★七夕にお願い★








「わぁぁ・・・」

絶景、という言葉がある。

蘭は人生の中で何回かこの言葉を使う機会があった。

今日もその記念すべき日々へと名を連ねる事になるのは間違いなさそうだった。

降って来るような幾千の星星が、蘭の頭上でちかちかと瞬いている。

手を伸ばせばその内の一つや二つ、手に掴めそうだと錯覚してしまいそうな、星空。

「新一ぃ・・・凄いね。」

平凡な言葉しか浮かばない。

でも蘭はその平凡な言葉に万感を込めてそっと囁いた。

「ん。来て良かったな。」

大きな声を出すと星が逃げてしまうとでも思っているのか、気を付けなければ聞き取れないほどの小さな声を出す蘭をくすりと笑って柔らかな声音で新一は言った。

嬉しそうな顔で蘭は頷くと、引き寄せられるように再び夜空を見詰める。

まるで自分の為に用意されたかのような漆黒のスクリーンに映り込む光のショー。

隣には最近自分の恋心を自覚してしまって傍に居るとくすぐったいような幼馴染。

蘭は今日が晴れた事を誰かに大声で感謝したい気分だった。

「ねぇ新一?流れ星いくつ見つけられるか競争しようよ?」

新一のシャツの袖を遠慮がちにひっぱって、蘭は幼馴染のご機嫌を伺うように未だ目線の高さが然程変わらない新一を見た。

新一は少し考え込んだ後、苦笑に近い笑顔を浮かべると無言で頷いた。

見晴らしの良い高台に作られた広い児童公園は、新一と蘭の他にもちらほらと七夕の夜空を眺めようと人が集まっていた。

思い思いの場所でレジャーシートを広げたり、あるいはベンチに座って満天の星空を眺める人々。

多かれ少なかれその胸の内には、彦星と織姫の一年に一度だけの逢瀬を喜ぶ思いがあるに違いない。

蘭が用意良く持ってきていたレジャーシートを二人で広げて、並んで寝そべる。

新一は頬が赤くなっているのを薄暗闇で上手く誤魔化せそうだとほっと息を吐いた。

蘭はこうやって近い位置に異性の幼馴染が居る事をなんとも思っていないのか無邪気な笑顔のまま、子供のように降り注ぐ天の星星にうっとりと見惚れている。

青白い頬が少女を脱し始めた乙女の輝きを見せ始めているのを確認して、新一は心臓が速度を速めるのを感じた。

「無制限一本勝負って訳にはいかねーかんな。オメー何時までに帰って来いって言われてんだ?」

「ん〜と。新一がちゃんと家まで送ってくれるなら12時まで良いって。」

「・・・良くおっちゃんが許したな。」

新一は驚きに瞳を見開き、にこにこと笑う蘭を見つめた。

蘭は毛利小五郎の一人娘で、表面上はそうでもないように繕っているが、小五郎が子煩悩で過保護なのは疑いようの無い事実なのだ。

しかもあまり小五郎の受けが宜しくない新一と一緒だというのに、この寛大な処置。

何か裏が有ると新一は睨んだ。

「何かあんだろ?」

「うん。お父さんだけだったら多分家から出して貰えなかったと思う。今日お母さんが家に帰って来てるの。」

「へ?おばさんが?・・・珍しいな。」

「うん。お母さんが口添えしてくれなきゃ、ここまで許してくれなかったと思う。」

「ははは。」

なるほど、と新一は納得した。

このラッキーを取り敢えずモノにした自分の強運に感謝する新一を置いて、蘭が天の一点を指差して得意げに声を弾ませた。

「あっ!一個流れた。」

「何?オメー先に始めんじゃねーぞ!」

「ぼーっとしてる新一が悪いのよ。」

「きたねーぞ。」

「勝負だもん♪」

楽しそうな蘭に新一も負けるものかと真剣に流れ星を探し始めた。

無言の時が流れる。

それは大層居心地の良い時間だったと、二人はそれぞれ自宅に戻ってからくすぐったく思い返したものだった。





















そして勝負はと言うと・・・

「なんでぇ??」

「実力だろ?」

勝ち誇った笑みの新一と、しきりに何故と繰り返す蘭。

時間ぎりぎりになって慌てて公園を飛び出した二人は、夜風を切り裂きながら人気の無い一本道を自転車で走っていた。

街灯が明るく道を照らす住宅街の歩道を誰に邪魔される事無く走る二人は、さすがに時間帯を気にしてひそひそ声でしゃべっていた。

勝負に負けたと悔しがる蘭は、まだまだ子供で新一をがっかりもさせるし、安心させもする。

まるでお兄さん気取りで新一は蘭に流れ星を見るコツを教えた。

「オメーの場合、気合ばっか空回りしてっから、星空を目凝らしてじぃっと見てただろ?」

「何よ、いけない?」

「それが駄目なんだって。流れ星ってのは全天をぼぅっと視野に入れとくくらいが丁度良いんだよ。人間の視野なんて鳥なんかに比べるとすげぇ狭いんだぜ?だから視線は一点に集中させないで、なんとなく見てる方が目に入り易いんだ。」

「・・・そうなの?」

「そうなんだよ。」

「・・・嘘、教えてない?」

「こんな嘘教えて俺が得するとでも思ってんのか?」

「思わない。」

蘭は両手を離して空を抱き締めるように両腕を天に伸ばした。

蘭の体のラインが露になり、新一は膨らんだ胸と絞られたウエストに思わず目を奪われる。

「物知りだね、新一。」

「・・あ、ああ。」

「悔しいなぁ。最初から知ってたら負けなかったのに。」

「負けず嫌いはおっちゃんの血だな。」

「そうよぉ。お母さんだって負けず嫌いだもん。これは家系なの。」

もうすぐ蘭の家に着いてしまう。

新一は距離をカウントダウンしながら、何気ない言葉のように、その大切な言葉を吐き出した。

「んじゃ、来年も勝負すっか?」

きょとん、と新一を見返す蘭。

「来年の七夕。また流れ星を数えて。」

「うんっ!」

蘭の返事は大層優等生で、新一は苦笑いを零した。

来年の約束だぞ?蘭。

オメー、その頃も未だ俺の事幼馴染扱いしてんのかな?

それとも、俺達変わっているんだろうか?

ぼんやりと掴めそうで掴めない未来のイメージに思いを馳せる。

兎にも角にも約束は交わされたのだ。

キィィっとブレーキ音が静かな空間に響き渡る。

見上げると事務所の明かりが煌煌と付いていた。

「おっちゃん。事務所の方で蘭の事待ってんのか?」

「うん。だってお母さんと大掃除してるはずだから。」

「へ?大掃除。なんでまた。」

「大事な書類、事務所の中で無くしたんだって。それでお母さんが怒って家に帰って来たの。」

「・・・相変わらずだな。おっちゃん。」

「本当、だらしないんだから。」

「んじゃ、俺行くわ。」

「うん。気を付けて。」

軽く手を挙げると、蘭が元気一杯で手を降り返した。

そのまま勢いに乗ってペダルを力強く漕ぐと、ぐんと速度が増した。











七夕に交わした約束が、次の七夕に果たされる事を新一は疑っていなかった。

7月7日には必ず彦星と織姫が天の川のほとりで出会えるのだと、疑う事がないのと同じ理由で。











・・・季節が残酷に巡る。
















End...or?

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