『愛してる』と『大好き』は何処が違うの? お互いを想い合う気持ちに違いは有るの? 貴方は私に困ったように微笑むだけで、答えてはくれないの。 ズルイ・・・ 答えを知っているのでしょう? 何故教えてくれないの? 「おめぇだったらどうする?」 真面目な顔でそんな事を聞いてくる名探偵に、俺は思わずぼけっとその顔を見詰め返してしまった。 真剣な顔に、茶化してやろうという意地悪な気持ちも蒸発してしまう。 「『俺だったら』って言われても・・・実際そうなってみねーと分かんねーよ。」 「・・・」 俺の全然役に立たない返事に短く嘆息して、名探偵は冷めた紅茶を一口飲んだ。 お互い暇な時間が取れなくて、なんとか捻り出した時間はよりによって週末の深夜。 男2人で向かい合ってこんな時間にお茶してる。 「黒羽は中森さんに何て言ってる?」 「・・・」 遠慮の欠片もねーのか?!名探偵は!!普通聞くか!そんな事! 「『愛してる』って言ってんだろ?隠しても分かるぜ。」 「・・・じゃあ聞くなよ。」 「確認さ。」 澄ました顔で切り返して、至極ノーブルに奴は笑った。 こういう所がお坊ちゃんだなぁと感じる。 そう言うと、からかわれていると感じるのか名探偵は嫌な顔をした。 「中森さんは『好きだ』っていうんだろ?黒羽に。」 「・・・言ってる。」 そう、名探偵とその恋人とまったく同じ問題を、俺達も抱えているのだ。 それを知っているからこそ名探偵は俺に相談しに来たのだろう。 『愛してる』と『大好き』の間にある深遠なる溝。 痛い程感じているのは名探偵だけじゃない。 「言えねーよな。その『違い』を知ったら、きっとあいつ怖がるし。」 ふぅっと目を細めて宙を睨む姿は、思っていたよりもキツそうだった。 自身の中の激しい嵐を制御し切れずに、瞳にその片鱗を覗かせる名探偵に思わず同情してしまった。 辛さは・・・良く分かるから。 「早く追い付いて欲しいんだけど、なかなかそう上手くもいかねーよな。」 同情を込めてそんな風に言葉を続けると、俺も珈琲をぐっと飲み干した。 ほろ苦い味が舌に広がる。 どうせ今日は眠れねーだろうから、もう一杯珈琲を飲もう。 席を立って勝手知ったるナントやらで珈琲メーカーからお代わりを注ぐ。 名探偵の家は静まり返っていて、1人で過ごすには少し寂しい感じだった。 だから・・・尚更なんだろう。 『愛してる』と囁いてしまうのは。 「中森さん・・・きっと蘭より大変だと思うぜ?」 「俺もそう思う。毛利さんはもうすぐなんじゃねーの?その疑問に行き着いたんだからさ。」 そう言って力づけるように笑うと、らしくなく気弱にふっと笑い返される。 「ここからが長いんじゃねーの?一歩間違うと、かなり痛いしな。」 「確かにね。」 2人で向かい合うと伸びそうになる指に、彼女との違いを思い知る。 互いを想い合う気持ちの強さは同じでも、その種類が違うという事に・・・ 求め合えるまでは、一方的に求める事は出来ない。 それが分かっているからこそ、俺も、名探偵も必死に我慢しているのだ。 「・・・やっぱりもうしばらく我慢、だな。」 「毛利さんも悩んでるんだ。待っててやれよ。」 「言われなくても待ってるさ。・・・散々待たせたからな。」 ホンの少しだけ声に含まれていた切なさは、俺の心をつきんっと痛める。 こんな声が出てしまう程、この名探偵は修羅場を潜ってきたのか・・・ 「おめぇがそんな顔してどうすんだよ。」 俺の翳った表情を見て名探偵が少し笑う。 そして瞬きの間にからかいの笑みを唇に掃き、憎たらしい口調で続けた。 「自分の心配をしたらどうだ?俺より長いぜ。待たされる時間は。」 「・・・煩い。」 「そん時には愚痴聞いてやっから、連絡しろよ。」 「・・・」 「今日の礼にさ。」 「じゃあ電話したら2階の窓は開けとけよ。」 「了解。」 「・・・酒、ねーの?」 「あるぜ。何が良い?」 「ワイン。」 俺に言ってしまう事ですっきりしたのか、いつもの不敵な雰囲気を取り戻した名探偵が身軽に立ち上がって部屋を出て行く。 この後はお互いザル同士、朝まで飲み明かす事になるだろう。 奴のお姫様が奴の胸に飛び込む日はそう遠く無い。 悔しいような、でも祝福してやりたいような・・・ 青子が俺に『愛してる』と囁く日はいつだろう。 きっとまだまだ遠いに違いない。 それでもその日が確実に近付いている事を、俺は信じて疑っていない。 |