下らない時間だったなぁと新一はぼんやりと目暮警部の後に続きながら鈍い思考で考えていた。
自信満々で宣戦布告をされた時には、つい乗せられて探偵のプライドに掛けてアリバイを突き崩してやると思ったものだが、蓋を開けてみればあっさりと自滅していった犯人に新一は心底がっくりと来ていた。
別に手応えも無い事件だったと嘆いている訳ではない。
付き合わされた時間が惜しかったと嘆いているのだ。
本来ならその時間は蘭とゆっくり食事をしている筈だったのに、今こうして警察の面々と帰路についている自分が悲しい。
「工藤君。どうする?食事でもしていくかね?」
「いえ、帰ります。」
事件を選んだ新一に蘭は少し不満気だった。
新一がわざわざ予約まで入れて蘭を誘った美味しいと評判のフレンチレストラン。
なんと事件の舞台はそこだったのだ。
血生臭い現場に蘭を連れていけないから二人の楽しい夕食の一時は御破算になったものの、新一はその時は容疑者の一人だった犯人に指定されてそのレストランに正装して出掛けていったのだから。
事件と分かってはいても蘭としては面白くなかったのに違いない。
結局は自信たっぷりに余裕を見せて新一他警察関係者に自慢の料理を振る舞おうとした犯人は、機嫌の悪い新一の容赦無い追求に崖っぷちまで追い詰められ自ら堕ちていった。
胸ポケットから携帯を取り出して着信メールが無い事にがっかりする。
事件が解決した直後、蘭に別の場所で夕食をどうかとメールしたのだが、見ていないのかはたまた拗ねているのか、蘭からの返信メールは来ていなかった。
こりゃ一人寂しくコンビニ弁当か?
何度目か分からない深ぁぁい溜め息が零れ落ちる。
新一の前を歩く目暮警部と佐藤刑事はなんとなく事情を察して困った表情を浮かべた。
長いストリートの終点に地下一階から地上3階まで一気に運んでくれるエスカレーターが姿を現した。
新一は目の前に広がる広大な空間に弾ける週末のうきうきとした雰囲気に更に気分を落ち込ませて、手摺に凭れるように少々だらしなくエスカレータに身を預けた。
「あっ!」
佐藤刑事の声に引き寄せられ新一は顔を上げた。
新一の乗る下りエスカレーターの右を走る上りエスカレーターの下の方に蘭の姿を発見して、新一は表情を明るくして、ついでむっと歪めた。
確かに蘭だ。
未だこちらに気が付いていない。
目暮警部がそっと背後の新一を伺った気配がしたが、新一は綺麗に無視をして前方を注視していた。
蘭一人だったら新一は喜び勇んで蘭を食事へと誘うべく心の準備をしただろう。
しかし、蘭は一人ではなかった。
見慣れた蘭の親友であり新一の悪友とも言える園子の他に、見知らぬ男が二人付き添っている。
傍目から見ればダブルデートをしているように4人は楽しそうに話しをしていた。
ふと、蘭が上を見上げる。
新一と蘭の視線が絡んだ。
途端蘭が困ったような拗ねたような、そんな表情を浮かべる。
ちらりと後ろを振り返って自分に逃げ場が無い事を確認すると、なるべく新一から離れようとするかのごとく体を右側へと寄せてぷいっと外に顔を背けてしまう。
新一の表情が少し険しくなる。
佐藤刑事が面白がるようににやにやと人の悪い表情を浮かべて新一を振り返った。
「やっほ〜新一く〜〜ん!」
ひらひらとこれまた佐藤刑事と似た様な表情を浮かべて園子が能天気に手を振る。
段々と狭まる距離。
「蘭とこれから点心食べに行ってくるわね〜。新一君の方はフレンチどうだった〜〜??」
事情を知っていて白々しく話を振ってくる園子に、新一は返事も返さずじっと蘭を見詰める。
目で距離を測る。
人も少ない。
蘭のあの頬の膨れ具合はきっと拗ねているだけだ。
本気で怒っている訳じゃない。
だったら、多少強引に押してもきっと受け入れてくれるだろう。
みるみる距離が詰まる。
イケる。
やってやる!
まさに二人が擦れ違おうとした瞬間、新一は長い腕を手摺に突き力を込めると上りエスカレータへと飛び移った。
「工藤君?!」
ぎょっとしたような目暮警部の声が見る見るうちに下方へと運ばれていく。
目の前にはまさかこんな事になるなんて思いもしていなかっただろう蘭の零れ落ちそうな見開かれた瞳。
得意げに小さく笑ってさらりと流れ落ちている髪を一房手にして、もったいぶって引っ張った。
蘭は降参の表情で苦笑している。
「フレンチはまた別の店探しとく。」
「良いわよ。別に。・・・今日奢ってくれるならね?」
語尾に少しの茶目っ気を覗かせて蘭が微笑む。
園子が呆れたように仲睦まじい二人に声を投げた。
「何処へなりとも蘭の事攫っていきなさいよ。暴走探偵さん。まったくやってられないわよ!」
▲Go To PageTop ▲Go To Back*階段の神様はグルメ*後書き*
満を持しての登場!なんて御大層に宣伝出来ない4作目の小説です。
階段シリーズは階段にまつわる話だから「階段シリーズ」なのに
今回はエスカレーターです(爆)
良い子の皆さんは新一のみたいに危険な事をしちゃ駄目ですよ?
まったく工藤新一さんはどうもやる事が荒っぽくていけません。
これも偏に蘭ちゃん馬鹿故に、と言う事で。
この話本当はもうちょっと伏線というか、捻りを入れたかったんですが、
書いているうちに忘れてしまってました。
う〜〜ん。まだまだリハビリ中という事で。