この手の為に






例えば、この手を失うことを考える。

涙が零れる様な悲しい気分になる。

今目の前に居て、こうして触れる事が出来るのに。











「んで、そんな顔をしてる訳?」



呆れたように新一が笑う。

馬鹿にしたような顔じゃない。



「そりゃ新一はいっつも自信満々で不安なんてあんまり縁が無いものかも知れないけど・・・」



反論すると、安心させるように手を握られた。

公道で堂々とそんなことされると、どうして良いのか分からなくなる。

そういう私の気持ちを知ってか知らずか、本人は表情も変えず相変わらず。



「いっつも何にでも自信満々な訳じゃねーけど。蘭にはそう見えるワケね。」

「だって新一がそんな殊勝な気分になるトコロなんて想像も出来ないわ。」



ふっと気を取られたように、道路沿いに植えてある大きなポプラの木を眺める。

変わらずそこにある、日常的な暖かな風景。

在るだけで、気分を落ち着かせてくれる一見無意味なような必要なモノ達。

ふっと視線を落として繋がれたままだった新一の手を眺めている。

私のものと比較するとやっぱりごつごつとして骨ばって、ちゃんと男の人の手。

長く器用に見えるソレは、意外に料理には不器用さを発揮して、結局私が見ていられなくて新一を押し退けてキッチンに立ってしまう。

そんな風に仕向けてしまう、少しだけズルイ手。

私が言いようのない不安に心を捕まれていて、ソレを上手く伝える術を持たなくて、一人で悩んでいる時に、そ知らぬ顔をして暖かさを伝えてくれる、神様みたいな手。



「・・・オレの手、そんなに面白い?」



別にサラリーマン川柳みたいに面白い事は書いてなかったと思うけど?なんて冗談を言って新一は瞼を伏せてまるで知らない人のように笑う。

大人びた口元。

すっきりとした涼しやかな頬。

ああ、この人は責任を背負って、何かを見据えて、そして厳しい現実を知っている人なんだ。

学生というぬるま湯に浸かって生きている私とは違う。

そう、感じた。



「蘭?だからそんな顔されるとこっちも気になるだろう?」

「あ。別に私・・・」

「誤魔化してんなよ。下手なんだから。」



繋がれた手は強さを増して、新一の開いている手が私のおでこに飛んで来た。

びしっと容赦を含んだ指先が私の額を弾く。



「痛いっっ!」

「オレが余計な考え吹き飛ばしてやったんだぜ?感謝しろよ。」

「出来る訳ないでしょう?!赤くなってるかもしれないじゃない。馬鹿。」

「あ〜?なってねーよ。」



覗き込んで、問題無い無いと手を振る。

手は繋がれたまま。

しばらく沈黙が降りて。

真っ直ぐの道を二人だけでゆっくりと歩く。

春風が私のすぐ横を挨拶するように吹き抜けていく。

風は頻繁にやってくるけれど、何故か私と新一の間を吹き抜けていく風はなかった。

まるで二人の仲を遠慮しているように。

繋がれた手を人に見られるのはまだ恥ずかしい。

でも誰かに見せたい気もする。

この人が自分に繋がっているところを、誰かに見せびらかしたい、そんな子供っぽい気持ちなのかもしれない。

私がこの人に繋がれているのを、見て貰いたい、そんな子供っぽい気持ちなのかもしれない。



「ねぇ新一?」

「ん?」

「映画、見に行こ?」



暗闇でずっと手を繋いでいられるから。

見たい映画がある訳でない私の本心を、新一は見透かしているように笑う。

包み込むように優しく。



「オレ、アレが見てーな。」

「アレってどれよ?」

「男が出てきて銃ぶっ放すヤツ。」

「それだけじゃ分からないよっっ!」



進路を変更して脇道に入って。

次第に人通りの多い場所へと向かうのだけれど、手はずっとずっと繋がれたまま。

私も、新一も、解こうとしない。

ソレをお互いが望んでいるように、しっかりと手は繋がれたまま。











二人の絆を表すようにずっとずぅっと、繋がれたまま。






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