それは古びた教会だった
ギィー
扉をかしませながら、一人の女性が入ってくる
長い髪は すっかりと色褪せ
その顔には、長い年月を経てたモノ特有の 深いしわが走っている
彼女はゆっくりと・・・まるで 今までの歳月を思い起こすかのように、祭壇へと 歩く
十字架に架けられた 古(いにしえ)の 男の像
そして その前には、黒い棺(ひつぎ)が 置かれていた
老女は 棺の表面を優しくなでる
・・・枯れ木みたいな指で
中に納められているのも、男性・・・老女と同じくらい歳経た 男だった
表面のガラス越しに 向かい合う 2人
老人は静かに眠っているようであり
老女は そんな顔を静かに見つめていた
「 ・・・もう、普段は愚図愚図してる癖に・・・こんな時だけ、早いんだから・・・」
彼女の頬に 一筋の雫が落ちた
「 ・・・バカシンジの癖に・・・」
きつい言葉なのだが、その口調は 限りなく優しい
老女の蒼い瞳からは 次々と雫が流れていく
「 ・・・アタシを置いて逝くなんて・・・」
棺桶の窓を開けて、そっと手を差し伸べた
手に触れる愛しい男の顔は、まるで岩のように固く冷たい
「 ・・・シンジ。いろんな事あったね。アタシ達 それこそ 普通の人の何倍もの濃厚な時間を過ごしたね 」
「 エヴァての戦い・・・サード・インパクトからの帰還・・・そして わずかに残った人たちだけての 復興・・・」
「 ・・・アタシ達、精一杯 ・・・生きたよね 」
「 だから、もう少し 待っていてくれたって・・・良いじゃない・・・」
「 自分だけ、先に逝く事・・・ないじゃない・・・ズルイよ、アンタは 」
「 アタシ・・・シンジに まだ 言ってない言葉、あったよね 」
「 いつか 言おうと思ってたけど・・・結局 言いそびれちゃったよね 」
「 ごめんね 」
「 シンジ・・・愛してるよ 」
そして その冷たい唇に そっと キスした
老女は 数歩静かに後ろずさると 今度は黙って 天井を見上げる
古いステンドグラスから 光が シャワーの様に降り注がれている
赤や蒼 黄色の静かな 光の乱舞
彼女は 楽しげに見つめながら、優しく語り掛けた
「 ・・・レイ、居るんでしょぅ・・・」
一瞬、光が弾けた
やがて 白い光が少しずつ ゆっくりと集ってくる
そして その中から現れたのは 純白の天使
白いまぶしい翼
透き通るような 素肌
美しき神のしもべ
その瞳は紅く輝き、その髪は蒼くなびいている
「 ・・・やっぱり 居たわね 」
彼女は嬉しげに笑うと、静かに手を伸ばした
それに呼ばれたか 蒼い髪の天使は ゆっくりと地上に降りてくる
ふわん♪
重力を感じさせない 柔らかな着地
『 ・・・アスカ 』
まるで 鈴が転がるような音色
呼ばれた老女は 優しく微笑んだ
「 アンタにも いろいろ世話になったわね・・・アタシ 知っていたのよ 」
「 うちの娘は 本当は死産だった。でも 奇跡を起こしてくれたのは アンタでしょ 」
「 それにあの年の冬の飢饉も・・・可愛い孫の病気だって・・・」
「 あれだけ 奇跡の大盤振る舞いされちゃ 誰だって判るわよ 」
「 それに・・・時々 シンジと合っていたんでしょ 」
「 あのバカ、嘘つけないから・・・顔見たら すぐ 判ったわ 」
クスクスと嬉しそうに談笑する
『 ・・・碇くんは バカじゃないわ・・・』
天使は静かに反論した
そのちょっとだけむくれた顔に、彼女は微笑んだ
そして・・・
「 ありがとう、レイ 」
「 アンタは シンジを連れて行く事も出来たのに・・・ここに残してくれた」
「 アタシ達を見捨てる事だって出来たのに 静かに見守ってくれた」
「 本当に・・・ありがとう 」
一瞬 呼吸を止めた
そして
「 ・・・シンジを よろしくね・・・」
怪訝な顔の天使
老女は半分泣き笑いのような顔で応える
「 あのバカったら 結局 アタシ達のどっちも 選べなかったのよね 」
「 まったく・・・子供まで造っておきながら・・・」
「 時々 寝言で アンタの名前 呼んでいたのよ。アタシ達の寝室でね 」
「 本当に バカなんだから・・・」
いったん 俯いた顔を ゆっくりと上げる
「 ありがとう、レイ 」
「 アタシ達は 充分生きたわ 」
「 悔いのない人生だった 」
「 だから、今度は アンタが・・・」
紅い瞳の天使は ゆっくりとその頭(こうべ)をふった
そして ゆっくりと 話し掛ける
『 ・・・碇くんは 人(ひと)として 生きて、人として その生涯を終えたわ 』
『 もし、わたしが連れていってしまえば もう 人として 生まれ変わる事が出来ない・・・』
『 それは わたしの望む事ではないの・・・』
「 でも、アンタだって シンジが欲しいんでしょ 」
「 アタシは もう 良いから・・・これからは アンタが・・・」
『 ・・・駄目よ 』
「 レイ!」
思わず 怒鳴りつける
「 アタシ、こんな不戦勝みたいな事って 嫌なの!」
「 自分だけ 幸せになるなんて・・・」
声が段々 小さくなる
「 アタシ・・・」
かぼそい言葉を 彼女が止めた
『 アスカ・・・じゃぁ、今度は キチンと戦いましょう 』
顔を上げた彼女に 優しく微笑む
『 ・・・次の世(よ)で、又 3人で・・・』
「 次の世?」
『 えぇ・・・来世でね 』
老女の顔が ぱっと明るくなる
「 そうね! 今度は負けないわよ 」
『 ふっふっふ、 どうかしら・・・』
不敵な笑みを交わし合う 2人
やがて ゆっくりと近づいていく
「 又、3人でね 」
『 えぇ、そうね 』
そして 優しく額に祝福した
『 ・・・あなたに 神の恵みがあらん事を・・・』
少女が走る
パンを咥えて、少女が走る
「 遅刻、遅刻ぅ〜♪転校初日から遅刻なんて・・・ちょーヤバイって感じよねぇ〜 」
蒼い髪は元気よく跳ね回り
紅の瞳は眩しく輝いた
風が渦巻く
朝の空気は まだ 清々しさを残していた
その中をひたすら 疾走する少女
やがて とある曲がり角
鋭角ターンを決めた彼女の目の前に 黒い人影が現れた
バチンッ♪
「 痛ぁ〜!」
「 うわぁぁぁぁ 」
尻もちついた 彼女の目に映るのは
黒い髪と瞳の 優しそうな少年
その後ろで 呆れた顔している 赤い髪の少女
『 ・・・そう、これから 始まるのよ・・・』
少女の頭の中に 不思議な声が 響いた
彼女は 捲れ上がったスカートを直すと、勢いよく立ち上がった
「 ごめんね♪ 急いでいるからっ 」
そして後ろも見ずに駆け出す
走りながらも 何か 頭に引っかかっていた
( ・・・あの人達、どっかで会った事あるような・・・)
そんな思いも 学校のチャイムにかき消されていく
「 やっばぁ〜♪ 」
少女は更にスピードを上げた
そして ここから 始まる・・・
ちょっと こんなのも良いでしょ
なおのコメント(^ー^)/
ってゆーか、すごくいいです。(^-^)
こういうの、好きなんですよ〜。
どらこさんって「G」みたいのも書けるし……
う〜ん、すごいです。