今日の獲物は、前世紀とある姫君の胸元を飾ったと言い伝えられている南国の海のようなエメラルド。
宙を舞う白いマントは一分の隙も無いと思われた万全な警備をかいくぐり、呆気ない程簡単に其の至宝の宝石を盗んで行った。
「待てーっっ!キッド!!」
もはや其の影も無い空間に空しく響いているのは中森警部の声。
怪盗キッドは今日も健在だ。
そう言えば最近白馬が出て来ないなぁ?
楽勝ムードが漂う最近の盗みに何だか危惧を抱いた快斗は、其の理由の一つに思い至った。
英国帰りの名探偵は日本でも持て囃されていて、其の依頼は後を絶たないのだろう。
忘れられた形のキッドは嬉しいやら悲しいやらの複雑な気分だ。
いくら気を付けてもこんな調子では気も緩んでくる。
其の油断こそが危険だと熟知している快斗は、改めて気を引き締め直す。
快斗は眼下に小さな灯火を収めながら明日の授業の事などつらつら考えていたが、思考の隙間にするりと青子の姿が浮かんだ。
あいつ、もう寝てるよな?
快斗は暫く悩んだ後、進路を中森邸へと変更した。
「お邪魔しまーす。」
自分の耳にしか聞こえないような小声で快斗は部屋の主に断ると、窓からそっと青子の部屋に侵入した。
ぐるりと室内を見回してついこの前見た時と変わりの無い事を見て取る。
最後にベッドに眠る青子に目をやると、ぐっすりと眠っている事が窺い知れる深い呼吸音と共に薄い胸が上下するのが見えた。
「今日も良く眠ってるなぁ。・・・当たり前か。いま夜中の1時だもんな。」
快斗はモノクルの細い紐が青子を起こさない様に、手で押さえながら可愛らしい寝顔をじっくりと鑑賞する。
寄ると触ると憎まれ口しか叩いてくれない唇も今は閉じられていて、まるで目覚めの口付けを待つ姫君のそれのようだった。
自分達以外に誰も居ないと分かりきっている室内だというのに、左右を見回して確認する。
それから快斗は手慣れた様子でそっと青子の唇に自分のそれを重ねた。
ピピピピッ・・
手探りで目覚し時計のベルを止めた快斗は、勢い良く布団を跳ね除けると猫がするように大きく伸びをした。
昨夜ベッドに滑り込んだのが夜中の2時近くなので5時間ほど寝た計算になる。
快斗にとっては十分な睡眠時間だ。
手早く朝の身支度を整え階下に朝食を摂りに行く。
「おはよー。」
「おはよう快斗。昨日はお疲れ様。」
母親が爽やかな笑顔と共によそったご飯を差し出す。
「昨日大仕事して来て夜遅かった割に貴方元気ねぇ?やっぱり若いからかしら?」
母親が茶目っ気たっぷりに話し掛けると快斗は澄まして応えた。
「それも有るけど、とっておきの魔法の薬が有るから。」
「なーに?それ?」
「人には教えちゃいけない怪盗キッドのとっておきだよ。」
快斗は朝食を大口で食べながら軽く受け流した。
仕事の合間の一服、風呂上がりの一杯、そして盗みの後の青子のキス。
同レベルで扱う事は出来ないが、種類は正しく同分類だろう。
快斗が勝手に自分への御褒美として、仕事帰りに青子の部屋に忍び込むようになったのはいつの頃か?
中森警部知ったら怒るだろうなぁ。
警察官として、まして父親として怒るドコロでは済まないだろうに、快斗は『怪盗キッド』として其の行為を自分に許してしまっている。
怪盗キッドだから良いよな♪
都合良く言い訳に使いながら、止めるつもりは毛頭無いのだ。
黒羽快斗として、未だお子様の青子に手を出す事は出来ない。
抱え込んだ欲望が暴走する前に、適度に発散させなきゃならない快斗にとって渡りに船とばかりの言い訳なのだ。
快斗は幼馴染が大人になるのを待っている。
怪盗キッドを止める頃にはきっと青子も大人になっているだろう。
快斗は能天気にそう信じて疑わない。
当分の間、キッドの深夜の来訪は続く予定だ。
▲Go To PageTop ▲Go To Back*秘密*後書き*
快斗ってこういう奴だよね。
と私の考える快斗象を端的に表現した作品になってます。
このカップルは私の中で一番精神年齢差があるカップルです。
もちろん青子の方が子供です。
快斗がお預けをされている状態なので、
いつも気の毒な展開になります。
と、思ったんですがそれを逆手に取って
結構やりたい放題やっているような・・・
まあそんな所が書けていれば良いなと思ってます。