男前!






情けないな〜、と思う。
しかし、指先が震える。
背筋に走る怖気を噛み切れず、頭の先の髪の毛を逆立たせる。
腕には鳥肌が立ったままだ。
今日解決した猟奇事件のシーンが脳裏をフラッシュバックする。
吐き気が喉までせり上がって来て、新一は眉を顰めた。
はっ、と吐き出す息は冷気を含んで空中で凍るようだ。
「全然、慣れてねーし」
何年探偵やってるんだと、自分を卑下して、立ち止まって俯く。
駄目だ駄目だ。
意識がまったく切り替わらないと、新一は夜空を見上げて溜息を一つ落とした。
こんな時の特効薬が、脳裏に思い浮かぶ。
電話をしようかどうしようか悩んで、結局ポケットの中に携帯を戻した。
そんな事で幼馴染兼恋人に電話をして、弱いんだから、なんて思われたく無かったからだ。
彼女の前では常に格好良く在りたいだなんて、これこそ恋する男の典型だろう。
しょうがない。
だって、好きなんだから。



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今日は帰ったら、風呂入って歯を磨いて、即効で布団を引っ被って羊を数えよう。
一晩寝て明日の朝起きたら、この胸糞悪い事件の記憶も少しは薄れている筈で、普段通りに振る舞える自分が戻って来るに違いない。
そう無理矢理自分に言い聞かせて、冷たく凍えた門扉を掴んだ。
携帯で調べた天気予報では、関東地方以外は雪の予報だ。
実際かなりの大雪が降っていると、頼みもしないのに報告してくるのは西の名探偵で、その関西人らしいお喋りに今日ばかりは救われただなんて、絶対に教えるつもりはない。
携帯で少しだけ眺めた夜遅いニュースでも、九州地方が雪の閉ざされ外出もままならぬ巣籠り正月になったと言っていた。
雪が降らぬからラッキーだと喜ぶべきか、此処だけ取り残されたと嘆くべきか、人によって受け止め方も様々だろう。
子供時代だったら、いや、蘭だったら、絶対に雪が降った方が楽しいと言うに違いない。
そんな風に考えていたから、最初は幻かと思った。
玄関の所で寒そうに両手を擦り合わせて、白い息を吐き掛けているその姿。
白くけぶる様で、まるで冬の精霊だなんて、そんな……
「あ、お帰りなさい」
「……どうして此処に?」
「説明するけど、その前に家に入れてよ」
寒そうに身体を震わせて、黒目がちな瞳で見上げないで欲しい。
どんな無理難題でも聞いてやりたくなってしまうじゃないか。
俺は鍵を慌てて取り出して鍵穴に指し込み、玄関扉を勢いよく開け放った。
勢いが良過ぎて蘭がよろけた位だ。
当然俺が持ち前の運動神経の良さを発揮して蘭の俺に比べれば細くて華奢な身体を抱き止めて、その柔らかさにくらっとしたりする。
目的は達したんだから、蘭の肩から手を離さなければならないんだけど、その感触が惜しくてなかなか手が離せないで居る。
何時までも俺が肩を抱いたままだから、蘭が不思議そうに俺を見上げたりするのも、視線を逸らして気付かない振りをしてみる。
……認めよう。
俺は多分単純で、馬鹿だ。



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「改めて聞くけど、何か火急の用でもあったのか?」
「『火急の用』って時代劇みたいね」
くすくすと笑う頬には、血の気が戻って来て薔薇色になっている。
どの位寒い中外で待っていたのか、聞いてものらりくらりとかわすに違いない。
「用が有った訳じゃないの」
「じゃ、どうして」
「新年早々呼び出された新一が可哀想だなって、思ったから」
柔らかいソファーに半ば埋もれた蘭が小首を傾げた。
着てるモコモコセーターの雰囲気も有って、ウサギみたいだ。
無条件でギュッと抱き締めたくなる感じ、と言えば伝わるだろうか?
「用事無くちゃ会いに来ちゃ駄目?」
「駄目じゃない」
慌て否定すると、蘭は嬉しそうに笑った。
寒さで頬の紅色は濃かったが、エアコンが急速に部屋を暖めつつあるから、もう寒そうではなかった。
俺は自室に上着を置きに行かずに、ソファーの背に引っ掛けた。
お湯が沸くと、ポンッとスイッチが戻る湯沸し器に呼ばれて、二人分の柚子茶を淹れた。
蘭が何時も使うマグカップを手渡すと、自分もソファーに腰を降ろした。
「新一、お年玉あげよっか?」
「……は?」
誓って言うが、今まで一度たりとも同い年の人間からお年玉を貰った事は無いし、ねだった事も無い。
突拍子も無い蘭の言葉にポカンとしていると、蘭が澄まし顔で瞳を瞬かせた。
「事件の話、佐藤刑事から聞いたの」
「……あー。あんま、気分良くないだろ」
「うん。でも私は詳しく聞いて無いし、その場に居なかったから平気。でも、新一が今辛い気分だろうなっていうのは分かるの」
フゥフゥと熱いお茶を冷まして、蘭がマグカップに口を付ける。
同じように柚子茶を飲んだが、甘い筈のソレに苦味を感じて俺は眉をひそめた。
近年稀に見る残虐さに、心を冷したのは俺だけじゃなかった。
佐藤刑事は自分の傍に高木刑事が居る事に安堵して、俺の事を気遣ってくれたんだろう。
「新一が変な所で格好付けなのを、佐藤刑事もお見通しなのね」
思わず苦笑した。
確かに、佐藤刑事の慧眼には御見逸れした。
弱った自分を好きな女には見せたくないって、男心は単純だからかな。
蘭はマグカップを持ったまま移動してきて、俺の隣に無理矢理座った。
キツいが、そのキツさが良い。
「お年玉奮発してあげる。甘えて良いよ」
「……ソコに繋がるのか」
「そう。嬉しいでしょ」
俺が喜ばない筈が無いって確信してる顔だった。
確かに蘭は俺のトランキライザーだ。
腕の中に閉じ込めて甘い香りに包まれてジッとしていれば、事件の生々しさも次第に遠ざかるだろう。
でも、なぁ……?
モゾリと身動ぎして、俺は蘭を見た。
蘭も俺を見ている。
「……何か、俺のイメージダウンじゃねー?」
「私のイメージアップだから良いの」
「……素直に喜べない」
うっかり本音を溢すと、蘭が爆笑して、俺の肩をバシバシ叩いた。
痛くは無い。
「たまには可愛い路線でアピールしてよ」
「格好良い路線だけで良いんだよ、バーロ」
「駄目。私だって格好良い所アピールしたいんだから」
ニッコリ笑って蘭は俺を押し切った。
横からギュッと抱き締められる。
嬉しいけど、複雑。
思わず浮かべた不満顔が、蘭を大いに笑わせたのだった。









2011/01/05 UP
蘭ちゃんは新一より実は男前なのかもしれません、という妄想話(笑)
End

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