「遅いなぁ。」 園子は立ち疲れて痛くなった足休める為に壁に凭れ掛かる。 京極が一時帰国をする事になったと連絡をくれたのは、一昨日の夜だった。 電話越しの声を今もはっきり思い出せる。 「急に決まったものですから、連絡しようかどうか迷ったんですが・・・」 たったの3日しか日本に居られなくて、しかも自由になる時間が日本に到着した日しかないと告げられても園子は全然構わなかった。 生の真さんに逢える! 園子はもうそれだけで充分幸せなのだから。 嬉しくて待ち遠しくて昨日の授業は100%上の空だった。 親友の蘭は園子の舞い上がり様に苦笑していた。 園子が照れ隠し半分怒り半分で「笑いたきゃ笑いなさいよ!」と言うと、ふっと真面目な顔になって「人事じゃ無いから。」と言った時には園子も苦笑してしまった。 そう言えばあの時の蘭も相当凄かったっけ。 園子は思い出して一人クスクス笑う。 成田空港はそこそこの混雑で賑わっている。 京極の乗る予定の便は12時丁度着の予定だったが、天候の関係で大幅に遅れておりもう時計の針は3時を回ろうとしていた。 園子は二人で過ごす筈だった時間がむなしく通り過ぎるのにもぐっと我慢をして、ただひたすら京極を待った。 今日はお気に入りのワンピースを着て来た。 お気に入りのコロンも付けたし、お気に入りの指輪も付けた。 ちょっと位は綺麗だって思ってくれるかな? 園子だって京極がそんな事を言うような性格では無い事くらい解ってはいるがそこは乙女心と言う物だ。 そんな事をつらつら考えるだけで結構時間は潰せるし、うきうきした気分になってくる。 園子は時計と睨めっこしながら京極を待ち続けた。 人込みの中から京極をいち早く見つけた園子は大きく手を振って「真さーーん!」と叫んだ。 京極も気付いてこちらに駆け寄ってくる。 「園子さん、済みません。」 心底申し訳無さそうに京極が謝る。 しかし顔は謝っていると言うよりはかなり複雑な表情をしていて園子に不安を抱かせた。 「でも真さんなんか変な顔してる・・・」 「あ、済みません。」 京極は口を押さえて一瞬横を向くが、園子の顔を今度は頭を下げる。 「済みません。4時間も遅れたのでとっくに帰っているかと思って・・・」 園子はその表情や口調から冗談ではなく本当に京極がそう思っていた事を悟った。 胸の奥から言い知れぬ怒りが沸沸と沸き上がってくる。 悲しくて悔しくて寂しくて切なくて園子は目を潤ませた。 今にも泣き出しそうな園子の表情を目の当たりにして京極がぎくっと身を竦ませる。 「園子さんっ?どうしたんですか?」 「知らないっ!」 園子はそのまま体を180度回転させると出口に向かって後ろも見ずに歩き出す。 真さんの馬鹿馬鹿! 何で帰っちゃうなんて思うの! 私はずっとずーっと待ってたのに。 楽しみで仕方なかったのに・・・ 全然私の気持ちなんて分かってくれない無骨な侍なんてもう知らないっ! 「園子さん待って下さい!」 すぐ後ろから京極の声。 待ち焦がれていた電話越しではない声なのに園子は振り返れない。 その事さえ悲しくて涙が後から後からぼろぼろと零れてくる。 「園子さん!」 腕を痛いくらいの力でぐっと掴まれてそのまま強引に半回転させられる。 向き合った京極は園子が泣いているのを見て言葉を失った。 園子は泣き顔を見られたくなくて俯いてしまう。 「園子さん?」 真摯な声にほだされそうになって園子は細く息を吐く。 「4時間も待たせた事を怒って居る事は十分分かっています。」 でも・・と京極は低くぶっきらぼうな声で続ける。 「泣かれると困るんです。」 声に色濃い困惑が滲んでいる。 京極にとって園子は何が飛び出てくるかさっぱり分からないびっくり箱のような物。 今もどうして泣いているのか良く分からずに困っているのだ。 「真さんの馬鹿。」 園子は堪えきれない鳴咽と共に吐き出す。 目の前に居るのに我慢なんて早々出来る物じゃ無いのね。 園子は他人事の様にぼんやりと考えて京極の体にその身を投げ出した。 園子は力一杯京極の体に抱き着く。 ふざけて蘭と抱き合ったりするが、比べるまでも無く硬く弾力のある確かに男の人の体だった。 「ばかー。」 そのまま泣き出した園子の体を迷った末に壊れ物の様にそっと抱きしめた京極は園子が泣き止むまで遅れた事を謝り続けた。 「園子さん、許してくれますか?」 泣き止んだ園子と京極が肩を並べて歩いている。 「いや。だってちっとも真さん分かって無いんだもん。」 園子が怒っているのは4時間遅れた事ではなくて、「園子が待っていないと思った」京極の事を怒っているのだ。 そこの所がちっとも分かってない。 「園子さん。」 気を落とした京極が途方に暮れた声で呼び掛ける。 園子は足を止めずにすたすたと歩く。 「夜景の見える中華レストラン!」 「は?」 怒ったように振り向いて園子が詰め寄る。 「行くの?行かないの?」 「・・・行きます。」 「それから夜の公園を散歩!」 「夜?危ないですよ。何も見えないですし散歩なら昼間の方が・・・」 「行くの?行かないの?」 声を張り上げて園子は畳み掛ける。 そこでようやく京極は園子がその条件で許してくれようとしている事に気が付いた。 きりっとした眉が和む。 「・・・お供させて頂きます。」 そう答えた京極に園子はようやく心からの笑顔を浮かべた。 思い切って京極の腕にぎゅっとしがみつく。 「じゃ、行こう!」 園子は京極が何か言い掛けるのを遮って、前から京極と行こうと思っていたレストランに向かって歩き出した。 |