「はぁー眠。昨日布団に転がり込んだん夜中の3時やで3時!ほんで今朝は日直で早起きなんてやっとられんわ、ほんま。」 「文句ゆーくらいなら捜査現場に首突っ込まんと大人しゅーしとけばいいんとちゃう?」 「それとこれとは話が別や。・・・あかん。ほんまに瞼くっ付きそうや。」 平次は生欠伸を噛み殺しつつ和葉といつもの時間より20分早く高校に向かっていた。 和葉は今日日直ではないのだが、平次が「明日は早よ行くから」と昨日告げるとあっさり「ほな20分前にいつもの場所でな」と返事をし結局一緒に登校する事になったからだ。 平次は横目で眠そうな様子の全然無い和葉を見ながら、こいつ何考えてんだかと思う。 小学生じゃあるまいし何がなんでも一緒に登校せにゃあかんっちゅー訳でも無いのになんで俺に付きおうてんだか。 平次を知る人間が10人中10人口を揃えていう平次の欠点は「事件以外の事に鈍すぎる」という事だ。 その為この「なんで?」という疑問はそれ以上突っ込んで考えられる事無く平次の頭から綺麗さっぱりDELETEされてしまう。 和葉はその平次の鈍さを愛しく思いつつも、「これ工藤君やったら私が平次の事好きやってすーぐ気付いてしまうんやろなぁ」といつも考えてしまう。 ほんま鈍いんやから。 和葉は平次の隣を歩きつつ、東京に居る高校生探偵とそのガールフレンドの事を考えていた。 その為足元に真新しい沿堰が有る事に気が付かなかった和葉は右足を思いっきり引っかけてしまった。 「あっ!」 ポニーテールがふわりと宙に舞う。 あわや右肩から地面に激突という所で左から伸びてきた腕に乱暴に救い上げられた。 頭の上から盛大な溜め息。 「何ぼーっとしてんのや。あほ。」 和葉は恥ずかしさと悔しさからやけくそ気味に言い返す。 「アホちゃうわ!ちょ、ちょっと考え事してたからや。」 「ほーほー。考え事ねぇ。」 「いい加減離してや!このスケベ!」 和葉のウエストに回ったままの平次の腕が気になって和葉は闇雲にその腕に爪を立てる。 「痛っ!爪立てんな、痛いやろが!」 平次はぶーぶー文句を言いながらようやく和葉から腕を離す。 和葉は真っ赤になった頬を包み込むように手の平で隠しながら足早に平時の前を歩く。 ドジやって助けられた上にこんな顔見られるなんて絶対嫌や! いつもは勝ち気そうにすっと伸びている眉が弱々しく寄せられ伏し目がちな瞳が和葉をこの上なく可愛く見せている。 和葉の思いとは裏腹にその表情をばっちり目に収めていた平次は、良いもん見たなぁと和葉に見られていない事を良い事に一人笑み崩れていた。 「どうしたんや?和葉。」 先に行っていた和葉が途中で立ち止まってじっとしている。 平次が和葉に追い付き顔を覗き込むと和葉は悔しそうに言った。 「足挫いてしもたみたい。」 「・・・あほ。」 「アホちゃうわ!」 和葉は痛い事よりも悔しい事の方が重要らしく、しきりに平次に突っかかる。 平次は和葉の言い訳を右から左に聞き流しつつ、和葉の足元にしゃがみこむと右足首を掴んだ。 「きゃっ!」 和葉が嫌がって逃げを打つ前に足の具合をざっと見た平次は何事も無かった様に立ち上がり溜め息を吐いた。 「歩くの痛いやろ?」 「痛くなんかないわ。これ位平気やもん。私ゆっくり歩いて学校いくから平次先行って。」 和葉はあくまでも強がってみせるつもりらしい。 言い出したら聞かない性格はお互い様の幼馴染は本日3度目の溜め息を吐いた。 「あほ言うな。無理に決まっとるやろ。明日歩けんようになるぞ。」 「3回もアホ言うたね!許さんよ平次!」 「しゃーないやん。ほんまの事やし。うだうだ言っとらんではよおぶされ。」 「! 嫌や!絶対嫌!」 和葉は背中を向けた平次をポカスカと殴りまくる。 ちっとも痛くない和葉のささやかな抵抗に平次は「押したらイケル」と確信した。 「俺日直なんやで。はよ行かんと遅刻するわ。」 「・・・やっぱ嫌や。」 「何が嫌なんや?」 和葉は頬を赤くして俯いた。 黙っとれば2倍は可愛い女子に見えるんやけどなぁ。と昔遠山のおじさんが言っていた事を思い出した平次は心中「2倍やのうて3倍や。」と訂正を入れた。 「・・・やもん。」 「は?聞こえへんわ。」 「・・・パンツ見えてしまいそうやもん。」 「・・・・」 余りに意外な返事に平次は絶句した。 言われてよく見れば夏服のセーラーのスカートは短く、確かにおぶったら見えてしまうかもしれない。 「それは困る。」 意味も無く力強く頷いた平次は(意識していない所がミソ)、それやったらと夏服のシャツを脱ぎ出した。 「ちょっ、な、何してんねん!」 目の前でシャツを脱ぎ出した平次を和葉は慌てて止めに入る。 小さな頃から見慣れているとはいえ、近年学校のプール以外で平次のセミヌードを見た事の無い和葉はパニックになった。 ちょっと待ってや。嫌やいきなり。こ、心の準備も出来てへんのに・・・! 和葉は半泣きの心境で目を逸らす。 目を逸らす寸前に見えた、薄らと筋肉のついた二の腕が目に焼き付いて離れない。 平次は和葉の心境などお構い無しに黒いタンクトップ一枚になると、そのシャツを和葉に手渡す。 無理矢理手に持たされたシャツに目を落とし、平次の方を見ないで和葉が尋ねる。 「これどうしろっていうん?」 平次はカラッと笑って言った。 「ま、パンツ見えへんように膝に掛けとき。んじゃ行くか。」 平次は予告も無しに和葉を救い上げるように抱き上げるとそのまますたすたと通学路を歩き出す。 突然の出来事に頭が対処しきれていない和葉は、それでも乙女の本能で見えそうな膝の辺りを言われた通りに平次のシャツでガードする。 「まだ早いからそんなに生徒に見られんで済むわ。良かったな、和葉。」 のんきな平次の声を聞きながら和葉はようやく現実を認識し始めていた。 しかし時既に遅く、今更降ろせとも言い難く和葉は結局学校まで抱き上げられたまま連れて行かれる事となった。 おそらくこの先一生、今日この日の平次の腕の力強さとぴんと伸びた背筋を忘れないだろうと和葉は思った。 |