七夕にお願い
〜勝手に2年後〜


「わぁぁ・・・」
前にも見た事がある光景だというのに、
2年前とそっくり同じ感嘆の声を上げた蘭に新一はくすりと笑いを零した。
今、2人は見晴らしの良い高台にある児童公園にやって来ていた。
澄み渡った夜空にはたくさんの星が瞬いている。
公園には2年前を繰り返すかのように七夕の星空を楽しむ人々が集まり、
時折流れ落ちる星に賑やかな声が湧いていた。
「やっぱり凄いね。来て良かった。」
「そうだな。」
夜空から目を離せないといった様子の蘭を微笑ましく見つめながら、
新一はたった一言に色々な感情を込めて呟いた。
2年前の約束をようやく今日果たす事が出来る。
去年の七夕は夜空を見つめる蘭の寂しそうな横顔を、
低い位置から見上げる事しか出来なかった。
今は恋人として蘭の隣に立って、
綺麗な笑顔を浮かべる蘭に正面から視線を合わせられる。
以前は当然のように思っていたこの場所に戻るまでの長かった時間を思うと、
この現実が今でも夢のようだ。
新一は妙に感傷的になってしまった自分に苦笑して、気分を変えるように声を上げた。
「よしっ、勝負しようぜ!」
「流れ星を数えるんだよね?」
いきなりの提案にもほとんど確信している言葉が返ってくる。
蘭もちゃんと約束を覚えていた事が嬉しくて、新一は口元を綻ばせながら空を見上げた。
「もちろん。・・・おっ、早速1つ発見。」
「え、どこ?」
空を見回す蘭を見下ろしながら手を伸ばして星が流れた方角を示す。
「あっち。って言ってももう消えちまったけど。
 これで1対0だな。」
「ずるーい。今のはノーカウント!」
新一の服の裾を握って主張する蘭がやたらと可愛くて、
軽く頬を染めた新一は気づかれないうちにと夜空に視線を戻した。
「わぁったよ。じゃあ、今からスタートな。」
「うん、絶対に負けないんだから!」
星が流れる度に幼い子供のように声を上げて、2人は楽しみながら勝負を続けた。
流れ星を探す合間に、隣に立つ相手の横顔をこっそりと見つめて、
そこに浮かぶ笑みに自身もまた微笑みながら。





公園の入り口に止めてきた自転車まで歩く途中、
仏頂面の新一の隣で蘭は上機嫌に笑っていた。
2人の表情から分かる通り、勝敗の行方は・・・
「くそ〜っ!」
「ふふ、わたしが実力を出したらこんなものよ。」
茶目っ気いっぱいにVサインを出す蘭の勝ちだった。
「あ〜、探し方のコツを教えてやるんじゃなかった。」
本気で悔しがっている新一に意外に子供っぽいトコロを見つけて、
蘭がくすくすと笑い声を漏らす。
「コツを聞いてなくても、今回は勝てたかもよ?」
「何でだ?」
訝しげに眉を寄せた新一が足を止めると、先に進んだ蘭がくるりと振り返った。
絹糸のように艶やかな髪が夜風に流されて、新一の元へ甘い香りを届ける。
少し早まった鼓動を抑えながら、新一は蘭の言葉を待った。
「あの時は流れ星を見つける度に願い事をしてたの。」
蘭は当時を思い出すように目を細めて空を見上げた。
2年前の七夕。
あの時はようやく恋心を自覚したばかりで、
流れ星をじぃっと見つめて願いをかけていた。
新一に気持ちが通じますように、と。
勝負をおろそかにしていた訳ではないけれど、願掛けも同じくらい大切で。
昔から言われているように心の中で3回唱えたりしていたから、
結局勝負には負けてしまった。
気づいた恋心を持て余しながら願掛けをしていた2年前の自分。
その幼さが懐かしかった。
「でも、今日は純粋に数えてたから。」
それを聞いてふと浮かんだ疑問を新一が口にした。
「今は願い事しなくても良いのか?」
「うん。」
自分の返事にちょっと驚いたような顔をした新一に蘭は柔らかな表情を浮かべる。
2年前の願い事は気持ちが通じる事。
去年は新一が早く帰ってくる事。
じゃあ今年は?と考えた時、願いはもう叶っていると気づいた。
今の望みは新一とずっと一緒にいる事で、
帰って来た新一が1番に約束してくれた事だから。
それはきっと永遠の約束。
「お星様に願わなくても、新一が叶えてくれるから。」
「は?」
「叶えてくれるよね?」
「あ、あぁ。」
一歩近づいた蘭に下から覗き込まれて、新一は思わず頷いてしまった。
それから、間抜けにも願いの内容を知らない事に気がつく。
「ってどんな願いだよ?」
「新一はもう知ってるよ。」
肩を掴みそうな勢いの新一から逃れるように蘭が身を翻す。
「・・・分かんねぇ。何だよ?」
どんな真実も見抜く探偵としての能力も、蘭相手では充分に機能しない。
不承不承ながらも訊ねた新一に、蘭は秘密といって笑うだけだった。
彼女から聞き出すのは無理そうだと判断した新一は、
いつか聞いてやるという決意を胸に秘めて今のトコロは諦める事にする。
「まぁ、何だって良いけどな。」
蘭の願いだったら何でも叶えるつもりだから。
声にならなかった言葉だけれど、蘭にはちゃんと伝わってしまったようだった。
振り向いた蘭はこの場を明るく照らすような満面の笑みを浮かべた。
「新一、大好きだよ。」
2年前も去年の七夕も言えなかった言葉を伝える。
いつになく素直な蘭の言葉にビックリしてから、
かぁっと熱が集まってきた頬に手を当てて天を仰いだ新一の耳に、
楽しそうな笑い声が届いた。
「・・・不意打ちは反則だぞ。」
観念して蘭に向き直った新一は不機嫌を装いながら、
手を伸ばして蘭の華奢な身体を抱き締めた。
蘭にようやく聞こえる声で耳元で囁かれた言葉に、
蘭は新一へと腕を回してゆっくりと目を閉じた。





そのまま抱き合っていた2人が、
帰りの遅い娘にしびれを切らした小五郎からのコールで我に返って慌てて離れるのは、
それから5分後の話だった。


<了>

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