■ 眩しさは愛しさに似て ■


 


5月というのは大変微妙な月だ。
日によっては初夏の日差しが照り付け、日によっては寒い雨が降る。
今日は間違いなく前者だろう。
新一は全開に開け放たれた窓から時折入ってくる気持ちの良い風で前髪を揺らしながら、心頭滅却すれば火もまた涼しなどと古風な事を考えていた。
ぱらぱらと教科書を捲るとまた知らぬ間に授業は進んでいたらしい。
遅れる事が半ば当たり前になってしまっている自分を悲しく思いながら蘭に借りたノートを自分のノートに書き写しつつ内容を頭に叩き込む。
すっきりと軟らかな字はそのまま本人を良く表していて、そんな字さえ愛しく感じてつい人差し指でその文字をなぞってみたりする。
こんな事をやっている所を誰かに見られたりしたら恥かしいに違いないのに、そう頭では分かっているのだがどうしても止められなかった。





「工藤。最近の旬の話題を知ってるか?」
前の席に座っていたクラスメートがくるりと振り返り急に話題を振って来た。
新一は少し頭を上げ興味を持った事を示した。
手は忙しなく文字を書き移しているままだが・・・
「帝丹のか?」
「そう、この学校の。」
「話題・・・ね?」

5月。
学校行事は1年の課外授業と中間試験、3年の進路指導くらいしかない。
しかし、今更そんな話題が旬だというような輩はいないだろう。
とすると、イレギュラーな事が有るという事だ。
今は5月終わり・・・

「衣替え?」
「さっすが工藤!!!!」
がしっと頭を捕まれて揺さぶられ、新一は鬱陶しそうにその手を振り払って軽く睨んだ。
そんなことなどお構い無しにクラスメートはにししっと笑って新一を手招きした。

一体何の内緒話なんだか・・・
子供っぽい仕種に呆れたものの、興味を引かれているのも事実で新一は耳を寄せる。

「今度さぁ、この学校の制服を替えるって話が出てんだよ。」
「・・・来年?」
「さぁ。来年だか再来年だか、ともかく今のブレザーからもっと生徒が集められるような可愛いのにしようって案が出てるらしくてさ、今密かに生徒の中で話題になってんだよ。」
「ふーん。」
「やっぱり今時の制服だとミニだろ?ああっ!俺らの代では見れないのがすげぇ悔しいよな!」
「そうか?」
新一にとって制服はさほど問題ではなかった為素っ気無い返事になってしまう。
するとそのクラスメートは何か企んでいる意地の悪い笑顔を浮かべた。
「工藤。教室を見回してみろ。なんかいつもと違うだろ?」
言われてゆっくりと教室内を見回す。

・・・居ない。

彼女が何時の間にか教室から消えていた。
新一の視線が蘭の席に向けられているのを確認してクラスメートは笑う。
「そ!お前の奥さんが居ないだろ?他にも女子生徒が数人居ないだろ?何してると思う?」
「蘭は奥さんじゃない。」
ぶすっとした声と顔で一応反論してみる。
もはや条件反射みたいな物で言った当人も言われた当人も欠片ほどにも気に掛けない。
クラスメートは口に手を当てて声が周囲に漏れない様にすると新一の耳の中にとっておきの情報を吹き込んだ。
「今、業者が来てて新しい制服のデザインを決める為に試着してるらしいぜ。」
「へぇ・・・」

蘭が制服の試着ね・・・
・・・可愛いだろうな。

「工藤、見にいかねー?」
「は?」
「ほら、工藤の優秀な頭脳でなんか上手い口実考えてさ!可愛い制服試着してる女子見に行こうよ!」
新一ははは〜んと訳知り顔になって、腕を組んでにやりと笑う。
ぎくっとするクラスメートの反応を楽しむように笑ってやると、そのクラスメートが観念したように下手に出だした。
「だから名探偵は扱い難いんだよ。」
「目当ての女子は誰だ?片岡か?永井か?園子か?」
蘭と一緒に姿の見えない女子生徒を片っ端から上げてクラスメートの反応を観察する。
ポーカーフェイスなど慣れていない普通の男子校生のクラスメートは簡単に答えを態度で示してしまっていた。
「ふーん。片岡か。」
「お前って本当に嫌な奴!」
「名探偵って言ってくれ。」
「・・・で?ここまで俺に白状させたんだから、当然協力してくれるんだろ?お前だって毛利の制服姿見たいだろ?」
「さぁなぁ?」
「うっわーっっ!本当にお前嫌な奴!」
「そういう事言う奴に協力なんて出来ねーなー。」
「毛利のセーラー服見たくないのか?ミニスカートとか!白いセーターにボックス型のスカート。チェックのブレザーとか、赤いスカーフとか金ボタンとか!」
「・・・」
「黒いハイソックスとか見物だぞ??今時の制服はプロポーションが良いと本当に可愛いぞ?!レースのブラウスとかあるんだぞ?リボンがひらひら風に踊るのとか見て見たくないのか?」
「・・・」
「お前それでも男か!!」
「・・・何故俺の性別を疑う?」
やたら熱く訴えるクラスメートの情熱に負けて新一は表面上渋々そのクラスメートに付き添って試着が行われている教室に向かおうとした。
しかし、幸福の星は新一の頭上に回って来ていたらしい。
「工藤く〜んっ!」
教室の後ろの戸口から大きな声で名前を呼ばれて新一とクラスメートの石津はそちらを振り返った。
噂をすれば影。
蘭と一緒に姿の見えなかった永井がやたらにこにこして新一を呼んでいた。
石津と顔を見合わせて取り敢えず彼女に手招きされるままにそちらに歩み寄ると、永井はしっかりと新一の腕を掴んだ。
まるで逃がさないというような力の込め様に新一は疑問符を頭上に飛ばした。
「工藤君に頼みがあるの!ちょっとこっちこっち!」
「何だよ?」
引き摺られるように教室から連れ出されながら新一は永井に問い掛けた。
永井夕子は楽しげに瞳を輝かせながら新一を振り返った。
「帝丹の制服を変えようって話があるの知ってる?」
「知ってるよ。」

今、まさにその話をしていたからな。
内心話が上手い具合に転がり出した事を感じて新一は後ろにちゃっかり付いて来ていた石津に視線を投げた。
それは石津も感じていたらしい。
こくこくと嬉しそうに頷いている。

「それでどんな制服にするのか実際色々制服を試着してみて意見してくれって先生に言われててね?今何人かの女子が制服を試着してるんだけど、やっぱり男子の意見も聞きたいじゃない?」
「ふーん。それで?」
「是非!工藤君の意見が聞きたいのよ!」
妙に力を込めて力説する永井に新一は何か企んでいる気配を察知して苦笑する。

多分蘭絡みで何かあるんだろう。
そう思いつつも、石津の頼みでもあるし、蘭の帝丹以外の制服姿にも興味が有るし。
自分の気持ちに正直になって新一は黙って永井の後を付いて行った。



中に入った途端歓声に迎えられて新一は苦笑を漏らした。
しかし、次の瞬間には目に飛び込んできた幼馴染の姿に目を奪われた。
見慣れないセーラー服。
こげ茶の上品なチェックの折りスカートは帝丹のスカートよりも丈が短くて白くほっそりとした足を強調していた。
セーラーの丈も短く動きに合わせてウエストが覗けてしまいそうだ。
蘭がもじもじと指を絡めて新一を伺っているのがまた、新一を見惚れさせる原因となって、新一はつい場所も忘れてぽぉっとなってしまった。
「ほら〜っ!やっぱり工藤君の好みはこういう制服なのよ!」
勝ち誇ったように晴美が笑い、園子が膨れっ面をしている。
「そうかなぁ?新一君。これどう思う?」
言葉と共に蘭をずいっと前に押しやる。
新一はもう一度爪先から頭のてっぺんまで見遣って正直に一言。

「似合ってると思うぞ。」

園子のみならず、その場にいた女子全員が豆鉄砲でも食らったかのような顔になる。
新一があっと気が付いた時には大爆笑の渦の中だった。
「し、新一君!もう!なんて期待を裏切らない反応なの!!」
「だから最初に『制服』を選んでるって言ったじゃない!」
「蘭にっ!あははっ!似合うとかじゃなくて・・・ああ!もうおかしい!」

そう、園子は多分新一が勘違いする事を見越してあの質問をしたのだろうが、それに見事に引っかかった自分も自分だと新一は溜め息を吐いた。

制服がどうだ?と問われて、蘭がどうだという答えを返してしまった・・・

当の蘭は耳まで真っ赤になって新一を睨んでいる。
おそらく先程まで散々新一の事でからかわれていたのだろう。
その恨みまで込めているようなキツイ視線に新一はそこまで睨む事はないだろう?と思った。
「じゃ!蘭!次はこの制服ね!」
笑いの収まらない園子が蘭を連れて衝立ての奥へと消える。
まだ着せ替え人形をやるらしい。
大分場の笑いも収まって漸く余裕を取り戻した新一は背後の石津を振り返った。
一途に明るい蒼のセーラー服を来ている晴美を見詰めていてそれ以外はアウトオブ眼中っといった風のクラスメートがいた。

うーん。俺もあんなんだったのだろうか????
かなり恥かしい物を感じて耳の裏をかいた。


「工藤君。どんな制服蘭に着せたい?」
にやにやと人の悪い笑顔を浮かべて夕子が隣にすすすっと近寄ってきた。
今更取り繕うのもそれはそれで格好悪く、新一は一応所狭しと壁に掛られていた制服に目を向ける。
実にさまざまな制服がこの世に有るんだなぁと新一は感心した。
中にはかなり着る人間を選ぶようなデザインのものもちらほらある。

まぁ蘭なら似合うけど・・・

「工藤君?」
「ん?」
「だからどれを蘭に着せたい?今ならリクエスト請けたまわるけど?」
「・・・ここはコスプレ喫茶かい?」
呆れた口調でさらりと躱して、話題を元のレールに戻す。
「それで女性陣はどんな制服にしたいって意見書を出すんだ?」
「・・・話変えたわね?まぁ良いか。」
夕子は腰に手を当ててふわっと笑うと壁際で制服を畳んでいた真弓を指差した。
「あれが最有力候補かな?すっきりしてるでしょ?」
紺色のブレザーにボックススカート。
新一はちょっと意外な感じがして夕子を見遣った。
「今の制服と殆どかわらねーじゃねーか。」
「そうなのよね。」
尤もな意見に苦笑して夕子が壁に凭れ掛かる。
「結局の所この帝丹の制服を皆が気に入ってるって事なんだと思うわ。」
「そうだな。悪くねーし。」
同意して新一が笑う。
衝立ての向こうが静かになって新一が注目すると、園子が蘭を引っ張り出してきた。
「どう!新一君は絶対こっちの方が好きでしょ!!」
蘭がよろけるように新一の近くに連れてこられる。

淡いブルーのブラウスに白の涼しげなサマーセーター。
ベストタイプでだぼっとしている。
折りスカートは白のピンストライプ入りで何とも爽やかだ。
やはりスカート丈は今時の短さで・・・

再び新一は蘭の姿に見惚れていた。


「新一・・・どこ見てるのよ・・・」
蘭が自分の太股に向けられた視線を遮るように新一の脇腹を小突く。
「いや、今時のスカートって短けぇなぁと思ってさ。」
適当に誤魔化して、新一は蘭の全身を改めてチェックする。

似合ってるよな。
元々何を着させても似合うのだから当たり前なのだが・・・

スカート丈は風が吹けばふわりと捲れてしまうような心細さで思わず視線を釘付けにされそうだ。
ブラウスは夏物らしくかなり薄手で、その下の肌を透かしているようにも見える。
胸元を飾る細いリボンが揺れる様が愛くるしく、隠されてしまったウエストが逆にその細くくびれた様を想像させて、見様によってはかなり色っぽい制服のように新一は感じた。



無言であれやこれやと考える新一に蘭が不安そうに声を掛ける。
「変・・かな?」
少し沈んだ声に新一は無意識で答えを返してしまった。
「いや、少し色っぽくないか?これ?」
「え?!」

再び静寂・・・
言葉など存在しないかのように誰一人としてしゃべらない空間に新一は背筋を冷や汗が伝ったのを感じた。
『迂闊』としか言いようが無い。

蘭が意を決して、それでも恐る恐るといったようにその空気を破った。
「どこらへんが『色っぽい』の?これ?」
「・・・」

答えられる筈など無い。
まさか想像力逞しく制服の中のことを推測していましたなどと言ってしまえば、どのような評価が自身に付けられるのか分かった物ではない。

沈黙は金といわんばかりに硬く口を噤んで事態をやり過ごそうとする新一に蘭の友人達は目配せをした後一人困惑する蘭を衝立ての中に引っ張り込んだ。
残された新一と石津はその場に立ち尽くすのみ。
「工藤?お前疲れてんじゃねーの?」
鈍い石津が新一の内面など推し量れる物ではなく、何処か検討外れな感想を述べるのを上の空で新一は聞いていた。

そう言えば・・・
この場にいるメンツって、妙に鋭い奴等ばっかりだった・・・
マズイか???
・・・マズイだろうなぁ・・・
逃げるか???
よし!逃げよう!

新一は石津に目配せをしてそっと教室のドアを開け逃走を図った。
・・・が、ドアの前には担任教師が立ちはだかっていた。
「工藤?お前なんでここにいるんだ?」
「・・・先生・・・タイミング悪ぃよ・・・」
逃走する機会を逃がした新一は方を落として恨めしそうに担任を眺める。
状況がまるで分からない担任は不思議顔で新一の肩を掴んで教室内に押し戻すと衝立ての向こうにいる女生徒に声を掛けた。
「お〜い!そろそろ時間だが決まったのか?」
その声を合図にぞろぞろと出てくる女生徒達。(と言ってもこの場には5人しかいなかった。)
「はい!先生!」
「決まりました〜♪」
「あ〜面白かった。」
にやにやと人の悪い笑顔を浮かべる蘭を除く女子生徒。
蘭が新一の方を決して向こうとしないのは気のせいではないだろう。
新一は蘭が何を吹き込まれたのか非常に気になった。
「で?どれにするんだ?」
担任教師はアンケート記入用紙を手近にいた園子に手渡しながら興味を持って尋ねる。
さざめくような笑い声と楽しげな声。
「結局8番の○×高校の制服が良いかなぁと♪」
「そうそう!ブルーのブラウスが爽やかだし!」
「ピンストライプの折りスカートも今時だし!」
「何と言っても!」
「ねーっ!」
「そうそう!」

「「「色っぽいし!!!!」」」

その瞬間新一はがっくりと項垂れた。

こ、こいつら〜っっっ!

ギっと睨み付けても弱みを握られている新一の視線など怖い訳も無く逆に面白そうな視線を向けられる始末。
新一に勝ち目は有りそうに無かった。
「『色っぽい』?どこが?」
担任教師が不思議そうに繰り返すのに夕子が答える。
「それは工藤君に解説してもらって下さい!!!」
「ねー??」
ゆっくりと振り返る担任教師の視線が不審げに新一の上をさ迷った。
「どういうことだ?」
「どういう事でしょう?」
諦め半分投げ遣り半分でそう答えると新一ははぁっと特大の溜め息を吐いた。
尚も無言で新一に目で問い掛ける担任教師とそれを見守る一同に新一は情けなくも降参の旗を揚げた。
「帝丹の夏服は当分このままで良いって事ですよ。」



――― この後新一は当分このネタで一部女子にからかわれる羽目となった。



 

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60,000Hitsのリクエスト小説です。
60,000Hitsゲッターのオザワさんのお題は以下の通りでしたvv
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『名探偵コナン』新一×蘭小説
お話の内容→新蘭のラブラブ&あまあまv
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キーワード・・第一希望☆”夏服”
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なんとか夏に間に合いました。
最後に。オザワさん、60,000Hitsありがとうございましたvv