 
 なんて穏やかな顔で笑うんだろ?
 なんて、優しく包んでくれるんだろ!?
 
 今朝のケンカだって、妙に拘っちゃったのはアタシだし。
 
 仲直りはしたけど、アタシ、ごめんねって言ってないし。
 
 飛行機だって、ブライトだなんて言い張ったの、ただの気まぐれだし・・・
 
 アタシ、シンジの為に何もしてないのに。
 
 
「ありがとう、アスカ・・・」
 
 
 アタシ、ありがとうなんて、言って貰う資格は無いのに・・・!
 
 
 
 心のすみっこには、これは秋のせいよって呟くアタシがいるんだけど。
 
 で、どこか別の場所には、あなたもありがとうって言いなさい、そう囁くアタシがいたりして。
 
 でも、ちょっとでも口を開いたら、この切なさが弾けて消えてしまいそうで。
 
 この、胸を締め付ける幸せが、時計の針に掻き消されてしまいそうで。
 
 
 アタシはただ、シンジの乱れた前髪を、指先でそっと櫛削る事しか出来なかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 なんか、オカシなこと言っちゃったかな?
 アスカ、凄く変な顔をしてる。
 くしゃみを我慢しているような、にらめっこで笑うのを堪えているような。
 ちょっと怖い顔だったから、怒ってるのかな、なんて思ったりもしたけど・・・
 
 ・・・んっ
 
 ひんやりとしたアスカの指先が、僕の額に心地よい。
 空が眩しいし、その・・・膝枕が恥ずかしいし。
 ほんとは、さっさと体を起こしたいんだけど、さ?
 ううっ、アスカの唇の下、ウメボシ出来てるし・・・
 なんだか、口許もピクピクしてるし・・・
 
 ちょっと、なんてもんじゃ無いよ!
 
 すごく怖いよっ!!
 
 ・・・よくワカンナイけど、またケンカしたりするのヤだから。
 
 とりあえず体を起こそうとしたんだよね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あの・・・惣流さん? 」
 
「ぐすっ・・・なにかな? 碇くん。」
 
 シンジ、居心地悪そうに身じろぎしてる。
 初めての膝枕だもんね、照れ臭いよね?
 
 でも。
 
 アタシの指は、シンジの前髪から離れない。
 叫んでしまいそうな感情の波は、もう通り過ぎたんだけど。
 
 でも。
 
 目を細めたシンジ・・・ちょっぴり、くすぐったそう。
 いいよね? もう少しだけ、恥ずかしがって、くすぐったがっていなさい。
 
 だって。
 
 アタシ、わかる。
 シンジはきっと、幸せな気持ちなんだって。
 アタシは今、シンジを幸せにしてあげてるんだ、って。
 
 だって。
 
 
「う・・・んっ・・・」
 
 
 指先は、シンジの頬へ。
 目を閉じて、気持ち良さそうに喉をならす。 
 
 
「アスカ・・・もう帰らないと・・・」
 
 
 駄目よ、シンジ。
 嘘ついたって。
 
 頬に添えたアタシの指を、シンジの手が包む。
 シンジの頬へと、アタシの手のひらを押し付けるように。
 
 駄目。
 嘘ついたって、バレバレなんだから。
 
 シンジの暖もりがアタシに伝える。
 アタシたち、同じことを祈ってる、って。
 アタシたち、同じことを求めてる、って。
 
 そう。
 
『この幸せよ、永遠に続け』って・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「いいじゃない・・・もう少しここにいましょ? 」
 
 
 柔らかいアスカの声が、心地よさに閉じた瞼を優しく開く。
 照れ臭そうな笑みは、太股の感触より柔らかくって。
 アスカが怒ってるって思ったのは、僕の勘違いだったみたいだ。
 
「うん・・・でも。」
 
 見上げる空の輝きは、目を開けられない程眩しくて。
 
 
「大丈夫、日影ならアタシが作ってあげるわ。」
 
 
 ぷるぷると頭を振って、僕の顔を覗き込むアスカ。
 
 さらっ・・・
 
 紅い髪のカーテンが、僕の・・・ううん、僕たちの世界から、太陽と青空を閉め出してしまった。
 
 
「ふふっ。長い髪って、こんなときは便利よね? 」
 
 
 髪の隙間から差し込む日射しが、少し乱れた髪を金色に染める。
 紅と金色の静寂が、僕を見下ろすアスカを縁取っていた。
 
 アスカの髪も紅いけど、でも、彼女の顔はもっと紅くって・・・
 
 
「ねぇ・・・これって、やっぱりあか、かなぁ。」
 
 
 逸らした視線を誤魔化すように髪を掬ったアスカが、なんだかとっても愛おしくて・・・
 
「違うよ・・・それは、キレイって色だよ・・・」
 
 色に拘るなんて無意味かもしれない。
 だけど、拘りたい色が此処にあるから。
 
「! 」
 
 ハッと僕を見下ろすのは、美しい碧。
 次第に潤んだその泉は、だんだん、だんだん大きくなって、やがて瞼に隠されて・・・
 
 
 
 
 
「・・・だいすき。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 夏の余韻が消えぬ秋
 
 
 それでも空は 果てしなく高い
 
 
 あかいせせらぎの呟きを
 
 
 あおい風が 運んでいった
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


管理人のコメント
 喰う寝る36さんから、とっても らぶらぶ で はっぴー なお話を頂きました。
 
 色々な色があります。
 キレイっていう色。
 シアワセっていう色。
 そして『だいすき』っていう色も、きっとあるのでしょうね。
 
 なんだか胸に手を置いて、ほぅ、とため息が出るようなお話でした。
 読後感もとっても気持ちよくて、秀逸な一作。
 ありがとうございました。
 
 この作品を読んでいただいたみなさま。
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 食う寝る36さんのメールアドレスは kuneru36@olive.freemail.ne.jpです。

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