ドラマ以上に






これは夢かもしれない、なんて新一はぼんやり考えている。
目の前には恥ずかしさを堪えてはにかみながら笑っている蘭。
新一がプレゼントしたワンピースを着てくれている。
ミニ丈なので、瑞々しい太腿が見えている。
ニーハイを履いているので、所謂絶対領域が存在し、恋人である新一は勿論、新一以外の赤の他人である男性の目も喜ばせてしまうだろう。
未だ、工藤邸内だから、大丈夫だが……
それは面白く無いなぁ、何とか阻止してやろうと、新一は小賢く考えていた。
「それで?どういう風の吹き回しなんだ?」
分からなかったから、新一は馬鹿正直に尋ねた。
下手に推理などしない方が後々楽だという事は、既に学習済みだ。
蘭はスカートの裾を引っ張り下ろしつつ、「誕生日だから」と答えた。
「誕生日……俺へのプレゼントって事?」
確かに今日は新一の誕生日だった。
これだけがプレゼントだなんて、そんな考えは蘭には無いのだろうが、これもオプションの一つなのだろう。
新一が喜ぶ物を贈り、喜ぶ事をする。
プレゼントの定義に適っているから、新一は有難く頂戴する事にした。
高校生時代はホットパンツだって履いていたというのに、大学生になってからは何故か極端に丈の短いスカートやショートパンツは敬遠するようになった。
どういう心境の変化が有ったのかは分からない。
蘭が自ら理由を語った事は無い。
綺麗な足なのだから見せるべきだという園子の強固な意見を良く耳にするから、親友である園子も知らないのだろう。
新一は理由を聞きたい気もしたが、何となく聞くのを躊躇して今に至っていた。
蘭はミニ丈が久し振りだから、どうにも気になるらしい。
もじもじした仕草が妙に可愛くて、うっかりジロジロ見てしまいそうだ。
未だ若いのにその視線がオヤジ臭くなりそうで、怖い気がする。
真っ白なワンピースはシンプルなデザインで布地は少しモコモコしている。
ニーハイも白の花柄レースで、春らしい雰囲気が醸し出される。
新一はショーウィンドウでマネキンが着ていたこの一式を見て、一目惚れして購入したのだ。
きっと、蘭にとても似合うと思って。
何でも無い日に贈ったから、何か下心が有るんじゃないの、だとか、後ろめたい事でも有るんじゃないの、だとか、その不自然さを蘭本人に指摘されたが押し通して良かったと心底思う。
プレゼントに身を包みにっこり笑う蘭を見れて、新一の心はこんなにも喜びに踊っているのだから。
新一が選んだ洋服というのがポイントだ。
誰かが、『人に洋服を贈るという事は、その洋服を自らの手で脱がしたいという欲望の表れだ』なんて訳知り顔で言っていたっけ。
納得のフレーズだ。
何時かは、脱がしてみたいなぁと、赤裸々な欲望が無い訳ではないが、未だ早いだろう。
我慢は得意じゃないけれど、理性を総動員すれば未だ未だ数年単位で我慢出来る。
急いては事を仕損じるだなんて、間抜けな事は絶対出来ないと、新一は気を引き締めた。
蘭は、あからさまにじろじろ眺めない代わりに、妙に熱の籠った目でちらちら眺める新一の視線に、居心地悪そうに身動ぎする。
タイミングを測っていましたって顔で、新一が俯いたその一瞬でそそくさと新一の隣に腰を下ろしてほっと息を吐いた。
真正面から眺めていたのが、真横から眺めるように変わっただけだと、新一は観賞を続行中だ。
「今日、出掛ける?」
「出掛けない」
こんなに可愛い蘭を何処ぞの誰かに御裾分けなんか出来る訳がない。
新一の回答は素早かった。
蘭は少し考え込んでから何かを言い掛けたが、結局何も言わずにこくりと頷いた。
「買い足すモノも無いから、大丈夫。ご飯張り切って作るからね」
「期待してる。でも、俺も手伝う」
「え?好きな事して待っててくれて良いよ〜」
「だって、待ってるだけって暇じゃん」
今日ばかりは蘭を独占するつもりで、新一は仕事を何も家に持ち込んで無かった。
未読の気になる推理小説は私室の机の上に積んであったが、優先順位は蘭の可愛い姿の観賞という事項よりも下となる。
「誕生日なのに」
「誕生日だからだよ」
本日の主役である新一に、仕事を手伝わせる事に妙な申し訳無さを感じている蘭は、歯切れが悪い。
「ちなみに、後片づけも手伝うぞ」
「え?!駄目だよ!」
「大した仕事じゃないし」
「大した仕事じゃないから、手伝わなくて良いの!」
「一緒にやったら早いだろ?」
キッチンに並んで立つだなんて、チャーミーグリーンのCMに出てくる仲良し夫婦そのものじゃないかと、新一は思わず想像でニヤついてしまった。
蘭は新一の頭の中までは察しが付いていない。
ひたすら新一に仕事をさせたくないようだ。
「今日は王様みたいにどーんと座ってるだけで良いの。それが新一の仕事なの」
「いやいや、そんな仕事無いし」
「も〜。頑固なんだから」
「そっくりそのままその言葉を返すぞ、俺は」
納得してないと顔に書いている蘭に、新一は良い事を思い付いてわざとらしく手の平をもう片方の握った手で打った。
漫画だったら豆電球に明かりが灯っている動作だ。
隣に座る蘭はきょとんとしている。
「二人で作ったら早く終わるだろ。片付けも然り。その空いた時間でさ、やりたい事があんだけど」
「なぁに?」
無邪気な蘭は今までの前振りがある以上きっと断れないだろうと、新一は計算高く考える。
だからとても良い事思い付いたという表情を作って、『やりたい事』を発表したのだ。
「写真撮らせて」
「……え?」
「父さんの一眼レフがあるんだよ。たまには使ってやらないと」
「……新一が、撮るの?」
驚いた蘭は、ちょっとだけ考え込んで、照れたように笑って頷いた。
過去に余り経験が無い事だから、恥ずかしさはあるものの面白そうだし、たまにはそういうのも良いかもしれないと思ったのか?
新一は寝室に飾る写真にしようとか、肌身離さず持ち歩くのも幸運のお守りになりそうで良いなとか、考えていた。
じっくりと正面から観察する大義名分になる事だし。
誕生日特権を上手に使う新一は、蘭の手を取って「食事の用意するか!」と楽しそうに立ち上がったのだった。












End


2011/05/11 UP
全然間に合ってない新一誕生日2011年Ver。

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