● 手の中の君 ●
 


金曜日の放課後青子と快斗は二人で学校の近くのデパートに買い物に来ていた。
親子連れやカップルでそこそこ賑わっているデパートの子供服売り場に直行する。
今日は男の子が産まれた数学教師へのクラスからのお祝いの品を代表で買いに来たのだ。
「別に快斗が付き合ってくれなくても良かったのに。」
「お前一人に任せるとろくな物買ってきそうに無いからな。」
「何ですってー!青子は快斗よりセンスは良いんだよ。そんな快斗に言われたくないなー。」
「良く言うよ。魚柄のパンツ穿いてるくせに。」
青子は瞬時に真っ赤になると右手で快斗の後頭部を無言で殴った。
甘んじてその攻撃を受けた快斗は予想以上の痛みに顔を顰める。
「お前思いっきり殴っただろ。スゲー痛いんだけど。」
「当たり前でしょ?ドスケベ!」
「あのなー。青子のパンツなんて今更見ても嬉しくも何とも無いんだよ。どうせなら美人なオネーサンのが見たいな。」
「最低。」
青子は腹立ち紛れに快斗を置いて先に店内に入ってしまう。
すぐさま店員が寄って来てあれこれと品定めを始めたのを横目で確認して快斗は店内入り口付近に有るおもちゃの棚を見る事にした。
嬉しくも何とも無いと嘯きながら、快斗は何故しょっちゅう悪戯と称して青子のスカートの中を覗いたりするのか?と言う事に青子は考えが及ばない。
そこの部分を一度でも考えてみれば快斗が青子に特別な感情を抱いているのが簡単に解る筈なのに・・・
快斗は青子の鈍さに呆れつつも、解ってしまえば壊れてしまうだろうこの友情とも愛情とも付かない幼馴染と言うぬるま湯があっという間に流れ出てしまうという事態が先送りになっている事に安堵を感じていた。
俺も結局臆病なだけなんだよな。
青子は天真爛漫で誰からも好かれる分、快斗は自分の特別に優越感を持っていた。
今のこの状態だけで十分に満足出来るなら無理に変わろうとする事は無いと思っているのだ。
青子は水色のベビー服に目を付けたようだ。
店員に進められるままじっくりと手に取って眺めている。
快斗は青子の方に近付いて手元のベビー服を覗き込んだ。
青子が小首を傾げて快斗の反応を窺っている。
「ふーん。青子にしては上出来なんじゃないのか?」
「一言多いんだから。」
快斗の言い草に文句を言いつつもこの洋服を選んだ事には賛意を得られて青子はお日様のような笑顔を浮かべた。
周りにいた人間が思わず笑顔になる魅力を持った青子の笑顔は威力が凄くてこの場でも、店員がつられて最高の笑顔を作る。
「これプレゼント用に包んで下さい。」
ベビー服を手渡しながら青子は店員に頼んだ。
「なんかあっけなく決まったな。」
店員の後ろ姿を見送って快斗が呟く。
「だから付いてこなくても良いって行ったのに。」
「時間有るなら俺自分の洋服見に行きてーな。丁度良いから付き合えよ。」
「何、その『丁度良いから』って。」
ぶつぶつ文句を言いながらも、綺麗にラッピングされたプレゼントを受け取ると快斗を促して紳士服売り場に向かう青子だった。
青子は向かう途中もあれこれディスプレイ等の感想を喋りながら歩くので快斗はまったく退屈しない。
青子の常に色々な物に興味を持ち観察して自分なりの考えを持つ所を密かに青子の長所と快斗は考えていた。
顔に違わぬ可愛らしい声で無邪気に話し掛ける青子は誰にでも好かれるが、それが故に誰かに特別に好かれると言う事は少ない。
みんな見る目が無いなぁと思うが自分にとっては都合の良い事なので沈黙を守っている。
快斗お気に入りのブランドの前で青子が立ち止まり目でここで良いんでしょ?と尋ねる。
快斗はこくりと頷いて店内に入った。
シーズンものの新作が並んでいる棚に近付き1枚手に取ってみる。
肌触りも良いしシンプルなデザインが結構気に入って、快斗は青子を振り返った。
「これどうだ?」
「早いなぁ。」
呆れ口調で隣に青子が並ぶ。
それから青子に店内を引っ張りまわされて試着を3回もやらされて快斗はへとへとになってしまった。
もちろん双方が気に入った洋服をちゃんと見つける事が出来たし、思わぬ楽しい時間を過ごす事が出来たので大満足であった。
日も暮れて辺りが闇の中に沈む頃に二人はデパートを出た。
「疲れたねー。今日は夕食何にしようかな?」
「おじさん今日は帰ってくるのか?」
「ううん。遅くなるって言ってたから午前様なんじゃない。」
何気ない口調の中に一抹の寂しさを感じ取って、快斗はこちらも何気ない口調で切り出す。
「今日俺んちカレーだから飯食いに来いよ。お袋喜ぶしさ。」
青子は体を半回転させると快斗の方を向いてお姉さんぶった表情を見せた。
「気にしてくれてるんだ?ありがと。でもお父さんにはご飯作ってあげなきゃ駄目だからさ。」
「そうか。」
無理には誘わず快斗は返事をする。
辛くなったら自然にSOSを出して欲しい。
そう考えるのは俺がガキだからかな。
快斗はいまいち強くも出れず、素直にもなれない自分が歯痒かった。
青子は片手にバッグを持ちもう片手にプレゼント用の大きな包みを持っていた。 快斗が持ってやると言っても、悪いからいいと頑として譲らなかったのだ。
広場に出る階段に差し掛かった時それまで穏やかに吹いていた風が突如強く吹き上がった。
青子の制服のスカートのすそが突風に掴まって大きく翻る。
「きゃあ!」
咄嗟に押さえようとも両手に持った荷物に阻まれて青子は何も出来ない。
階段の上に立っていたのでこのままでは階下の人達に丸見えになってしまう!
一瞬でそこまで考え青子は半泣きになった。
しかし青子の予想した事態は起こらなかった。
青子の代わりに快斗がスカートの裾を押さえたからだ。
押さえ切れなかったスカートの裾の一部が小さく翻る。
青子は快斗にすっぽりと横から抱きかかえられた格好で難を逃れた。
布越しに感じる大きな手が青子の心臓の導火線に火を付ける。
どうしよう。
バクバクいっている心臓と顔の火照りに青子は硬直してしまった。
一方快斗は自分の反射神経を自画自賛しながら、階下の数人の男の残念そうな顔を一瞥して、お前等に只で見せてやる程青子は安くねーんだよ、と心の中で舌を出した。
まったく油断も隙も有ったもんじゃ無い。
快斗は涼しい顔をして、独占欲を丸出しにしているのだった。
「凄かったなー。今の突風。ビル風か?」
「う、ん・・・あのそろそろ離してくれない?」
戸惑うような青子の声に未練を残しつつ青子を解放しようとする。
快斗の常人より精度の良い耳が青子のごく小さな声をキャッチする。
「快斗のエッチ・・・」
「悪かったなあー!人が親切にお前の代わりに押さえてやったってのに礼どころか非難されんのか俺は!」
耳元で当てつける様に言われ、まさか聞こえているとは思ってなかった青子はその身を小動物の様にびくつかせた。
「やだっ、聞こえてたの?」
「聞こえてるとも!じゃあ青子はあいつらに」
と言って顎で階段の下にたむろしている学生風の数人の男を指し
「パンツ見せても良かった訳だ。」
「そうは言ってないでしょ!」
青子が焦って抗議の声を上げた時またしても突風が吹き抜けた。
「快斗!」
未だ両手のふさがったままの青子は咄嗟に快斗の名前を呼ぶ。
快斗は内心満足げに、外面何でも無い様にスカートの裾を押さえる。
強くはためく風が青子のセミロングの髪を目茶苦茶に吹き荒らす。
鼻先を細い髪にくすぐられて快斗は楽しい気分になっていた。
こんな時にでは有るがちゃんと快斗の名前を呼ぶ青子が無性に愛しかった。
風が吹き去った後には、赤い顔をした青子としてやったり顔の快斗の姿があった。
文句を言った側から結局快斗に助けを求めてしまった青子は立つ瀬が無く快斗と目を合わせようとしない。
快斗はそんな青子の態度がおかしくて笑みが零れ落ちる。
「ほら帰ろうぜ。」
手を引いて歩き出すと青子が消え入りそうな声で言った。
「ありがと。」
「どういたしまして!」
快斗が堪えきれず笑い出す。
二人は並んで帰路に着いた。



 

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『愛してる』連作の快斗×青子編です。
風に翻るスカートの裾って私のツボなんですが、こんな私はおかしいでしょうか(笑)