め:迷惑千万





来たよ・・・またこの男が。

ひくりと口元が引き攣るのを他人事の様に感じながら、工藤新一は目の前で悪びれも無くにやにやと笑う浅黒い肌の男を見詰めた。

蘭とのささやかなティータイム。

美味しいコーヒーは自ら手間隙掛けて淹れたもので、お茶受けは香ばしいハーブクッキーと生クリーム。

新一が選んだ卵色とからし色のチェックのエプロンをして、髪の毛は邪魔になら無いようにポニーテールになんかして、蘭が鼻歌を歌いながら工藤家のキッチンで作ったものだ。

これから、事件に忙殺され続けた新一の精神を癒す極上の時間を過ごすつもりだったのに。

突如として、チャイムが鳴ったのだ。

のどかに。

しかし、晴れやかなファンファーレに負けないタイフーンみたいな男の指先によって。











「何しに来た。」

犬が見知らぬ人間に対して上げる警戒の唸り声のような低音で、新一が言葉短く平次に叩き付ける。

これくらいの仕打ちには慣れっこなのか、陽気な関西人は馴染んだ帽子を手に取りながら、「まぁなぁ。今年は阪神も優勝したしなぁ。」などと呟いている。

質問に対する答えなどでは勿論無い。

これは完全に嫌味だ、と新一は決め付けて、目付きに険を増した。

「やる事ねーなら関西に帰れ。道頓堀にでも身投げしろ。」

びしびしと容赦無く言葉を吐いて、新一は平次の肩を右手で押し返しながらドアを閉めようとした。

しかし剣道で鍛えている服部の体は巌のような剛健さでもって、びくともしない。

眉を顰めた新一が本気を出して、お邪魔虫の男を玄関から締め出そうとした時だった。

「新一?どうしたの?」

服部にとっては女神の一言が二人の背後から投げ掛けられた。

その瞬間の新一の顔は盛大に顰めッ面だったようだ。

真正面から観察した服部がぶはっと空気が鼻から抜ける妙な音を伴って大口で遠慮も無くげらげらと笑い出した。

新一は冷静に服部の馬鹿げた大笑いを一瞥すると、何の前触れも無く右足で得意の蹴りを服部の弱い部分、鳩尾へと繰り出した。

げすっという鈍い音と「げぇっ?!」という潰れた蛙が出しそうな呻き声。

「ちょっ?!新一っっ!何するのっっ!!!!」

「良いんだよ。こいつにゃこれくらい遠慮がなくて。」

「酷い事言わないのっっ!服部君大丈夫?」

ぱたぱたと駆け寄ってきて玄関先にしゃがみ込んで唸っている服部に心配げに声をかける蘭を、実に面白く無さそうに眺める新一。

「蘭。大丈夫だから先にリビング行ってろって。」

「『大丈夫』だなんて新一が決める事じゃないでしょう?んもう!」

やんわりと蘭を服部から引き剥がそうとする新一の指を押し遣って、蘭が上目遣いに新一を睨む。

怒られているのに全然反省した様子も無く、蘭の大きな瞳に見惚れるように新一が甘く表情を崩した。

「ほぉ〜〜。工藤もそんな顔出来るんやん。」

復活した服部のからかい声に、新一は蘭に見せる表情とは一転して冷ややかな表情で一瞥するだけ。

「猿芝居は止めて早く靴を脱いで上がれ。鬱陶しい。」

「酷いやっちゃなぁ。なぁ?ねーちゃん。」

「蘭は『ねーちゃん』なんて名前でもねーし、オメーが気安く接して良いオンナでもねー。」

ふんっと語気荒く言い捨てると、蘭を伴ってすたすたと部屋の中へと新一は姿を消してしまった。

服部の前方で何事か小言を新一にくれる蘭の声。

ふっと温かみのある笑みを浮かべると服部は膝を景気良く叩いて立ち上がった。

現在新一を抜く事数センチ。

それもどうやら東の名探偵には気に食わない事実らしいが、それを逆手にとってわざわざ嫌がらせをする服部も相当な食えない玉だと言う事なのだろう。

「まぁ暫くは工藤んちで遊ばせてもらお。」

勝手に決め付けて、服部は隠しておいた長旅ようの荷物の詰まった一抱えほどもあるスポーツバッグを肩に担ぐと、行儀良くスニーカーを揃えて工藤邸に上がり込んだ。

実家の方には東京で修行してくるなどと胡散臭い理由を話してきたが、実際は幼馴染でなり立ての恋人と大喧嘩をした為。

どうにもこうにもむしゃくしゃした気持ちのやり場を見付けられなくて、目をつけられたのが工藤新一だったという訳だ。









「あいつと一緒ならほんま退屈せーへんからなぁ。」

事件を呼び寄せる特異体質だと、いい加減本人も認めればちょっとは気が楽なんとちゃうか?

人の悪い笑みを浮かべて、服部はコレから始まる合宿みたいな生活に思いを馳せた。








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