night/knight










「今回残念だったね、白馬君。」

ぱちぱちと大きな瞳を瞬きさせながら僕の顔を覗き込んだのは、無邪気が代名詞の中森青子嬢。

その背後には刺さるような視線でこちらを窺う騎士、黒羽快斗。

僕は読んでいた本を閉じ、彼女に視線を向けてゆっくりと頷く。

「確かに中森警部が私の到着を待ってさえ下されば、とは思います。」

「う・・・ごめんね。」

我が事のように済まなさそうな表情で僕に謝るのは、青子さんが中森警部の一人娘だから。

彼女の肩越しに見える黒羽君の瞳が剣呑に光り、僕を見据えている。

僕への敵意はあからさま過ぎて、クラスメートが遠巻きに我々を観察するのも、無理の無い事だった。

「貴方が謝る事ではないですよ。ばあやがキッドの偽電話に気付かなかったのも一因ですしね。」

「優しいね、白馬君。」

弾んだ声で笑顔を浮かべる彼女を見ていると、『癒し』という言葉は彼女にこそ相応しいと思う。

天真爛漫で素直で、感情を偽る事を知らぬ少女。

誰でも彼女を目の前にすれば、こういう感情を抱くだろう。

僕が応えるように笑顔を浮かべると、面白いくらいに視線が鋭さを増した。

近寄るタイミングでも計っているのか、彼女の幼馴染はこちらから視線を外そうともしないし、何時の間にか広げていた本も鞄の中に仕舞い込んでいる。

「今回は、僕には縁が無い事件だったのでしょうね。」

「そう?」

「チャンスは必ずやって来ますよ。今は・・・そうですね。徳川家康の気分です。」

「『鳴かぬなら』?」

「『鳴くまで待とう』」

「『ホトトギス』だね!」

二人で交互に口にすると、彼女はそれがいたく気に入ったようで、惜しみない笑顔を僕だけに向けた。

だから、そろそろかと、指先を彼女の右肩へと伸ばした。

「青子さん、肩に埃が付いてますよ?」

「え?ありがと!」

僕がその埃を取ろうとしていると気付いた彼女が、机に手を突いて、僕へと華奢な上体を倒してくる。

指先が有りもしない埃を払おうとした瞬間、彼女の身体は無理やり引き起こされた。

「ひゃぁ!」

「何の声真似だよ、それ。」

ひんやりとした空気を纏いながらも、声はお調子者のソレで、僕と彼女の間に黒羽快斗が立っていた。

切れるような視線が向けられるのは僕にだけで、彼女の身体を自分の方へと引き寄せた力は、おそらく必要最小限の柔らかな力だろう。

「青子もモノ好きだよな〜。今回もしてやられた探偵にわざわざ声掛けてやるなんて。」

「ちょっと!その言い方ってどうなのよ!バ快斗!」

「っつーか、なんで俺がバカだなんて言われなきゃなんねーんだよ!」

「白馬君の事、悪く言うからでしょ〜?!」

「事実じゃん。」

一瞬こちらに向けられた顔には、分かりやすい嘲笑。

僕が反応する前に彼女が見咎めて、僕が制止する前に彼女はモップを取り出した。

こうなってしまうともう手が出せない。

二人の追い掛けっこは瞬く間にクラス中に飛び火し、囃し立てる声、諌める声、応援する声、入り乱れて僕の声は届くまい。







「・・・ま、今回は預けますよ、黒羽君。」

今は未だその名で呼ぶ事にして、僕は窓の外を見た。

今の僕の心境を表すかのように、ソコには曇天が広がっていた。













2007/01/20 UP

END



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