■ 目指せサンタクロース! ■

MASHIRO.S Presents





――― たまには、素直にお願いしてみろよ。



散々言い合った後で、思わずぽろりと呆れ口調で零れ落ちた言葉だった。

こんな台詞一つで、この氷河期に作られた氷の壁みたいな頑固なあいつの意地っ張り魂が溶けるなんて、考えもしなかった。

長年繰り返されてきた下らない言い争いの歴史が、それを証明する筈だった。

だから、心底驚いたモンだ。

あいつがはっと何かを思い出したように黙り込み、一瞬躊躇った後、オレに向かってはっきりと言い切った時には。



――― 24日から25日に時のバトンが手渡される時間に、快斗、逢いに来て。







・・・な?吃驚するだろ?





++






中森家は青子が物心付いた頃からずぅっと、クリスマスは家族で過ごす事が出来ない日だった。

おじさんは怪盗キッドこそなかなかお縄に出来ないけれど、それ以外の成績と言ったら文句無しで、警察官の鏡みたいな人だったから、クリスマスは年末特別警戒で借り出されない事は無かった。

青子もまた典型的な警察官の娘だったから、我侭一つ言わずに笑顔で警部を毎年送り出す。

自動的に青子は最初からクリスマスに家族の団欒を期待する事は無く、友人なんかと予定を合わせる事を一番に考える子供になった。

まぁ、ガキの頃は昼は友人夜は家族と一緒に過ごす奴が多かったから、青子も賑やかなクリスマスを過ごしてたけど。

(つか、夜はオレんち良く来てたしな。)

・・・さすがに十八ともなると、友人よりやっぱ男だろ?

青子は今年のクリスマス、とうとう一人になっちまったんだ。

あいつの無理矢理の笑顔の下の沈んだ表情なんざ一発で分かっちまうオレは、精一杯のさり気なさを装って映画でも見に行こうぜって誘ってやったのに。

言い方が拙かったんだよな。多分。

『さり気なく』のつもりが、どうも青子には『仕方なく』に聞こえちまったみたいで、一瞬きょとんとした後あいつは泣きそうな目をしてオレに食って掛かった。

「無理して誘ってくれなくて大丈夫です!」なぁんて、他人行儀にオレを突き放してKEEPOUT!

ここでオレが大人になれれば問題ねーんだけどさ、出来てない青少年ですから、オレも。

つい売り言葉に買い言葉でだな。

「人の好意は親切に受け取るもんだって習わなかったのか?」等とからかい口調で攻撃開始でカーンとゴングを鳴らした訳で。

・・・後はいつも通りのオレ達の口喧嘩を想像してくれれば、そんなに真実から逸脱しないと思う。

はいはい。馬鹿ですよ、阿呆ですよ、オレは。

先日もですね。

某クソ名探偵と良く出来た美人の彼女と四人でダブルデートなんぞした時にも、小憎たらしい嫌み口調でぱっきりあいつに指摘されましたよ。

「オメーがその癖直せ。その方が遥かに話が早く進むだろ?」

ってね。

他人から言われると(特にこの男にな!)腹も立つし、それが嘘偽りなく真実なのも悔しい。

このままじゃ、天下の大マジシャンにして女性の心を虜にするフェミニスト&ジェントルマンと言われた親父の息子としても、立つ瀬がねーと、ちょっと心を入れ替えようと決意したばかりだってのに。

全っ然!!入れ替わってねーよな。

マシンガンも真っ青という激しい言葉の応酬でお互い息を切らせて、暫し無言で睨み合いをすると、辺りが急に静まり返り別の顔を覗かせる様で。

オレは胸の内で「落ち着け」と念仏のように何度も繰り返し唱えた。

そんなオレの努力を知ってか知らずか、目の前の幼馴染で最近ちょっと恋人らしい顔もするようになった青子が、険しい表情を緩ませる事もなく、未だ睨み付けて来ている。

相当な頑固。

相当な意地っ張り。

相当な・・・幼稚さ。

思わず。

本当に、意図しない言葉が、唇から転がり落ちた訳だよ。

「たまには、素直にお願いしてみろよ。『クリスマス一緒に過ごして』って。」

それの結果は皆も知っての通り。





++






「現在24日23時30分。夜も更けた閑静な住宅街の一角は誰一人通る事もなく、ひっそりとした佇まいの街灯が、まるで寄り添う相手を探す様に地面を照らすのみです。」

潜めた声は意外に空気の伝播が良いのか、さぁっと北風の様に四方に滑り出していく。

勿論その声を耳にする者は誰も居ないので、オレは返事を期待する事無くさくさく目的地を目指して足を運ぶ。

家からサンタの格好をして来るのもどうかと思い、今年の冬買ったばかりのミリタリージャンパーをきっちり着込んで、去年の冬に青子から手渡された手編みの黒いマフラーをしっかりと首に巻き付けて家を出て来た。

今日はホワイトクリスマスが期待出来るような身体の芯から冷えてしまう冷たい日だったから、防寒をちゃんとしておかないと風邪を引いちまう。

オレが明日風邪を引いてたら、青子は当然のように自分の所為だと言いかねないから、そこら辺は抜かりなくやらねーとな。

青子の家の目の前で、オレは一瞬足を止めてその家のフォルム全体を視界に入れるようにして、じっくり観察する。

二階の一角がぽぅっと白い光に包まれていて、オレは其処に人間が求める温かさが宿っているかのように目を眇めて眺めてしまう。

あの部屋の中にはヒーターで暖められた優しい空気と、たっぷりと甘くした熱いココアと、そしてオレよりも体温の高い柔らかくて温かな青子が居る筈。

そう考えるだけで、心の何処かが満たされる気がして。

幸せそうに蕩けた顔をしゃんと上げて、オレは一瞬でサンタの格好へと着替えると、玄関の前に立ってお行儀良くチャイムを鳴らした。





++






「快斗の事だから、絶対窓から来ると思った。」

部屋着の青子は珍しく髪の毛を首の当たりでツインテールにしていて、その縛られた根元で揺れる白いファーが空気にふわふわ揺れている。

オレはオッホンと篭った咳払いをして、老人のような硬くてゆったりとした動きで首を左右に振った。

「サンタは煙突からやって来るのがスタンダードだがのぉ。最近の家には肝心の煙突がないもんで、ここは一つ紳士らしく玄関からとワシは決めておるんじゃ。煙突から入る時にはノックが出来んかったが、玄関にはチャイムがついとるからのぉ。」

「ふぅん?ねぇ、トナカイさんはどうしたの?」

「ワシのトナカイは高齢じゃて。この寒空の労働は堪えると言って働かん。今日は寂しく独りで出勤じゃ。」

「ねぇねぇ。どうしてプレゼント用の大きな真っ白な袋を持ってないの?」

「おやおや、強欲なお嬢ちゃんじゃ。ワシの身一つでは足りんかの?」

言葉遊びを一旦終了して、オレは青子の黒い瞳をじっと見詰めた。

日本人の典型的な真っ黒な色彩を持つ青子の瞳は、白い小顔の中に大きさの割にバランス良く配置されていて、見る者に強く印象付く。

もし青子に一目惚れする男が居るなら、十中八九、この瞳に恋をするんだろう。



「・・・ねぇサンタさん?」

青子がほんのりと頬を染めたのは、これから自分が口にする言葉への照れ臭さからだったのか。

震える唇に綺麗に光を弾くグロスが控えめに塗られているのに気付いたのはこの時だった。

「こんな真夜中に青子の傍に居てってお願いしたのは、やっぱり強欲なのかな?」

「・・・いいや、随分とささやかなお願い事じゃと思うのぉ、ワシは。」

「素直になると、良い事ばっかり。こんな我侭な願い事だって、サンタさんが叶えてくれるんだもん。」

嬉しそうに笑う顔は、贔屓目無しで本当に可愛くて、不覚にもぐらりと理性が揺れた。

聖なる夜に人間を堕としめようと獲物を探す堕天使に捕まっちまいそうで、理性の手綱をしっかりと握り直す。

おじさんが家族との団欒を犠牲にして仕事をしているこんな時に、青子に手を出すのはオレのポリシーに反するから。



「何か他に願い事はないのかな、お嬢ちゃん。今夜は出血大サービス中じゃ。」

「何でも良いの?」

「このサンタ一筋五十年の爺には、不可能なんぞ無い。」

言い切って胸を張ったオレは、今更ながらに言わせてもらうと、別にサンタの仮装をしているだけで爺さんの変装をしている訳じゃない。

ついでに声音もオリジナルを使用中。

随分と変な状況だと自分でも気付いたが、青子は楽しそうに芝居に乗ってるし、まぁ良いかという気がしていた。

「じゃぁマジックを見せて?小さな小さなマジックを一杯!」

「勿論じゃ。」

「それが終わった後に、ぎゅっとして。」

「勿論じ………ん?す、すまんのぉ。ワシは耳が遠くなった様じゃ…もう一回言ってくれんかの。」

「だから、ぎゅっとして欲しいの。えと、胸の中にぎゅぅっと。」

「………ぎゅぅっと……とは、こういう風かの?」

変に動揺して震えた声が出た。

オレはベッドの上に偉そうに鎮座していた巨大なうさぎのヌイグルミを、さば折りする勢いで羽交い締めにして見せた。

青子はこくりと頷く。



「………」



おいおい、青子。

羽交い締めで良いのかよ。

心の内のツッコミは、別の感情が爆発しそうになるのを抑える為の自己防衛がなせる技なのか。

オレは思わず頭を抱えて呻いた。

「サンタさん?」

「……爺はまぁ爺なんじゃが、その、まぁ若い娘さんがこう胸の中で大人しくしてるとじゃな、久しく忘れとったこう滾るような何かがぐぅっと腹から生まれ出そうでなぁ。………危険なんじゃが。」

「………」

「………青子、そういう事だから、それはちょっとマズイ。その代わりマジックを奮発して一杯見せてやっから!」

先程の無け無しの決意が風で飛んでってしまいそうで、ぶっちゃけオレは泣きそうだった。

偉大にしてオレの目標である、ジェントルな親父の顔を思い出しながら、おじさんに顔向け出来なくなるような事だけはしまいと、新たに決意を胸に抱く。

マジックショーの手始めに、ピンク色の一輪の薔薇を空中から取り出して青子に手渡し誤魔化しを図るオレに、青子は何故か不満そうな顔をして、ぷいっと横を向いた。



「意気地無しのバ快斗。」

「………」



言い返す言葉が見付からなかったのは、ここだけの話。









■ END ■







快青WinterRingの参加作品でした。



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