* 階段の神様は××× *


外は良い天気だ。
空は青いし入道雲は気持ち良いくらい真っ白で若い二人を外に誘っているようだ。
新一は隣の人物をちらりと横目で盗み見た。
先程から規則正しく聞こえているシャーペンが紙の上を走る音。
蘭は外になど毛程も興味が無いのか真面目に課題に取り組んでいた。
「蘭、後どの位だ?」
「んー。レポート用紙一枚分って所。そっちはどう?」
言われて新一は目の前の課題に目を落とす。
心此処に在らずといった不真面目な態度で挑んでいたにしては結構進んでいたらしく(内容は別として)新一の方も後少し頑張れば終わる程度だった。
その旨を告げると蘭は嬉しそうな表情を見せ、「これ終わったら買い物に行こう!」と、張切って続きに取り掛かった。
新一も今度は真剣に取り組み出したので、リビングには話し声が絶え外の喧燥のみが聞こえていた。
「んー思い出せない。新一教科書見せて?」
「俺の部屋の鞄の中。勝手に取って来い。」
微妙な言い回しに悩んでいた新一はさらっと蘭の言葉を聞き流し適当に返事をした。
「はーい。」
蘭が席を立ちリビングから出て行った時ドンピシャな表現に思い付き、新一は一気に頭がクリアになった。
「終わった。」
そこで隣に蘭がいない事に気が付いた新一はつい数秒前に交わした会話をリプレイした。
なんか教科書取りに俺の部屋に行ったんだっけ?・・・あ?俺の部屋?
「ってマズイじゃねーかっ!!」
新一は椅子から跳ね起き脱兎の如くリビングから飛び出した。
階段にたどり着くと蘭はまさに部屋のドアに手を掛けていた所だった。
「ちょっと待てっ!」
焦って張り上げた大声にびくっと動きを止めた蘭は階下に居る新一に気が付いて不思議そうに声を掛けた。
「どうかした?」
「いいからちょっとこっちに来い!」
「一体何?」
蘭は別段疑問も感じずに階段を降りてきた。
新一ははずみで部屋に入られずに済んだ事を心底神に感謝した。
やばかったーっ!
安堵があからさまに顔に出た事がまずかった。
長年の付き合いで経験値を積んでいる蘭はその表情を見て階段半ばでその歩みを止め、ははあん、とにんまり笑った。
「部屋に入られたくないんだー?」
このまま誤魔化せると思っていた新一は思わぬ展開にぐっと詰まった。
蘭は悪戯っぽい微笑みを浮かべ体をくるりと半回転させまた階段を登ろうとした。
ぎょっとした新一はそうはさせまいと目の高さにあった蘭の足首をがっと掴んだ。
「きゃっ、何するのよ。」
蘭は急に足を掴まれた事に驚き、新一は階段に乗り出した所為で蘭のスカートの中が半ばまで眼前に晒された事に驚いた。
「そんなに見られると困る物が有るんだ?やっぱり見るなと言われると見たくなるのが人の子だよね。」
「おまえ意地が悪いぞ!諦めて降りて来いよ。んな事言うなら教科書見せねーぞ!」
「勝手に見るから良いよ。」
「あ、てめっ・・・」
あくまで階段を登ろうとする蘭と其れを防ごうとする新一が暫く攻防していたが、結局勝負は新一の一言で決まった。
「黙って降りて来ねーとスカートめくるぞ。」
蘭はあまりの幼稚な脅しに絶句し、新一ならやりかねないと渋々階段を登ろうとするのを諦めた。
その間に新一は蘭のいる段の手前まで登ってきて足首ではなく手首を掴んだ。
「信じられない。小学生並みのの脅し文句じゃない。」
すとんっとその場に腰を下ろし両頬に手を当てた蘭は上目遣いで新一を見上げた。
重々承知していた新一は腰を屈めて蘭と目を合わし「悪かったなー。」と膨れっ面で言った。
蘭は至近距離で覗き込まれて、その視線の強さに目をぎこちなく逸らせてしまう。
つい先刻まで馬鹿な会話してたのになんで急にこんな雰囲気になっちゃうのかなー?
蘭は急に訪れた甘い雰囲気に付いて行けずにそわそわしてしまう。
新一の切替の早さにまだまだ慣れない蘭に構わず、蘭の脇に手を付き膝で階段を乗り上げ新一は下から触れるような小さなキスをした。
ふわっと桜色に染まる耳朶が愛しくて、新一はもう一度唇を寄せた。

「ただいまー!新一居るー?」
有希子夫人の声。
突然の両親の帰宅に、新一の中に辛うじて残っていた高校生らしい羞恥心と罪悪感が反応した。
「きゃーっ!」
ズダダダダーッという大音響と糸引く女性の悲鳴。
帰宅早々とんでもないハプニングに迎えられた工藤夫妻は荷物を置くのもそこそこに家に駆け込んだのであった。

* おまけ *

何故新一は自分の部屋に蘭を入れなかったのか。
其れを語るには数日前に新一が受けた依頼の話をしなければならない。
依頼内容は1ヶ月前に転校してきた男子生徒の黒い噂の真相を探り、証拠写真を押収して欲しいというものだった。
証拠写真とはその男子生徒が悪事を働いている現場の写真ではなく、その男子生徒自身が密かに撮り溜めているという写真の事だ。
どっちかと言うと推理よりも腕っ節の強さが必要な依頼内容だったにも関わらず、新一が受けたのはもちろん思う所有っての事だった。
結論から言えばその男子生徒は"クロ"で、こんな事でも無ければ日の目を見る事の無い数百枚の証拠写真を押収した。
その証拠写真はそのまま依頼人である数人の女性徒に右から左へ渡してあったが後日"報酬"として新一の手元に十数枚の写真が渡された。
新一はその写真を昨夜机に広げたまま就寝してしまったので蘭を部屋に入れる事が出来なかったのだ。
写真の一例を挙げると。
良くもまあ頑張ったと絶賛されるであろう絶妙な角度から撮った階段下からの写真。
犯罪行為が明らかな女子更衣室内の写真。
新一でさえ滅多に拝む事の出来ない男心をくすぐる愛らしい笑顔の写真。
これらを昨夜見ながら、新一は件の男を闇討ちしようかと真剣に悩んだが、2組合同の体育の授業で憂さを晴らす事で我慢する事にした。
(どうでも良いがこの先この男は体育の授業の度に生傷を負う事になる。合掌。)
そして今度はこの写真の今後の隠し場所に付いて悩む新一であった。



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*階段の神様は×××*後書き*  

4作目の小説です。
この頃になると会社で書くスリル(?)にも慣れ、
見つかってももう良いやと言う気楽な気持ちで書けました。
(↑社会人として間違っている)
この作品は階段の出てくる話が既に2本書き終わっていたので
どうしても三部作として出したい!と思って無理矢理捻り出した話です。
作中で新一が足を掴むシーンが有りますが、
多分スカートの中見えてます(笑)
最後に滑り落ちるのは、やっぱり天罰でしょう!
という作者の意地悪な気持ちによって決定しました。
安らかに成仏して欲しいです。