■ カウンターパンチ ■





「起きなさ〜い!!」

歯切れの良い号令と共に、布団と新一の身体の間にあった温かな空気が、きんっと冷えた朝の風に一蹴される。

肌を撫でるいささか乱暴な風に、生理的な震えが頭から爪先まで走り抜け、新一は一気に覚醒した。

「んあ・・・?」

寝惚けて不明瞭な声に被さる瑞々しい声。

「ほらっ!もう何時まで寝てるのよ。」

幼馴染の姿が霞み掛かったように見えるのは、白く色づいた朝の光の所為だと漸く気が付いた。

起き上がって見回すと、見慣れた自分の部屋で、暢気な欠伸が一つ口から零れ落ちる。

寝乱れた髪の毛に手櫛を通しながら、ゆっくりと頭を回して、毛布と掛け布団を一遍に腕に抱いている蘭を見上げた。

朝から凛と背筋が伸びた美しい姿勢で、蘭が新一を呆れたと言わんばかりの表情で見下げている。

「・・・オメー、何処から入った?」

頭の回転が軋んでいる証拠に軸がズレた問い掛けに、面白そうに蘭が表情を変える。

新一は自分が口に出した言葉を耳から脳に循環させて、馬鹿らしい質問をしたと顔を顰める。

「勿論玄関からよ。」

「・・・鍵、掛け忘れてねーよな?俺・・・」

「掛かってました。」

「じゃ、誰が・・・」

「おば様。」

どかっと髑髏マークが付いた爆弾が降って来た。

固まる新一を尻目に蘭は大きな荷物を抱えて歩き難そうに扉を目指す。

「早く顔洗って下に行ってご挨拶してきたら?久し振りなんでしょ?」

「んな・・・ちょ・・・聞いてねーぞ。」

呻き声と共に搾り出されたその独り言に蘭は律儀に答えを返した。

「思い立って今朝帰って来たんですって。新一が聞いてないのも当然じゃない?あ、それと。ご飯作ってあるからね。」

「また、あの親は・・・」

口を酸っぱくして事前連絡を入れろと言っているのに、まるで馬耳東風だなと呟きながら、新一は大きく伸びをして更なる体の覚醒を促した。

大概の人間が肉体より精神の覚醒が早いのと同様、彼もまた二つの覚醒の間に時差があるのだ。

ぼんやりと出て行こうとする後姿を追っていると、何かを思い出したのか、再び蘭が振り返った。

「ねぇ新一。今日、きゃっ!」

続けようとした言葉の代わりに蘭の口を突いて出たのは小さな可愛らしい悲鳴。

身体を半分捻った拍子に、右足を床に垂れ下がっていた毛布に引っ掛け、バランスを崩したのだ。

中途半端に伸ばした腕の先で、蘭の身体が抱えていた布団ごと床にすってんと転ぶのを見届ける。

もしここが交通量の多い道路だったなら、多分自分は神業の速度で飛び出したんだろうなぁと、苦笑いしながら、新一は人肌の温もりが残る布団の海でじたばたしている蘭の元へと歩み寄った。

長い黒髪が乱れ、ミニスカートから白い太ももがちらりと覗いている。

ようやく顔を上げた蘭は膨れっ面をしていた。

「もうヤダ!」

「おっちょこちょいめ。なぁにやってんだよ。」

目線を合わせるようにしゃがみ込む。

蘭は直ぐには起き上がらず、うつ伏せのまま肘を突いて揃えた手の平の上に顎を乗せた。

「新一の所為よ。」

「何で俺の所為になんだよ。」

「自分で起きて布団をさっさと干してれば、私が転ばなくてすんだのに!」

「別に干さなきゃ良いじゃねーか。わざわざ寝てる人間からひっぺがしてまでやるか?普通?」

「気になるの!」

「しかもだな〜。」

未だ膨れたままの頬で上目遣いで睨んでくる蘭を見て、顔を顰める。

ちょっと面白くない事実に気が付いたのだ。

「オメーさぁ。マジ、女?」

「は?」

「仮にもだなぁ。年頃の女が男の部屋にずかずか乗り込んできて、あまつさえ恥ずかしげも無く布団を剥ぎ取るか?」

「だって新一じゃない。何を今更。」

「この寝乱れた姿を見てもなぁんも感じない訳?」

「はぁ?未だあんた寝惚けてるの?」

「・・・」

真顔で問い返されて、撃沈する新一。

端正な顔立ちに程良く鍛えられた均整の取れた身体だと自負があるのに。

ドキドキしているだとか見惚れているだとかという様子はおろか、うろたえたり頬を赤らめたりといった様子も無い。

いつも通り、それは即ち、新一を男としてはまったく見ていないという事なのか。

「黙りこんじゃってどうしたの?」

「オメー・・・本当に女か?」

悔しくてそんな憎まれ口を叩けば、すぐさまカウンターパンチが返って来る。

「ぼっさぼさで見苦しい頭に、ぼや〜っとした表情。それに、なぁに?子供みたいにボタン掛け違えちゃって。この姿の何処に何を感じろと言うのよ。第一新一こそ朝早くからこんなに魅力的な女の子がじきじきに起こしに来てあげたのに、ぼさっとしてちっともしゃきっとしないし、照れた様子も見せないでだらしない格好のまんまだし。本当に年頃の男の子なの?」

「・・・」

慌ててボタンを直し出した新一に、「どうせ着替えるんだから、脱いじゃえば?」だなんて言い置いて、蘭は立ち上がり今度こそ出て行った。

残された新一と言えば。

ボタンが幾つか外れて肌が露出した自分の上半身に目を転じ、がっくりと項垂れていた。

「・・・ど〜せ、魅了に乏しい推理バカだよ・・・」

少々被虐的になっていたとかいないとか・・・?









■ END ■



  

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