† celestial pain〜天上の痛み †
 




† † † † †









痛みをあげましょう

一生消える事の無い痛みをあげましょう

それはかつて私が貴方から受け取ったもの

今ここにお返しします









† † † † †







待ち焦がれた携帯が鳴る。
蘭からの電話だ。
俺はポーカーフェイスで電話に出る。
声から動揺の色を消して。

「もしもし?」
「あ、新一?今日はごめんね。そっちに迎えに行かなくて。」
「来ないんだったら連絡ぐらい寄越せよ。お陰でこっちは遅刻寸前だったぜ。」
「ごめんごめん。それでね、私今日から3日間学校休むから宜しくね。」
「3日間?なんで休むんだよ。」
「ごめん。理由は言えないんだけど。」

蘭の声が沈んだものになる。
何か隠してる。
探偵の勘がそう言っていた。

「今何処に居るんだ?家じゃねーだろ?」

今朝迎えに行った時には蘭は家にも事務所の方にも居なかった。

「あ、ごめん。それも言えないんだけど・・・」

語尾が消え入るように小さくなる。
知らずに唇を噛み締め押さえた声で質問を続ける。

「誰と一緒に居るんだ?」
「・・・」

蘭はもはや答えない。

「何するんだ。3日間。」
「・・・多分、ゆっくりと読書でもするんじゃないかな?」

自分の予定さえ覚束ないといった感じの蘭に、不安が押し寄せる。
『なぜ』、『だれと』、『なにを』、の3つを秘密にしなきゃならない事なんてそうそう無い筈だ。
俺は自分を取り巻く環境の所為か、真っ先に犯罪を思い浮かべた。
聞かずに居られなくて、低い声で言葉を紡ぐ。

「蘭。お前犯罪とかに巻き込まれてんじゃねーんだろうな?」
「・・・・そんなことある訳無いじゃない。新一じゃあるまいし。」

不自然な間。
掠れた声を無理矢理押し出したかのような言葉に俺は目を見開く。

――― ぞっとした。
俺の知らない所で蘭に危険が迫っている。

「そんなんで誤魔化せるとでも思ってんじゃねーだろうな?本当の事話せ。」
「・・・出来ないよ。ごめんね。出来ないの・・・」

蘭がか細い声で繰り返し謝る。
謝って欲しいんじゃ無い。
もどかしくて拳を手近な壁にぶち当てた。

「何でだよ。俺はそんなに頼りねーのかよ。」
「違うの!そういうんじゃ無いの!ともかく私大丈夫だから心配しないで。3日後には帰るから待ってて。」

ギリっと奥歯が嫌な音を立てる。
喧しい耳鳴りを気力で捻じ伏せ何とか蘭から情報を引き出そうとしたが、蘭は口が堅く頑固だった。
何処までも平行線のまま、蘭が「時間が無いから切るね。」と言い出した。

「待てよっ!切るな!」

このまま切られたんじゃ手も足も出ない。
恐怖に魅入られたかのように青い顔の俺は電話に向かって怒鳴りつける。

「明日も必ず電話しろ!いいな!」

取り敢えずぎりぎりのラインまで譲歩してそう告げる。
蘭は「分かった」と言って電話を切った。
暫く携帯を持ったまま微動だに出来なかった。
頼られない事実に愕然とし、蘭に迫っている得体の知れない事態に恐怖を覚える。
携帯を持つ手が小さく震えていてこのままじゃいけないと唐突に気付く。
出来る事は全てやって蘭の安全を確保するまではこの震えは収まらないだろう。
今やるべき事は情報収集だ。
俺は機敏に立ち上がり書斎に向かった。




◇一日目◇




頭痛の薬を口に放り込みながらざっと新聞に目を通す。
蘭に関係ありそうな記事は無いように思われたが何がどう繋がってくるか分からないので取り敢えず頭に全て叩き込む。
携帯は充電済みで胸ポケットに納まっていた。
長時間モニターを睨んでいた所為か目まで痛む。
しかしあまり芳しい成果は上げられなかった。
絶対的に情報が足りなさ過ぎる。
学校に欠席の電話を掛け、続いて目暮警部に探りを入れる為警視庁に電話を掛ける。
ラッキーな事に在席していた目暮警部は穏やかな声で応対してきた。

「おはよう、工藤君。どうしたんだね?」
「お聞きしたい事が有りまして。」
「――― 蘭君の事かな?」

察しがついたらしくズバリ切り込んできてこちらも話し易くなった。
それに目暮警部が事情を知っているらしいという事から既に警察が関与しているという事も分かった。

安心は出来ないが・・・

「そうです。一体あいつ何に巻き込まれてるんですが?」
「それは申し訳ないが私も詳しい事は知らないんだよ。ただ妃弁護士も一緒に保護されとるらしい。」
「『保護』ということは蘭自身に危険が迫ってるって事ですね?」
「そういう事になるな。ただ長期間に渡るものではないらしいから安心して良いようだよ。」
「『安心』ですか・・・。」

自嘲気味に呟く。
そんな簡単に安心できるんだった苦労はしない。
多分この腕の中に閉じ込めでもしない限り安心など手に入れる事は出来ないだろう。




夕方に蘭から電話が入った。
すっぽかされる事を少なからずとも危惧していたのでほっとする。
しかし何やら蘭の声が硬い。

・・・何かあったのか?

「ごめん新一。あんまり電話できないの。」
「刑事になんか云われたんだろ?」

状況推理と直感でそう尋ねると蘭が微かに息を呑むのが分かった。

「新一?その・・・刑事さんが話したい事が有るって。代わるね。」

聞きたくもない低い男の声が受話器から聞こえてくる。

「もしもし?工藤君だね?私は警視庁の刑事だ。詳しい事は今話せないが彼女は我々の保護下に居る。
事件関係者という事で3日程我々と行動を共にしてもらう予定なんだが、安全性の面から電話での連絡を控えてもらいたい。
彼女の事が心配な気持ちも分かるが捜査に差し支えが有ったら困る。大丈夫。こちらの警備は万全だ。
彼女の安全は我々が保障する。今回は申し訳ないが君は傍観していて欲しい。」

口調だけは要請という形式だったが言外に首を突っ込むなと脅された様なものだ。
そのまま切られた電話に思いっきり毒づいた。
ムカムカは消えないが此処でやり場のない怒りを持て余しても建設的ではない。
探偵の能力を嘗めてもらっては困る。
剣呑な光を宿した瞳で窓の外を睨み付けた。

何時の間にか雨が降っている。




深夜服部から電話が掛かって来た。
こんな時にぐらいしか漏らせない愚痴を少し奴に垂れ流した。
ついでに2,3調べ物を頼む。
余計な事は一切云わないあいつに感謝しつつ電話を切る。




目が冴えて眠れそうにない。




◇二日目◇




深夜のネットサーフィンで有用と思われる情報を幾つか拾った。
情報提供者に感謝のレスを書き込み、匿名で警察にメールを流しながら、父さんの知り合いの情報屋にも連絡を取りそこからも情報を入手する。
寝不足で酷くなった頭痛を薬で宥めながら、事件で知り合った千葉県警の刑事に連絡を取る。
最後に服部からのメールをざっと読む。
・・・良い仕事してやがる。
この借りはいつか必ず返す事、と将来の予定として頭に叩き込む。
欲しい情報が思ったより簡単に手に入った為後の仕事がし易くなった。
手に入れた情報を分析すると自ずと蘭の居場所も取り巻く状況もそして解決策もぼんやりと姿を現した。
どうやら蘭は千葉県内にいるらしい。
今の内に移動した方が良いだろうな。
取り敢えずノートパソコンと携帯、PHSに博士から貰った道具の数々を鞄に突っ込んで家を出た。
いざという時の為に近くに居た方が良い。




タクシーの中で仮眠を取りながら俺は夢を見ていた。
多分幸せな夢。
もう内容は忘れてしまったけれど・・・




目的地につくと予備知識として近辺の地理を頭に叩き込む。
思い出したように今日初めての食事を取り、メールをチェックする。
妃弁護士関係で事件に巻き込まれたらしい蘭の身をぼんやりと案じつつ本日2度目の匿名メールを警視庁に送る。
事件の捜査は確実に進んでいる事が警視庁の動きで分かり、幾らか気も落ち着く。
これだけ影から協力しているのに、進展がないようではこちらもやっていられない。
おそらく警察の見立てより半日から1日程度は早く事態が進んでいる筈。
蘭が解放されるのも早まるだろう。
今回の元凶は通販会社を隠れみのにした犯罪グループだ。
妃弁護士のクライアントがこの犯罪グループの罠に掛かった所為で色々と調査をするうちに妃弁護士は蘭共々事件に巻き込まれた様だった。
こいつらは敏腕悪徳弁護士がバックに付いている為なかなかしっぽを掴ませてくれなかった様だが、こちらも世間に名の通った名探偵。
負ける気はしなかった。
現に既に罠は仕掛けた。
後は警察がやってくれるだろう。
取り敢えずやる事は全て終わった為ホテルのベッドに横になった。

ボンヤリとサイドランプを見詰めながら、明け方まで下らぬ事を考えた。




◇三日目◇




リゾートホテルの安っぽい玄関から蘭が数人の刑事に囲まれて出て来る。
俺はそれを近くの民家の路地から眺めていた。
蘭の姿を実際にこの目で確認して頭痛が遠ざかったような気がした。
見た限り特に変わった様子は見られない。
その傍らにはキチンとスーツを着た妃弁護士を確認して俺はもっと近くで蘭を見る為そっと忍び寄った。

一瞬の隙を突いて物陰から男が飛び出してきた。
うようよ居た刑事は油断し切っていて使い物にならない。
蘭が振り向く先には不吉な光を放つ白刃が振り下ろされる。
考えるより先に体が動いた。
天は俺に味方する。
目の前には誰かが忘れていったサッカーボール。
俺が放った渾身の一撃はナイフを持った男を3メートルほどふっ飛ばした。
今迄の恨み辛みを込めたから顎くらい砕けてんじゃねーか?

――― 同情なんてしてやらないが。

ボールを蹴った人物を追って首を巡らせた蘭がびっくりしてこちらを見ている。
刑事は取り敢えずぐったりとしたままの傷害未遂犯を取り押さえたようだ。
俺はもう蘭に危険が無い事を見て取るとゆっくり一団に近付いていった。
手前に居る熊のような男が絞り出す様に声を出した。

「工藤、新一・・?」

その声には聞き覚えがあった。
蘭に代わって電話に出てきた刑事だな。

「『大丈夫。こちらの警備は万全だ。』と聞いた気がするんですが空耳だったんでしょうか?」

冷淡な口調で擦り抜けざま言葉を投げる。
真っ直ぐ蘭に近付いて何も言わずに抱き締めた。
ようやく軋みを上げていた心が癒される。
言いたい言葉が沢山有った筈なのに何一つ口から出て行きはしなかった。

無事で良かった・・・

「新一、何でここに居るのよ?」

抱き締められたまま蘭が小さく尋ねる。
胸を押される感触に、蘭が俺の体を必死に退けようと奮闘している事に気がつく。
耳が真っ赤な所を見ると公衆の面前で抱き合っているのが恥ずかしいらしい。
離れたくなかったので無視する事にして、抱き締める腕に力を込めた。

「それで事件は解決したんですか?」

蘭の傍らに居た妃弁護士に尋ねると、何やら意味深な笑顔を返された。

「ええ、お蔭様で無事に犯人グループを一斉検挙出来そうよ。どなたかが流してきた極秘情報が決め手になってね。」

情報は俺が考えた以上に役に立ったらしい。
俺は無言で一つ頷く。
しっとりとした耳心地の良いアルトがからかうように響く。

「新一君、貴方学校を3日間休んだそうね?出席日数は大丈夫なの?」
「計算はバッチリしてますから平気です。そんなドジは踏みません。」

蘭が抵抗を止めて大人しくなった。
俺は腕の輪を少し広げて蘭の顔を覗き込む。
蘭は俺を見上げて眉を寄せた。

「酷い顔色・・・一体何してたのよ?三日間?」

心配そうな声音に気付かない振りでおどける。

「ゆっくり読書がしたくなったんだよ。急にな。」
「ちょっと、それって・・・」

俺の嫌味に気がついたらしい。
どうせ刑事に口止めされててあの時は詳しい事が言えなかったんだろうが、これ位の意趣返しは許されるだろう。



この3日間の事は何一つ蘭に話してやるつもりはない。
どうせ全て結果が物を言うのだ。
蘭を助けられたという結果さえあればもう何も要らない。




◇Heaven◇




薄暗い部屋。
入った瞬間蘭は新一が本当にこの部屋に居るのか不安になった。
この3日間新一は自室のベッドを一度も使わなかったようだ。
蘭は先ほど新一を探して部屋に入った時にそう思った。
ここは普段は使われない客間。
なぜか布団が一組だけ敷いてあって掛け布団には一人分の膨らみが有った。
どうやらここで寝ていたらしい。

「新一・・・?」

小さく呼んでみるが反応はゼロ。
寝ているのかと思って近付くと、どうやら起きているらしい事がその呼吸音から分かった。

「ね?新一。」

布団を捲ろうとすると中から布団の端が押さえられて拒まれた。
長年の経験からどうやら拗ねているらしいと察し驚く蘭。
こんな事滅多に無い。

大きくなってからは一度も・・・

蘭はすぐ側に腰掛けると布団からちょっとだけ出ていた指先に軽く口付ける。
少し身じろいだ布団の固まりに小さく微笑んでもう一度優しいキスを指先に贈る。
ピクリと動く指先をゆっくりと引っ張り出し手首まで露にすると丁寧に指先一本一本に口付けをする。

新一が焦れて顔を出すまで・・・

「なんだよ・・・」

暗闇の中新一の目が真っ直ぐに蘭を見詰める。
蘭は髪の毛を押さえながら身を傾けて新一の薄い唇に自分の唇を落とした。
黙ったまま受け入れる新一が愛しくてたっぷりと時間を掛けて優しくキスを繰り返す。
キスとキスの合間にするりと新一が本心を呟く。

「3日間待ちたくなんてなかった。俺。」

本格的に拗ねているらしい新一に蘭は言い聞かせるように耳に囁く。

「私の事何ヶ月って待たせた人が言う台詞じゃないんじゃない?」

その言葉に新一は黙り込み、顔を逸らす。
白い繊手が再び新一の顔を仰向け唇を塞ぐ。
息苦しい程長いキスに新一の体に熱が灯る。
分かってんのか、こいつ・・・?
寝不足と心労で鈍っている今の新一には普段の鋼鉄の自制心は期待出来ない。

「待つのって辛いでしょ?」

蘭が悲しい笑顔で言う。
今回嫌と云うほど身に染みた新一は微かに頷く。

「・・・もうしないでね?」
「それ俺の台詞。」

新一が苦し気に吐き出すと、いとおしむ様に蘭がゆっくりと髪を撫でる。

気持ち良くて、泣けてくる。

「ゆっくり眠って?ここに居るから。」

新一が素直に瞼を閉じるとすぐに穏やかな眠りが訪れる。




――― 夢の中で俺は蘭に対して我が侭ばかり言っていた。








「や、ご苦労さん。無事に妃親子の護衛も終わったようじゃないか。」
「目暮さん。」
「聞いたよ。何でも犯人グループを当初はバラバラに引っ張る予定だったのに土壇場で一括検挙に踏み切ったそうじゃないか!上も今回の事は高く評価しとったよ。」
「言わんで下さい・・今回の事は情けなくて。」
「はぁ?何言っとるんだ。お手柄じゃないか。」
「・・・目暮さんが頼みにしてる名探偵、あれ、大物になるんじゃないですか?」
「工藤君かい?何だね突然。」

不思議顔の目暮警部を残して、今回の事件の担当者は上への報告に頭を悩ませながら自室に戻っていった。
匿名の情報提供者について何処まで書けば良いのか、下手をすれば警察もその鮮やかな手腕によって操られていたとも取られかねない見えざる手の介入にはどのように解釈を付ければ良いのか。
長年培ってきた固い考え方では上手い文章は浮ばなかった。




 

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コメント書き辛いです。
もともとこのpainは他話とはちょっと書き方を変えてみよう!と
思い立って書き始めた話でした。
ですから妙に文章が紋斬り調なんです。
読み辛く分かり辛い・・・
良い事ありませんでした(笑)
この小説の冒頭部分は気に入ってます。
ちょっと暗示的で好きです。