* ミステリー作家のミス *


「この浮気者ーっ!!」
来訪者が部屋を出て行った途端有希子の怒声が部屋中に響き渡った。
事前に其の事態を予知していた優作は両耳に手を押し当てて威力を軽減させた。
ここはアメリカに有る某有名ホテルの一室。
今夜はこのホテル御自慢の大ホールにて開かれた工藤夫妻旧知の友人の祝賀パーティに二人は出席していた。
宴もたけなわだというのに超多忙なミステリー作家たる工藤氏は、この部屋でつい先程まで雑誌社の編集と次回作の打ち合わせを行っていた。
そしてこの事態である。
「誤解だと言っているだろう?」
落ち着き払って話し掛ける優作の言葉に被さるように有希子のマシンガントークが始まった。
「なっによエラソーに!何が誤解だって言うのよ!私がこの目でちゃんと見たんだから誤解なんて訳無いでしょ?」
有希子は優作の前に仁王立ちになって全身に殺気を漲らせている。
「大体怪しいと思ってたのよ!キャッシーだかキャサリンだか知らないけど、『私の大ファンだそうだ』とか白々しく言っちゃって、馴れ馴れしく腕とか組んでんじゃ無いわよ!あーやだやだ!公衆の面前で恥ずかしくないの?貴方は!第一先週の金曜日だって私に内緒で逢ってたんでしょ!知ってるのよ私は!さあ、白状しなさいよ!」
悠々泰然と聞いていた優作は、有希子の最後の台詞に疑問を抱いた。
「誰から聞いたって?有希子?」
「誰だって良いでしょ!私にだって独自の情報網が有るのよ!何よ!やっぱり逢ってたんじゃないの!!」
有希子は優作の口から肯定の言葉が出た事に愕然となって悲鳴じみた声を上げた。
良く見ると有希子の瞳は潤み指先はきつく握られている。
相当信じてるな、これは。と優作氏はこれらの事を観察して推理した。
「有希子。それは偽情報だ。」
「ふざけないでよ!なんでMr.ロジャーが嘘なんて付くのよ!いい加減な事言わないでよ、馬鹿!」
有希子の口から疑惑の人物の名前が飛び出て、優秀な探偵でもあるミステリー作家は心の内で『こん畜生』と吐き捨てた。
「ちょっと私の話を聞きなさい。」
「絶対嫌!優作がそういうつもりで居るなら私だって浮気してやる!」
「ちょっと待ちなさい。」
其れではかの人物の思う壺でしょう。と心の内で付け加えて、優作は半ばヒステリーを起こしているじゃじゃ馬をどう宥めたものか考えを巡らせた。
その間にも有希子は滑舌良くぽんぽん言葉を投げ付けてくる。
あなたより○○さんの方が格好良いだの、××さんは優しいだの、まあ良くも考え付くものだと感心する優作だった。
優作はこの手が一番とばかりに大股で有希子に近付くと、その手を強く引っ張った。
いきなり天地が逆転して、気が付けば鈍い痛みと共に床の上に押し倒された有希子は、猛烈に抗議しようとした。
しかし、その点では優作氏の方が一枚上。
手早く有希子の両腕を押さえつけ、体重を掛けないように馬乗りになるとその唇を自身のそれで塞いだ。
部屋が静寂に包まれる。
赤く充血していくふっくらとした唇に角度を変え何度も口付ける。
最近オーバーワーク気味でちっともソウイウコトが出来なかった優作はつい夢中になってしまった。
その為部屋の片隅で微かな気配がした事に気が付かなかった。
「わあっ!」
第3者の慌てた声が静寂を突き破った。
甘い陶酔から引き摺り下ろされた工藤夫妻が声のした方に同時に振り向くと、何とそこには先程退出したはずの編集者が居たたまれない様子で立っていた。
「・・・どうしたんですか?」
その場で固まった3人の内一番立ち直りが早かった優作が口を開くと、編集者は泣き笑いでこう言った。
「鞄を。忘れてまして・・・」

この実に不幸な編集者は、部屋を退出してドアを後ろ手で閉じようとした瞬間に鞄を椅子の上に置き忘れた事に気が付きもう一度部屋に入って来ていたのだ。
しかしその時にはもう二人の言い合いは始まっていて、声を掛けようにも掛けられずドアの前で小さくなっていたが、ようやく静かになったので声を掛けようとしたらしい。
今度こそ本当に編集者が退出した後、有希子は優作浮気疑惑など綺麗さっぱり忘れてしまい、あの編集者が変な噂を流さないと良いけど、などと心配する事で頭が一杯になっていた。
優作の方は、Mr.ロジャーが有希子に偽情報を教え疑惑でぐらぐら来ている隙にあわよくば付け入ってやろうとしていた事をちゃんと覚えていて、後日きっちりと落とし前を付けた事は言うまでもない。
やはり優作氏の方が1枚上であった。

▲Go To PageTop   ▲Go To Back
*ミステリー作家のミス*後書き*  

5番目の作品にして
初めて新一×蘭以外の話になっています。
新一パパ×ママの話なんですが、
あんまり練れてなくて済みません。
読んでも話のオチが分かり難いと
思いますがそこは皆様の推理力で
カバーしていただけたらと思います。
優作氏はもう少しクールな感じだと思うのですが、
書き進む内に修正不可能になってしまって
そのまま終わらせました。(泣)
今後精進します。