like a gunner







合鍵を渡したんだ。

特に深い意味は無いけど、まぁ下心がちょっとばかし有った事は潔く認めよう。

蘭が合鍵を持っているという事実が、単純に嬉しい事だったから、ぶっきらぼうな言葉に照れ臭さを隠して、突き出すように手渡した。

受け取る理由が無いとか言って、返されたらどーする?なんて心配も無かった訳じゃない。

だから、蘭が第一声を発するまでは、まぁ心臓が破れるんじゃないかってくらいの過去最高の活動量だったのは、ここだけの話。

「・・・まさか、また長期で家を空けるからその間掃除宜しく、とか言うんじゃないでしょうね?」

硬い声で睨み付ける蘭の勘違いは笑い飛ばして。

その裏で、下心がばれなかった事に胸を撫で下ろしながら、上手く言い包める。

俺は元々そういった屁理屈だとか一方的な理論展開だとかもっともらしいこじ付けだとか、『喋る』という事には圧倒的に強いし、蘭は優しさからくる受身な部分が多い奴だし。

結局合鍵は蘭のキーホルダーの中に納まることになった。

俺の望んだ通り、事が運んで、俺は上機嫌だった。

まぁ暫くはまったくその合鍵の出番は無く、俺も蘭もその存在を特異なモノから日常のモノへと認識を改めた頃。

その鍵が役立つ日が唐突にやって来た。











「え?新一これから出るの?」

「ああ、呼び出された。」

苦い表情の俺に、蘭は目をまん丸にしてまじまじと俺と俺の手の中に有るシルバーの携帯を交互に見詰めた。

ここは学校で、今は期末試験の真っ最中。

俺はこのテストを受ける事が卒業への大前提で、当然それにプラスして山ほどの課題を片付ける立場にあったりするから、ここ数日はまったく警視庁からの依頼を受けて居なかったのだ。

当然期末試験が終わり課題の提出締切日までは状況が変わらないと、蘭も踏んでいたのだろう。

俺もそのつもりだったのが、英語Tと日本史のテストの間の休憩時間に来たメールを読んで俺は日本史以降のテストを捨てる事を決めた。

明日にでもテストは受けさせて貰おう。

教師陣には渋い顔をされるだろーが、目暮警部以下の警視庁の面々も口添えしてくれるだろう。

今から再テストを受ける為に行う面倒な手続きの数々にうんざりしつつ、俺は鞄片手で蘭にひらひらと手を振った。

殺されたのが著名な小説家で父さんの知り合いとあっちゃ、出ねー訳にいかねーもんな。

「新一っ!明日来る?!」

背に投げられた蘭の問いに俺は拳を突き上げて返事をする。

当然、今日中には事件を片付けて家に帰って試験勉強して明日の試験受けねーと、卒業出来ねーだろ?

留年なんて事態はノーサンキュー。

蘭と一緒に卒業すんのは最低ラインだろーからなー。

おっちゃん的に。



校門を出た所に、最近飛び抜けて優秀な才能を発揮しだした高木刑事が覆面パトを止めて待っていてくれた。

あの事件以来、俺はかなり高木刑事と組んで仕事をする事が増えていた。

人柄も刑事としての能力も、ついでに年上の同僚刑事との恋愛に関しても、好感が持てる人だから一緒に仕事をするのは楽だし嬉しい。

「ごめん、工藤君。テスト期間中なのは承知してるんだけど。」

「良いですよ、高木刑事。さくさく解決して速攻家に帰りますから。」

「そうだね。前向きに考えよう。」

拳を握って言い切ると、高木刑事は事件概要を資料を見ながら俺に説明し始めた。











事件は高木刑事の尽力もあって、夕飯の時間には解決の日の目を見ていた。

今日は俺自身妙に冴えてたし、とちょっとだけ自画自賛してみる。

パトカーをタクシー代わりにするという贅沢な申し出を有り難く受けさせて貰って、俺は後部座席でうつらうつらしながら今日のこれからのスケジュールを組み立てた。

やる事なんざ決まっているので、直ぐに暇になる。

道路が混んでいなければ、あと十分程度で家まで着くなと車窓を流れる風景に目をやる。

瞼の裏にたおやかな蘭の後姿が現れた。

・・・疲れてるのか?俺。

俺の場合笑っちまうほど分かり易いのだが、肉体の疲れが欲するのは睡眠で、精神の疲れが欲するのは『蘭』なのだ。

明日になれば、また会える。

そう自分に言い聞かせて、今頃自宅でテスト勉強をしているだろう蘭に想いを馳せた。

蘭は、ここ最近自分の事もあるのに、積極的に俺の世話を焼いてくれていた。

真面目でしっかり者の蘭らしく、俺が山ほど抱えている課題を手伝うなんて事はしない。

課題とテストに集中出来るように、俺がやるべき雑事を全部俺に代わってやってくれていて、申し訳無い気持ちで一杯の俺だった。

でも、エプロンつけてぱたぱた家の中を走り回る蘭を見るのは至福だったりする。

若奥様みてーじゃん?

夕食も当然のように蘭が用意してくれる。

俺の好みを知り尽くした蘭が手ずから作る有名飲食店も目じゃない美味しい料理の数々に、舌鼓を打つ俺はなんて幸せ者なんだろう。

一人暮らしで良かったと思うのはこんな時だ。

ただ、洗濯物も顔色一つ変えないで干している姿を見るのは男として複雑だったりする。

もしもし毛利さん?今貴方が手にしているのは俺のパンツなんですけど・・・

リビングで課題を片付けつつ、庭の一角に設えた物干し竿に洗濯物を干す蘭の後姿を見ながら考え込む。

おっちゃんで慣れてるんだよな。きっと。

別に俺が男として意識されてないからじゃねーよな?

誰かに同意して欲しい気持ちで一杯の俺は、傍から見ればかなり滑稽に映った事だろう。











考え事をしているとあっという間に自宅に辿り着いていた。

ハンドルを握っていた年若い刑事に礼を言い、うっすらと冷気が漂う空気の中に降り立つ。

このまま行くと、今晩雪がちらつくかもしれない。

天空を見上げて曇天を確認すると、俺は重い門扉を手で開け、足早に玄関へと向かった。

鍵穴に鍵を突っ込み、見えない部分に隠されている防犯用の電子キーを開ける。

両親が半ば道楽で設置した馬鹿馬鹿しい程値が張る電子キーは、角膜パターン認証式で、蘭に合鍵を渡す際に蘭の角膜も登録しておいた。

そういや、その話をした時、あいつ吃驚して暫く声を失っていたっけ。

あどけない表情で俺を見返すのが凄く可愛くて、鮮烈に覚えている。

長い間一緒にいるのに、俺の知らない表情が未だあるんだから、不思議だよな。

飽きる、という言葉は一生無縁のような気がした。

玄関を開けた所に、俺は嬉しいものを発見した。

「んだよ。来てんのか。」

俺より一回りも小さい蘭の靴が揃えて置かれている。

綺麗好きらしく、良く磨かれているそれが、俺の大切な人物が現在この家の中に居る事を教えてくれていた。

合い鍵を使ってくれた事は初めてで、なんだかくすぐったいような気持ちを持て余してしまう。

恋人って感じがするよな。

幼馴染歴が長過ぎる所為で、なかなかそんな雰囲気を満喫する事が出来ない欲求不満も一気に解消されるような出来事だ。

悦に入って鼻歌でも歌おうかと言う段階で、俺ははたと動きを止める。

「あれ?でも明かり、点いてねーよな?」

確認するように呟き、俺は家に入ってきた時に何処の窓からも明かりが漏れていなかった事を頭の中で再確認した。

しかし靴を残して蘭がこの家から出て行く事は有り得ない事態だと思っていいだろう。

「明かりも点けないで何してんだ?」

なんとなく足音を殺してリビングへと近付き、そっとドアを開けた。

窺うと、中は薄暗く空気も冷え切っている。

「ん?」

でも。

薫るような気配が確かに其処に息衝いていた。

耳に届く規則正しい小さな寝息。

「寝てやんの。」

俺の事を待っていてくれたのか?

でも待ち疲れて眠っちまうなんて、ガキみてーだ。

零れ落ちる笑いを噛み殺しながら、寝顔でも拝見させて頂きますかと年相応のヤラシイ考えでそぉっとソファーに近付いていった。

俺の家のリビングにあるソファーは背凭れを倒し、引き伸ばすとベッドになるタイプのもので、寝心地は最高だ。

普段座る分にも大人が横に優に4人は座れるので広さも申し分ない。

蘭は制服姿のまま完全にソファーに横になって眠っていた。

廊下から零れる明かりに照らされた横顔はまるで彫刻のように現実味が薄く、母親譲りの整った優しげな美貌はまるで御伽噺の眠り姫みたいだ。

瑞々しい唇は未だ訪れる事の無い王子を待ち続け、うっすらと開かれている。

窮屈そうな胸元は、しっかりと第一ボタンまで嵌められたシャツと締められたままのネクタイによって肉感を伝えはしても、視覚から本能に訴えるものはない。



だが。

俺の目が釘付けになったのは・・・

蘭のすらりとした足、だった。

無防備に投げ出された2本の足は、黒いハイソックスを履いており、膝上の折スカートから覗く素肌は驚くほど白い。

ただ白いだけじゃなくて、内側から発行するような明るい雪色の肌に、男なら惑わされずにはいられないだろう。

木目細やかな肌はもちもちと柔らかそうで、普段隠されているはずの際どい太ももの部分が寝返りを打つ度に少しずつ捲れてしまったスカートから覗いている。

ごくり、と何かの音が耳を打って、俺はびくりと身を震わせた。

馬鹿か俺は。

俺と眠る蘭しか居ないこのリビングで、そんな音を立てるのは自分しか居ない。

俺が無意識に生唾を飲み込んだ音だった。

あとちょっとで多分下着まで見えてしまうと想像出来るラインまで紺色のスカートは捲れ上がっていた。

俺はふらふら〜っと引き寄せられるように蘭に近付き、駄目だと分かっているのにその場にしゃがみこんだ。

やべぇ。見えそう。

最早心臓は『ドキドキ』などというロマンチックなレベルを超えてガンガン鳴り響いている感じだった。

胸筋突き破って飛び出してくるんじゃねーかと、アホらしい事を考えながら俺は蘭のその柔らかそうな肢体から目が離せない。

手が伸びそうなのを必死に押し留めるのが俺の精一杯で、傍若無人な視線が舐め回すように蘭の身体の上を行ったり来たりするのは放置状態だった。

涎出てねーよな?

心配になって手の甲で口元を拭ってみる。

あ、大丈夫か。

ほぉっと安堵の溜息を吐き出しつつ、浅く早く変化した吐息を誤魔化しながら蘭の白い肌を記憶に焼き付けるように見詰め続ける。

「ん・・・」

身動ぎした拍子に蘭の絹糸みたいな黒髪が肩口から滑り落ちた。

きらきらしてて凄く綺麗だ。

赤味が差した頬と健やかな寝息。

深い眠りに捕われて、蘭は未だ現に戻って来る気配がない。

蘭を見詰めている内に、誘惑されているような気分になってくる。

据え膳食わぬは男の恥だなんて、都合の良い言い訳を考えたのは誰だったのか?

有りもしない誘惑に負けて手を出して、修復不可能な程関係をぶち壊した男は世の中にどのくらいいるんだろうか?

自分の中に生まれた野蛮な欲望と葛藤しながら、俺はそんな事を考えて自分を戒めようとする。

目の前の蘭は凄く美味しそうで・・・

負けちまいそうだ。

仄かに香る蘭の体臭は甘くて、くらくらする。

触ったら柔らかいに違いない。

舐めたら甘いに違いない。

齧ったら・・・きっと止められなくなる。

分かってる。落ち着け工藤新一!オメーは犯罪者になるつもりねーだろ?!

握ったり開いたり、落ち着き無く利き手を動かしながら、乾いてしまった上唇を舌で舐める。

その唇の感触に、きっと蘭のソレはもっともっと柔らかで熟した果実にように甘いに違いないと想像してしまい、慌てて頭からその考えを振り払った。

指先の痺れは酷くなる一方で。

意識もなんだか遠くに感じる。

「・・・ぁ。」

ふわん、と蘭が笑った。

良い夢でも見ているのか?

小さくむにゃっと何か呟いたが、その声は小さ過ぎて息を潜めてじっと蘭を見詰める俺にさえ聞こえる事はなかった。

ちぇ。つまんねー。

どんな夢見てんのかな。

・・・俺の、夢、かな?

「蘭?起きねーと食っちまうぞ?」

悪戯に呟いてみて、俺はすぐに頭を抱えて後悔した。

嵌まり過ぎている!

声にした途端それがすげぇ良い考えであるような錯覚に陥り、自制心が裸足で逃げ出しそうな激しい妄想が噴き出した。

渾身の力で、蘭の魅力的な肢体に貼りついたままだった視線を引き剥がし、ほうほうの体でリビングの片隅まで移動する。

戻りたいと願うもう一人の自分は、ぎゃんぎゃん俺の頭の中で騒ぎ捲り、その叫び声が頭蓋骨の中で木霊して大合唱となっている。

勝手に紅潮した頬を抓って、必死に冷静な自分を取り戻そうとした。

これが天下の名探偵の本当の姿だってんだから・・・

でもある意味当たり前の俺だよな。

出会った時から蘭の事が1番で、大きくなってもその気持ちは変わらず、厄介な大事件で倍増したこの愛しい気持ちは、最高の着地点を探して荒れ狂っている。

蘭が幸せなら、俺はどうなっても良いだなんて、大人ぶった心境には達せなかった。

俺の幸せには蘭が必要不可欠で、蘭を幸せにするのは当然俺で。

それくらい我侭に傲岸不遜に蘭を想っているんだ。

大きく深呼吸して、目蓋を閉じる。

浮かび掛けた蘭のしどけない寝姿は慌てて掻き消して、理性を呼び戻す呪文を繰り返し唱える。

慣れたもんだよな。











耳を澄ま

すと小さな寝息。 俺の気持ちなんて蚊帳の外で、くぅくぅ眠る蘭に心中語りかける。

百発百中の、ガンマンだよな。

俺の心臓のど真ん中を永遠に撃ち抜き続けるに違いない。

だから、早く俺も一端のガンマンにならなければ。

俺の心臓が蘭によって撃ち抜かれるように、蘭の心臓を一発で撃ち抜きたい。

その時には・・・

俺ばかりが蘭に狂わされるのではなく、二人で一緒に互いに溺れるに違いないのだから。

その日が来るまでは・・・

やるべき事をやりながら、蘭の傍を離れないようにしよう。



あ〜あ、と特大の溜息。

本日も何とか蘭にとって都合の良くない本能に塗れたもう一人の自分に勝ったみたいだから。

蘭を起こして、家まで送ってやらなくちゃな。

俺は行動を起こすべく立ち上がって、蘭にゆっくりと近付いて行った。








 


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