ん:シンデレラ





魔法、解けちゃったみたい。
毎日元気が出なくて、大好きな皆にも心配かけて。
なんでコナン君が居ないだけで、こんなに変わっちゃったんだろう?





「歩美〜。元気出せよ〜。」
自分の方がよっぽど元気なさそうな声で元太君が後ろから声を掛けてくる。
「歩美ちゃん。僕達と一緒に今日阿笠博士の所に遊びに行きましょうよ。」
無理して弾んだ声を出す光彦君に、なんとなく素直に頷けなかった。
心のどこかになんだか大きな石があるみたい。
前に進みたいんだけど、進めないの。
「コナン君が居なくなって寂しいんですよね。」
いつもと違う光彦君の声。
隣にならんで一緒に歩いてると、反対側の隣に元太君の大きな体が並んだ。
コナン君と会う前はこうやって3人で歩いてるのが当たり前だったのに、いつの間にかコナン君と哀ちゃんと5人で歩くのが普通になってたんだなぁ・・・
それなのに。
2人はもう居ないなんて・・・
じわりと涙が浮かんだのが分かった。
ムキになってごしごしと目を拳で擦って誤魔化した。
「つまんねぇよな。コナンの奴が居なくなっちまって。」
「そうですね。最近事件にも遭遇してませんし。少年探偵団開店休業中ですよ。」
「へ?『回転寿司?』」
「違いますよぉ。元太君。『開店休業中』です。」
「なんだよ?ソレ?新しい店か?」
「・・・もう良いです。」
コナン君だったらここで、「オメーらなぁ・・・『カイテンキュウギョウチュウ』ってのはだな・・・」なんて説明してくれるのに。
やっぱりもうコナン君は居ないんだって・・・凄く感じる。
悲しいな。やっぱり。
私が静かになってしまうと、元太君と光彦君もまるで左に倣えって体育の先生に言われたみたいに静かになってしまった。
力なく道を歩いていると、前から蘭おねーさんが歩いてきた。
隣に居るのは・・・?





「皆・・・今帰り?」
蘭おねーさんの優しい声。
光彦君と元太君は蘭おねーさんが大好きなの。
私も大好き。
だからちょっと元気が出た。
「うん。今から博士の家に行こうかって言ってたの。」
「本当?じゃあ一緒だね。」
私はおずおずと蘭おねーさんに向かって手を出した。
蘭おねーさんは私の望みをまるで最初から知っていたみたいに、その手をきゅっと握ってくれた。
あったかい。
すべすべしてるし、蘭おねーさんって本当に綺麗だなぁ・・・
じっと蘭おねーさんの顔を見てると、どんどん不思議そうな顔に変わっていった。
「どうしたの?歩美ちゃん。」
「ん〜ん。蘭おねーさん綺麗だなぁって思って。」
「!!」
あれれ?蘭おねーさん固まっちゃった。
「蘭さん?顔真っ赤ですよ?」
「そうだぞぉ!トマトになっちまうぞ!」
「あ・・・えっと。」
「わたし、褒めたんだけど・・・」
蘭おねーさん困ってるよね?
助けてって視線を隣の男の人に向けてる。
「素直に『ありがとう』って言っておけば?」
あ、声低い。
でもこの人・・・知ってる気がする。
「ちょっと新一・・・」
「あ、工藤新一さんですよね?この前大事件を解決した!!」
光彦さんがおにーさんを指差して叫んだ。
それで私も思い出したの。
そうだ。
この人。
前に蘭おねーさんに写真を見せてもらった事が有る。
それに会った事も。
高校生探偵の工藤新一さんだ。
「何だ?蘭ねーちゃんの恋人か?」
元太君が遠慮もしないでずばっと聞いたら、蘭おねーさんはますます赤くなってしまった。
おにーさんはしょうがないなぁって顔で笑ってる。
「あっ!分かりました!蘭さんが綺麗になったのは新一さんの所為なんですね!」
「俺知ってるぞっ!女は結婚すっと綺麗になるんだろ?人生のハカマとやらに行くから!!」
「元太く〜ん。ソレ多分違います。」
「そうか?」
「女の人はですね〜。恋をすると綺麗になるんですよ!これは定説ですよ!」
「鯉を食うと綺麗になるのか〜。」
「だから・・・違いますって。」
ふっと、蘭おねーさんが私の顔を見た。
え?何か付いてるのかな?
じっと見詰められてる。
「歩美ちゃん。」
「なぁに?」
その後に言葉がなかった。
蘭おねーさんは私と隣のおにーさんを交互に見て、それから俯いてしまった。
どうしたのかなぁ?蘭おねーさん。
不思議な気持ちで光彦君と元太君の話を聞き流していたけど、不意に思いついたフレーズが合った。
あ、そっか。
「蘭おねーさん。なんだかシンデレラみたい。」
「え?」
「ガラスの靴を持って王子様が迎えに来て、綺麗になるから。」
「・・・あ。」
「待ってたんでしょ?」
「・・・うん。」
泣きそうな顔、だった。
無理して笑ってるのが分かる。
私また変な事言ったのかな・・・
しゃがみこんだ蘭おねーさんは私を突然抱き締めた。
お母さんがするみたいにぎゅぅっと胸の中に閉じ込められる。
「ごめんね・・・」
なんで謝るの?
蘭おねーさんの心臓がどきどき言っているのが分かった。
まるで走ってたみたいに、早い。
私は蘭おねーさんの柔らかい胸の谷間に顔を押し付けてじっとしていた。
だって・・・蘭おねーさん震えていたから。
「蘭。歩美ちゃん潰れてる・・・」
「うん・・・」
壊れ物でも扱うみたいにそぅっと蘭おねーさんは私を離してくれた。
未だ泣きそうな顔をしてた。
目もちょっと紅い。
「蘭おねーさん?」
辛そうな笑顔でおねーさんがぽつりと漏らした。
「歩美ちゃんの王子様、早く見付かると良いな。」
その時、なんとなく分かってしまった。
ああ、やっぱり私に掛かってた魔法は解けちゃってたんだ、って。





シンデレラは王子様が迎えに来る事を、予想してたのかな?
それとも、全然思ってもみなかったのかな?
待つのはどんな気分だったのかな。
怖いよね。きっと。
迎えに来てくれるかどうか、分からないもん。
何時になるかも、分からないもん。
そんなの、辛過ぎるよ。
だから。
王子様が迎えに来たシンデレラはきっと、前よりもっともっと綺麗になったんだと思う。
幸せになれると思う。


王子様を好きだった他の大勢の女の子は、みんな失恋しちゃったんだよね。
可哀想だけど。
王子様が選んだのはシンデレラだもん。
それに、私・・・シンデレラ好きだし。
うん。
しょうがないよね。

・・・泣きたくなるけど。





「歩美ちゃん。どうしたの?」
まるで知らない人みたいに、話しかけるおにーさんをちょっと睨み付けて、目の前の蘭おねーさんに自分からぎゅっとしがみついた。
「蘭おねーさん、大好き。」
「え?」
突然の事に驚く蘭おねーさん。
私は分かっちゃった秘密を胸の中に閉じ込めて、にっこりと笑った。





さよなら。コナン君。
さよなら。私の王子様。







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