■◆■ GOODY GOODY2 〜僕らのWONDERFUL DAY!〜 ■◆■ 僕達のライバル観察日記 ●月●日 今日のヤツは、朝からぐっすりベッドの中で眠っている。 お母さんの話だと、夜遅く現場から帰って来たらしいから、まぁしょうがないよね。 それに僕達としてはずっとずっとベッドの中で眠っていてくれた方が都合が良い。 だって起きて来ちゃったら、お母さんの隣りはヤツに占領されてしまうんだし。 最近まったく容赦してくれなくなったから、こちらとしても全力で応戦しておかないとね。 ******************************************************** まぁそんなわけで、ぽかぽかの陽気の中お母さんと僕達3人で実に平和な一時を過ごしていたんだ。 お母さんがあんな事を言い出さなければ・・・ 「もぅ!そろそろお父さん起こしてきましょうか?あんまりだらしないと北斗と華南が真似しちゃうと困るからね。」 小さくパチンとウィンク。 そんな可愛らしい仕草が、実にお母さんには良く似合う。 「僕はお父さんとは違うから、そんなだらしない事しないよ?」 北斗がすかさずそんな事を主張する。 お母さんは少しだけ苦笑い。 最近『生意気』で『口が達者』(共にお父さん評価。だってお父さんにしかこんな口利かないし。)な僕達はボキャブラリーだって豊富だから、つい実年齢を周りから失念されてしまう。 これでもまだ幼稚園に通う年なんだよね。僕達。 お母さんは機敏に立ちあがると、通り縋りに僕達の頭を優しく一撫でしてリビングから出て行ってしまった。 きっとお父さんを起こしに行ったんだろう。 後姿は名前の通り、蘭の花のように華やかな美しさを持っていた。 僕達二人はぽぅっとお母さんに見惚れた。 お母さんは若い頃の写真と変わらずすっごく若くて綺麗で、未だにナンパとかされるのが僕達にとって鼻が高いんだけど、お父さんにとってはすっごく苦々しい事らしい。 僕達がうっかりナンパの事を洩らしてしまった日には、一日中ねちねちとその見も知らぬ男の人の事を呪っていたっけ・・・ こんな姿マスコミの人に見られたら一発でお父さん仕事干されちゃうよ。 本当に大丈夫なのかなぁ・・・ 常々思っていたけど、お父さんに対する世間の評価は高すぎる。 確かにお父さんは仕事は出来るよ? たまに新聞とかで報道されるお父さんは、何処から取ってもまるで映画の中の名探偵の様に現実味の無い格好良さを持っていた。 仕事の能力とは関係のないルックスが良過ぎるのも、持て囃される原因の一つだと思うけど。 でもね、良く考えて欲しいんだ。 マスメディアはお父さんの良い所ばっかりしか報道しない。 その方が世間ウケが、(特に主婦層のね。)良いからだ。 でもさ。 そんな所ばっかりだと、実際のお父さんを知らない人にはスーパーマンか、アクションスターみたいに映っているらしくて、そりゃもう真実の姿とのギャップが凄いんだ。 一緒の幼稚園に通う綾ちゃんはお父さんの大ファンなんだけど、お父さんが四六時中スーツを着て「犯人は貴方だ!」ってやっていると信じて疑っていない。 僕達がお父さんのお母さんに甘えてだらしない所とか、寝汚い所とか、知り合いの平次おじさんと馬鹿やっている所とか、子供相手にムキになって応戦している所とか、一杯教えてあげているのに、まったくもって馬耳東風。 てんで聞いちゃ居ないんだ。 都合の良い所だけ切り取って、「工藤新一様ってそういうお方なのね〜。」なんて言っている。 言うに事欠いて『工藤新一様』だよ?! 信じらんない! そして、こまっしゃくれた態度でこんな事を言うんだ。 「貴方達、工藤新一様の子供なのに、ちっとも似てないのね?」 あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜〜〜〜っっ!!!悪かったね!!ちっとも似てなくて!!!! これでもお父さんとお母さんの知り合いからは、口を揃えたように「お父さんにそっくりね!」なんて言われてるんだけどね! まるでコピーだなんて言われて、僕達がどれだけ傷付いているか分かってもらえる??!! よりによってお父さんとそっくりだなんて!!!! お母さんになんで似なかったんだろう? はぁ・・・がっくり。 「よっ!チビども。おはよう。」 かちゃりとリビングのドアが開いて、寝癖の髪の毛を直しもしないでパジャマ姿のお父さんが登場した。 お母さんの姿は何故か見えない。 「「おそよう。」」 嫌味ったらしく二重奏で言ってやったら、苦笑いで「昨日遅かったんだよ。」と言い訳してる。 大またで近付いて来て、机の上に置いてあった林檎ジュースをぐぅっと一飲み。 喉仏がごくりと動いて、とんっとコップを机に置く音。 僕達はじぃっとお父さんの挙動を見ていた。 視線に気がついて、にっと笑うお父さん。 「なんだ?」 「・・・お母さんは?」 「さぁなぁ?」 意味深な笑い。 ・・・気になる。 「それより、折角の天気だからどっかに行くか?」 「・・・お母さんは?」 「気になるのか?」 「気になる。」 僕達はお父さんの口元をじっと見詰めた。 うっすらとチェリーピンクに色付いている。 僕達は気が付きたくない事実に気が付いてしまった。 そろって苦虫を潰したかのような表情を浮かべ、お父さんに背を向ける。 「見た?」 「見たよ。」 「あれ、お母さんのだ。」 「お母さんのだよね。」 ひそひそと確認作業。 お父さんはその会話を盗み聞いていて、僕達の背中に追い討ちをかける。 「さすが俺の息子だよな。観察眼は俺譲りで優秀だ。」 かちんと来た。 僕達はばっと振り向いて攻撃を開始する。 「お父さん譲りじゃないよ!」 「そうだよ!自惚れないでよね!」 「お〜お〜言う言う。本当にお前達口が達者。」 笑いながら軽くいなされる。 まるで孫悟空がお釈迦様の掌で遊ばされているみたいな、そんな感じに滅入ってしまう。 「も〜。早速やりあってるの?」 そこにお母さん登場。 空気がふわぁんと和むのがはっきりと分かった。 ついにこぉっと笑顔を浮かべる僕達とお父さん。 「・・・そっくりよ。貴方達。」 お母さんが照れたような、呆れたような表情でそんな事を呟く。 「蘭。朝飯。」 「『朝』じゃなくて『昼』よ。もう。」 たったそれだけの会話。 僕達は再びお父さんに背を向けて、内緒話を再開する。 「今の聞いた?!」 「聞いたよ。」 「すんごい甘えた声だったよね!」 「甘えてるよね!」 「これが名探偵だっていうんだから、本当世の中見る目ないよね!」 「全然まったく見る目ないよね!よっぽど小五郎おじいちゃんの方が名探偵だよね!!!!」 勢いで言ってしまってから、ちょっと考える。 「・・・今のは言い過ぎたね。」 「・・・そうだね。」 真実はいつも一つ。 小五郎おじいちゃんは悪くないけど・・・名探偵ではないような・・・ごめん。おじいちゃん。 僕達嘘つけないんだ・・・・ 二人で見詰め合って申し訳なさにはぁっと溜息突いていたら、背後から嫌な音が聞こえた。 ちゅっという、濡れた音。 0.2秒で振り向いた。 そこには顔を真っ赤にしたお母さんと嬉しそうなお父さん。 お父さんの両腕はお母さんの腰に回されていて、お母さんの両腕はお父さんの肩口をぐっと突っぱねていた。 「新一っっ?!」 焦ったような声でお母さんが声を張り上げると、お父さんは口笛を一つ、僕達にウィンクを一つ。 その瞳は雄弁に語っていた。 『羨ましいだろう?』 ぷちんっと一本切れた! 信じられない!!!!! やるか!!!!!!!!!!普通!!!!!!!!!!!!!!!! 見てなかったとはいえ、多感な年頃の子供の目の前で! 「お父さん!!!!」 「何やってるんだよ!!!!」 「別に何も。」 そらっ惚けるお父さんに、お母さんが頬を抓る。 「いてててててっっっ!痛い!!蘭!!」 「当たり前よ!痛くしてるんだから!」 「痛いってば!良いじゃねーか、見られてないんだから!!!!」 お父さんのデリカシーのない反論の言葉に、お母さんは無言で抓る力を倍増したようだった。 いい気味だよ。まったく。 「おめぇら見てないで助けろ!」 「嫌だよ。僕達はいつでもお母さんの味方だもん。」 「うわぁ・・・父親に冷てー息子達だ。」 ようやく解放されて頬を擦りながらお父さんが文句を言う。 でも顔が笑っているのは、きっとお母さんとのXXXがお父さんの機嫌を遥か高みに押し上げた余韻が残っているからだと思う。 悔しい・・・ 「羨ましいんだろ?」 今度は口に出してそんな事を問い掛けるお父さん。 お父さん・・・・そんなに僕達の答えが聞きたいんだ・・・・ふ〜〜ん・・・ 「あともう何年かの辛抱だから、羨ましくない。」 「『もう何年』?なんだそりゃ?」 「僕達が小学校に上がったら、お父さんか目じゃないくらい格好良くなってやるから。」 「ほ〜〜う。」 「お母さんもお父さんをさっさと見切って僕達を選んでくれるよ!きっと!」 「ほ〜〜う。」 すっとお父さんの視線の温度が2〜3度下がる。 「お父さんなんて僕達よりちょっと早く生まれただけで、お母さんに選ばれたんでしょ?僕達がお母さんに先に会ってたら結末は違ってたよ!きっと!」 「・・・そりゃ無理だな。」 妙に確信口調できっぱりと言い捨てるお父さんに、ますます怒りのボルテージが上がる僕達。 なんでそんなに断言するの?! 不満顔の僕達を一瞥して、お父さんがにやっと笑う。 「お前達が俺より先に生まれるなんて不可能だ。それどころか、俺が蘭に選ばれるっていう前提がないとお前達は産まれてないよ。」 ふふん。どうだ参ったか。 そんな勝ち誇った表情でお父さんが僕達を見る。 「「何で?!」」 再びユニゾン。 お父さんは意地悪そうに唇の端を吊り上げ、こそっと内緒話をする音量で答えた。 「俺が父親で蘭が母親で、それでお前達が生まれるんだ。何でも何も無いだろう?」 「ぐぅっ・・・」 二の句が継げなかった。 相変わらず痛い所を突いてくるよ。お父さんは。 瀕死の状態で、それでもなんとか反撃の糸口を掴もうと足掻いてみる。 「も、もしかしたら、僕達のお母さんはお母さんでも、お父さんはお父さんじゃなかったかもしれないじゃん!」 「そうだよ!どうしてお父さんは僕達が自分の息子だって確信できるんだよ!!もしかしたら別の人かもしれないでしょう??!!」 僕達の滅茶苦茶な反論に、お父さんは見事に固まった。 息荒くぜーはーぜーはーと肩口を上下させる僕達と彫像のようなお父さん。 やがてお父さんは石化が解けたRPGの勇者みたいにはぁっとため息を突いた。 「なんちゅー恐ろしい事を言うんだ。おめぇ達は。・・・」 暫しお父さんは僕達をじっと検分するかのように見詰める。 居心地が悪い事この上ない。 「・・・良し。未だ早いかも知れねーけど、教えといてやる。」 きっぱりと宣言。 ・・・何を?教えるの? 「こっちに来い。二人とも。」 「何を・・・・教えるの?」 恐る恐る聞いてみる。 なんだか凄く嫌な予感がしたから。 「子供の作り方。これ聞いたら、おめぇ達のその恐ろしい考えも氷が溶けるみてーになくなっちまうだろう。うん。」 お父さんが一人で納得して頷くのと、お母さんがお父さんの頭に雑誌を叩きつけるのは同時だった。 すぱーんっっ!!!! 良い音がリビングに響き渡る。 「何考えてるのよ???!!!!こっちに来なさい!新一!」 「うわぁ・・・蘭?!キッチンに行ってたんじゃなかったのか?!」 ぐいぐい耳を引っ張られてお父さんはお母さんに引き摺られて行った。 なんだか分からないけど、僕達を襲おうとしていた危機は去っていったようだ。 「何だったんだろうね?今の。」 「なんか怖いから、追及するの止めよう。」 「そうだね。・・・なんだか恐ろしい事のような気がする・・・」 力強く二人で頷くと、取り敢えず庭に出てキャッチボールでもしようという事になった。 何かして体を動かして、今の出来事を無かった事にしたかったのかもしれない。 キッチンからはお母さんの怒った声。 今日も僕らの家は平和だ。 |