一緒にいるのにそわそわ。 落ち着かない瞳。 しきりに身動ぎ。 ・・・ねぇ、私と居ると退屈? 「どうしよう。」 しょんぼりと肩を落としてそんな風に蘭は切り出した。 正面には心配そうに眉を寄せた青子。 手には暖かなココアがたっぷりと入ったマグカップを持って、真剣な表情で蘭の悩み事に耳を傾けてくれている。 同い年で、似たような顔立ちで、そして小さな時から一緒に居た幼馴染が好きでつい最近恋人になったばかりという境遇までそっくりなこの友人は、蘭の良き相談相手だった。 実に良く自分の心情を分かってくれるので接しやすく、また話易い。 園子ともまた違ったこの愛すべき友人に蘭は今の悩み事をぽつりぽつりと話し出した。 「最近新一が・・・何か変なの。」 「『変』って?」 「二人で居てもそわそわしてるし、話し掛けても上の空だったり。」 思い出しても悲しくなってきて、蘭はうつむき加減で話を続ける。 今きっと自分は大層情けない表情をしているだろう。 要らぬ心配ばかりかけてしまいそうで、そんな自分が嫌だった。 「それに・・・私が傍に居るの・・・嫌みたいで。」 「ええっ!工藤君に限ってそんな事無いよ!絶対無い!」 青子は身を乗り出してそう主張した。 あの、見るからに蘭を大切にして愛しんでいる東の高校生探偵が、蘭の事を嫌がるだなんて、天と地がひっくり返る事が有っても有るわけが無い。 青子は自分の中の確信を疑いはしなかった。 人を見る目は厳格な父にしっかりと教育されているから間違いない。 しかし青子のその揺るぎ無い口調にも心休まらない様子で蘭はふるふると力無く首を振った。 長い黒髪がさらさらと肩口で揺れ動く。 手に持ったティーカップの湯気に口元を隠すように持ち、こくりと喉を潤すようにミルクティーを飲んだ。 「だって・・・例えば・・・寝癖で髪の毛が跳ねていたから・・・ムースを手に取ってね・・・撫で付けようとしたら・・・飛退いて逃げられちゃった・・・」 気を張っていないと涙がぽろりと零れ落ちてしまいそうだ。 潤んだ瞳を誤魔化すようにぱちぱちとしきりに瞬きを繰り返す。 しかし一度滲んだ悲しみの雫は無かった事には到底出来なかった。 虹色の涙を我が事のように悲しそうに眺める青子。 きっと何か別の理由があるはずだ。 そう思うのだけれども、その『理由』が分からない。 青子はどう頑張っても工藤新一になれるべくも無く、その心理もトレースする事は不可能だった。 「蘭ちゃん・・・ここで一人で悲しんでいても、何にもならないよ?」 そっとそっと。 眠る子猫を驚かせないように囁くような声で、青子は震える蘭に声をかけた。 もっと近くに行きたくて、対面で座っていたソファから立ち上がり、二人がけのソファに座る蘭の右隣へと移動する。 青子の体重を受け止めてふわりとソファが沈みこむ。 「工藤君に・・・聞いてみて?絶対蘭ちゃんが思っているような事じゃないよ。」 「・・・怖いの。」 甘えるように青子の華奢な肩に頬を摺り寄せて、蘭がか細い声で訴える。 「・・・本当に嫌われちゃってたら・・・新一の口からそんな言葉が出てくるのが・・・怖いの。」 「蘭ちゃん・・・勇気を出して?ね?」 「もう・・・耐えられないの。新一が居ない生活なんて・・・私無理だよ。」 甘いミルクティーよりもまだ甘い真実に、青子は柔らかな灯火が心の内に生まれた事を感じる。 蘭の新一を愛しいと思う気持ちはこんなにも強い。 そんな風に想ってもらえる新一に羨ましいと思う気持ちが溢れ出した。 「工藤君は本当に幸せ者だよね。蘭ちゃんにこんなに想ってもらえて・・・」 「・・・青子ちゃん?」 「蘭ちゃんはこんなに可愛いんだもの。こんなに素敵なんだもの。工藤君が嫌う訳無いよ。・・・お世辞じゃないよ?」 戸惑う蘭に悪戯っぽく笑い掛ける。 「青子が男だったら、絶対工藤君と蘭ちゃんを奪い合ってるよ。」 くすりと冗談を言う青子に蘭も少しだけ笑顔を浮かべる。 「・・・青子ちゃんが男になっても、絶対黒羽君青子ちゃんを選ぶと思う。だから青子ちゃんは私の事なんて、奪い合わない気がするな。」 なんとなく考え無しに口を出た言葉に青子は元より、蘭もびっくりした。 青子はちょっと困ったように言葉を継ぐ。 「・・・いや、それはちょっと・・・困っちゃうよね?」 「・・・困っちゃうけど。黒羽君はそうするような気がする。」 「・・・嬉しいというよりは・・・」 複雑な表情を浮かべる青子。 「・・・ダメ、かな?」 「う〜〜〜〜ん。」 真剣に悩み始めた青子に蘭がきゅうっと横から抱き付いた。 細い腕に体を雁字搦めにされて、その柔らかさに暫し酔う青子。 「こんな風に・・・新一に抱き付きたいのに・・・」 瞳を閉じたままそう告白する蘭。 「・・・やりたいようにやりなよ。それで思い切って聞いてみなよ。・・・ね?」 「・・・うん。」 未だ戸惑いも悲しみもある。 それでも青子に元気付けられて蘭は約束をした。 蘭が真実を知るのは遠くない。 |