く:紅の・・・





肌の下で好奇心が踊っているような、そんな感じ。



そう言葉で伝えても、一体受け取った側の人間の何パーセントがこの感覚を正しく理解してくれるのだろうか?

小さい頃人の気配が濃厚な場所は嫌いだった。

負の感情は柔肌を突き破る有刺鉄線のように鋭かったから。

幼い自分では受け止め切れなかったから、嫌いだった。

でも、私も齢を重ね成長したのだろうか。

この教室の独特の雰囲気の中に身をおいても、それほど不快に感じない自分がいる。











「紅子ちゃん。今日の放課後お茶しよ?」



脈絡も無く目の前に突然現れて、断られるだなんて微塵も思ってないような表情で私を誘う人物は、昔焦がれた人の想い人。

裏の顔である白き怪盗であると、終ぞ最後まで認める発言をしなかったかの人物は、彼女を想っているという事実だけは隠しきれずに自爆していた。

彼のポーカーフェイスを崩す、最終兵器。

彼を見ても心臓が速度を早めなくなった時に、彼女は良き友人となった。



「・・・良いわよ。」

「やったぁ!」



嬉しそうに飛び跳ねる彼女の背後に、憂鬱な顔を見つける。

英字新聞を片手に眉を寄せ口は真一文字。

きっと、自分が解決した事件の記事の内容が気に食わないのだろう。

実年齢より遥かに成熟してしまっている精神年齢は、彼の人生をつまらないものにしていないのだろうか?

モノクロの写真でしか見た事の無い、有名過ぎる高校生探偵の顔を思い浮かべながら、間違いなく彼らは同じ人種だろうと確信する。

お人好しにも、知り合いですらない彼らの人生が彩りあるものだと良いのになどと、考えながら私は彼女に逆提案をする。



「貴方の後ろに居るその不機嫌な人も誘ってみてはどうかしら?」

「ん?」



コマのように体を軸足に大して右に回転する彼女の、軽い質感の髪がふわりと風と手を取る。

柔らかそうなそれは、彼女の内面のイメージとも重なるもので、私の気に入っているものの一つだった。

私の冷たい感じのするストレートの髪とは似ても似つかないからなんだろうか?

『自分に無いものに惹かれる』というのは常套句だけど、上手く表現されていると思う。

彼女は振り向いて、白馬探偵を取り巻く空気を感じ取ったようだ。

物怖じしないいつも通りのテンポで、皆が遠巻きにしている彼の領域に入り込むと、何事かを話し掛け、数回のやり取りで見事約束を取り付けたようだった。

苦笑を貼り付けた彼に見送られ、中森さんは私の元へと戻ってきた。



「放課後空いてるって♪最初は困った顔していたのに、紅子ちゃんの名前出したら一発だったよ〜。えへへ。」



分かり易い人。

彼女の意味ありげな微笑が、取り分けきらきらと輝く宝石みたいな瞳の中に浮かぶ好奇心の塊が何を思っての事なのか、簡単に想像が付く。

誤解は解かないとね?

溜息一つ分と半瞬の躊躇いの分だけ、気持ちが重くなった。



「中森さん?私、何か含むところがあって彼を気にしている訳ではないのよ?」

「うん。分かってるよ?」



人見知りという事を知らない子犬のような瞳。

何故かこの瞳には弱いのよ。

でも勘違いは正さなければ。



「・・・分かっていないわ。中森さんが考えているような甘い話じゃないのよ。」

「え?」



不満を一摘まみ加えたような残念そうな表情に、思わず装っていた冷たい表情が崩れてしまった。

まったく、どうして。

・・・彼女は小さいけれど純度の高い魔法が使えるのかしら?



「英国帰りの探偵さんとは、ある意味苦楽を分け合った仲だから。ああいうつまらなさそうな表情をしてると放っておけないのよ。」

「そうなの?」

「ええ。今日は犬猿の仲の台風の目もいらっしゃらない事ですし?」

「快斗、お休みだもんね。」



ぽつりと漏らす言葉の色に、その事情を知っている事が窺えた。

おそらく愉快な理由での欠席ではないのね。

幼い頬の稜線を裏切る、大人びた透明な瞳の奥に、おそらく悲しみを滲ませて。

中森さんは、ふんわりと微笑んだ。



「あんな煩いの、たまには居ない方が教室も静かで良いよね。」

「強がって。」



肩を抱くと、華奢な体が小さく震えた。



「・・・もう、やだなぁ・・・何で分かっちゃうの?」

「貴方は分かり易いのよ。寂しいんでしょ?ちゃんと付き合って差し上げるわよ。」

「・・・ごめんね。」

「謝って欲しくないわ。」

「・・・ありがと。」

「どう致しまして。」








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