な:なんでだろう?





徹夜明けの朝日は眩しい。

それは既に凶器なのだ。

コレで僕が殺されるとしたら、工藤君辺りがちゃんと犯人を特定してくれるのだろうか?

あの冷静沈着な大人びた口調で「犯人は、朝日、貴方です!」とか決め台詞を言っちゃんだろうか?

馬鹿な事をつらつらと考えつつ、窓の外から室内へと視線を転じ面白みの無い警視庁の廊下をとぼとぼと歩く。

早朝にも関わらず、人の気配が絶えないのはここが警視庁という警察組織の総本山であるからなのだろう。

24時間、110番を回して助けを求める国民が居る限り、警視庁が眠る事はないのだ。



「高木君〜?」



背後から愛しい人の声。

僕に尻尾が付いていたとしたら、それは今千切れんばかりに凄い勢いで振られているだろう。

いや、注意深く観察する人が居たら尻尾など無くても僕が彼女に恋しちゃってる事なんて明白なのかもしれない。

自分でも単純だと思ってるんだけど、一朝一夕で直るものでもない。



「佐藤さん。」



深呼吸してから振り向いた。

昇って来る太陽よりも眩しくて温かい、彼女の笑顔に僕は目を細めた。

眩しいけど突き刺すような残酷さは微塵も無い。

つきつきと尖った心を癒すような、優しい光が僕を包み込む。



なんでだろう?



彼女は何時でも溌剌としていて、疲れた様子を他人に見せようとはしない。

そんな風に出来た人間になるにはどれだけの苦労を乗り越えて、どれだけの努力をすれば良いんだろう。

尊敬の念が邪な考えを持つ心を突き上げて、ちょっと心臓が苦しくなった。



「なぁにぃ?変な顔しちゃって。お腹でも痛いの?」



子供に聞くみたいに顔を覗き込んで来る佐藤さんの視線から逃れつつ、こほんと咳払いなどして誤魔化してみる。

こんな態度を取ると大抵佐藤さんは聡くこちらの心情を察して追及の手を引っ込めてくれるのだ。



「もう解放されたんでしょ?」

「あ、はい。」



話題転換にほっとしつつ、次に佐藤さんが紡ぎ出す言葉に期待してプルンと艶やかな唇を見詰めた。



「ご飯食べに行かない?」

「行きます!」



体は正直でもう出口に歩き出している。

佐藤さんはごく自然に僕の隣に付いて歩き出していた。

僕の顔のちょっと下でさらさらと揺れる黒髪。

今時風に染められていない生まれたままの黒髪はとても綺麗だった。

警視庁内部にはファンクラブまで公然と存在している人気者の彼女が年下の僕なんかに「ご飯を一緒に食べよう」と誘いかけてくれる。

これがどれだけの幸福なのか、頼んでも居ないのに嫌と言う程教えてくれた。



なんで僕なんだろう?



疑問は常に付いて回る。

これはきっと自信が持てない自分の所為だ。



「ちょっとぉ?高木君。上の空じゃない。」



顔の前に手の平を上下されて意識を引き戻される。

笑顔になり切ってない表情を佐藤さんに向けると、心配げな表情を浮かべた彼女が労わる様に肩を摩ってくれた。



「疲れてるのね。ご飯食べる気力も無い?」

「済みません。平気ですよ。」

「今回大活躍だったもんね〜高木君。疲れもするわよ。・・・無理、しなくて良いのよ?」



暗に外に出るのを止めてゆっくりする?と水を向けられて慌てて首を振って否定した。



なんでだろう?



こんなに心配してもらえる資格が僕に有るのかな?

特別僕が活躍した訳じゃない。

皆が同じだけ自分の役割を遣り遂げたからこそ今回の作戦だって上手くいったんだし。

それなのに、佐藤さんは僕を特別視して優しい言葉を掛けてくれる。

勿体無いくらい、優遇されてる。



なんでだろう?



一回回って振り出しに戻るようにその疑問の壁にぶつかった。



「高木君。」

「はい。」

「私に無理に付き合ってない?」

「付き合ってません!」

「良しっ!じゃ、行こう。」



嬉しそうに笑って僕の腕を引く佐藤さんは無邪気に笑ってた。

その特別な笑顔にめろめろにされる。

ああ、なんで佐藤さんは僕を選んでくれたんだろう?

僕には佐藤さんしか居なかったけど。

佐藤さんは選り取りみどりだったのに。



なんでだろう?



ああ、考えても分からないや。

目の前の佐藤さんを見ていたらどうでも良くなってしまった。

『なんでだろう?』なんて考えてないで、どうやって佐藤さんにふさわしい男になるかを考えた方がよっぽど建設的だ。

そう踏ん切りをつけると心がすぅっと軽くなった。



「佐藤さん!僕食べたいモノがあるんですけど!」



少しだけ先を行っていた彼女に追いついて、現金にも弾んだ声で訴える僕に、彼女はふわりと微笑んでくれた。








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