ホワイトデースペシャル




++ R.Mの場合 ++



別に期待なんかしてないし。

どうせ、絶対邪魔が入るんでしょ?

携帯の呼び出し、誰かの悲鳴、そして本人のうっかり。

先々週の待ち合わせだって・・・

夜遅くまで推理小説を読んでいて夜更かし、そして、寝坊。

慌てて携帯に飛び付いて「わりぃ!寝坊した!!」のワンコール。

本当に悪いと思ってるのかしら?

・・・思ってないから無神経なんだよね。

待ち合わせのメッカでぼんやりと一時間待ちぼうけする女の子の居た堪れない気持ちなんて絶対分かりっこないもの。

あの時はやたら人に声を掛けられちゃって。

冷かされて、誘われて、慰められて・・・

ああ、私って周囲から「約束をすっぽかされた可哀想な女の子」って思われてるのね、なんて悲しくなってしまった。

でも、待ち合わせ時間になっても来ない探偵さんには慣れっこだから、別に『彼女』みたいに怒る事もしないし・・・

本当。私って何なんだろう?

毎年恒例、みたいにチョコあげちゃったりして。

「義理よ、義理!」

なんて押し付けた可愛いラッピングの箱の中身は実は5時間かかった力作で。

いつまでこんな事やってるんだろう?

時計をチラッと見ると約束の時間2分前。

今日は来るかな?

それとも来ないかな?

携帯の電源は実は切ってあるの。

直前にドタキャンの連絡なんて聞きたくないから。

今日は特別なの。

私にとって特別なの。

今年は何も言わずに渡したの。

一目見て気合が入ってるって分かるようなチョコレートを、本人に直接、無言で渡したの。

ねぇ。その意味分かるよね?

『返事』、考えてくれてるよね?

私が欲しい答えを用意してくれているよね?

今更、貴方じゃない他の人を私の未来に登場させるなんてむごい事しないよね?

貴方の嘘許してあげたでしょ?

一杯一杯泣いた事、恨み言一つも言わなかったでしょ?

ねぇ・・・お願い。

本当は期待してるの。

目一杯、後戻り出来ないくらい。

だから。

お願い。

目の前に来て、この気持ちにお返しを頂戴。

モノじゃなくて良いの。

ああ、走ってくる。

時間に間に合ったのね?

息を切らして赤い顔して、少し苦しそうで。

運命の時間。

さぁ背筋を伸ばして、精一杯の微笑を貴方に。

「わりぃ!待ったか?」

「うん。待ったよ。」

さぁ。探偵さん。

私の欲しい答えをどうか下さい。







++ A.Nの場合 ++



何か変。

上手く言えないけど、変なの。

いっつも無駄に明るくて、調子が良くて、悪戯ばっかりで女の子に囲まれてるあいつが、今日に限って静かなの。

真面目な顔して教科書と睨めっこ。

信じられない。

先生だってあんぐりと口を開けて、あいつの大人しい姿を凝視している。

どうしたのかなぁ?

ふと視線が絡んだ途端、ぱっと逸らされる瞳。

え?

・・・どうして?

何かしたっけ?

頭を捻って記憶の海から可能性を救い上げようと努力したけど、思い当たる節はとんと無かった。

・・・あ、一個有る、かも。

でも・・・まさかね?

そう思って、そうっと斜め後方の席に座る幼馴染に視線を向ける。

かちかちとシャーペンの芯を押し出しては戻すという単調な作業を飽く事無く繰り返しながら思い耽っているみたい。

夜のお仕事の事を考えているわけじゃなさそう。

これでもそういう勘は鋭い方だから、間違いないと思うの。

・・・まさか・・・ね?違うよね?

一度はそう思い込もうとしたけど、やっぱり引っかかるその閃きにとうとうきちんと向き直る。

もしかして、今日の事意識してるのかな?

今日はホワイト・デー。

バレンタインに熱い女の子の思いを受け取った男の子が答えを用意する日。

つきんっと胸に小さな痛みが生まれる。

誰か気になる女の子の事考えてるのかな?

そういえば、抱え切れないほどのカラフルなラッピングのチョコレートを貰ってにこにこしてたっけ。

アレに全部お返し考えるの大変だろうなぁ・・・

でも要領良いから、得意のマジックで女の子を喜ばしてお返しに代えるのかもしれない。

きっと手なんか抜かないで皆の度肝を抜くような凄いマジック。

想像してくすくすと笑いが零れ出した。

そういう所、好きなんだよね。

・・・うん。好きなんだ。あいつの事。

でももう今更素直になんかなれなくて。

一番大きな秘密を教えてくれた真剣なあの瞳を見ていたら、今そんな些細な事で煩わせたくなくて。

だって・・・

幼馴染として大切にしてくれてるの分かるから、それ以上臨む事が贅沢に思えてしまって。

この小さな恋心を拒絶されたらきっと傍には居れないから。

悟られないように、この胸の中でそっとそっと大事に育てるの。

私だけの、大切な想い。

だからバレンタインの当日一杯一杯チョコレートを用意したの。

同じラッピングに同じチョコレート。

あいつにも当然その中の一個を渡した。

『特別じゃない』っていうパフォーマンス。

別に誰が見てるわけでもないのに。

でもね。

本当はね・・・あれ、特別なんだ。

中のチョコレート、時間掛けて出来る限り丁寧に作ったの。

味、違うの。

工夫してブランデーと林檎の味付けをしたの。

ココまで偽装工作したんだから、お願い、気がつかないでね。

未だ・・・もうちょっとだけ・・・

幼馴染で居たいの。

そこまで考えてふっともう一度振り返った。

ドキンっと心臓が跳ねる。

だって・・・こっちを見ていたから。

深い深い闇色の瞳でじっと見ていたから。

・・・それは何かの始まりを予感させて。

泣きたくなってしまった。

変わってしまう。

多分。

今日。

二人の『何か』が・・・

ああ・・・神様。



2013/12/21 再UP

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