night/knight
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苛々する。
理由なんて分かってる。
分からないのは、この不愉快な感情の解消方法だけだ。
気を抜くと、あと場面がリプレイされる。
あんな結末を望んでいた訳じゃないのに、結局は俺があの結末を引き寄せてしまったんだろうか。
そんな自虐的な考えが浮かんでは俺の精神を苛む。
赤い血。
割れた仮面。
新聞報道なんかを見ると、刑事がナイトメアだったという衝撃の真実は未だバレてはいないらしい。
子供騙しの稚拙なやり方だったが、あとはインターポールがそのメンツを大事にして事実を闇に葬ってくれる事を祈るだけだ。
大人って汚いよな、と皮肉に思う。
でも今回はそれが必要なんだ。
あの残された一人息子の為には。
キッドにとってかなり不愉快な見出しが新聞・雑誌・インターネットに躍っていたけど、それくらいの汚名は被る覚悟が出来ている。
苦労して何とか寝付いたものの、朝目覚ましに叩き起こされる前に目覚めたので、結局は酷い寝不足で、俺は身体を引き摺る様にして学校に向かう。
白馬が来てて、さらにムカっとしたが、ここはぐっと我慢した。
今はあいつと遣り合う気分じゃない。
授業中は、教師の声なんか全然頭に入らなくて、ぐるぐると同じ事を考えてた。
切っ掛けは息子を救いたいという親の愛情だった事を今更疑うべくも無いが、その為の手段として『ナイトメア』を選択してしまったという事が、あの刑事の中身が純粋無垢ではなかった事を知らしめる。
何故、あの類稀なる頭脳を他の方法へと活用出来なかったんだろうか。
金を儲ける手段なんて、幾らでもあった筈なんだ。
息子の為と言いつつも、何時しか犯罪の甘い蜜毒に犯され、自己の欲求の為に盗みを、そして殺人を犯していたのではないのか。
何故、あの時両手で俺の手に掴まらなかったんだろうか。
冷静に考えなくても、宝石と自分の命を天秤に掛ければ、どちらが大事なのか分かっただろうに。
それとも。
あの時天秤に掛けたのは、自分の命と息子の命だったんだろうか?
深みに嵌る思考を、もう一人の自分が外側から冷静に観察していて、このままじゃマズイと警告を発しているのに。
・・・俺は、考える事を止められないでいた。
「快斗!付き合って!!」
「は?」
「良いから!青子が奢るから!」
「はぁ?!」
「お小遣い前なのに、出血大サービスなんだから!有り難がって頂戴よね!」
「いや、頼んでねーし・・・」
帰りにホームルームが終わるや否や、青子に腕を掴まれた。
俺の身体を椅子から引っ張り上げ、俺の鞄まで小脇に抱えて、俺の腕をぐいぐいと引っ張る。
華奢な青子の何処にこんな力が隠れているのか、俺はあっという間に学校外まで連れて行かれた。
「何処行くんだよ。」
「今日はどうしてもクレープが食べたいの!ストロベリースペシャルがさっきから頭の中をぐるぐる回ってて、我慢出来ないの!」
学校から少し離れた巷で人気のクレープ屋の人気メニューを挙げて、青子は絶対何が何でも行くんだからという決意をその瞳に浮かべて俺を見た。
こうなった青子を止めるには、猪突猛進する猪を真っ向から体当たりで止めるくらいの力が要る。
・・・今の俺にはそんな力は無い。
諦めて、青子に付き合う事にした。
順調にバスを捉まえて隣町まで行き、長蛇の列の最後に文句も言わずに並んで、俺達はストロベリースペシャルを手に入れた。
タイミング良く空いたベンチに並んで座り、無言でクレープに噛り付く。
青子はそりゃもうご機嫌で、誰彼構わず笑顔を振り撒き、美味しいを連発して結構デカいクレープをぺろりと平らげた。
そんな青子を「大食らい」だの「食いしん坊」だのからかいながら、俺も手に持ったクレープを残さず腹に収めた。
夕飯の支度しないとと時間を気にする青子と、帰りのバスに揺られて20分。
青子はバスの二人掛けの席の窓側をキープした途端、くぅくぅと寝息を立て始めた。
また友達に借りたマンガでも徹夜で読破したんだろうか。
こいつは何処でも良く寝るよなぁと、変わらない寝顔を眺めて溜息を吐いた。
肩にほっぺたを擦り付けるようにして、安心しきって寝ている。
・・・まぁ良いけど。
徐々に茜色から紺色へと変わる空を眺めて気が付いた。
苛々とした気持ちは、何処に行ったんだ?
カーブでバスががたんと揺れ、青子の頭が軽く前後に揺れる。
ふわりと密かに薫った青子の甘い匂い。
・・・何だかなぁ。
俺、結構落ち込んでたんだけどなぁ。
不愉快な気持ちが青子と過ごした1時間ちょっとの時間で消化され、あの出来事が記憶として心の引き出しの何処かに居場所を見つけてことりと仕舞われた事を知る。
青子を見ると、泰平そうな顔でぐっすりと眠っている。
・・・何だかなぁ。
様子がおかしいの、気付いてたんだろうな。
俺の心配、したんだろうな、こいつ。
無理やり連れ出して奢ってくれたのも、俺の為だったんだろうな。
・・・参ったなぁ。
指先で頬を突付いても、青子は起きる気配が無い。
人差し指と親指でぷにっと柔らかなほっぺたを摘んでも、全然起きそうになかったので、邪な考えがむくりと起き出した。
バスの中には乗客は俺達を含めて5人。
俺以外は皆夢の世界へと旅立ち済みだった。
運転手はもしかしたらこちらを見ているかもしれない。
でもまぁ運転中だし?
わざわざこの後ろの方の席までやって来て、注意するとは思えなかった。
青子の額を指先で押して、俺に凭れたまま顔を上向き気味にさせる。
一度だけきょろりと周囲を確認して、青子の唇に自分のソレを軟着陸させた。
ありがとな、青子。
そんで、ご馳走様。
2007/02/05 UP
END
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