危険と承知で教えたのは、多分エゴ。 おっちゃんのいびきから逃れるように布団の中で丸くなって、鳴らない電話をじっと見詰める。 一方通行でのみ成り立っていた俺達の通話。 それさえも危険だと、重々承知していた筈なのに。 疑惑を掛けられて。 必死でその証拠を掴もうとする蘭の姿を見せられて、未だあいつが工藤新一を必要としている事を再確認して。 嬉しかったんだろうな、俺。 息が詰まるような毎日で、ふとした瞬間に自分が置かれた状況の異常さに気が狂いそうになる。 傍に居る蘭にどれだけ癒されているか、それはメジャーなんかで測る事は出来ない。 遅々として進まない調査。 苛立たしさを表に出すと蘭が心配するから、感情を無理に押し殺して心に蓋をする。 ああ、そうやって蓄積された『何か』が、俺を少しずつ内側から壊しているのだろうか? 完全に判断ミスだよな。 俺の携帯電話の番号を蘭に教えるなんて・・・ 暗闇の中電源を入れると、ほの明るくなる画面。 蘭からのメールを呼び出す。 愛しい日常がその文面から匂い立つようで、不意に目の奥が熱くなった。 帰りたい・・・ 何も知らないで探偵ごっこをしていた自分に。 傍に蘭が居て、悩みといえば蘭の事ばかり。 サッカーが超高校級だとか、全国模試でトップ10の常連だとか、両親の遺伝子を受け継いで顔立ちが良いだとか。 今考えるとそんなの大した突出ではなかったように思える。 随分と普通の高校生だったよな。俺。 今の状況が『有り得ない』んだ。 蘭の番号を呼び出して、コールするかどうか逡巡する。 深夜、この時間に電話したら迷惑だろう。 でも、朝から晩まで忙しくでっかい事件を追っている工藤新一ならば、この時間のコールの方が信憑性はある筈で、蘭も休前日は結構宵っ張りだというのは生活を共にし始めてから知った事。 裏に表にと携帯を回しながら、ぼんやりと悩む。 今まで・・・ 俺からの一方的な通話は、まるで想いまでもが一方通行のようで時々虚しくなった。 それで掛けないで居れば、蘭が目に見えて元気がなくなり、その蘭の姿を見て自分と蘭の関係を再確認して電話を掛けてる。 俺の電話を掛けるというアクションには、蘭が元気を無くすというプロセスが必須だなんて、酷いもんだと思っていた。 でもこれからは・・・ 蘭は元気がなくなる前に、俺に電話を掛けて来てくれるだろう。 俺も自分の想いが一方通行だなんて馬鹿げた考えから解放されるだろう。 それを願って止まない自分が居るんだ。 大きさの比重で言ったら、やっぱり『エゴ』なんだろうなと思う。 電話番号を教えたのは蘭の為じゃなくて自分の為。 分かっていても・・・止められなかった自分。 不意に手の中で電話が震えた。 バイブレーションになっている携帯のディスプレイには、愛しい人の名前。 テレパシーか? 笑いが込み上げてしまう。 どうしようか? おっちゃんはやっぱり蘭とは親子で、一度寝入ってしまうと起きる事は殆ど無い。 蘭はきっと自室で掛けているだろう。 ・・・5分。 5分だけ、あいつの声を聞かせて欲しい。 自分に甘いと感じつつ、俺は通話ボタンを押した。 『もしもし・・・新一?』 ――― 甘い甘い、幼馴染の声。 |