女の子の特権






深夜。
もう普段ならば、とっくに布団と仲良くなっている頃。

「ん〜。そうかなぁ?」
「そうやそうや。蘭ちゃん優しいからな〜。そういうの苦労と思うとらんと思うけど。それ絶対工藤君甘えてんで?」
「蘭〜。あんた本当にそんな事までしてやってんの?」
「信じられな〜い。快斗がそんな事言ったら、青子パンチしてるよ〜。」
「パンチ・・・って貴方。見掛けによらず、凶暴なのね。」

女の子達の華やかな声。
和室の部屋の天井に反響して、余韻がふわふわと部屋の中を漂っている。
キレイな長い黒髪。
きらきらと輝く大きな瞳。
器用な手。
弾む声。

「なんか喉渇いた〜。」

園子が両手を後ろ手に畳みに突くと、背骨をぐんっと伸ばした。
さらりと栗色の髪が流れ落ちる。

「あ、じゃあお茶でも淹れる?」

蘭が立ち上がろうとすると、紅子が待ってと、その動きを制した。

「丁度家にあった珍しい紅茶を持ってきましたの。よろしかったらそれを飲みません?」

凛とした雰囲気を常に纏う紅子の柔らかな声は滅多に聞けるものではないのだが、この場に集まった友人たちはその貴重さに気が付かなかった。
何故なら紅子は彼女達といる時には自然とそのような声を出す事が多かったからだ。

「珍しい紅茶ってどんなの?」

青子がぺたぺたと近寄ってくる。
紅子が引き寄せた鞄の中から何が出てくるのかを興味深そうに待つ様子に、幼さを感じた和葉がクスクスと笑いを零してポニーテールを揺らしている。
蘭が受け取ったパッケージには英語とキレイな青いバラのイラスト。

「ライチのフレーバーティーですわ。」
「うわぁぁぁ・・・」

青子が嬉しそうに両手を合わせる。
蘭もにこりと笑って手早くお茶の用意を始めた。
それを手伝う青子。

「はぁ〜。やっぱ良いわよね〜。」
「ほんまやな〜。こういう楽しみは女じゃないと出来へんわ。」
「だってレディースプランは聞いたことあるけど、男の為のプランってほとんどないもんね。」
「ないでしょうね。第一需要自体がないのですもの。ホテル側が供給しようとする動きを見せないのも自然の理ですわ。」
「まぁ男が数人膝突き合わせてホテルの一室でお喋りだなんて。」
「なんや、談合か密談か。そんな感じやな。」
「悪いイメージってコトね。」

園子と和葉は話が合うらしい。
楽しそうに男性が聞いたら哀しくなるような事を言い合って笑っている。
紅子は時々合いの手のような言葉を挟みながら静かに聞いている。
彼女のスタイルはそういったものだと、4人が気が付いたのは最初に5人でホテルのレディースプランを利用した時のコトだ。
今回で5回目。
随分贅沢をしていると皆思っている。
でも心の中で使う言い訳はいつも一緒。

『自分自身へのご褒美だから。』





名探偵はいつも事件事件。
警察は一体何をしてるんだと、たまに彼女達が思ってしまうほど、幸せな時間や楽しい時間から彼らを連れ去ってしまう。
取り残された彼女が、そのまま幸せな時間やら楽しい時間やらを維持出来る筈が無い。
結局諦めたように一人の時間の使い方に切り替えるのだ。

大怪盗は華やかで苛烈な裏舞台から引退した。
ようやく独り占め出来ると思ったのに。
次の目標を早々と打ち立てた彼は、さっさと目標に向かって一人で邁進中で、彼女を時々忘れるのだ。
分かっていたけど、面白くない。

未来の世界チャンピオンは、やっぱり修行中。
今日は東へ、明日は西へ。
飽きるという事を知らずに強い相手と手合わせをしたり、ハードな練習に打ち込んだり。
多分、気に掛けてくれているんだろうけど、行動に現れるのはほとんど無い。

そんな訳でご褒美。
誰も褒めてくれないから、自分でご褒美。
こうやってたまに息抜きするから、彼女達が爆発しないで彼等を快く送り出し、そして迎えられるのを、知っているのかいないのか?
電源の切られた携帯電話に留守電だけが溜まっている。











Trrrrrrrrrrrrrrrr・・・・

「んだよ。蘭。なんで出ねーんだよ。」
イライライラ。
昨日の事件で面白いことがあった。
蘭は絶対こういう話題が好きな筈だと。
新一は翌日蘭に会ったら一番に話そうと思っていたのに。
蘭は友人と用事があるから、今日は新一の家に行けないと、と言う。
そうだよな。
蘭には蘭の都合があるよなと。
我慢したのは日中だけの予定だったのに。
夜も電話に出ない。
これは一体どういう事?
「んだよ。蘭のヤツ。」
呟く声に元気が無いのは、きっと気のせい。

Trrrrrrrrrrrrrrrr・・・・

「何処行っとんじゃ。あの女。」
不機嫌さを隠そうとしないで平次は携帯を投げ捨てる。
先ほどから数えて5回目のコール。
もう留守電にメッセージを入れるのも飽き飽きした。
渡したいものがあるのに。
和葉はちっとも所在を明かそうとしない。
故意に切られている事は間違いない携帯電話。
「・・・なんの為の携帯電話じゃ。ボケ。」
不貞寝でごろりとベッドに横になっても浮かぶのは和葉の天真爛漫な笑顔だけ。
溜息を一つ、しおらしく吐き出す平次だった。

Trrrrrrrrrrrrrrrr・・・・

「大事な魔術の最中でしょうか?」
繋がらない電話はしょっちゅうある事。
大抵彼女はその後電話してきて、『大事な魔術の途中だったから。』と教えてくれる。
彼女が魔術の伝承者である事を、最初は驚きを持って受け入れたものだったが、今は自然にあるがままの彼女を受け止めていると自負している。
それでも。
彼女の中での優先順位で、自分と魔術とどちらが上なのか、確かめるのは怖い。
繋がらない電話は不安を助長させるだけで。
白馬はいつの間にか渇いてしまった喉を潤す為に、冷めた紅茶を飲まなければならなかった。

Trrrrrrrrrrrrrrrr・・・・

「もう寝ちまったのか?お子様青子め。」
ばりばりとポテトチップスの袋を開けながら、快斗が呟く。
寝てる筈は無い、と直感が告げるのに。
可愛くて大事な彼女は電話には出てくれないのだ。
誰も太るなんて忠告しないので、本日2袋目のポテトチップス。
青子とのホットラインのお供に2階に持って上がった筈なのに。
快斗の八つ当たりの的になって、腹の中へとどんどん吸い込まれていってしまっている。
つまらない。
声を聞いてない。
結局眠れない。
父親を超えるマジシャンになる為の特訓でとっくに体力的には限界で、身体は休養を欲しているのに眠れない。
「ああああああ〜〜〜〜!!!!」
腹癒せに大声を出して、快斗はもう一回リダイアルを押した。

Trrrrrrrrrrrrrrrr・・・・

「・・・出ませんね。」
悩んで悩んで、悩みまくって、ようやく決心が固まって掛けた電話は空振りで。
運が無いのかと、京極は携帯電話をじっと見つめた。
今は遠くはなれてルクセンブルク。
知り合いの恩師の道場に居候させてもらいながら、空手の達人といわれる人々と組み手をやっている。
修行は嫌いじゃない。
修行の為に日本を離れた自分を、間違っているとは思っていない。
でも残してきた危なっかしい彼女のことを思うと、不安で眠れない事もある。
不器用で、我侭で、空手しか取り得の無い自分を、好きだと言ってくれた彼女に。
電話で繋がっているという至福。
今日は諦めるべきなのか。
京極は睡眠時間を削りながら再び携帯電話を片手に悩みのループに陥る事となる。












「おっかし〜〜!何その人?!」
「そうでしょ〜!!青子もね〜。笑い堪えるのに必死で変な顔になっちゃって。」
「どうして誰も教えてあげなかったのかなぁ??」
「・・・そういう趣味だと、思われて居たんじゃない?」
「あらへんよ〜!そんな事。でもそうやったらどないしよ〜?!」

笑ってしゃべって。
楽しい楽しい夜が更けていく。
こんな休日もあって良いよね?


女の子だけの特権なのだから。





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