forest library おまけ - 心配 -


注意書き…

このお話はコピー誌『forest library』のおまけにあたります。
『forest library』はパラレル新蘭で、かなり特殊な設定です。
魔法の存在する世界で、新一と蘭は学園に通ってます。
新一は家庭の事情(?)で魔法で性別を転換しています。
だから偽名で『シン』と名乗っています。
蘭はその事を知りません。
以上の設定を寛容な心で許せる方のみ、下へどうぞ
























































ッ・・ォォォ・・・ン・・・



それは音というよりも、何かの響きの余韻だった。

直接的に届いた訳ではないのに、教室内に居た呪歌クラスの生徒達は緊張に身を硬くした。

木枠に嵌った窓ガラスがビリリっと震える。

静寂の後にざわりと人の囁きが何処からともなく沸き起こった。

「静かに・・・状況を確認してきます。」

授業を行っていた呪歌A担当の教師が足早に教室を出て行く。

ざわめきは一気に広がり、とても授業中とは思えない騒がしさになる。

蘭は心配げに隣の席の友達と顔を見合わせ、シャープペンシルのお尻をノートにトンっと打ち付けた。











ハァッ・・・ハッ・・・、ハァッ・・・



全速力で走る蘭を阻む物は何も無い。

靴の底で時折砂利がザリッと音を立てる。

シン、居るかしら?!

心配げに蘭の眉が寄せられ、鼓動が大きな音を立てる。

図書館へと続く小道に人影は無く、蘭は今までで最短だと確信出来る時間でその真っ直ぐな道を駆け抜けた。

長いローブとスカートの裾が大きく翻り、蘭の邪魔をする。

普段だったら顔を赤らめてしまうくらい白い肌が覗いているのに、蘭はそれにも構わずそのスピードを維持する。

心配で心配で堪らない。

今は一刻も早くその無事を確かめたい。







――― 昼間のあの音、魔女クラスがやらかしたんだって。

――― 魔術に使う薬剤の配合間違えて、ドカンって大爆発!

――― 怖い〜!怪我人出てるんでしょ?

――― そりゃ教室一個木っ端微塵よぉ?まったくの無傷って訳ないじゃない。







一体何処から漏れたのか。

あの不穏な音から数時間で、蘭の耳にもそんな噂が届いた。

魔女クラスと聞いて、蘭は真っ先にシンの顔を思い浮かべた。

優秀で非の打ち所が無い彼女。

あんな遠く離れた呪歌のクラスの教室にまで音が届く程の大爆発に、彼女は巻き込まれなかっただろうか?

冷静で実力もナンバーワンのシンだから、咄嗟に防御の魔法くらい唱えている筈と思う反面、優しい人だからクラスメートを庇って無茶したんじゃないかとも思う。

嫌な汗が額に浮き出た。

片っ端から知り合いを捕まえて話を聞き回ったが、誰が怪我をしたのかという所までは情報として回っていない事が分かっただけ。

残りの授業を上の空で受けた蘭は、直接シンに会って確かめようと授業終了のチャイムが鳴ると同時に教室を飛び出したのだ。



心臓が喧しくて、耳を塞ぎたくなった。

シンの笑った顔、呆れた顔、切ない顔、真剣な顔、色々な表情の彼女が脳裏に浮かんでは消える。

爆発の中心に居た生徒は重症だと聞いた。

シンじゃないようにと祈りながら、自分はなんて嫌な事を考えているんだろうと泣きそうになる。

誰かはあの爆発で怪我をして重傷を負ったのだ。

それがシンじゃなければ良いと考えるのは、他の誰かが怪我をしていれば良いと考える事と同じ事なんじゃないかと罪悪感が吐き気を催させる。

走りながら拳を握り、蘭は「それでも・・・」と呟く。



――― それでも、シンには無事で居て欲しい。



無心で走っていたので、何時の間にか図書館の入り口が目の前に迫っていた。

このままゲートを駆け抜ける訳にはいかない事くらい蘭にも分かっている。

つんのめるようにして速度を落とすと、ローブが風を孕んで大きく膨らみ蘭の視界を寸断した。

ハァッ・・・ハァッ・・・ン、ハッ・・・

荒い息を吐きながら足早に入り口に近付き、手首の生徒証を水晶のチェッカーに翳した。

蘭に気付いた門番のミスターフロッグが驚き顔でおやまぁという不明瞭な呟きを零した。

蘭はこんにちはと言う代わりに、カウンターに乗り上げんばかりに切れ切れの声で顔馴染みに問う。

「ミスター!シンは来てる?!」

「シンかい。来てるよ。・・・はぁん、成る程。お嬢ちゃん魔女クラスの爆発の件でシンが心配なんだね。」

「心配じゃないだなんて人居ないと思うの。ありがと!」

手を振って駆け出そうとした蘭のローブの襟元をぐぃっと何かが引っ張り、蘭は後ろに仰け反った姿勢で驚きに息を吸い込んだ。

「何?!」

肩越しに振り返れば、ミスターフロッグの困り顔と長いステッキが見える。

どうやらステッキの持ち手部分の丸くなった部分でローブを引っ掛けたようだと蘭は知り、未だ用事があったのかと体制を整えてミスターフロッグを見た。

「言い難いんだがお嬢ちゃん。ココじゃ走るのは厳禁だよ。」

「あ、ごめんなさい。」

心配する余りそんな基本的な事さえ忘れてしまっていた子供っぽい自分を恥じて、蘭はスカートの襞が皺になるのも構わず握り締めた。

緩く顔を左右に振って気にするなと仕草で伝えるミスターが、長い舌をぺろりと出してからやや躊躇いがちに言葉を繋げた。

「ああ、それから。シンを探しにさっきから担任教師とクラスメート数人と特別講師の先生が何人か図書館内に入ってる。入れ違いにならんと良いけどね。」

「シンを、探しに?」

「なにやら小難しい顔をしとったね。」

「・・・分かりました。」

この愛嬌のある仕草と表情を持つ司書との会話は蘭の気持ちを落ち着けるのに一役買った。

上下する胸は相変わらずだが、言葉を途切れさせる事無く喋る事が出来るようになった蘭は、ぺこりとお辞儀して図書館の中へ足を踏み入れた。











落ち着かない。

蘭は陽射しが柔らかく降り注ぐ広場を抜けながらそう感じていた。

胸とお腹がまるで異物でも飲み込んでいるみたいにそわそわして、知らない間に嫌な汗がじわりと滲む。

足早にあの秘密の場所に向かいながら、周囲を見回してもそこはいつもと変わらない風景が広がるだけ。

魔女クラスに在籍する知った顔に会う事が無い事だけが、違うと言える事だった。

シンは、本当に無事なのかしら?

何故シンを探しに何人も図書館に足を運んだのか。

分からない事が不安を増長しているのだと、蘭は自分を律するように深呼吸をして理性的に物事を考えようとする。

駆け出したいのをぐっと我慢して、背の低い若い木々がお勧めの本の姿をちらちら垣間見せるのにも見向きもせずにただひたすらシンの姿を目指す。

人影が途絶え、濃厚な魔力の気配が蘭の身を包み、導かれるように大木の幹の間を擦り抜ける。

この場所は蘭を排除しない。

今日ばかりはその特別さを意識する事無く、蘭は小さく開けたその場所へと辿り着いた。

丸く陽射しが差し込むその場所で、シンは姿勢良く横たわっていた。

長い睫が頬に陰影を落とし、美しい形の唇が静かな寝息を吐き出す。

丸く盛り上がった胸は規則正しく上下していた。



「シン・・・」

眠る彼女の横に跪き、そっと肩を揺さぶると、間を置かずゆっくりと瞼が開かれた。

ダークブルーの双眸が蘭の姿を捕らえ、唇が笑みを形作る。

「蘭。どうした。」

「どうした、じゃないよ。シン。怪我は?」

身を起こす彼女の動作をつぶさに観察して、蘭はぺたりとお尻を地面につけた。

気が抜けたのだ。

「怪我?あぁ、オメーも爆発の事噂で聞いたのか。」

「聞いたわよ!爆音だって呪歌クラスまで聞こえてきてた!怪我してないの?」

重ねて問うと、シンが苦笑しながら頷く。

「心配掛けたみてーだけど、怪我なんかするほど間抜けじゃねーし。・・・ごめんな。」

青白い心配そうな顔を見て、シンが蘭の頭にぽんぽんと手を置く。

何処か嬉しそうなのは蘭の気の所為なのだろうか。

「クラスの何人かは医務室運ばれたのは本当。でも誰も命に関わるような重傷は負ってねーよ。」

「重傷者が出たっていうのは、じゃぁデマなんだね。」

「ああ。」

「・・・ねぇシン?」

「何?」

「脱いで。」

「・・・嫌だ。」

蘭の怒ったような表情を見て、シンはたっぷりと間を置いた後拒否の言葉を口にした。

誤魔化し切れなかった。

心配して貰えたというのが嬉しいのと同様、完璧だと思っていたやせ我慢が見抜かれた事が嬉しい反面、厄介な事になったという複雑な気持ちになる。

蘭が他人の事に関しては特に心配性で、しかも他人の為なら多少の強引な手も止むを得ないと思っている事は親しい付き合いで分かっているからだ。

「脱げないっていうのは怪我してるっていうのを認めてると同じよ!」

「図書館は本を読む所であってストリップをする所じゃねーよ。」

「屁理屈!その調子じゃ医務室にも行ってないんじゃないの?だから先生達がシンを探してるんじゃないの?!」

「げ。探してンの?」

「探してるわよ!バカ!」

蘭の手がローブの前合わせの部分に伸び、左右に押し開く。

ソレは本当に問答無用という勢いがあった。

「ちょ、蘭っ!タンマタンマ!」

「駄目っ!今直ぐ脱いで私に怪我を見せなさいっ!」

「オメー、それヤバイってっ!」

「ヤバくなんかないもん!」

「こんな明るいのに何で俺だけ素っ裸にならなきゃいけねーんだよ!」

「シンが怪我隠すからでしょ〜!」

「違うっ!っつーか、恥ずかしいだろ!」

「だったら私だって脱ぐわよっ!」

「もっとヤベーよ!勘弁しろっっ!!!」

蘭の手はこんな時ばかりはすばしっこくて、シンの阻止しようとする手を掻い潜り、リボンタイを抜取ブラウスのボタンを外していく。

焦ったシンはやっとの思いで蘭の両手を捕まえ、万歳させるように上に挙げた。

くはっと安堵の息を吐いたシンと、不満げに頬を膨らませた蘭が対照的だった。

「お願いだから止めろって。」

「シン。往生際が悪いわよ。・・・痣、見えてる。」

「・・・」

蘭の視線の先を辿れば、確かにブラウスの隙間から胸を覆う白いレースの下着と白い肌が惜しげもなく晒され、痛々しい痣の姿が一部見えていた。

「ね、離して。」

「・・・もう人の服脱がそうとしないなら。」

「シンが大人しく怪我の手当てをさせてくれるなら、強引に脱がそうとしないわ。」

「・・・蘭が、手当てしてくれんなら。」

「どうして?医務室の先生じゃ駄目なの?」

「嫌だ。」

シンの口調は投げ遣りなようでいて、絶対的な拒絶の意思がちらちら見え隠れしている。

蘭は手を掴まれたまま至近距離でシンの表情を見て、静かに息を飲んだ。

秘密の匂いがしたからだ。

彼女の抱えている得体の知れない大きなブラックボックスは、ぴったりと蓋がされているのに薄っすらと絶望と諦観と嘆きの気配が漂う。

蘭は時折この秘密に触れ、何も出来ずにそっとそのままにしておくのだ。

細い眉が寄せられたのを見て、シンも表情を変える。

「蘭?」

「うん。ごめんね。嫌な事聞いたよね。」

「・・・俺、あんま体見られるの好きじゃねーんだ。例え医務室の先生でもね。」

アルトの旋律は抑えた感情を反映してか小さく、リズムはゆっくりだ。

「私は・・・平気なの?」

「何でだろうな。自分でも今不思議なんだ。蘭が一番駄目そうなのに。」

言葉を切ってシンが本当に不思議そうに蘭を見詰め返した。

何故自分が一番駄目そうなのか。

問い返そうとして蘭は出掛かった言葉を飲み込んで笑う。

蘭になら怪我を見せ手当てもさせるという気になっているシンにわざわざ冷や水を浴びせる必要は無いと判断したからだ。

「じゃあ、部屋に行こう。ここじゃ何も出来ないよ。」

「・・・俺の部屋?それとも蘭の部屋?」

「シン、皆から逃げ回ってるんでしょ。だったら私の部屋の方が良いんじゃない?さ、行こ!」

シンが手を離すと、蘭が逆にシンの手を取って立ち上がらせた。

蘭は自分が外したブラウスのボタンを下から順に嵌め、顎を心持ち上向かせてされるがままのシンに、リボンタイまできちんと結んでやる。

シンは一言も発する事はなかったが、始終苦笑いだった。

「な〜に?」

「ん〜。」

二人連れ立って歩きながら、蘭はひょこりとシンの顔を横から覗き込む。

苦笑は未だシンの表情に宿っていた。

「蘭、自分が俺に対してやった事、最初から並べてみてどう思う?」

「え?」

「無理やり俺の服剥ぐし?部屋に誘うし?服着せるし?」

「そういう言い方しなくても良いじゃない!意地悪。」

「俺が女で良かったよな〜。」

「・・・男の人にはしないと思う。」

「ふーん。」



この時シンが笑った本当の意味を、蘭は知る事は無かった。







end