ハピハロウィン?
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「よぉ、園子」
「やぁ、新一」
ふざけてひらりと手を振ったクラスメートで蘭の親友で、名の知れた父を持つ御令嬢である園子の言い方に、新一は少し吃驚した顔を向けた。
今まで名前を呼び捨てられた事は無かったからだ。
「何か新鮮だった」
「あらそう。蘭は何時も新一君を『新一』呼ばわりですけど」
「あれは特別」
本人も意識していないのが、瞳の中に得意げな色が滲んでいる。
毛利蘭が名前を呼び捨てにする異性は自分だけだという、選ばれし人間としての地位が誇らしいからだろう。
単純、と園子が胸の中で呟いているのを、新一は幸福にも知らない。
新一と蘭の周りには一定の距離を開けてクラスメートがひしめき合っている。
二人の格好がもの珍しいからだ。
こっそり写真を撮る位ならば、二人とも余り喧しい事は言わない。
「所で、蘭を知らないか?」
「知ってても教えないわよ」
「なんでだよ」
片翼の天使、という少々マニアックな仮装をした園子は、白い長手袋に包まれた腕をすいっと持ち上げた。
色の白い園子は純白の衣装を身に纏うと、空気に溶けてしまいそうな雰囲気が強くなる。
これで喋らなければ今の倍はモテるだろうと、口の悪いクラスメートの評判だが、決まった人が居る園子には大きなお世話だろう。
園子が指差したのは、窓の上に有る壁時計だった。
「蘭と約束したんでしょ?五時まで逃げ切れば、蘭に回らないお寿司を奢るって聞いてるけど」
「約束してるのは間違い無い。園子が蘭の味方なのは、まぁ分かってたけどなぁ」
にぃっと唇の端を持ち上げると、名探偵の笑顔は何処ぞの大怪盗が取り囲む警察官達に見せる笑顔に良く似る。
園子は嫌な予感がして、眉をきゅっと寄せた。
こういう勘は働く方なのだ。
「俺が探偵なのは、園子も良く知ってるよな。自分で言うのもなんだけど、探偵っていうのは少ない手掛かりから真実を導き出す事に関しては右に出る者が居ない職業だ。まして俺は世間に『名探偵』と認められている男」
「……自画自賛はどうでも良いんだけど」
「園子、俺に蘭の行方を問われた時、一瞬窓の外を窺うような素振りを見せたよな」
「……」
「それから、ほっとした。目の端の時計を見たからだ」
「……」
「園子は蘭が窓の外、東南の方向にある武道館に行った事を知っていた。それほど前の事じゃないが、ここから武道館までは十分に移動出来る時間は経っている。つまりそうだろ?」
「さぁ、どうかしら?」
そうは言っても園子の笑顔は引き攣り気味だ。
些細な嘘を吐く事さえ侭ならない男を恋人にするとは、蘭も大変だと内心頭を抱えるが、表面上は取り繕って澄まし顔だ。
新一は上手く出来過ぎていて今にも動きだしそうな灰褐色の三角形の耳をゆっくりと撫でた。
毛の流れに逆らわず撫でた後、腰にぶら下がっているふさふさとした同色の尻尾もふさりと手で払って揺らした。
スマートな狼男の仮装だ。
しかし、笑えない。
仮装の筈なのに、中身と外見が一致しているような気がしてならない園子は、ぎくしゃくと目を逸らした。
これから親友の身に襲い掛かる災難が垣間見えたような気がしたからだ。
「『Trick or Treat』って良い呪文だよな。ま、お菓子くれなきゃ悪戯するぞ、だっけ?」
「えぇ。一般的には」
慎重な低い声で答えると、新一は喉の奥で籠った笑いを零した。
高校生らしからぬ、嫣然とした危うい雰囲気が見え隠れする。
新一の対面に居る野次馬クラスメートが、赤面したり有らぬ方向を見て咳払いしたり、目を手で覆ったりと様様な反応を見せた。
「蘭は用意周到にお菓子を山程用意してるだろうから」
園子は持ち切れない程蘭が手作りのお菓子を用意していた事を知ってる。
衣装の隠しポケットや袖口や帽子のちょっとした隙間に、念の為にとカラフルな飴玉を詰め込んでいたのも知っている。
曖昧に頷いた園子に、新一はやっぱりという顔をした。
「もう面倒だから、『Trick and Treat』とでも言うかな。お菓子くれても悪戯するぞ、って事で」
「何その我儘全開な台詞」
「だって俺腹ペコだもん」
口をばかっと開けて、がおっ、と茶目っ毛たっぷりに赤ずきんに襲い掛かるポーズを取る。
洒落になっていなくて、園子は一歩後ずさった。
「蘭はカボチャの魔女だっけ?」
「そうよ」
「旬のモノって格別に美味いよな〜」
上機嫌の新一を止める人間は誰も居ない。
スキップでも踏みそうな勢いで教室を出て行った新一を、皆が固唾を飲んで見送ってしまった。
主役が去った舞台の上のような静けさを破ったのは、やはり園子だった。
はぁぁぁぁっと特大な溜息を一つ落とすと、「ほらほら動いて」と周りの呪縛を解いて回る。
そして窓から外を眺めて小さな溜息を一つ落として、ポーチから携帯を取り出した。
手慣れた手つきでロイヤルミルクティーカラーの携帯をパクリと開けて、園子は履歴から電話を掛けた。
コール数回で出た相手に、心底残念そうな声で告げる。
「ごめん、蘭。そっち行ったわ、お腹空かせた狼が目的目掛けてまっしぐらよ」
親友の悲鳴を電話越しに聞きながら、園子はあーあと教室のあまり綺麗ではない天井を見上げた。
今日はハッピーハロウィン。
アンハッピーなのはどうやら蘭だけかもしれない。
2010/20/27 UP
最近なんかこの手の意地悪新一が多いなと思う今日この頃。この後どうなったか、想像通りだと思います〜。
End
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