* 階段の神様は意地悪 *


その日二人は久し振りに映画を見に行こうと計画を立てていた。
どうせ見るなら迫力の大画面だよなっ、などと新一が言うので郊外の大型シネマまで遠出をする事になっていた。
「急げよ。このままじゃ初回逃すぞ。」
「分かってるってば!」
軽く言い合いながらも二人は楽しみな気持ちを押さえ切れずに自然笑顔で駅の階段を登っていた。
休日の朝、駅は行楽に行く客でそこそこ混んでいた。
映画見てランチして買い物して俺んちで夕食、っと完璧じゃん。
新一は今日の予定をざっとお浚いして、にやっと笑った。
夕食は新一のリクエスト通りに蘭が作ってくれるだろう。
夕食の後「帰りたくない。」などと蘭が言ったらどうしよう。へへへ。いややっぱりここは一度は帰れって言うべきかな。いやいやしかし・・・
服部あたりが聞いたら「自分、頭大丈夫か?」などと言われそうな実に下らない事を考えていた所為で、新一は反応が遅れた。
「きゃっ・・・!」と言う蘭の声と誰かの「危ない!」と言う悲鳴じみた声が新一の背後で上がった。
「何?!」
ばっと振り返ると蘭が小柄な年老いた女性を抱えて手すりにかろうじて掴まっているのが目に飛び込んで来た。
すぐさま駆け寄って蘭をその抱えている女性ごと抱え起こす。
どうやら蘭の前を歩いていた老女が階段を踏み外し蘭に向かって落ちてきたらしい。
すぐ側にいた連れらしい男性に女性を預け、蘭の腰を持ち上げて階段に立たせてやる。
蘭の位置から階段の下までは相当な距離があって、ここから滑り落ちたら只では済まなかっただろう。
今更ながらに新一はぞっとして蘭の顔を心配げに覗き込む。
「大丈夫か?どっか打ったりしなかったか?」
突然のハプニングに多少青ざめた顔をしているものの、新一を安心させる為かふわりと笑顔を浮かべ蘭は新一を見た。
「何か足捻ったみたい。」
「酷く痛むのか?」
「ううん。多分軽い捻挫だと思う。1日で治っちゃうようなやつ。」
空手をやっている為この様な小さな怪我をしょっちゅうやっている蘭は、これ位何でもないよと隣で心配そうにこちらを伺っている老夫婦にも聞こえるように言った。
それから今度は新一にしか聞こえないような小声で、「いつまで触ってるのよ」と恥ずかしさを怒りで誤魔化すように腰に未だ宛がわれたままの新一の手をぱしっと叩いた。
新一は内心ちぇっと舌打ちしつつ、蘭に言われた通りに手を離した。
幸い女性に怪我はなく、ひたすら恐縮する女性と感謝する男性と別れ二人は目的の電車に乗る事が出来た。
目的地へと近付くに連れ蘭の口数が減ってきた。
どうも様子がおかしい。
新一はその観察眼で難なく蘭の先程の自己申告が老夫婦を気遣って軽くされていた事に気づいた。
こいつはっ・・・!
蘭の性格からして仕様が無いとしても俺には本当の事言えよな!
「らーーん」
内心ムカッと来ているのを如実に声に表しながら新一は逃げかかる蘭の体をがしっと掴んで正面を向かせた。
「で、本当はどのくらい痛いんだよ。」
蘭は観念したのか、ぷうっと頬を膨らませてなんで分かっちゃうかな?と独り言を言っている。
耳聡く聞きつけた新一は、「探偵を舐めんな。」と言い返した。
蘭の左足首は熱を持って腫れてきていた。
「映画は2回目で良いから駅着いたら薬局行って湿布買うからな。」
「ごめんなさい。」
はあっとこれ見よがしに溜め息を吐いた新一にシュンとして蘭は謝った。
その様が心臓に直撃するほど可愛かった為新一は怪我の功名?などと自分が怪我した訳でもないのにずれた事が頭に浮かんだ。
目的の駅に到着して、蘭の腕を支えて電車を降りる。
只それだけの事にもかなり辛そうな表情をした蘭に新一はうーんと唸って暫し悩んだ。
まあ、悩んでもしょうがないよな。やっぱこれが一番蘭には楽なはずだし。
「蘭。」
えっと振り向く暇も無く新一の肩に手を掛けて立っていた蘭は、背中とひざの裏に伸びてきた新一の腕に軽々と持ち上げられてしまった。
「嘘っ!」
蘭は公衆の面前でお嫁さん抱っこをされるという余りに恥ずかしいシチュエーションにじたばたと暴れ出した。
近くを通り過ぎた男性の囃し立てる声や、遠くで鳴らされる口笛に蘭はますます居たたまれない気分を味わう。
「やだやだっ!恥ずかしいから降ろしてよ!一人でも歩けるってば!」
「この期に及んでそういう事言うか、おまえは。」
暴れる体を落とさないように気を付けながら、新一は明後日の方向を見ながらぼそっと呟く。
「下向いて顔隠してろよ。恥ずかしくねーだろ。」
怒ったような素っ気無い声に蘭は暴れるのをやめ、悪いのは私だし迷惑掛けちゃったからな、と考え直した。
さすがにそう考えると済まない気持ちで一杯になり、言われた通り大人しく新一の首に両腕を巻き付けその間に顔を埋めた。
新一の首からは仄かな熱とコロンの匂いがして蘭の気持ちをどきどきさせた。
蘭を支える新一の腕は力強くて、規則正しく揺らされる心地よさに蘭はうっとりと目を閉じた。
階段を降り切ったらしい振動を感じちょっとだけ顔を上げた欄は目の端を掠めた桜色のものに気が付いた。
「?」
もう少しだけ顔を上げると目に飛び込んできたものは新一の耳だった。
桜色に染まった新一の耳が意図するもの・・・
新一も恥ずかしいんだよね。
こういうのってやられる方よりもやっている方が恥ずかしいのかも。
そこを蘭の為にぐっと堪えてくれているという事実に蘭はとても嬉しくなってしまった。
こんな些細な所にも新一の優しさが隠れていて、それを見つけた喜びに胸が熱くなる。
蘭はふと悪戯心を起こして目の前の新一の耳の端に羽の様な軽いキスを贈った。

新一は危うく蘭を落としそうになった。



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*階段の神様は意地悪*後書き*  

会社であまりに暇な為書き出した小説1作目。
書きたかったのはズバリ!『お嫁さん抱き』でした。
それを書く為にシチュエーションを考えたので、
取って付けたような展開になっています。
最初題名を『さくら』にしようと思ってたんですが
(新一の耳が桜色に染まる話だから)、後に階段三部作に
しようと思い今の題名に変えました。