た:タイプ





誤魔化された、と息子はぶすくれた顔をしている。

対する母親は、どうして信じてくれないのかしら?と面白がっているような困り顔。

それを眺める幼すぎる仲介役。











暖かな春の日差しに満たされたリビングでの出来事。

木の温かみの残る淡い茶色のテーブルセットに手際良く3時のお茶の時間を楽しく過ごす為のモノを並べていく。

2階で遊んでいる子供達は、その良く通る声で今どんな状態なのかを教えてくれるので、母親としては安心して目を離して別の用事を済ませる事が出来た。

笑い声がする。

でも笑い声の合間に聞こえる青子の咎める様な声。

また悪戯して、とやんちゃな息子の母親は溜息を一つ落とした。

子供同士の視点では分からない事も大人の視点で見れば一発で分かる事がある。

笑ってしまうくらい定説通りに、息子はせっせと幼馴染の女の子を苛めているのだ。

大きくなれば笑い話にしかならないのだろうが、今はお互い真剣そのもの。

眺めていて実に飽きない二人である。











「二人とも〜!!おやつにするわよ〜!!」



階段の下から手をメガホンにして叫ぶと、元気の良い返事が二重奏で聞こえてくる。

間を置かずドアが開く音、そして先を争うように二つの足音がぱたぱたと廊下を走り階段を駆け下りてくる。

「母さんっ!今日のおやつ何?」

「今日はスイートポテトよ。母さんの自信作なんだから。」

「本当?青子嬉しいっ!」

「はいはい。二人とも手を洗っていらっしゃい。」

その言葉にスイッチを押されたように再び二人は走り出し、彼女がリビングに有るテーブルの所定の位置に着く頃には滑り込むように追いついて来ていた。

「うわぁ・・!!出来立てだぁ!!」

ほかほかと白い湯気を出している黄金色の甘いスイートポテトに子供達は大歓声を上げてはしゃいだ。

面白そうに眺めて紅茶を口元に運ぶ母親に頂きますと元気一杯に声を掛けて、二人は大きな口を開けて手に持ったソレに齧り付いた。

「あっつ〜〜!!」

「美味しいっ!!」

無言で一つ目を食べる子供達の反応を眺めて、今日のお菓子の出来を確認すると、満足げな表情で母もそれを口にした。

柔らかで暖かいスイートポテトは季節モノであるがゆえの、格別な味がした。







小腹が満たされると、好奇心旺盛な息子が机越しに母親の事をじぃっと見詰めている。

まるで右に倣うように隣に座っていた幼馴染の女の子も見詰めるものだから、これから何が始まるのかとわくわくした気分で快斗の母親は二人を見詰め返した。

アクションを起こすのは、決まってやんちゃな息子の方だった。



「ねぇねぇ母さん?」

「なぁに?」

「母さんは父さんの何処が好きなの?」

「・・・ふふ。」



意外な台詞が飛び出した事にびっくりしたのは一瞬で、問われた内容にくすくすと笑い出す母。

もうそんな事に興味を持つ年頃なのかしら?と早熟な息子を眺めてみれば、どこまで質問の内容を理解しているのか一丁前に頬を赤く染めてぷいっと横を向かれてしまう。

少し考える素振りを見せると、息子の視線はこっそりと再び母親の元へと戻って来た。

「そうねぇ。お父さんのやんちゃな所、かしら?いつまでも子供っぽくて、駄々っ子で、手の掛かる所。」

「えぇ?!」

息子は唖然として言葉を無くし、その息子の目下一番のお気に入りの幼馴染は吃驚して大きな声を上げた。

「信じられない?子供の前では格好付けなんだから。しょうがない人。」

「嘘だぁ。」

棒読みの台詞が、母親の衝撃的な告白が如何に息子の度肝を抜いたのかが図り知れる。

柔らかな微笑を浮かべた母親は、残念ながら、と前置きした後面白そうに話し出した。

「貴方達はステージの上のあの人が、真実の姿だと思ってるけどね?違うのよ。だって、信じられないようなポカするんだから。でもね。私が居なくちゃ駄目なんだなぁって感じちゃうともう見て見ぬ振りなんて出来なくて。元々お母さん、ああいう手の掛かる人がタイプなのよ。」

「嘘だよね?母さん??」

「本当よ。快斗、貴方が知らないだけ。」

「おばさん、『タイプ』って何?」

知らない単語に反応した青子が、無邪気な笑顔で尋ねてくる。

快斗は納得いかないような消化不良気味の変な顔だ。

「『タイプ』っていうのはね?そうねぇ。好きなの傾向って所かしら?」

ふと、思い付いて、謎掛けのような答えを返す。

「青子ちゃんが快斗のタイプだって事と一緒よ。」

「??」

青子は素直に分からないという表情をして見せた。

密かな笑いが止まらない母親となんとなく意味が分かるのかぶすったれた表情の快斗。

「もっと青子に分かり易く言って?」



その可愛らしい声に答えたのは、今までこの場に居なかった4人目の声だった。

「そうだなぁ。おばさんのタイプがおじさんで、おじさんのタイプがおばさん、という事になるかな?」

「父さんっ!」

「あら、お帰りなさい。」



3人の背後に立っていたのは、ショーの準備で家を空けていた筈の盗一だった。

舞台衣装ほど気障で目立つ格好ではないにしろ、盗一のスタイルは普段からスマートで少し派手目だ。

今日もモスグリーンのダブルのスーツに、胸元を飾るハンカチーフの色は鮮やかな橙色。

「・・・おじさん。青子分かんないよ〜。」

とうとう青子は半べそを浮かべて小さな拳をぎゅっと握り締めた。

快斗が眉を顰めて青子のその硬く握り締められた拳を両手で包み込んだ。

「別に分かんなくても良ーんだよっ!どーせ俺達には関係ないんだから!」

根拠も無く力強く断言する快斗を気遣わしげに見て、青子は快斗の両親を見遣る。

二人はにっこりと笑顔を向けた。

「青子ちゃんには大きくなったらもう一回教えてあげるからね。」

「そうだね。その時にはまた4人でお茶を飲もう。」

「・・・うん!」

小さいから未だ分からなくて良いという事で納得した青子は元気良く返事をすると、快斗に手を引かれて2階の子供部屋へと走っていった。







残された二人が意味深に微笑み合う。

「・・・小さくても快斗は男よね〜。」

「君が色々教えているからだろ?」

「ふふ。あの子頭良いから面白いのよ。青子ちゃんを引き合いに出してからかうと真っ赤になって立ち向かってくるのよ?一丁前に。」

「・・・ほどほどにしてやってくれよ。」

「は〜い。」

盗一の顔を見て、子供のような返事をする妻に、夫は苦笑を零した。

「ねぇ貴方?」

「ん?」

「いつから聞いてたの?」

この質問に盗一はばれていたのかと気まずい表情を浮かべた。

ゆっくりとソファに座ると、すぐ横に妻の体が収まって、まるで逃がしはしないと言うようにぴったりと寄り添う。

「・・・快斗が無邪気な質問を君にする所から。」

「意地悪ね〜。」

「・・・」

「それで?私の答えには満足?」

「・・・『タイプ』にぴったりの男だったから、君は私を選んだのかい?」

「違うわよ。」

「え?」

「貴方を夫にしようと決めた時に、私の好きな『タイプ』を貴方に決定したの。」

「・・・」







やられた、と大きな4文字が頭の中に浮かんだ。

どうにも分が悪い。



日本有数のマジシャンである彼がこの無敵の妻に勝てた試しは未だに無い。








BACK