*百の口から出でる百の噂*


退屈な歴史の授業がようやく鐘の音と共に終わり、平次はふわあと欠伸を漏らした。
辺りを見回すと、半数以上の者が近代社会史を子守り歌代わりに居眠りしたていたらしく似たような情景が見られた。
「平次!昼どうするん?」
可愛らしいお弁当を片手に和葉が机の前に立つ。
「どうすっかなー。」
「今日は弁当持って来とらんの?」
「おかん旅行行っとるさかいなあ。学食にでも行ってくるわ。」
面倒くさそうに席を立ち教室から出ようとした平次の腕をがしっと掴み、和葉は自分の方へ引き寄せた。
内緒話をするように小さな声で言う。
「それやったらちょっとうちに付き合いな。」

「何や改まってこんなとこ連れて来よって。」
屋上の古びたフェンスに寄り掛かりながら平次は和葉に尋ねた。
和葉はテキパキと持って来た鞄の中から何やら巨大なタッパーを取り出し、フェンスの縁に並べた。
興味を覚えた平次が中を覗き込むと色とりどりの歪な形のおかずが入っていた。
「何やこれ。お前作ったんか?」
「そうや。」
「・・・食えんのか?」
和葉は無言で平次の腹に手刀を入れる。
「げっ。おまえなあ、少しは手加減せえよ。そんな乱暴者じゃ嫁の貰い手無くなるぞ。」
「あんたにだけは言われとうない台詞やな。」
じと目で睨む和葉にひらひらと手を振り平次はお行儀悪く手でから揚げを摘んで口に放り込んだ。
「結構イケルやん。これ。」
平次が意外そうな表情で告げると、和葉は腰に手を当てむすっとした表情になった。
「素直に『おいしい』って言えへんの、あんたって男は。」
それから二人で和葉の作ってきた弁当を食べながら、クラスの連中の噂話に花を咲かせる。
弁当箱が綺麗に空になった頃、満腹になったお腹を満足そうにさすり平次は和葉の差し出したお茶を礼を言って飲んだ。
「はあー、よう食ったわ。ごちそうさん。」
「ところで平次。最近自分の噂って聞いた事ある?」
和葉も同じようにお茶を飲みながら平次に尋ねる。
「噂ぁ?あんまし聞かへんなあ。最近は事件解いてもあんま騒がれん様になったし。」
「なんか変な噂たっとるで。」
「どんなんや?」
平次が不思議そうに聞き返すと和葉は視線をあらぬ方向に飛ばして淡々と語り出した。
「服部は最近東京に良く行っとるなあ。そりゃお前、東京に女作っとるんじゃ。何でも『工藤』っちゅう女らしいで。いややわ、高校生なんに不潔やねえ。
いやいやあいつも世間一般じゃ有名人。周りがほっとかんのじゃろ?羨ましいわあの野郎。一人くらいこっち回せ。」
「ちょー待てや!」
まだまだ続きそうな気配の噂話をばしっと遮り平次はウンザリとした声を出した。
「その出鱈目は一体何処から流出しよるんじゃ?」
和葉は微妙に視線を逸らし「何処からやろなぁ」と呆けた声を出す。
平次はそんな和葉のリボンをぐいっと引っ張って「お前しかいないだろーが!」と怒鳴りつけた。
「いや、うちも最初は軽い気持ちで友達に話してしまっただけなんよ?それがあれよあれよと言う間に尾鰭がついてしまいよって。」
あーあと和葉が溜め息。
「こんなんなってしもたんや。」
「溜め息つきたいのはこっちや、ボケ。」
まずい、まずいぞ。
工藤の事は絶対秘密にしとかなあかんのにこんな形で噂になるのは非常にまずい。なんとかせんとなぁ。
平次は強い口調で元凶たる和葉に釘を指した。
「もう余計な事言うなよ?噂は自分で何とかするわ。」

翌日。
平次は和葉に昨日と同じように昼休み屋上に連れ出された。
昨日と同じようにカラフルなおかずが並べられ二人フェンス縁に座って弁当を食べる。
「結構イケル弁当やったわ。ごちそうさん。」
「平次、うち変な噂聞いたんやけど。」
和葉が重苦しい声で切り出す。
「へえ、思ったより噂の伝達速度って速いんやな。」
平次が意外そうな声を出す。
その様子は何ら後ろめたいとも恥ずかしいとも、まして何か裏が有るような策略めいた所も無い。
こん男は分かっとるんやろか?
「どや?もう工藤のくの字も出てこなくなったろ?」
「確かに工藤君の事はもう出てこないけどな・・・」
「ははっ。完璧な計画やったな。これで安心や!」
朗らかに言う平次に無性に腹が立って和葉は持っていたタッパーで形の良い後頭部を力一杯はたいた。
スパーン!と実に良い音が鳴り、平次は頭を両腕で抱え込んでうめいた。
「何しよるねんっ!」
涙目になって上目遣いに睨むと和葉はばっと立ち上がり拳を握り締めて捲くし立てた。
「それはこっちの台詞や!平次!あんた何したん!」
「何って噂の修正や。」
一人うんうんと頷く平次を呪い殺しそうな目で睨み付け和葉は違うやろ!と声を張り上げた。
「何が違うねん?」
「なんでうちが平次と東京行った事がばれてんねん!」
「? 隠しとったんか、和葉?」
不思議そうに首を傾げる平次にこの鈍感!と叫びたいのをぐっと堪え、和葉はこっくりと首を縦に振った。
「あんなー。気付いとらんようやからはっきり言うけんど、世間一般じゃあんまり高校生二人で東京には行かへんのや。」
「なんで行かへんねん?」
「近くやったらともかく東京は遠いやろ?しかも日帰りやのうて泊りやし・・・」
「ふーん。ま、でも俺らは普通じゃ無いしな!」
「誤解を招くような言い方はやめ!」
西の高校生探偵として活躍するこの超鈍感男はそう言って話を早々に切り上げようとしたが和葉はそれを許さなかった。
今朝和葉は友人に耳打ちされて、噂が何時の間にか平次と和葉が旅行に行った事がメインになっている事を知った。
『工藤』の名が人の口に上らない様になれば何だって良いらしく目的の為には手段を選ばずのやり方は一夜明けてとんでもない方向に転がっていたという訳だ。
「あんたがその調子で噂塗り替えたからえらい事になっとるわ!この馬鹿!」
「馬鹿とは何じゃ馬鹿とは。」
「じゃかぁしいっ!」
気迫の一発で反論する平次を黙らせる。
「なんでうちが、その、平次と・・・」
言いにくそうに言葉を切る和葉を平次が目線で続きを促す。
この男ははっきり言わんとどうせ気付かんのやし、と覚悟を決めて喋る事にする。
「婚前旅行だとか駆け落ちだとか結婚報告の挨拶回りだとか言われなあかんねんっ!もう、うちがなんぼ違ういうても誰も聞いてくれへんし、思いっきりからかわれるし訳知り顔で見当違いな事言われるし散々や!」
「そんなん言われてんのか。」
肩で息をする和葉といつも通りの平次。
和葉は何だか一人相撲をしている気分になった。
そんな噂が流れても気にしないという事は、和葉の事を本当に幼馴染としてしか考えていないという事の証明なのではないだろうか?
独りでムキになって噂を否定して回っているのが無性に悲しい。
「まあ『人の噂も75日』ゆうし、そのうち忘れられるさかい気にすんな。」
「・・・・そうするわ。」
既に気力も無い和葉は脱力して力無く同意した。

翌日。
噂は更にとんでもない方向に走り出していた。
平次が毛利小五郎に弟子入りする事になっていたり、大阪府警と警視庁が合同捜査している何事件に平次が容疑者として浮かんだとか、果ては首都が東京から大阪に移転するだの宇宙人侵略を阻止するだのもう収集のつかない事態になっていた。
既に工藤のくの字も和葉のかの字も無い。
和葉は人知れずほっとした。
しかし三度昼休みに連れ出した平次の口から意外な事実が分かった。
「ああ、あの噂?今度は工藤の事も和葉の事も出てきてないやろ?今度は完璧や。」
「嘘。平次がやったん?」
「おお。なんやお前気にしとったみたいやからなぁ。」
「・・・おおきに。」
和葉は素直に礼を言う事が出来た。
この鈍感な幼馴染はこういう所には滅法気が回るのだから油断ならない。
和葉の安心した笑顔を見て平次が満足そうに言った。
「真実は百の噂に隠されるっちゅう事で、一件落着やな。」
そしてぱくりと和葉の作った卵焼きに齧り付いた。


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*百の口から出でる百の噂*後書き*  

7番目の作品。
そして禁断の平次×和葉。
結果は玉砕しました。
へっぽこ大阪弁が満載のへなちょこストーリーとなりました。
書きたかった事は単純に、
『鈍感平次とやきもきする和葉』だったんですが・・・
まあ高校生アイテムの弁当と屋上が
書けたので私的には良しとします。