蔵出小説 1 【甘い罠】






「その条件はちょっと・・・」

「ふーん?じゃ、やめっか?」

「ちょっと待ってよ!!そんなこと言ってないでしょっ?!」

「でも、嫌なんだろ?この条件じゃ。」

「うーっっ・・・」







ソファに座った新一とその正面にぺたんと座り込んでいる私。

向かい合って言い争っている事といえば・・・







「ね?もっと別な事にしない?あっ!そう言えば私最近イタリア料理に凝ってるんだよ。パスタとか粉から作ったりして自分で言うのもなんだけど美味しいの!」

「ふーん。」

「だから、この先一ヶ月毎日夕食作るっていうので、どう?」

「別に俺はイタリア料理が特別好きだって言う訳じゃねーの知ってんだろ?」

「・・・知ってるわよ!新一なんだかんだ言って和食が一番好きなのもちゃんと知ってます!・・・じゃ、和食で一ヶ月ってのは?」

「俺結構料理上手いんだぜ?」

「〜ぅぅっっ!!!意地悪!!」







掴み所の無い笑顔でのらりくらりと躱す新一に、内心地団太を踏みたい気分だ。

そんな私の事百も承知だろうに今回ばかりは新一も一歩も引く気が無いようだ。

私達は暫し無言で睨み合う。

先に視線を反らせたのは私。

もともと新一の威力ある視線には弱いのだ。







「新一って何だかんだ言って絶対自分の意見曲げないわよね。」

「良く分かってんじゃん。」

「・・・自分の言ってる事分かってるの?」

「よぉーっっく分かってますとも。」

「・・・有希子おば様に言いつけるわよ?」

「やれば?多分困るのも恥ずかしいのも蘭だけだと思うけど。」

「・・・」







開き直っていると言うよりも、一体何を根拠にこんなに堂々としているのか心底分からない。

もともと底の深い男だとは感じていたが、事コッチ方面の事となると私はてんで新一に歯が立たない。

・・・同い年なのに。

・・・いつも一緒に居たのに。

どこでどう違ってしまったのか、そんな時だけこの幼馴染みは私よりも十も年上かの様に振舞う。

それが悔しい。







「で、どうするんだ?俺はどっちでも良いけど。」

「・・・いっつもいっつも新一の言う通りになると思ったら大間違いだからね!」

「肝に銘じとくよ。・・・で?今回はどうすんだ?」

「・・・・」

「だんまりは無いんじゃねーの?」

「・・・意地悪。」

「誉め言葉ありがとう。」

「誉めてないっ!」







このまま言い争っても平行線。

譲れないのは私の方。

ズルイ。

本当にこの男はズルイ。

自分の願いは言葉巧みに丸め込んで知らない間に叶えてしまうのに、私が願いを口にすると当然って顔をして交換条件を突き付けて来る。

私はいっつも罠に嵌まる。







「しんいちぃ。」

「何?」

「お願い。・・・ね?」

「駄ー目。おめぇのそんな顔好きだけど、な。」

「馬鹿!嫌い!ドスケベ!」

「ほーう。随分な事言ってくれんじゃねーか。」







言葉ほど新一は怒ってない。

証拠に目が笑ってる。

アレは絶対私が折れるって確信してる顔。

もうすぐだって思ってるに違いない。

そうそうあんたの思惑通りに上手く行くと思ってんの?!

・・・そう啖呵が切れれば格好良いのに。







「いつだっけ?蘭の約束は?」

「・・・来週の日曜日。」

「あと三日かぁ。」

「・・・」

「俺の代わりに出来そうな奴心当たりあるのか?」

「・・・」

「三日なんてあっという間だよなぁ。」







にっこりと笑って私の顔を覗き込む新一に思いっきり舌を出してやった。

こんな事でしか反抗できない私ってちょっと情け無い。

でも、誰がこの男に勝てるって言うの?!

警察の救世主。

日本のシャーロックホームズ。

迷宮無しの名探偵。

美辞麗句で彩られるこの幼馴染みが、見掛け倒しじゃないって事私が一番良く知ってる。







「蘭?覚悟決めたら?一週間なんてたったの七日間だぜ?回数で言ったら七回じゃん。」

「嘘吐きっっ!!!」

「・・・バレたか。まぁ確かに七回ってのは嘘だな。」

「無理だよ。お父さんになんて言えば良いのよ?!」

「園子んちにでも泊まるって言っとけば?第一どうせオッチャン来週は月曜日から三日間、警官時代の悪友達と香港旅行とか言って浮かれてたんじゃなかったっけ?」

「なっっ!!なんで知ってんのよ?!」

「ふふん。既にリサーチ済みなんだよ。蘭に実行不可能な無理な事俺がさせるとでも思ってんの?」







なんで新一がそんな事知ってるのよ〜っ!!!

これじゃぁお父さんの事切り札にならないじゃない?!

どうしよう?

どうしよう?

このままじゃまずいよぅ〜!!!







「日曜日は夜遅くなるとでも言っておいて、夜家に帰れば良いよ。月火は俺んち泊まんだろ?水曜は一旦家に帰って、木金辺りは園子んちに泊まるって言って、土曜日はどうせおッちゃんいつもの面子でマージャンだから家に帰んなくても問題ねーだろ?」

「ち、ちょっとっっ!!!」

「どうだ?俺の計画に何か問題点でもあるか?」

「うっ・・・・」







優等生の皮を被ったとんだ悪党じゃない!!!

みんな騙されてるのよ!

この人当たりの良い笑顔に、自信満々で不安なんて一つも無いっていう頼り甲斐のある態度に!!!

なんでこの悪魔のような本性を隠していられるのよ!!

っていうか、私の前でそんな全開にしなくても良いじゃない!!!







「・・・問題ならあるわよ。」

「何?」

「・ だ ・ ・ な ・ ・ よ」

「ん?聞こえねーよ。」

「体がもたないわよっ!!馬鹿!!!」

「そこら辺はちゃんと考慮するから安心して良いぞ?」

「馬鹿ーーーっっっ!!!!」







くやしいくやしいくやしいぃぃ!!!!

結局好きにするんだ!

何よ、ばかばか!!!

あんたなんか大っ嫌いなんだからっ!!







「蘭?」

「何よっ!!!」

「愛してるよ?」







馬鹿ぁぁぁっっっーーーー!!!!!












End


2012/12/30 再UP

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